Tsukuba Gakuen Church, UCCJ

日本キリスト教団 筑波学園教会


これまでの礼拝から

2018年の礼拝説教 INDEX
1月 2月 3月
 7日「後継者の任命」
14日「水を飲ませてください」
21日「神の霊によらなければ」
28日「逃れの町」
 4日「あなたがたの知らない食べ物」
11日「神の宝の民として」
18日「成長させて下さるのは神」
25日「あなたの息子は生きる」
 4日「人はパンのみにて生くるにあらず」
11日「説教題」
18日「説教題」
25日「説教題」
4月 5月 6月
 1日「説教題」
 8日「説教題」
15日「説教題」
22日「説教題」
29日「説教題」
 6日「説教題」
13日「説教題」
20日「説教題」
27日「説教題」
 3日「説教題」
10日「説教題」
17日「説教題」
24日「説教題」
7月 8月 9月
 1日「説教題」
 8日「説教題」
15日「説教題」
22日「説教題」
29日「説教題」
 5日「説教題」
12日「説教題」
19日「説教題」
26日「説教題」
 2日「説教題」
 9日「説教題」
16日「説教題」
23日「説教題」
30日「説教題」
10月 11月 12月
 7日「説教題」
14日「説教題」
21日「説教題」
28日「説教題」
 4日「説教題」
11日「説教題」
18日「説教題」
25日「説教題」
 2日「説教題」
 9日「説教題」
16日「説教題」
23日「説教題」
24日「説教題」
30日「説教題」

2017年の礼拝説教

2018年 1月25日(日)受難節第2主日礼拝

『ヨハネによる福音書 4章 46~54節』

04:46イエスは、再びガリラヤのカナに行かれた。そこは、前にイエスが水をぶどう酒に変えられた所である。さて、カファルナウムに王の役人がいて、その息子が病気であった。 04:47この人は、イエスがユダヤからガリラヤに来られたと聞き、イエスのもとに行き、カファルナウムまで下って来て息子をいやしてくださるように頼んだ。息子が死にかかっていたからである。 04:48イエスは役人に、「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ、決して信じない」と言われた。 04:49役人は、「主よ、子供が死なないうちに、おいでください」と言った。 04:50イエスは言われた。「帰りなさい。あなたの息子は生きる。」その人は、イエスの言われた言葉を信じて帰って行った。 04:51ところが、下って行く途中、僕たちが迎えに来て、その子が生きていることを告げた。 04:52そこで、息子の病気が良くなった時刻を尋ねると、僕たちは、「きのうの午後一時に熱が下がりました」と言った。 04:53それは、イエスが「あなたの息子は生きる」と言われたのと同じ時刻であることを、この父親は知った。そして、彼もその家族もこぞって信じた。 04:54これは、イエスがユダヤからガリラヤに来てなされた、二回目のしるしである。

説教:『あなたの息子は生きる』

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 説教要旨 掲載準備中

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 1月18日(日)受難節第1主日礼拝

『コリントの信徒への手紙1 3章 1~9節』

03:01兄弟たち、わたしはあなたがたには、霊の人に対するように語ることができず、肉の人、つまり、キリストとの関係では乳飲み子である人々に対するように語りました。 03:02わたしはあなたがたに乳を飲ませて、固い食物は与えませんでした。まだ固い物を口にすることができなかったからです。いや、今でもできません。 03:03相変わらず肉の人だからです。お互いの間にねたみや争いが絶えない以上、あなたがたは肉の人であり、ただの人として歩んでいる、ということになりはしませんか。 03:04ある人が「わたしはパウロにつく」と言い、他の人が「わたしはアポロに」などと言っているとすれば、あなたがたは、ただの人にすぎないではありませんか。 03:05アポロとは何者か。また、パウロとは何者か。この二人は、あなたがたを信仰に導くためにそれぞれ主がお与えになった分に応じて仕えた者です。 03:06わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。 03:07ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。 03:08植える者と水を注ぐ者とは一つですが、それぞれが働きに応じて自分の報酬を受け取ることになります。 03:09わたしたちは神のために力を合わせて働く者であり、あなたがたは神の畑、神の建物なのです。

説教:『成長させて下さるのは神』

1 4節に、コリント教会の中に「私はパウロにつく」「私はアポロに」と言って対立していた人々がいたことが記されている。このことは、この手紙の書きはじめの1章12節にも記されていた。そこには、2つのグループだけではなく、4つのグループがあったと書かれていた。「私はパウロにつく」という文章は、原文のギリシャ語では「エゴー・エイミー・パウルー」である。「エゴー・エイミー」は、「私は・・・である」という意味である。「パウルー」とは「パウロに属する・パウロのもの」という意味である。私はギリシャ語については、ほんの少し神学校で聞きかじった程度である。しかし、「エゴー・エイミー」とまではっきりと言うというのは、よほど「私は・・・である」ということを強調する言い回しだとわかる。6節に「私は植え、アポロは水を注いだ」とあった。パウロは、コリント教会を植えた人、つまり設立した人であった。アポロは、パウロの後にコリント教会にやってきて、それに水を注いで大きくした人だった。そこで、コリント教会のある人々は、「私はこの教会の創立者であるパウロ先生のものだ」と言って自慢し、またある人々は、「いや、私はこの教会をぐっと大きくしてくれたアポロ先生に属する者だ」と言っていた。彼らは、自慢合戦のようなことをしていた。
 どうしてコリント教会の人々が、このように自慢しあっていたのか。コリント教会のメンバーの多くは、奴隷階級の人々だった。テレビの時代劇では、「おれはどこそこ家の召し使いだ」とか「誰々様の使用人だ」と言って張り合う様子がある。それと同じようなことだったのではなかろうか。彼らは、自分自身については、何も自慢できるものを持たない分、「私は誰々様という主人に仕える身だ、・・・何々家に属する奴隷だ」と口にすることで、誇りを持つしかなかった人々なのであった。そういうことが習慣になっていたので、クリスチャンになっても「私はパウロ先生のもの」「私はアポロ先生に属する者だ」と言って誇りを口にするようになっていたのではなかろうか。私たちは、どこかで誇りを持つことが必要だと思う。しかし、それは、うぬぼれるとか、思い上がるという意味の誇りではなく、自分自身の貴さや価値というものに、しっかりとした確信を抱くということであろう。コリント教会の人々は、奴隷としての習慣が、クリスチャンになっても、そのまま続き、「誰某先生に属する者だ」という点で、自分の貴さや価値というものを見いだそうとしていたのだった。そういう誇りの持ち方が、教会の中に対立を引き起こしていたのである。

2 そのように自慢合戦をしていた人々にパウロは、「(そのように)言っているとすれば、あなたがたはただの人にすぎないではありませんか(4節の最後)」と語りかけた。「お互いの間に妬みや争いが絶えない以上、あなたがたは肉の人であり、ただの人として歩んでいる(3節)」とも言った。「あなたがたが、今までと同じように『アポロ先生やパウロ先生のものだ』と言って誇りを持とうとするのならば、それはクリスチャンになる以前と何ら変わりがないではないか」、「ただの人、周囲の人々と同じように誇ろうとしているのではないか」と。
 これは、私たちにとっても、まことに耳の痛い指摘ではなかろうか。信仰者になっても、なおその時代社会内における周囲の人々と同じようなところに、誇る根拠を置き続けてしまうことから避けられない私達である。申命記の7章に、神様はこれからパレスチナに住もうとするイスラエルの人々に、あなたがたを待ち受けているのは「あなたに勝る数と力を持つ7つの」先住民だと言ったとあった。私はその語順を入れ替えて、「あなたがたを待ち受けている先住民は、数と力で勝とうとする7(完全数)つの民」という意味に受けとった。神様は、その民を「滅ぼし尽くせ」と命じたが、その本意は「滅ぼし尽くせ」ではなく、むしろその反対に「滅ぼし尽くされないように」なのだと思う。「数と力によって勝とうとした先住民の生き方や価値観に呑みこまれてはいけない」との神様の言葉である。数と力で勝とうとし、そこに誇る土台を置こうとするのが「ただの人」であり「肉の人」ではなかろうか。イスラエル人が、いつの間にか先住民の価値観に染まっていってしまったように、私たち信仰者も、数と力によって勝とうとするこの時代社会の価値観に染まってしまうのである。そこで誇ろうとするとき、必ず教会の中に対立が生じる。また、教会の中だけではなく、自分自身や家族の中にも、葛藤や分裂が生じてくる。それは、私たちが数や力によって勝って誇ろうとしても、そうはできない弱さや力の無さを持つているからなのである。私たちは、誇りの邪魔になるものを許せないのである。

3 そんなコリントの人々に、そし私たちに、「それでは、私たちは何によって誇ればよいのか」というアドバイスを与えてくれている。
 5節でパウロは、「アポロとは何者か。・・・・主がお与えになった分に応じて仕えた者です」と語りかけた。ここでパウロは、「コリントの人々が『私はパウロのもの』、『アポロのもの』と言っているが、そのパウロやアポロとはそもそもどういう存在であるのか。そしてあなた方は何をより所にして誇っているのか」ということを教えようとしていたのだった。そこで、最初に教えたのは、「私たちは主に仕えているのだ」ということであった。パウロがわざわざ「仕えている(ギリシャ語の原文ではディアコニア)」という言葉を使ったのは、奴隷としてこの世の主人に仕えていたコリント教会の人々を、おもんばかってのことだった。「私たちは、神様とイエス様に仕えている者なのだ」、「あなたがたもそうではないか」とパウロは勧めたのだった。「確かに、この世の主人に仕えざるを得ない者ではあるが、同時に、神様とイエス様に仕えさせていただいている者ではないか。それならば、そこに誇りを置けるのではないか」とパウロは言ったのだった。
 主なる神とイエス様は、私たちを、是非とも必要だからと、ディアコニアとして仕えさせて下さっているのである。申命記7章6節・7節には、神様がイスラエル人を選んで宝ものとされたのは、彼らがどの民よりも貧弱だったからだとあった。奴隷であったコリント教会の人々を、神様は宝ものとして選んだ。仕える者として必要だから選んで下さった。そのことを誇れるのではなかろうか。

4 次にパウロが、自分たちのこととして勧めたのは、ディアコニアとして選ばれた私たちに、神様が委ねた働きが「まことにささやかなもの」だということであった。小さな役割を与えられたことにこそ、誇りを持ちなさいということであった。新共同訳聖書では、7節は「ですから、大切なのは・・・成長させて下さる神です」となっている。しかし、1954年版の口語訳聖書では、「だから、植える者も水をそそぐ者もともに、とるに足りない。大事なのは成長させて下さる神のみである」となっていた。新共同訳では「とるに足りない」という言葉が、無くなってしまった。残念なことである。奴隷であったコリント教会の人々は、自分が主人から取るに足りないこととは正反対の、より大事な、より大きな役割を任されれば、それをもって自慢したのだろうと思う。そういう様子を想像してパウロは、わざわざこういう語りかけをしたのではなかったかと感じる。ところが、ディアコニアとして私たちを選んだ神様は、この世の主人とは違って、私たちに「取るに足りない役割をお任せになるのだ」とパウロは教えたのだった。パウロは「委ねられていることが、より小さなことであれば、よりそこに、神様のあなたへの信頼が大きい。そう思って、それを誇りなさい。」と勧めたのだった。
 このことは、私自身にとって本当に慰めに満ちたものである。私は、牧師になって30余年経った。これまで幾度となく、自分の働きが取るに足りないものではないかと悩んだことがあった。もっと数や力の点で大きなことを成し遂げたいと思い、今でもどこかにそういう思いが潜んでいる。しかし神様は、私に「取るに足りない」働きこそを委ねて下さる。取るに足りない働きこそが、神様の与えたもうたものなのである。それを果たしてゆくことに対して、8節にあるように「働きに応じて報酬を受け取る」のである。
 また私は、今私に託されている務めを「取るに足りない」ものとして見るようにとのアドバイスもいただく。牧師としての「自分がやらなければ」、地区長や教区の執行部としての「自分がやらなければ」という思いが、どうしても強くなってしまう。「伝道しなければ20年後・30年後の教会がなくなる」、「教勢を増やさねば20年後・30年後の教会がなくなる」というプレッシャーを、私たちは常にかけられている。しかし神様は、「あなたの務めは取るに足りないものでいいのだよ」と語って下さるのである。「数や力に勝るものでなくとも良く、小さな働き・ささやかな働きで良い」と言って下さる。そして「それを誇ってよい」と言って下さる。そのことは、私たちにとってどれほどの慰めであろうか。

