Tsukuba Gakuen Church, UCCJ

日本キリスト教団 筑波学園教会


これまでの礼拝から

2018年の礼拝説教 INDEX
1月 2月 3月
 7日「後継者の任命」
14日「水を飲ませてください」
21日「神の霊によらなければ」
28日「逃れの町」
 4日「あなたがたの知らない食べ物」
11日「神の宝の民として」
18日「成長させて下さるのは神」
25日「あなたの息子は生きる」
 4日「人はパンのみにて生くるにあらず」
11日「神の業が現れるために」
18日「仕えるために」
25日「足を洗っていただく幸い」
4月 5月 6月
 1日「キリストが復活しなかったなら」
 8日「幸いを得よ」
15日「良くなりたいのか」
22日「キリストの土台の上に」
29日「十分の一を捧げ、負債を免除せよ」
 6日「説教題」
13日「説教題」
20日「説教題」
27日「説教題」
 3日「説教題」
10日「説教題」
17日「説教題」
24日「説教題」
7月 8月 9月
 1日「説教題」
 8日「説教題」
15日「説教題」
22日「説教題」
29日「説教題」
 5日「説教題」
12日「説教題」
19日「説教題」
26日「説教題」
 2日「説教題」
 9日「説教題」
16日「説教題」
23日「説教題」
30日「説教題」
10月 11月 12月
 7日「説教題」
14日「説教題」
21日「説教題」
28日「説教題」
 4日「説教題」
11日「説教題」
18日「説教題」
25日「説教題」
 2日「説教題」
 9日「説教題」
16日「説教題」
23日「説教題」
24日「説教題」
30日「説教題」

2017年の礼拝説教

2018年 4月22日(日)復活節第4主日礼拝

『コリントの信徒への手紙(1) 3章 10~17節』

03:10わたしは、神からいただいた恵みによって、熟練した建築家のように土台を据えました。そして、他の人がその上に家を建てています。ただ、おのおの、どのように建てるかに注意すべきです。 03:11イエス・キリストという既に据えられている土台を無視して、だれもほかの土台を据えることはできません。 03:12この土台の上に、だれかが金、銀、宝石、木、草、わらで家を建てる場合、 03:13おのおのの仕事は明るみに出されます。かの日にそれは明らかにされるのです。なぜなら、かの日が火と共に現れ、その火はおのおのの仕事がどんなものであるかを吟味するからです。 03:14だれかがその土台の上に建てた仕事が残れば、その人は報いを受けますが、 03:15燃え尽きてしまえば、損害を受けます。ただ、その人は、火の中をくぐり抜けて来た者のように、救われます。 03:16あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。 03:17神の神殿を壊す者がいれば、神はその人を滅ぼされるでしょう。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたはその神殿なのです。

説教:『キリストの土台の上に』

 説教を聞く

 説教要旨 掲載準備中

山北 宣久 先生(聖ヶ丘教会 前牧師)

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 4月15日(日)復活節第3主日礼拝

『ヨハネによる福音書 5章 1~9節』

05:01その後、ユダヤ人の祭りがあったので、イエスはエルサレムに上られた。 05:02エルサレムには羊の門の傍らに、ヘブライ語で「ベトザタ」と呼ばれる池があり、そこには五つの回廊があった。 05:03この回廊には、病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人などが、大勢横たわっていた。 05:04*彼らは、水が動くのを待っていた。それは、主の使いがときどき池に降りて来て、水が動くことがあり、水が動いたとき、真っ先に水に入る者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。 05:05さて、そこに三十八年も病気で苦しんでいる人がいた。 05:06イエスは、その人が横たわっているのを見、また、もう長い間病気であるのを知って、「良くなりたいか」と言われた。 05:07病人は答えた。「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです。」 05:08イエスは言われた。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」 05:09すると、その人はすぐに良くなって、床を担いで歩きだした。その日は安息日であった。

説教:『良くなりたいのか』

 説教要旨 掲載準備中

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 4月8日(日)復活節第2主日礼拝

『申命記 10章 12~22節』

10:12イスラエルよ。今、あなたの神、主があなたに求めておられることは何か。ただ、あなたの神、主を畏れてそのすべての道に従って歩み、主を愛し、心を尽くし、魂を尽くしてあなたの神、主に仕え、 10:13わたしが今日あなたに命じる主の戒めと掟を守って、あなたが幸いを得ることではないか。 10:14見よ、天とその天の天も、地と地にあるすべてのものも、あなたの神、主のものである。 10:15主はあなたの先祖に心引かれて彼らを愛し、子孫であるあなたたちをすべての民の中から選んで、今日のようにしてくださった。 10:16心の包皮を切り捨てよ。二度とかたくなになってはならない。 10:17あなたたちの神、主は神々の中の神、主なる者の中の主、偉大にして勇ましく畏るべき神、人を偏り見ず、賄賂を取