5 それでも、「私がやらなければこの家族はどうなるのか。この教会の未来はどうなるのか」と言われるかもしれない。そのような私たちにパウロは、「私たちの『取るに足りない』働きを神様が成長させて下さるから大丈夫だ」と励ましてくれたのである。私たちの拙い小さな働きを受けとめて、それを不思議にも成長させて下さるのは、神様なのである。私たちではないのである。
 そもそも「成長」とは何なのか。今の時代社会において、私たちが普通に「成長」と思うのは、数と力で勝るようになることであろう。しかし、神様が与えて下さる成長とは、そういうものなのだろうか。むしろ、私たちが成長と思うことと、神様のそれとは、大きく違っているのではなかろうか。イザヤ書の2章1節から11節には、有名な「終わりの日」についての預言が、また「剣や槍を打ち直して鋤や鎌にする」と記されていた。「終わりの日は、それまで私たちが目標として目指していた山々や峰のどれよりも、神様の山が高くそびえるようになり、そこに向かって私たちが、決して無理強いされてではなく、喜々として登って行けるようになる時だ」とあった。そういう時にこそ、それまで手にしていた剣や槍を鋤や鎌に打ち直し、争いがなくなるというのである。
 数や力で勝ろうとする「成長」というものが、私たちが目標にしていた山々・峰ではないかと思う。しかし、終わりの日には、そういう山々、そういう峰よりも、神様の山が高くそびえるようになるのである。私たちが目標とする山とは全く違う山が、目標なのだということが、はじめてわかるのである。「一体、私たちは、何と見当違いな山を目標とし歩んできたのか」ということがわかるのである。そういう山々に向かおうとするがゆえに、自分自身に対しても、周囲に対しても、剣や槍を振りかざし、争ってきてしまったことがわかるのである。それは、神様がそういう「成長」にピリオドを打ち、「もう終わりだよ」と言って下さる日なのである。先日の地区の社会部の研修会でが、使徒言行録のステファノにちなんで、1975年代からアメリカで実践されてきたステファノ・ミニストリーをしておられる関野牧師に、お話をうかがった。それは、ひとことで言えば、信徒が牧師の働きを助けて、教会の門を叩いた人たちの聞き役・付き添い役になるという働きだという。関野先生は、「自分が牧師になったら世界が変わるのではないか」と、まことに大きな幻を抱いたそうである。しかし、現実はそれとは全く正反対で、悩んだあげく、香港に勉強に行き、そこで指導をうけたのが、このステファン・ミニストリーだったそうである。求めていた「成長」に「終わり」を突き付けられた時、神様が与えようとされる成長への歩みというものが始まってゆくのではなかろうか。神様に仕える私たちは、本当に取るに足りない働きを成長させて下さる神様・イエス様の宝ものとされていることを誇りとしたいものである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 1月11日(日)降誕節第7主日礼拝

『申命記 7章 1~15節』

07:01あなたが行って所有する土地に、あなたの神、主があなたを導き入れ、多くの民、すなわちあなたにまさる数と力を持つ七つの民、ヘト人、ギルガシ人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人をあなたの前から追い払い、 07:02あなたの意のままにあしらわさせ、あなたが彼らを撃つときは、彼らを必ず滅ぼし尽くさねばならない。彼らと協定を結んではならず、彼らを憐れんではならない。 07:03彼らと縁組みをし、あなたの娘をその息子に嫁がせたり、娘をあなたの息子の嫁に迎えたりしてはならない。 07:04あなたの息子を引き離してわたしに背かせ、彼らはついに他の神々に仕えるようになり、主の怒りがあなたたちに対して燃え、主はあなたを速やかに滅ぼされるからである。 07:05あなたのなすべきことは、彼らの祭壇を倒し、石柱を砕き、アシェラの像を粉々にし、偶像を火で焼き払うことである。 07:06あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされた。 07:07主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった。 07:08ただ、あなたに対する主の愛のゆえに、あなたたちの先祖に誓われた誓いを守られたゆえに、主は力ある御手をもってあなたたちを導き出し、エジプトの王、ファラオが支配する奴隷の家から救い出されたのである。 07:09あなたは知らねばならない。あなたの神、主が神であり、信頼すべき神であることを。この方は、御自分を愛し、その戒めを守る者には千代にわたって契約を守り、慈しみを注がれるが、 07:10御自分を否む者にはめいめいに報いて滅ぼされる。主は、御自分を否む者には、ためらうことなくめいめいに報いられる。 07:11あなたは、今日わたしが、「行え」と命じた戒めと掟と法を守らねばならない。 07:12あなたたちがこれらの法に聞き従い、それを忠実に守るならば、あなたの神、主は先祖に誓われた契約を守り、慈しみを注いで、 07:13あなたを愛し、祝福し、数を増やしてくださる。主は、あなたに与えると先祖に誓われた土地で、あなたの身から生まれる子と、土地の実り、すなわち穀物、新しいぶどう酒、オリーブ油など、それに牛の子や羊の子を祝福してくださる。 07:14あなたはすべての民の中で最も祝福される。あなたのうちには子のない男も女もなく、あなたの家畜にも子のないものはない。 07:15主はあらゆる病気からあなたを守り、あなたの知っているエジプトのあらゆる重い病気にかからせず、あなたを憎むすべての者にこれを下す。

説教:『神の宝の民として』

1 まず申命記とは、どのようなものか。
 申命記は、英語ではデュートロミー。これはギリシャ語のデュートロノミオンをそのまま英語表記にしたものである。デュートロとは2番目という意味、ノミオンとは法律とか決まりを意味するノモスから変化した言葉である。モーセは、神様から「あなたは約束の地に入ることはできない」と言われた。それで、これからパレスチナに入って行こうとするイスラエルの人々への、言わば遺言のようなものとして、神様の命令(ノモス)を2度目に(よくよく、改めて)語った。それがこの申命記である。
 とは言うものの、果たしてこれが事実かと言うと、到底そうは言えないだろうと言うのが、今日の定説である。確かに神様からモーセが聞き、イスラエル人に語った言葉もあるにはある。それが口伝えに伝えられ、ある時から文字に記され、それが元になって申命記の土台となるような書物が書かれたのであろう。列王記(下)22章8節以下、ヨシア王がエルサレム神殿の修理をしていたとき、神殿の中から「律法の書」を見つけたとあった。これが今の申命記の元となるものだと言われている。しかし、それは今の申命記のごく一部分にしかすぎない。これに色々なものが付け加えられて今の形として書かれ編纂されたのは、恐らくはバビロン捕囚のさなか祭司を中心とする人々によってであっただろうと考えられている。
 バビロン捕囚のさなかにまとめられたというのがミソである。4節に「主の怒りが・・・速やかに滅ぼされるからである」とあった。申命記は、これが現実になったさなかに書かれたものなのである。当然、その信仰の立場とは、なぜ自分たちはこうなってしまったのか、なぜ神様の怒りにあって滅ばされてしまったのか、そのことを問うものであった。すると歴史を溯っていって、はるか昔、先祖がパレスチナに入った時にこうすべきであったのではないかという答えに行き着く。それが、モーセを通して、神様の命令として語られたという場面設定となるのである。

2 そういう背景を知ると、2節の「滅ぼし尽くさねばならない」という恐ろしい言葉の意味を理解することができる。申命記にも、ヨシュア記にも、「滅ぼし尽くせ」という神様の命令が何度も出てくる。これを、いったいどのように受け止めたら良いのか、私たちは悩むのである。滅ぼし尽くせという神様の言葉をどう理解したらよいか、そのことを昨年関東教区の女性部の総会・修養会にお招きした小友先生に、お聞きした。小友先生でさえ、とても難しい問題だとおっしゃっていた。
 中には、これを文字通り神様の命令として読む人々がいる。これを神様の絶対的な命令として受け止めた人々は、アフリカや南北アメリカ大陸に入って、先に住んでいた人々を追い払い、絶滅させたことさえ正当化する。今日のイスラエルも、パレスチナの人々を追い払う理由として、このような一連の聖書の言葉を根拠としている。しかし、この言葉は、決して文字通りの意味ではない。
 それは、祖国を滅ぼされてバビロンに捕虜とされたイスラエル人が、あのとき先祖はどうすべきであったのかという問いから聞こえてきた神様の言葉だったのである。そこには、何よりも祖国を失うべきではなかった、国土を奪われるべきではなかったという立場があった。どうしてこうなったのかと言えば、周囲の人々と婚姻関係を結び、いつの間にか彼らの信じている神々に仕えるようになったので、神様の怒りを買ったからだと考えた。だから、「先ずは滅ぼし尽くすべきであった」、「婚姻関係など結ぶべきではなかった」、「様々な契約をすべきではなかった」と考えた。或いは、伝えられてきた神様の言葉を、そういう意味から受け止めた。あくまで、国や領土を失ってはいけないという立場に立って聞いた神様の言葉だったのである。しかし、それは本当に真実の神様の言葉だったのか。私は疑問に思うのである。
 これは、旧約聖書全体を通しての根本的な問いである。神様はアブラハム以来、何度も繰り返して、この地をイスラエルの人々に与えると約束してきた。しかし、それは果たして、どういう意味だったのか。7章1節には「所有する土地」とある。関根正雄先生は、ここを「所有する」ではなく、民数記にあった「嗣業」という言葉の「嗣」から、「嗣ぐ」と訳した。私は適切な訳だと思った。
 確かに神様は、イスラエルの人々に、この地を与えた。しかしそれは、あくまでも、くじ引きの結果として偶然に住む場所が与えられたというものであった。所有ということで言えば、それは神様の手にあった。イスラエル人が所有するという形態ではなかった。前から住んでいた人々を追い出し、文字通り滅ぼし尽くしてのものなどでは、決してなかった。実態は、共存だった。むしろ現実には、、そもそも滅ぼすことなどできない人々だった。彼らと争って土地を所有しょうとしたからこそ、逆に彼らと協定を結び、姻戚関係となり、結果的には、彼らの神々に引き込まれ、彼らの価値観にどっぶりと染まってしまったのだった。そして滅びへと向かったのだった。「どうすれば祖国や領土をバビ口ニアに奪われなかったのか」、「土地所有を失うことがなかったのか」という立場からしか神様の言葉を聞くことができなかったなら、その立場で聞いた言葉は、本当には神様の言葉とは言えないと私は思う。

3 では、奧底にあった本当の神様の御心は何だったのか。所有するのではなく、イスラエル人はパレスチナの地にただ住む。そうするにあたって心すべきことがあった。それが神様の御心だったと私は思うのである。それは、やはり先に住んでいた住民との関係なのであった。そこに住むことになれば、様々な契約を交わし、姻戚関係を結ぶことも起きるこのになる。しかし、確かに、彼らとそういう関係を結べば結ぶほど、彼らの神々に仕えるようになって、滅びを招くということがあった。だから、たとえ彼らとつながりを持ったとしても、決して彼らの神々に仕えてはならず、また彼らの価値観や生き方に染まってはならないということだったのである。埋もれてはならないということだったのである。
 では、彼らの価値観や生き方とは、どういうものであったか。その核心にあったのは、彼らが「あなたに勝る数と力を持つ7つの民(1節3行目)」という点なのであった。7とは、完全数である。彼らは数と力では完全で、イスラエル人は数と力では決して太刀打ちできないパーフェクトな民だということを意味していた。40年ほど前に、カデシュという場所から偵察隊を遺わしたとき、彼らがもたらした報告は「そこに住んでいる人々は巨人のように強く大きく、町という町は城壁に囲まれている(民数記13章28節以下)」というものだった。「そのような人々が、あなたがたを手ぐすねを引いて待っている。あなたがたを取り込み、あなたがたを滅ぼし尽くそうと待っている」という状況だった。「だから、あなたがたは、そういう人々と戦ってゆかねばならない」ということだった。神様の御心は、「滅ぼし尽くせ」ではなく、むしろ反対に、「滅ぼし尽くされないようにせよ」ということなのであった。負けないように、ということなのであった。
 では、どう戦うのか。彼らと同じ土俵に引き込まれ、数と力で戦おうとしても、負けは完全に見えていた。だから、数や力によってではなく、全く違う土俵で、違う武具をもって立ち向かってゆかねばならなかった。そうすれば勝利できた。文字通りの意味ではないが、「勝利する」ということが「滅ぼし尽くせ」の意味であった。それは、数や力で勝って、文字通り滅ぼすことを意味していなかったのである。価値観や生き方の点で、あるいは信仰の面で、先住民のそれに打ち勝ち、飲み込まれずに独立を保つということを意味していたのである。
 先住民を追い出し、滅ぼし尽くすことなど、できるはずがなかった。そうしようとすれば結局は、数と力で戦おうとすることになった。今のイスラエルや、それを支持する人々がやっているのは、数や力で勝とうとしていることである。それは決して神様の御心ではない。勝っているとしても、むしろ根本的には数と力を行使する彼らによって滅ぼされてしまっている姿でしかないのである。

4 それでは、この困難な戦いのために、神様は、私たちに、数や力ではなく、どのような武具を与えて下さるのか。それが、6節から8節の御言葉に記されている。ここには、申命記の中でも、とくに有名な御言葉が記されている。神様は、イスラエル人に心引かれて彼らを宝とされた。では、神様がなぜイスラエル人を宝としたのか。その理由は、彼らが「どの民よりも数が多かったからではない。他のどの民よりも貧弱であった」からだという。何が武具なのかといえば、それはこの神様の選びなのであった。「神様が、誰よりも貧弱な私たちを、神様自身の宝物として選んで下さった」ということを武具として、7つの完全な民に、数と力の戦いに打ち勝てということであった。
 彼らは、数と力の尺度をもって私たちに挑み、「お前達はなんと貧弱なことか、価値のないものか、生きていても無意味だ」と嘲った。数と力の豊かさを持っていなかった者など、何の価値もないと言うのだった。「明日の友」という雑誌に、淀川キリスト教病院のチャップレンと、関西いのちの電話養成講座講師との対談が載っていた。チャップレンの藤井さんは「ホスピスで一番よく聞く言葉は、『生きている意味がない』です。迷惑をかけて、家族の負担になって、自分が生きていても意味がないから早く死んでしまった方がいいと本当にたくさんの方がおっしゃいます。人に迷惑をかけない存在であるべきというとらわれが、自分自身の今を受け入れられなくしているのでしょうね」と言っていた。
 藤井さんが言うように、まさに私たちは、囚われているのである。とらえているのは、いつまでも元気で健康で人様に迷惑をかけない存在でありたいという、元気さや、健康の力、それをより所として生きる生き方であり、価値観なのである。病気や弱さを持たない「完全な者」であることにおいて勝利しようとする価値観なのである。しかし、私たちすべてが、いつかは「この世で最も貧弱な者」になってゆく。その時に、数と力で勝とうとする価値観に囚われているからこそ、生きていても意味がないと口にするのである。それが滅びなのだる。そうならないためのただ一つの武具は、ただ神様の選びなのである。神様は、この世で最も貧弱な私たちを、神様自身の宝とされるということが武具なのである。
 一体なぜ神様は、そのような選びをされるのか。7節にある「心引かれた」という言葉は、本当に独特の言葉で、ある聖書の訳では「恋い慕って」と訳されているという。それは、私たちが異性を恋い慕うという意味で用いられる言葉である。神様は、数や力で勝る者ではなく、最も貧弱な者を恋い慕われるのである。私たちが貧弱な者とされたとき、神様はそのような私たちを恋い慕って下さるのだと、特別に必要とし大切に思い宝物として下さるのだと思うことができたら、どれほど慰めとなることか。このようにして神様は、私たちを滅ぼそうとする7つの民に打ち勝って下さるのである。私たち自身が勝つのではなく、神様が勝って下さるのである。
 そして、神様の勝ち方は、数や力によってではなく、貧弱な私たちを選ぶことによってなのである。それは、十字架の上で最も貧弱で、あざ笑われ、役に立たない者と唾棄されたイエス様の選びに行き着く。このイエス様を、神様は最大の宝とされた。だからこそ神様の最大の宝だったイエス様だけが、永違の命をいただいたのである。数や力で勝とうとする民は、イエス様を十字架にかけて殺したように、一時は私たちにも勝つであろう。しかし、十字架につけられたイエス様が復活し、今も生きておられるということは、十字架という貧弱さと私たちの貧弱さこそが神の宝とされ、いつまでも存続するものであると教えてくれているのである。神様が十字架のイエス様を最大の宝とされたことが、私たちの支えとなり励ましとなるのである。そのことは、この世の7つの完全な民、数と力で勝とうとする生き方に、私たちが滅ぼし尽くされないで生きるための武具となるのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 2月4日(日)降誕節第6主日礼拝

『ヨハネによる福音書 4章 31~42節』

04:31その間に、弟子たちが「ラビ、食事をどうぞ」と勧めると、 04:32イエスは、「わたしにはあなたがたの知らない食べ物がある」と言われた。 04:33弟子たちは、「だれかが食べ物を持って来たのだろうか」と互いに言った。 04:34イエスは言われた。「わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである。 04:35あなたがたは、『刈り入れまでまだ四か月もある』と言っているではないか。わたしは言っておく。目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている。既に、 04:36刈り入れる人は報酬を受け、永遠の命に至る実を集めている。こうして、種を蒔く人も刈る人も、共に喜ぶのである。 04:37そこで、『一人が種を蒔き、別の人が刈り入れる』ということわざのとおりになる。 04:38あなたがたが自分では労苦しなかったものを刈り入れるために、わたしはあなたがたを遣わした。他の人々が労苦し、あなたがたはその労苦の実りにあずかっている。」 04:39さて、その町の多くのサマリア人は、「この方が、わたしの行ったことをすべて言い当てました」と証言した女の言葉によって、イエスを信じた。 04:40そこで、このサマリア人たちはイエスのもとにやって来て、自分たちのところにとどまるようにと頼んだ。イエスは、二日間そこに滞在された。 04:41そして、更に多くの人々が、イエスの言葉を聞いて信じた。 04:42彼らは女に言った。「わたしたちが信じるのは、もうあなたが話してくれたからではない。わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であると分かったからです。」

説教:『あなたがたの知らない食べ物』

1 ヨハネによる福音書の4章1節以下で、「水」が主題になっていた。ここでは「食べ物」がテーマになっている。32節、イエス様は弟子たちに「わたしにはあなたがたの知らない食べ物がある」と言った。その言葉を援用すれば、4章1節以下の主題は、「あなたがたの知らない水がある」ということになろう。
 その当時に至るまで1000年以上涸れたことのない「ヤコブの井戸」から、サマリアの女性は水を汲んで飲んでいた。彼女は、5人もの男性との遍歴を重ね、イエス様と出会ったときには6人目の男性と生活を共にしていた。ここには、彼女が飲んでいた水がどのようなものであったかが、象徴的に示されていると改めて感じる。それは1000年以上も涸れることがなく、代々にわたって人間を潤してきた水であった。そして、人を愛し、人とのその絆を築くことによって人間を潤してきた水というものを示していた。それは夫婦や家族といった愛する人々とのつながりであり、また、お金や土地を得ること等の経済的な潤いであり、また民族や国家というものの存在から与えられてきた水なのであろう。彼女のように私たち人間は、長い間、そのような水を十分に飲んできたのである。
 しかし、それでも癒されることのない渇きが彼女にはあった。彼女が知ることができず、また手に入れることのできなかった水があり、それをイエス様との出会いによって与えられたのだった。29節や30節にあるように、「わたしが行ったことをすべて言い当てた方がいます」と、彼女はイエス様のことを町の人々に語った。その言葉にこそ、彼女がイエス様を通して得た水が何であったかが語られている。だれも言い当てたことのない彼女の心の奥底に隠れていたものに、光が当てられたのであろう。彼女自身も気づかなかった部分に、神様が光を当てて下さったのだと彼女は感じたのであろう。それは彼女を責めるような光ではなく、彼女を貴いと認めて下さる光だったのだと私は思う。イエス様を通しての、そのような神様の出会いこそが、尽きることのない水となったのだった。それが、私たちの知らない水、この世の井戸からは決して汲むことのできない水だったのである。サマリアの女性との、このような水を巡る対話から、今度は、弟子たちとの食べ物についての問答へ、この世からは決して得られない食べ物のことへと、主題が移ってゆく。

2 物語は、町へ食べ物を買いにいっていた弟子たち(4章8節)が帰ってきて、イエス様に食事を勧めた場面から始まる。弟子が「ラビ(先生)、食事をどうぞ」と言うと、イエス様は唐突に「わたしには、あなたがたの知らない食べ物がある」と言われた。弟子たちは「だれかが食べ物を持って来たのだろうか」と互いに言いあった。おそらくイエス様は、とても満ち足りた様子だったのだろうと想像できる。弟子たちが食べ物を買いに町に出掛けたときには、旅に疲れ、喉がかわき、お腹もすかせて、井戸端にへたりこんだ様子だったのに・・・。それで弟子たちは、だれかが食べ物を持ってきたのかと思ったのだった。しかし、言うまでもなく、イエス様を満ち足りた様子にさせたものは、食べ物ではなく、サマリアの女性との出会いと対話であり、彼女が神様に出会って別人のようになって帰っていったことだったのである。それは「私の食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げること」というイエス様の言葉に込められていた。
 サマリアの女性が、ヤコブの井戸、そして何人もの男性との生活から水を汲み上げようとしたように、弟子たちも町に行き、乏しいお金を使って懸命に食べ物を手に入れた。そういう弟子たちに、「あなたがたは、そのような食べ物しか知らないのだね」と、イエス様はまず言った。そして「私にはあなたがたの知らない食べ物があるのだ」と続けたのだった。「井戸端に疲れて座り込み、お金もなく、この世の食べ物など何ひとつ得られなかった私が、今このように満腹できる不思議な食べ物があるのだ」ことを弟子たちに教えた。「そんな不思議な食べ物があることを知りなさい。そういう食べ物によって満ち足りることを体験しなさい。それこそが、あなたがたにとって、なくてはならないものなのだ。それこそが、あなたがたの血や肉や骨となりエネルギーとなり、生きる糧となる食べ物なのだよ。」と。

3 では、それはどのような食べ物だったのか。どのようにして、私たちはそれを手に入れることができるのだろうか。34節の「わたしの食べ物とは・・・」というイエス様の言葉から、イエス様の言う食べ物と、私たちが知っている食べ物との間には、大きな違いがあることが分かる。私たちが知っている食べ物の特徴は、自分のお腹の中に、それを摂取することにある。自分の中へひたすら取り込んでゆき、食欲を満たす食べ物である。しかし、私たちの腹の欲というものは、どこか底無し沼のようなところがあり、満たそうとしても満たすことができないようなことがしばしばある。自分の欲を満たそうとして食べ物を取り入れようとすると、なぜかどんなに食べても満足することができない。私たちの知っている食べ物には、そういう特徴があるように思う。ところが、イエス様がここで教えた食べ物は、自分の腹にそれを取り入れて自分お腹の欲を満たすということがどこにもない。「わたしをお遣わしになった方」、つまり神様の御心を行い、その業を成し遂げるというのだから、言わば神様の腹を満たすものが、イエス様の教える食べ物なのである。
 では、神様の腹は、どんな食べ物によって満腹されるであろうか。神さまは、私たちのどんな業によって満たされるのであろうか。神様は、私たちに、どれだけ大きなことを要求されるのであろうか。底無し沼のように、私たちに過大なことを求めるのであろうか。「そうではない」と、いつも教えられている。箴言の16章8節に、「稼ぎが多くても正義に反するよりは、僅かなものでも恵みの業をする方がよい」と書かれていた。神様は、私たちに稼ぎの多いことを望まず、たとえ僅かな働きではあっても、恵みの業を望むのである。小さな働きではあっても、それが誰かのために恵みとなるならば、それを神様は喜んで下さる。神様のお腹を満たすのは、僅かな恵みの業である。イエス様が、サマリアの女性になされたのも、恵みの業ではなかったか。彼女に神様の眼差しを得させた。何人もの男性を、とっかえひっかえして村八分にされていたような女性が、神様の目には貴い存在なのだという恵みが与えられた。この世のどこにもない、ただ神様だけが投げかけることのできる視線が注がれたのだった。

4 自分の腹の欲を満たすために、自分自身の中に摂取する食べ物ではなく、神様に喜んでいただき、具体的には、周りにいる誰かの恵みとなるような僅かな働きをすることが、神様が私たちに与えて下さる不思議な食べ物であり、私たちを満ち足らせて下さるものなのである。
 私はここで、旧約聖書の列王記17章8節以下の、預言者エリヤとシドンのサレプタという町に住んでいた未亡人との出会いの物語を思い起こた。その未亡人は、ひとり息子を抱えていた。わずかに残った焚き木を燃やして、最後に残った粉と油を使ってパンを焼き、あとは死ぬのを待とうとしていた矢先だった。神様は、わざわざこのような女性のもとへエリヤを遣わしたのだった。そして、あろうことか、彼女に向かって「ではまず、その焼いたばかりのパンを自分に食べさせよ」とエリヤに言わせたのだった。まず自分に食べさせてから、あなたがた親子が食べよと。未亡人は、その通りにした。すると「壷の粉は尽きることなく、瓶の油もなくならなかった(列王記上17章16節)」。
 私たちが知っている食べ物とは、私たち自身の空腹を満たすため自分自身の内側へと取り込む食べ物のみである。それがなくなると、私たちはもうだめだと思い、希望を失ってしまう。しかし、そこに神様の下さる不思議な食べ物があり、それは決してなくなるものではないということを、この物語は教えてくれている。彼女は、馬鹿げたことを求める旅人に僅かなものをもって恵みの業をした。そうすることのできる心は、なくなってはいなかった。恵みの業ができること、その心を失ってはいなかったことが、壷の粉・瓶の油がなくならないという不思議な現象として現れたのだった。

5 35節以下は、理解するのが難しいと感じさせる箇所である。様々な人が、いろいろな解釈をしている。著者ヨハネ自身も、もしかすれば、はっきりとした理解がないままに書いたのかもしれない。だから、はっきりとその言わんとするところが伝わってこないのかとも思える。私が自分なりに、こんな意味ではないかと了解できた点は以下のようなことである。
 これまでの流れを受けて、イエス様は、私たちがこの世の食べ物を得ることと神様が下さる食べ物を得ることとを比較対照して教えて下さっているのではないかと感じるのである。恐らく当時流布されていたであろう二つのことわざを引用して。それらは「刈り入れまでまだ4カ月ある」と、「一人が種を蒔き、別の人が刈り入れる」という二つのことわざである。いずれのことわざも、刈り入れまでは何があるかわからないこと、収穫の難しさというものを教えている。この世の食べ物を得るのは、このように難しい。難儀なのである。まずイエス様は、この世の食べ物を得ることの難しさを、語ったのだと思う。
 ところが、神様が下さる食べ物の刈り入れはどうか。イエス様は、サマリアの女性との出会いから、思いがけないすばらしい収穫を得たのだった。列王記には、僅かでも恵みの業をすればよいとの神様の御心を行うことにおいて、私たちにはすばらしい収穫がもたらされ、食べ物が与えられるとあった。そういう意味で、私たちの前には、至るところに色づいて収穫を待っている畑があると言える。収穫物が何もない人生のフイールドなどないのである。豊かな食べ物を刈り入れることができるのである。
 この世の食べ物を手に入れる収穫においては、種蒔きや雑草取りなどの労苦がまずあって、その末にやっと刈り入れ時が来る。現代社会では、ますます、食べ物を得ることは長い時間の労苦の末にやっと与えられるものになってきている。自分がふさわしく働くことだけが、自分への食べ物を与えるのだという考え方が、ますます強くなっている。そうすると「働くことのできない人や、仕事のできない人は、食べられなくても当然だ」という考え方になってしまう。これが私たち人間の知っている食べ物の特徴なのである。自分たちが労苦した分だけの食べ物しか手に入れることができないというのが、人間の知っている食べ物の特徴なのである。
 38節でイエス様が教えようととしたのは、このような私たちの知っている食べ物における自分の労苦と手に入る食べ物との相関関係を、断ち切ることではないかと感じるのである。神様の下さる不思議な食べ物は、思いもかけず、私たちの労苦以上に豊かなものなのである。私たちができるほんの僅かな恵みの業に対し、神様はまことに驚くべき豊かな収穫を与えて下さるのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 1月28日(日)降誕節第5主日礼拝

『民数記 35章 1~15節』

35:01エリコに近いヨルダン川の対岸にあるモアブの平野で、主はモーセに仰せになった。 35:02イスラエルの人々に命じなさい。嗣業として所有する土地の一部をレビ人に与えて、彼らが住む町とし、その町の周辺の放牧地もレビ人に与えなさい。 35:03町は彼らの住む所、放牧地は彼らの家畜とその群れ、その他すべての動物のためである。 35:04レビ人に与える町の放牧地は、町の城壁から外側に向かって周囲千アンマとする。 35:05あなたたちは、町の外から東側に二千アンマ、南側に二千アンマ、西側に二千アンマ、北側に二千アンマ測り、町をその中央に置かねばならない。これが彼らの町の放牧地となるであろう。 35:06あなたたちは、人を殺した者が逃れるための逃れの町を六つレビ人に与え、それに加えて四十二の町を与えなさい。 35:07レビ人に与える町は、合計四十八の町とその放牧地である。 35:08イスラエルの人々の所有地の中からあなたたちが取る町については、大きい部族からは多く取り、小さい部族からは少なく取り、それぞれ、その受ける嗣業の土地の大きさに応じて、その町の一部をレビ人に与えなければならない。 35:09主はモーセに仰せになった。 35:10イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。あなたたちがヨルダン川を渡って、カナンの土地に入るとき、 35:11自分たちのために幾つかの町を選んで逃れの町とし、過って人を殺した者が逃げ込むことができるようにしなさい。 35:12町は、復讐する者からの逃れのために、あなたたちに用いられるであろう。人を殺した者が共同体の前に立って裁きを受ける前に、殺されることのないためである。 35:13あなたたちが定める町のうちに、六つの逃れの町がなければならない。 35:14すなわち、ヨルダン川の東側に三つの町、カナンの土地に三つの町を定めて、逃れの町としなければならない。 35:15これらの六つの町は、イスラエルの人々とそのもとにいる寄留者と滞在者のための逃れの町であって、過って人を殺した者はだれでもそこに逃れることができる。

説教:『逃れの町』

1 34章からこの35章は、いよいよパレスチナの地に入ってゆこうとしていたイスラエル人が、どのように住む場所を決めたかということについての神様からの指示が記された箇所である。34章13節以下、モーセは神様からの指示により、くじを引いて住む土地を決めるようにと伝えた。くじ引きで与えられた土地は、聖書では『嗣業(しぎょう)』と呼ばれる。しかし、レビ人だけは、そういう形では住む場所を与えられなかった。2節にあるように、他の部族に嗣業として与えられた土地の一部が、レビ人に分け与えられたという。7節によれば、レビ人に与えられた町は、合計48であったとある。そして、注目すべきことは、そのうちの6つの町が「逃れの町」としてレビ人に特別に託されたということである。この町についての詳しい規定は、9節以下に書かれている。端的に言えば、11節と12節にあるように「誤って人を殺した者が逃げ込むことのできる町」、「復讐する者からの逃れのため」の町だとある。
 私が神学校時代に買い求めた旧約聖書の神学書には、この逃れの町についての詳しい記述が全くなかった。手元にある聖書辞典にも、ごく短く説明されているだけである。おそらく歴史上、このような町が実際にイスラエルに存在したのかどうかは定かではないのであろう。しかし、現実に存在したかどうかはともかく、イスラエル人がパレスチナの地に住もうとしたときに、神様が、このような特別な町を作るように命じられたということには、とても心を引かれる。日本の中世にも、そのような特殊な場所があったということを、何かで読んだことがある。そのような場所として、私たちがよく耳にするのは「駆け込み寺」と言う言葉である。日本にも逃れの町と同じような機能を果たした場所が、古くからあったということである。このような場所の必要性を、今から3千数百年以上も前の、はるか昔に、神様がイスラエル人に教えたということは、私たちの心を深く捉える。それが私たちに語りかけているのは、端的に言えば、いつの時代にも私たちには逃れの町が必要だということだと思う。私たちの社会には、必ずそのような町がなければならないと、神様は教えている。

2 では、なぜ逃れの町が不可欠なのか。逃れの町の働きについては、35章11節後半から12節にかけて、次のように書かれている。「誤って人を殺した・・・殺されることのないためである」と。逃れの町は、誤って人を殺した人が、復讐などによって、ちゃんとした裁きを受ける前に殺されることがないように設けられた。16節以下には、誤って人を殺したとき以外、つまり故意で殺人を犯した場合に、その者が受ける刑について、また殺人事件の裁判のあり方について書かれている。故意にせよ過失にせよ、人を殺した場合には、ちゃんとした裁判を受けて犯した罪にふさわしい罰を受けるようにと教えられていたが、いずれの場合にせよ、人を殺してしまった場合には、しばしばちゃんとした裁判を経ないまま、憎しみに任せて復讐を受けたり、リンチのようなものによって犯人が殺されてしまうことがあったのであろう。遣族にとっては、故意だろうが過失だろうが、大切な人を殺されてしまったことへの憎しみは変わらないであろう。だから、しばしばそういうことになってしまったのであろう。故意で殺人がなされた場合には、死刑は仕方がないことだったかもしれない。しかし、誤って人を殺してしまった場合はどうか。全くの過失によって人を死に至らせてしまっただけなのに、故意の殺人犯と全く同様に、ちゃんとした裁きを受ける前に殺されてしまうというのは、本来その人が受けるべきではない責めやぺナルティを科されてしまうということになるのではなかろうか。だから神様は、誤って人を殺してしまった場合には、復讐による殺人やリンチから逃れるための場所が必要だと示したのではなかろうか。
 私たちには、どのような関係があるのだろうか。私たちにとっては、誤って人を殺してしまうというようなことは、全くの他人事と感じられてしまう。確かに、誤って人を殺してしまうということは、私たちにとって身近なことではないが、社会生活における人間関係の中で、本来その人が負うべきではない責めを問われ、ぺナルティを科されて、その結果として死へと追いやられてしまうということは、過去には多くあったのではないかと思う。日本では、今でも、恐らく2万件を越える自殺があるという。それは自分で自分を殺す一種の殺人であることは間違いない。他社を殺す殺人事件は、1年間で2万件などは、決しておきないが、自ら自分を殺すという意味での殺人は桁違いに多く起きている。ではその理由は何か。恐らくは、本来その人が負うべきではないことについて、自分で自分を責めるからではなかろうか。自分で自分にペナルティを科してしまうのである。あるいは家族が責めるということもあるかもしれない。皮肉なことだが、他の誰よりも愛する自分自身を、その自分が責めるのである。誰よりも深い愛情を持っている親子や夫婦が、互いを責め合うのである。そして本来、その人に背負わせるべきでないペナルティを科し、結果的に死に追いやるのである。

3 私たちの人間関係、特に自分自身や、夫婦・家族との関係が、こういうものであればこそ、神様はそこから逃げるところを持たねばならないと教えて下さったのだと思うのである。
 サマリアのスカルという町にあった井戸端で、ひとりの女性がイエス様と出会った。このエピソードは、まさしくこのようなことだったと、また改めて思う。その女性は、5人もの男性を、とっかえひっかえして6人目の男性と暮らしていた。町の人々は当然、ふしだらな女としか彼女を見なかったであろう。おそらく彼女自身も、自分をそう見るしかなかったであろう。彼女自身、自分がなぜそのような生活をしてきたのかに気づくことができなかった。彼女は、本来背負うべきでない責めやペナルティを背負わされていた。それは彼女を、死に近い状態に置いていた。たったひとり、真昼に、自分の住む町から遠く離れた井戸に水を汲みに来ていたということが、それを物語っている。
 その彼女が、イエス様との出会いによって、逃れの町を得た。イエス様との対話によって、はじめて、彼女は自分が、なぜ6人もの男性との遍歴を重ねてきたのかに、はじめて気づいたのだった。それは、男性との絆を求めたのではなく、神様との絆を求めた渇きであった。この世の男性とのつながりでは、決して満たされることのなかった渇きがあったからだった。その渇きに気づかせて下さったからこそ、「私のことを何もかも言い当てた」と彼女はイエス様のことを人々に宣べ伝えたのだった。イエス様を通して、彼女は神様の限差しの前に立たせていただいた。それによって、これまで自分自身や、町の人々、この世の人間関係のみによって科せられた責めやペナルティから解放されたのだった。彼女は「それほどまでに神様への渇きを抱いたあなたは、神様の目から見て貴いのだ」との声を聞いたのではなかろうか。
 私たちには、自分自身や家族との人間関係を離れられる、このような神様との間柄に立てる逃れの場所が不可欠なのである。私自身にも、そのような逃れの町が与えられたことがあったのを思い出した。私は前任地で精一杯、あるご婦人と、そのお子さんにかかわり、その母子の友人と共に3人を洗礼へと導いたことがあった。しかし、結果的にその母子は教会を離れ、その友人からも「あなたは牧師失格だ、やめるべきだ」と責められた。その後、訪問したときに、牧師として後にも先にも、はじめて、玄関先で、文字通りの門前払いを受けた。もう牧師をしていてはいけないのではないかと自分を責めた。事情を知っていた教会員の誰もが、私を責めなかったのに、私自身が自分を責めたのであった。牧師というのは、何度も何度も、そんなことを経験する者であろう。そんなある日の夕方、牧師館の玄関横にあったシラカバの根元に座って夕焼けを眺めていたとき、イエス様の言葉が聞こえたように感じた。ちょうど礼拝説教で与えられていたヨハネによる福音書の「あなただからこそ私たちは私の大切な羊を託すのだ。あなただからよいのだ」という言葉であった。このイエス様の言葉が、その時の私にとっての逃れの町となった。その言葉によって私は、誰でもない自分自身が自分に負わせていた責め・ペナルティから解放され、神様の眼差しのもとに置かれた。神様の眼差しこそが、私たちを人間関係における復讐やリンチから解放する。私たちを生かすのである。

4 それでは、このような逃れの町は一体、この地上のどこにどうやって存在できたのか。他の部族がレビ人に与えた48の町のうちの、6つの町に存在したという。他の部族の町ではなく、そこにレビ人が住み、レビ人が生活を営む町であった。
 民数記でもレビ記でも、イスラエル12部族の中で、レビ人は特別な役割を負っていた。民数記とは、40年の荒れ野生活の中で、最初の2年目と最後の年に、2度にわたって20歳以上の成人男性の人数が数えられたことに由来している。民数記の1章47節以下に、レビ族のみに、「イスラエルの人々と共に登録したり、その人ロ調査をしたりしてはならない」とあった。つまり、兵士としてカウントしてはならないと命じられたのだった。1章50節には「レビ人には掟の幕屋、その祭具及び他の付属品にかかわる任務を与え・・・」とある。要は、彼らは、ひたすら神様に仕え、儀式や礼拝の準備をすることに仕えたのだった。そのことが、彼らをして不満を爆発させたこともあった。民数記の16章には、レビ族に属するコラが、同じレビ人のモーセとアロンだけが表舞台に立つのを妬んで「あなたたちは分を越えている。・・・なぜあなたたち(だけ)は主の会衆の上に立とうとするのか」と言った(16章3節)と書かれていた。レビ人といえども、他の部族の人々のように、兵士として華々しい戦功をあげたいとか、モーセやアロンの様に表舞台に立って、あたかも人々の上に立つかのように脚光をあびるたいと願うこともあった。しかし、そうしたことはごく稀で、大半は専ら礼拝や儀式の裏方仕事をすることに徹していたのであった。突き詰めて言えば、神様との間柄において、そのような小さく目立たない役割を負うことに喜びを見いだすことができていたのだった。神様からいただく眼差しにおいて、喜んで生きることができていたのであった。
 そういうレビ人が生活していた町の幾つかを、逃れの町として定めよと神様は言われた。レビ人といえども、人間関係における不平不満や嫉妬が全くなかったわけではなかったであろう。しかし、それでもレビ人が生活する町では、そこには、兵士や普通の職業をする人々が作る町とは、おのずと違った価値観・尺度が行き渡っていたのであった。それは何よりも、神様との間柄の中で、神様から託された小さな裏方の目立たない役割を果たすという生き方であった。そこに神様の限差しを感じて、喜んで生きていられたという価値観であった。それがあるのが、教会であると私は思う。しかし、教会といえども人間の集まりである。それゆえの欠点を持っている。しかし教会は、私たちが神様・イエス様とのつながりの中に生きる場所なのである。その眼差しにおいて生き得る場所として、教会は逃れの町なのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 1月21日(日)降誕節第4主日礼拝

『コリントの信徒への手紙1 2章 6~16節』

02:06しかし、わたしたちは、信仰に成熟した人たちの間では知恵を語ります。それはこの世の知恵ではなく、また、この世の滅びゆく支配者たちの知恵でもありません。 02:07わたしたちが語るのは、隠されていた、神秘としての神の知恵であり、神がわたしたちに栄光を与えるために、世界の始まる前から定めておられたものです。 02:08この世の支配者たちはだれ一人、この知恵を理解しませんでした。もし理解していたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。 02:09しかし、このことは、/「目が見もせず、耳が聞きもせず、/人の心に思い浮かびもしなかったことを、/神は御自分を愛する者たちに準備された」と書いてあるとおりです。 02:10わたしたちには、神が“霊”によってそのことを明らかに示してくださいました。“霊”は一切のことを、神の深みさえも究めます。 02:11人の内にある霊以外に、いったいだれが、人のことを知るでしょうか。同じように、神の霊以外に神のことを知る者はいません。 02:12わたしたちは、世の霊ではなく、神からの霊を受けました。それでわたしたちは、神から恵みとして与えられたものを知るようになったのです。 02:13そして、わたしたちがこれについて語るのも、人の知恵に教えられた言葉によるのではなく、“霊”に教えられた言葉によっています。つまり、霊的なものによって霊的なことを説明するのです。 02:14自然の人は神の霊に属する事柄を受け入れません。その人にとって、それは愚かなことであり、理解できないのです。霊によって初めて判断できるからです。 02:15霊の人は一切を判断しますが、その人自身はだれからも判断されたりしません。 02:16「だれが主の思いを知り、/主を教えるというのか。」しかし、わたしたちはキリストの思いを抱いています。

説教:『神の霊によらなければ』

1 まず6節から7節でパウロは、この世の知恵・この世の滅びゆく支配者の知恵ではなく、隠されている神秘としての神の知恵を語るのだと言っている。神秘としての神の知恵とは、これまでずっと語られてきたように、十字架につけられたイエス様がキリスト・救い主であるという知恵である。1章25節には「神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強い」とあった。十字架のイエス様に現された愚かさや弱さによって、神様は私たち人間の考える賢さや強さを打ち砕き、そうやって私たちを救おうとなさるのが神様の知恵であると言ってもよいと思う。
 この世の知恵ということを考えるとき、昨今はどうしてもAI(Artificial Intelligence)すなわち人工知能というものを抜きにはできないと感じる。下手の横好きあるが、囲碁がわたしの趣味のひとつである。チェスや将棋は、もう随分早くにコンピューターが人間に勝ってしまったが、囲碁だけはまだしばらくは人間を追い越すことはできないだろうと言われていた。ところが、深層学習・ディープラーニング(Deep Learning)という手法によって、AIが自分自身と数え切れないほどの対局を重ねて、到底人間には考えつかないような最善手を考えだすようになり、あっと言う間に世界最強の棋士を打ち破つてしまった。
 AIが不気味なのは、なぜそのような手を考え出したのかという点が、まったくブラックボックスの中にあることだという。ゲームの世界では、結果として勝負に勝つことがゴールだから、そのゴールに向かうべく最善手を探したのだろうということはわかる。しかし最近はAIの判断は、単にゲームの世界だけではなく、たとえば採用や昇進といった人事管理や犯罪を犯した人の刑期の決定・仮釈放のよしあし、あるいは病気の診断にまで取り入れられるようになっているという。間題はその決定の中身がブラックボックスだということなのである。AIがなぜ、どのような尺度で、そのような判断を下したのかということは、人間にはわからない。私が見出しだけ読んだ週刊誌に、私たちがよく利用する世界的規模のコンピューターソフトウェア会社は、いずれ自分たちだけが世界中の物の売り買いを独占することを考えているようだと書かれていた。そういうゴールを目指している会社が開発したAIは、人間には全くブラックポックスとなるような手法によって、当然、ゲームに勝つことすなわち独占を図るようになるであろう。
 そのAIの知恵を支配している原理は、要は「勝つ」ということである。では、何によって勝つのかといえば、1章25節の言葉から言えば強さによってなのだと思うのである。強さによって勝つという原理によって人間が考え出した賢さに、さらにAIの賢さを加えることによって勝とうとすることが、この世の知恵の本質ではなかろうか。出生前診断というものが間題になっている。これがもしAIで自動的にされるようになったなら、人間が考える強さ・賢さによって、ハンディを抱えて生まれることになるだろうと診断された子どもは、最初から(生まれる前から)はじかれてしまう。わたしは、牧師になる前の1年間、所沢にある国立秩父学園という重度の知的障害者施設に併設された職員養成所で学んでいた。入学の時に講演してくださった全国障害児親の会の会長さんのお話を35年以上経った今でも忘れることができない。彼は、生まれたお子さんが障害児であると知らされて、お子さんを殺して自分も死のうと考えたと、涙ながらに言った。しかしそのお子さんは、今は家族の宝になったと言う。強さによって勝つことだけを追い求める人間の知恵が支配する社会とは、本当に滅びに至る社会だと思う。なぜならそれは、健康な人・強い人・役に立つ人だけが生きていてよい社会だからである。弱さやハンディを負う人生を排除してしまう社会だからである。しかし、私たちはどうしたってそうしたものを背負わざるを得ない者であるから、それを切り捨てる社会は、いずれ滅びるしかない社会なのである。

2 こういうこの世の知恵・滅びゆく支配者の知恵というものが、知らず知らずのうちに、私たちを支配するような社会にあって、それでもなお、そういう知恵とは対照的で、そしてそういう人間の知恵に打ち勝つてくださる神様の知恵というものが厳然としてあるということに、私は大きな励ましを覚えずにはいられない。7節の後半には、この知恵は「神が私たちに栄光を与えるために、世界の始まる前から定めておられたもの」だとある。9節には、イザヤ書の64章・65章の御言葉を自由に引用して、「(私たち人間の)目が見もせず、耳が聞きもぜず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神はご自分を愛する者たちに準備された」とある。私たちには、そのような神様の知恵があることはわからないかもしれないが、厳然として世界の始まる前から存在していたというのである。だとすれば、私たち人間が、その賢さによってAIを作り、全世界を独占しようとする会社が、私たちを知らず知らずのうちに支配しようとしても、人間が作る世界以前からあるこの神様の知恵に勝ることはできないのである。この神様の知恵に勝って、人間の知恵がこの世界を支配することはできないのである。
 神様がなぜ、世界の始まる前から、神様自身の知恵を定めていたかと言えば、私たち人間の作る社会の行く末をお見通しだったからではないかろうか。このような社会において、私たちが何を支えとし、より所として、この私たちを滅びへと向かわせるこの世の知恵と戦っていったらよいか、その武具というものを神様はちゃんと備えてくださっている。それが、十字架のイエス様に現れた愚かさと弱さなのである。十字架のイエス様の弱さと愚かさにすがることが、私たちを滅びへと向かわせる強さと賢さを求めるこの世の知恵の支配に打ち勝ってゆくことになるのである。
 ある婦人のことが、この説教の準備の間、ずっと心の中にあった。その婦人は、私たちがつくばにくる半年ほど前頃に、郡山で最後の葬儀を私がした男性のおつれあいだった。お子さんがおられないご夫婦だった。本当に、二人で支え合ってきたご夫婦であった。他教派の教会の会員であったが、その教会の牧師が天に召され、その後、どうしてもその教会に牧師が与えられなかったので、その牧師のご夫人やお嬢さんともども、そのご夫婦も郡山教会に移ってこられたのだった。その男性は、退職されて、これからと思った矢先にガンがみつかり、あっと言う間に天に召された。私は、私のことを本当に頼りにされていたその婦人を郡山に置いて、こちらに来てしまい、それでもここ何年かは、お元気にされておられた。しかし、先日お電話をしたら、心身ともに疲れ果て、九州のお姉様のおられる高齢者住宅に一結に住まわれることになったとのことであった。電話での様子が余りにも憔悴しきった感じで、かける言葉もみつからなかった。
 今日の御言葉を読んで、その婦人もまた、この世の知恵というものに支配されてしまったのだと私は感じたのである。確かに、最愛の伴侶をなくされたということは悲しみである。弱さである。この世の知恵というものは、それをただ弱さとして、悲しみとしてしか感じさせず、それを人生の中から切り捨ててしまうようにさせる。しかし勿論、排除などできない。それを背負った人生は、どんどん落ち込んでしまうしかないのである。生きる喜びを奪われてしまうのである。強いこと、悲しみのないこと、マイナスのないこと、そういう人生だけが勝利であり幸いだと思わせるところに、いつのまにか私たちを滅ぼす支配者たちの知恵が入り込んでいるのをひしひしと感じた。本当にこの世の知恵は、私たちの心身を支配し滅びへと至らせてしまうものなのである。

3 それゆえに神様は、このような知恵に立ち向かい、それに打ち勝つことのできるものとして、神様自身の知恵を、厳然として存在させて下さっている。その知恵はイエス様の十字架の愚かさと弱さに現れている。イエス様は十字架によって、そのキリスト・救い主としての使命を成し遂げたのである。イエス様が、十字架の弱さと愚かさに身を置いて下さったことによって、まずは弱さと愚かさの中に置かれる私たちを、みもとへと引き寄せ、イエス様へと結び付けて下さるのである。
 ヨハネによる福音書の4章の、あるサマリヤの女性とイエス様との出会いの場面を思い出して欲しい。渇きを抱えて村八分のような状態に身を置いて、たったひとり井戸に水を汲みにきた女性に、イエス様は健やかで何にも困っていない存在として、上から目線で何かを教え諭したのではなかった。その反対に、旅に疲れ、井戸端にへたり込み、イエス様の方から「水を飲ませてください」と彼女に頼んだのだった。イエス様は、彼女以上に渇いておられた。そこに、彼女がイエス様と出会い、引き寄せられた要因があった。昼の12時ころに「水を飲ませて下さい」とおっしゃったイエス様の姿は、やはり正午頃に十字架に付けられて十字架の上で「渇く」と言われたイエス様の姿に重なるものだと昔から言われている。このように、イエス様が、十字架の上で、私たち以上の弱さや愚かさを背負って下さった。その姿が、弱さと愚かさに打ちひしがれる私たちを、引き寄せて下さるのである。
 引き寄せられたことで、イエス様から、この女性へと水が流れ込んでいったように、私たちにも何かが流れ込んでくる。それは、何よりも弱さを背負うことに意義があるということだと私は思う。イエス様が、キリストとしての使命を成し遂げるために、弱さを担われたのだから、私たちが弱さを背負うことにも意義があるはずである。弱さを背負わずには果たせない役割があると悟ることができるである。大切な使命を果たすためにこそ弱さを担うのである。それをイエス様から教えられて、私たちは弱さや愚かさを背負った人生を受容する。このようにして、十字架にあらわされた愚かさと弱さとが、私たち人間を滅びへと至らせる強さと賢さに勝るのである。強さと賢さを求めることによって滅びるしかない私たちを救うのである。

4 このような十字架における神様の知恵は、世界の始まる前から定められ、厳然として存在しているのだが、残念ながら9節のイザヤ書の御言葉が言うように、私たちの目には見えず、耳には聞こえない。隱されている神秘・ミステリーとしての神の知恵なのである。だから、これが、この世の知恵によって支配され、滅びへと至らせられている私たちの武具として手に取ってもらうようになることは、なかなか簡単なことではない。それがどのようにして私たちに与えられるかを語っているのが10節以下の御言葉である。
 神の知恵を授かるためには、神の霊によるしかないとパウロはここで語っている。では神様の霊とは何を通して与えられるのか。どんなことを通して神の霊が注がれ、十字架におけるイエス様の愚かさと弱さが、私たちを救うと信じられるようになるのか。ただ黙っていて、オートマティカルに神の霊が注がれるのではないのだと思う。2章3節以下に書かれていたのは、神の霊は、パウロがコリントの人々に「衰弱し恐れに取りっかれひどく不安」な中で、十字架のイエス様がキリストであるとひたすら語ったゆえに注がれたということであった。それによって「わたしの言葉もわたしの宣教も、知恵にあふれた言葉によらず霊と力の証明によるもの」となったとあった。だから大事なことは、礼拝において、たとえそれを受け入れてくれる人が少なくとも、十字架のイエス様の愚かさと弱さが語られることではなかろうか。
 1章21節には、「神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと考えた」ともある。宣べ伝える内容そのものも、十字架に付けられたイエス様が救い主であるという愚かなものであるが、それを宣べ伝える方法もまた宣教という愚かな手段によってなのであった。もし神の霊を効率的に賢く注ごうとしたなら、何か特別な方法によってなした方がよいように思う。しかし神様は、愚かで非効率的で弱い手段を取ったのだった。それは、衰弱し、恐れに取りつかれ、ひどい不安の中にあったパウロのような私たち牧師の、つたない説教によって、十字架を語ることによってなのである。それを神様は、よしとされているのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 1月14日(日)降誕節第3主日礼拝

『ヨハネによる福音書 4章 1~26節』

04:01さて、イエスがヨハネよりも多くの弟子をつくり、洗礼を授けておられるということが、ファリサイ派の人々の耳に入った。イエスはそれを知ると、 04:02――洗礼を授けていたのは、イエス御自身ではなく、弟子たちである―― 04:03ユダヤを去り、再びガリラヤへ行かれた。 04:04しかし、サマリアを通らねばならなかった。 04:05それで、ヤコブがその子ヨセフに与えた土地の近くにある、シカルというサマリアの町に来られた。 04:06そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。正午ごろのことである。 04:07サマリアの女が水をくみに来た。イエスは、「水を飲ませてください」と言われた。 04:08弟子たちは食べ物を買うために町に行っていた。 04:09すると、サマリアの女は、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と言った。ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである。 04:10イエスは答えて言われた。「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」 04:11女は言った。「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。 04:12あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです。」 04:13イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。 04:14しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」 04:15女は言った。「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」 04:16イエスが、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」と言われると、 04:17女は答えて、「わたしには夫はいません」と言った。イエスは言われた。「『夫はいません』とは、まさにそのとおりだ。 04:18あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたは、ありのままを言ったわけだ。」 04:19女は言った。「主よ、あなたは預言者だとお見受けします。 04:20わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。」 04:21イエスは言われた。「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。 04:22あなたがたは知らないものを礼拝しているが、わたしたちは知っているものを礼拝している。救いはユダヤ人から来るからだ。 04:23しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。 04:24神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」 04:25女が言った。「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られるとき、わたしたちに一切のことを知らせてくださいます。」 04:26イエスは言われた。「それは、あなたと話をしているこのわたしである。」

説教:『水を飲ませてください』

1 イエス様が、ガリラヤに行く途中立ち寄ったサマリアの町シカルにある井戸端で、一人のサマリアの女性と出会い、言葉を交わした様子が記された箇所である。矢内原忠雄は、この箇所の解説の冒頭に、以下のようなことを書いている。「ここには、はしなくも世の救い主と異邦の女との間に、深きことヤコブの井戸よりも、なお深き会話が交わされた。その記事はヨハネ伝においても、最も文学的香気高きものであり・・」と。しかし、この対話の中にある「ヤコブの井戸よりも深い泉」にたたえられた水を、私たちがどれほど豊かに汲み上げ飲むことができるかとなると、その難しさを改めて感じてしまう。それでも、私たちが何とか、この御言葉から水をいただき、その水が私たちの内で「泉となり、永遠の命に至る水となって」わき出るようになればと願うのである。
 この御言葉を味わう上で、どうしても必要となる辞書的知識がある。まず、このサマリアのシカルにあった井戸が、ヤコブの井戸と呼ばれていた点についてである。参照付きの聖書には、5節について創世記の33章18節、48章21節と22節、そしてヨシュア記24章32節が参照箇所として挙げられている。創世記33章は、伯父ラバンのもとで20年間の苦労を経験したヤコブが、故郷に帰ってきて兄のアサウと何とか再会を和解を果たした直後の場面であり、兄エサウと別れたヤコブは、現地の人々からシケムという場所の一部、それはどれ位の貨幣価値かは不明だが、恐らくはかなりの高額であっただろう100ケシタを払って買い取ったという。創世記33章には、井戸のことは何も書かれてはいないが、この土地にあって、いつのまにかヤコブの井戸と呼ばれることになったのであろう。創世記48章には、臨終に際して、ヤコブがこの土地をヨセフに譲ると遺言し、ヨシュア記24章32節ではエジプトで死んだヨセフの骨がここに理葬されたとある。
 参考までに、日本におけるヨハネによる福音書研究の第一人者である土戸清の『ヨハネ福音書のこころと思想【2】』によれば、2000年8月のテルアビブでの国際学会の帰りに土井先生が、ここを訪れたときのことが次のように書かれている。「サマリアの町にはゲリジムという山があり・・・このゲリジム山の北東山麓にシカルの町は存在しています。古代のシケムの町の南東400メートルのところにあります。その当時の交通の要衝で、(古代の街道の)二つが交差するところに32メートルほどの縦穴の井戸があったのです。現在も観光客や巡礼者が訪れる場所です。いまから1000年ほど前の十字軍の従軍者が、この上に記念の教会を建てました。しかし、その教会は、実際はこの1000年の間に崩壊して、教会の納骨堂だけが井戸をふさぐようにしてかかっております。それを今なお見ることができます」と。土戸先生が訪ねた当時も、まだその井戸が涸れていなかったかどうかはわからないが、少なくともイエス様の時代には井戸として涸れてはいなかったのである。ヤコブの時代からは、もうl700年ほどは経っていたのだが、その間、この井戸は涸れることなくそこに住む人々に水を提供し続けてきていたようである。
 次に触れるのは、いわゆる「サマリア人」と言われる人々についてである。イエス様に「水を飲ませて下さい」と言われた女性は、9節に「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしにどうして水を飲ませてほしいのですか」と言ったとあり、その後に、「ユダヤ人は・・・」との著者ヨハネの説明が付けられている。新約聖書の中で、しばしば「サマリア人」として登場してくる彼らだが、その問題の発端は、紀元前8世紀にまで溯る。ダビデが建てた王国が、その息子ソロモンの死後、南北2つに分裂し、北王国の首都はサマリアに置かれた。この北王国が、紀元前722年頃、アッシリアによって滅亡させられてしまった。ヤコブの12人の子供から派生した12部族のうち、主に南王国にいた2部族を除いて、10の部族がこれによって離散し、アジア大陸をたどって、その末裔は日本にまで到達したと言われている。アッシリアから移住してきた人々との間に、民族的宗教的混交が進んだ。それでも、サマリアに住んでいたある人々は、自分たちこそヤコブの純粋な子孫であり、その印としてこのヤコブの井戸を持っていて、代々そこから水を汲んできたことを誇りにしていたのだった。11節から12節にかけてのこの女性の言葉には、そのような誇りの一端が強く感じられる。彼らは、先程、土戸先生の文章にも出てきたゲリジム山に神殿を建てて、旧約聖書の中で創世記から申命記までの5書だけを聖書として信じ、紀元前6世紀にバニロニアに捕らえ移されて帰国してきたイスラエル人に対して、強い対抗意識をもって、両者は常に反目しあってきたのである。

2 このような歴史的背景のある舞台で、サマリアの女性とイエス様が出会い、対話を重ね、彼女は「さあ、見に来てください。・・・(29節)」とイエス様のことを宣べ伝え、結果的には39節にあるように彼女の証言によって、シカルの町の多くのサマリア人がイエス様を信じるようになったのである。まず、ここに著者ヨハネが伝えたかったことの一端があるように思わされた。
 イスラエル人と長く反目しあい、旧約聖書の中でも最初の5書しか聖書として認めず、エルサレム神殿にも詣でたことのなかったサマリア人が、イエス様をキリストとして信じるようになったのである。そして、そのきっかけは、そのサマリア人からも村八分にされていたような、たった一人の女性がイエス様に出会い、信じたことだったのである。これを著者ヨハネは、この福音書が書かれたエペソ周辺の人々に、大きな励ましとして語ろうとしたのではなかろうか。西暦100年頃のエペソ周辺で、どれ位このサマリアの人々や、この女性とオーバ一ラップしてくるような人がいたかは定かではない。しかし、その中には、伝統的なユダヤ人とはどうしても反目せざるを得なかったような人々、到底イエス様を救い主と信じることなど無理だろうと思われた人々もいたのではなかろうか。しかし、そういう人々こそが、イエス様に出会い、イエス様を救い主として信じてゆく可能性を、ヨハネは感じたのだった。そういう励ましを読者に与えるために、著者ヨハネは、この出来事を書こうとしたに違いないのである。

3 このサマリアの女性が、イエス様と出会い、キリストとして信じるようになったことには、なくてはならぬ大切な要因があったと思われてならない。それは、女性の側の要因と、イエス様の側のファクターの両方である。まず女性の側の要因を考えてみたい。
 出会いの最初は、7節にあるように「サマリアの女が水をくみに来た」ことだった。それは6節にあるように、真昼の正午ごろのことだった。水汲みとは、普通はこんな時間には絶対にやらないことだった。朝早くか夕方で、一人ではな、必ず仲間と連れ立ってくるのが普通だった。彼女が、こうしなければならなかったのには理由があった。その一番の理由は、18節で彼女が正直に打ち明けていることであろ。5人もの男性を、とっかえひっかえして、今は6人目の男性と連れ添っているとは、一体どんな事情だったのであろうか。そういうことがあって、彼女には一緒に井戸に来てくれる人がいなかった。誰とも顔をあわせないように、真昼に、たった一人で井戸に来るしかなかったのだった。
 「水をくみにきた」という言葉に込められているのは、ただ単純に水が欲しくて井戸に水をくみにきたということではないのである。これほどまでの男性遍歴を重ねねばならなかったほどの、深い深い渇きを彼女は抱えていたのだった。しかし、それは単に、肉体的・性的な渇きではなかったのである。それは宗教的な渇きであったに違いな。そうであったればこそ突然、19節から信仰の話・礼拝の話になっていった。彼女は男性遍歴の話題を避けようとして、礼拝の話をしだしたのだとの解釈が、昔からあった。しかし、私にはそうは思ないのである。彼女がこのようにパートナーを変えなければならなかった根源的理由は、霊的なパートナー、すなわち神様とのパートナーシップというものが欠けていたからに他ならなかったのである。10節のイエス様の言葉で言えば「神の賜物を知る」ということである。その渇きが満たされていない限り、どんなにこの世の男性とのつながりを重ねても、満たされることはないのである。世のすべての女性が神様との霊的つながりを求めているとは言えないかもしれないが、しかし女性の中には、そういうものを心底求める方がいる。そういう渇きは、男性との結び付きによっても、さらには、たとえ先祖代々の人々がそこから水を汲んできたヤコブの井戸水をどんなに飲んでも、またサマリア人として誇りをもってゲリジム山の神殿を詣でても、決して満たされることがなかったのである。このような渇きを抱えていたことは不幸なことであろうか。確かにそれは、彼女に、このような生活をなさしめ、村八分のような目に遭わせていた。けれども、それこそが彼女をしてイエス様との出会いをもたらして下さったのであった。
 私たちも、このような渇きを必ず抱える者ではなかろうか。それが私たちをして、まず井戸へと向かわせるのである。井戸とは、即ち教会のことなのである。このような女性でも、たった一人来ることのできる井戸があったことが幸いなのである。そこでイエス様に会うことができたからである。私は、教会がそのような井戸でありたいとしみじみ思う。

4 さて、このような女性に、イエス様はどのように出会って下さったのか。その発端は、6節にあるように「旅に疲れて、井戸のそばに座っておられた」ということであった。そして、井戸にやってきたサマリア人のこの女性を、おそらくイエス様は、一目で何か事情を抱えた女性だとわかったのであろう。その彼女に、自分がイスラエル人の男性であるなどという垣根など全く関係なく、「水を飲ませて下さい」と願ったことにあったのである。古くから、この御言葉で、昼の正午ごろにイエス様が、旅に疲れ喉の渇きをおぼえて「水を飲ませて下さい」と言ったことは、正午ごろに十字架にかけられ十字架の上で「渇く」と言った(ヨハネによる福音書 19章28節)のと重なり合うと、解釈されてきた。私も、そのように思う。勿論、このサマリアの女性には、このときには、十字架の上のイエス様の姿など、知るべくもなかったが、とにかく彼女の前に、イエス様は旅に疲れ渇きを覚え、彼女のような素性の女性に、何の垣根もなく「水を飲ませて下さい」と語りかけた。イエス様は、そういう人物として現れたのだった。疲れない者・渇かない者としてではなく、このサマリアの女性以上に疲れ・渇く者として、「水を飲ませて下さい」と願う人として。
 イエス様は、私たちに対しても、私たち以上に、この世で疲れ渇きを覚えた人として出会って下さる。イエス様がそうであるからこそ、私たちはイエス様に出会うことができるのだと思う。サマリアの女性は、11節で、イエス様に「あなたは、くむ物をお持ちにならない」と言っている。バークレーの注解には、実際に、この地方を旅した人がくむものを持たなかったので、せっかくの井戸があったのに水が飲めず、前に汲んだ人がこぼしていった水をなめるだけだったことが書かれていた。イエス様が「くむものをお持ちでない」とは、この世で普通に人々が水としていたものを汲むものを一切持ち得ず、それゆえに十字架にかけられていったイエス様の姿をほのめかしていると、ここでも私は感じるのである。そのように、地上では渇き、十字架の上で「渇く」と言ったイエス様が、その渇きのただ中に、神様からの尽きることのない水をいただけるのだ、と身をもって教えて下さったのではなかろうか。その現れが復活であった。十字架という渇きのただ中に、尽きることのない永遠の命をいただく泉が現れたのである。渇く者であるがゆえに、渇くイエス様に引き付けられ、出会わせていただいた私たちは、渇いたイエス様を通して、この神様の尽きることのない賜物を知ることとなるのである。
 水は高いところから低いところへと流れてゆく。自分よりも渇いているものと接すれば、そちらの方へと水分はおのずから流れ出してゆく。自分よりも渇いているイエス様が、こうして出会ってくれたればこそ、渇いている彼女の側から何かが流れ出しはじめたのだった。自分の中に、そんな流れを生じさせて下さったイエス様を、彼女は救い主として信じたのではなかろうか。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 1月7日(日)降誕節第2主日礼拝

『民数記 27章 12~23節』

27:12主はまたモーセに言われた。「このアバリム山に登り、わたしがイスラエルの人々に与えた土地を見渡しなさい。 27:13それを見た後、あなたもまた兄弟アロンと同じように、先祖の列に加えられるであろう。 27:14ツィンの荒れ野で共同体が争ったとき、あなたたちはわたしの命令に背き、あの水によって彼らの前にわたしの聖なることを示そうとしなかったからだ。」このことはツィンの荒れ野にあるカデシュのメリバの水のことを指している。 27:15モーセは主に言った。 27:16「主よ、すべての肉なるものに霊を与えられる神よ、どうかこの共同体を指揮する人を任命し、 27:17彼らを率いて出陣し、彼らを率いて凱旋し、進ませ、また連れ戻す者とし、主の共同体を飼う者のいない羊の群れのようにしないでください。」 27:18主はモーセに言われた。「霊に満たされた人、ヌンの子ヨシュアを選んで、手を彼の上に置き、 27:19祭司エルアザルと共同体全体の前に立たせて、彼らの見ている前で職に任じなさい。 27:20あなたの権威を彼に分け与え、イスラエルの人々の共同体全体を彼に従わせなさい。 27:21彼は祭司エルアザルの前に立ち、エルアザルは彼のために、主の御前でウリムによる判断を求めねばならない。ヨシュアとイスラエルのすべての人々、つまり共同体全体は、エルアザルの命令に従って出陣し、また引き揚げねばならない。」 27:22モーセは、主が命じられたとおりに、ヨシュアを選んで祭司エルアザルと共同体全体の前に立たせ、 27:23手を彼の上に置いて、主がモーセを通して命じられたとおりに、彼を職に任じた。

説教:『後継者の任命』

1 以下の2つのことが記されている。1つ目は、モーセが、この40年間、その場所に入ることを日指してきたが、その土地を日の前にしながら、神様から「あなたはそこに入ってゆくことはできない・先祖の列に加わらねばならない」と死を告げられたこと。そしてもう1つは、そう告げられたモーセが、ヨシュアを後継者に任命した出来事である。まず2点説明しておきたいことがある。1つ日は、14節に書かれていることだが、モーセが日標としてきた土地に入れない理由となった出来事についてである。これは民数記の20章に記されている。イスラエル人は、約40年ぶりにパレスチナを目前にしたカデシュという場所に戻ってきた。ここは、かつてエジプトを脱出して2年目にキャンプをはって、パレスチナに偵察隊を送った忘れられない場所であった。普通なら、ここは砂漠の中のオアシスであり、水がわき出しているはずだったのだが、なぜか水が涸れていた。さらには長い間、自分たちを導いてくれたミリアムを失ってしまったのだった。民は、モーセとアロンに不平不満を爆発させた。これを聞いて2人の指導者は、神様の前に行くと、神様はモーセにこう言った。「杖を取り、共同体を集めて彼らの日の前で岩に向かって水を出せと命じなさい」と。モーセは確かに岩から水を出したが、この時に神様が命じなかったことを2つしてしまった。それは人々に向かって「反逆する者らよ、聞け、この岩からあなたたちのために水を出さねばならないのか」と怒りの言葉を発したことと、杖で岩を2度も打ったことだった。これに対して神様は20章12節でこう告げた。「あなたたちはわたしを信じることをせず、イスラエルの人々の前にわたしの聖なることを示さなかった。それゆえ、あなたたちはこの会衆を、わたしが彼らに与える土地に導き入れることはできない」と。そのことが14節で、再度告げられたのだった。
 もう一点触れておきたいのは、モーセがヨシュアを後継者として任じたときに、「手を彼の上に置き」と16節・23節にあるが、これは按手と呼ばれるものである。私たち日本基督教団では、この按手を教区総会で教区議長をはじめとした正教師たちが正教師試験に合格した者に行っている。厳密には途絶えたこともあっただろうが、建前としては初代教会以来連綿として牧会者を立てるときに世々の教会が行ってきたものと考えられている。その按手は、溯れば、このモーセによるヨシュアの按手に行き着くと言ってもよい。私たちは3000年以上にわたって、この按手を行い、牧会する者を起こし続けてきたのだと改めて感慨を覚える。

2 さて私たちは、どんなことを語りかけられているのか。大きく言って3つのことを示されているのである。
 第一は、モーセが目標の地を日の前にしながら、そこに入ることができないと告げられたことである。ここから私たちは、モーセはさぞかし無念だったに違いないと想像する。しかし、こう告げられたモーセは、ひとこともそうした思いを吐露してはおらず、また神様に無念さや悔しさをぶつけてもいないのは不思議である。私自身、説教の準備のために、この御言葉に向かいあったとき、最初に感じたのは、なぜか不思議な安堵感というか慰めのようなものだった。モーセは40年間、苦労してそこに入ることを目標にして歩んできた土地を目前にして、そこに入ることができないまま、つまり夢破れ願いがかなわない者として先祖の列に加わらねばならなかった。どうして私は、そのようなモーセの姿に安堵感を感じたのか。それは、そのモーセの姿に私たちのありさまを重ねることができるからではないかと思い至った。私たちもまた、モーセと同じように夢破れ、願いかなわぬ者として先祖の列に加えられる者なのだと教えられるのである。私たちの生涯とは、すべからくこのようなものである。私だけが夢破れ、願いがかなわぬ者として無念さを抱えるのではなく、モーセをはじめとして先祖がすべて、そのような者なのであり、「君もそうであったか。みんなそうなのだよ」と言って、私たちを迎えてくれるのである。
 昨年、私にとっては、とても辛く、残念なことがあった。それは、ある人に随分と心を砕いて、一昨年に洗礼を授けたばかりだったのに、生まれたばかりのお子さんと一緒に礼拝を守りたいからという理由で、まだ正式に転会はしていなかったが、他教会に移ってしまった。この教会に赴任して、この3月で満7年が過ぎようとしているが、もういくつもいくつも、夢が破れ、願いがかなわず、どうしてこんなことがと思うようなことを抱えてしまう。もしかしたら、今年もそういうことが起きるかもしれない。でも、新年はじめの礼拝で与えられた御言葉から受ける励ましは、それが私たちの歩みなのだというメッセージなのである。モーセでさえそうだったのだ、すべての先達たちがそうだったのだということなのである。皆が夢破れ願いがかなわなかった者として先祖の列に加わるのである。うまくゆかなかった無念さ・残念さを抱えて人生を終えるのである。それでよいのだ、これが私たちの生涯なのだという励ましではなかろうか。

3 第2に示されるのは、14節に書かれていることである。ここにはモーセが日標としてきた土地に入ることができなかった理由が書かれてる。民数記20章にもあったように、彼が神様の命令に背いて人々に怒りを発し、またそれだけではなく、おそらく神様に対しても怒ってしまったからであった。普通に読めば、牧会者としての責任を厳しく問う神様の容赦ない姿に、私たちはただただ恐れをなすしかないという受け止めになるであろう。しかし、わたしは、ここにもなぜか慰めを感じ取ったのだった。それは、ひとことで言えば、モーセでさえ神様の命令に背かずにはいられなかったということである。いわんや私たちは、である。モーセでさえ牧会者として不完全な働きしかできなかったとすれば、私も不完全な牧会者でしかありえない。パーフェクトな牧会者になどなれないのである。なろうとする必要はないのである。そこに慰めを感じたのであった。
 神様は、モーセに、「わたしの聖なることを示そうとしなかった」と言った(14章)。この御言葉の言わんとするところは、モーセは牧会者として聖なる神様にふさわしく牧会ができなかったということであろう。神様は度々不平不満を爆発させたイスラエル人に、じっと忍耐して、岩から水を与えようとした。モーセも忍耐強くイスラエル人にかかわるべきだった。けれどもモーセは、何度も何度も不平不満を言う人々に対し、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまった。そんな人々になお水を与えようとした神様にもモーセは怒りを覚えたのだった。モーセと言えども人間に過ぎなかった。だから、神様と同じように人々に接することはできなかった。できなくて当然ではないか。できなくて当然の務めをモーセは担わされていたのである。
 私たちひとりひとりが、それぞれ神様から、果たすことがそもそも困難な務めを託されているのではないかとしみじみ思う。私は文字通り牧会者として、皆さんは例えば夫婦としてであり、あるいは親としてであり、また教会員として、或いは誰かの友として、聖なる神様からの務めを与えられて、その場に置かれていると思う。しかし私たちは、残念ながら聖なる神様にふさわしく、その務めを果たすことはできないのである。それは私たちが所詮人間に過ぎないからである。私たちは、つきつめれば神様から託された務めを完全には果たし得なかった失敗者として先祖の列に迎えられるのである。
 だとすれば、私たちが自分自身やお互いを見る目は、失敗者としてお互いを見るものである。神様が私たちを失敗者として見ているのである。そうであるならば、どうして私たちは自分自身やお互いをパーフェクトな者として期待したり見たりしてよいであろか。他の人から「あなたは十分に務めを果たし得ていない」と非難されたなら、おっしゃる通りですと認めてよいのである。「わたしは完全な者だ」などと弁護する必要はないのである。十分に与えられた務めを果たし得ていない私たちに対して、それを問責できるのはただ神様のみなのである。私たちができるのは、お互いを、哀れみをもって失敗者同士として見ることのみではなかろうか。神様はモーセを、このように問責されつつも、なお彼に牧会者としての務めを続行させた。ヨシュアが後継者として選ばれたが、すぐさまモーセからその務めが取り上げられたではなかったか。不十分な働きしかできない者を、なおも用いられた神様の姿が、そこにはあった。私たちも先祖の列に加えられるまでは、不十分ではあっても与えられた務めを果たす者とされているのではなかろうか。

4 最後に示されるのは、モーセが後継者を選んだことである。後継者が選ばれるのはなぜかと言えば、神様から務めを託された私たちひとりひとりにできることは不十分で不完全でしかないからなのである。神様から、だめだしをされて、その任を解かれて、後継者が任じられてゆくのである。これも普通に考えればショックでしかない無念なことかもしれない。しかし、私はここにも慰めを感じる。なぜならば、そこには、私たちひとりひとりの働きは不十分なもの・不完全なもの・部分的なものであってよいとの語りかけがあるからである。私たち一人ひとりの働きは、そういうものでしかないゆえに、後継者が立てられてゆくのであろう。モーセひとりですべてを完成させることはできなかった。またその必要もなかった。後継者がモーセの働きを引き継ぎ、完成させてゆく。私たちは自分に託されたごく小さな部分をなしてゆけばよいのである。世々の教会は按手をいう儀式をもって牧会者を起こし続けてきた。遡れば3000年以上前に、モーセがヨシュアに手を置いたときから、牧会という務めは多くの人々によって担われてきたのである。そうやって担われねばならないほど牧会という務めは困難で難しいものだと言えるのではなかろうか。しかしまたそうやって後継されてゆかねばならないほど大事なものなのである。不可欠な務めなのである。
 この務めについてモーセは、16・17節でこう言っている。「共同体を指揮する人を任命し・・・出陣し・・凱旋し・・進ませまた連れ戻し、飼う者のない羊の群れのようにしないで下さい」と。牧会者の務めとは何か、なぜそれが信仰共同体にとって不可欠かを、この言葉はよく示していると感じる。モーセは戦いの言葉を使ってこの務めを表現した。私自身は勿論、戦争体験などないが、映画などで知る限り、何度も従軍して生き延びた人々が指揮官となることは、その部隊が生き残ることにおいて決定的に大事であるようだ。ベテランの指揮官は、どこに危険が潜んでいるか、どうやって危機を回避し生き延びるかを経験的に知っている。牧会者はそのような指揮官となって信仰共同体を敵から守らねばならない。また、いかに戦うかを教えねばならない。どこに危機が潜んでいるかを教えねばならない。信仰共同体の歩みは戦いなのである。
 それは、どんな戦いか、敵は何者かと言えば、モーセがエジプト王に最初に言った「わたしの民を去らせて、荒れ野でわたしのために祭りを行わせて下さい(出エジプト記5:1)」との言葉がよく示している。信仰共同体の戦いは、何よりもエジプト王に対する戦いなのである。あるいは私たちをエジプト的生活へと引き戻し、エジプト王のもとで奴隷として生きさせる誘惑との戦いなのである。羊飼いのいない羊の群れは、しばしば迷子になり、どこに水場やえさ場があるかを見失うという。指揮官のいない信仰共同体は、エジプトでの奴隷的な生活が、水やえさを得る生活だと見誤るのである。だから指揮官・羊飼いは、つねに信仰共同体を荒れ野で神様のために祭りを行うように導くのである。エジプト的生活からすれば、荒れ野としか見えないような信仰生活、また教会での礼拝生活こそが、羊にとっての真の水であり食べ物なのだと示し続けるのである。この牧会者という務めを、不十分ではあるが、今年も精一杯果たしてゆきたいと思う。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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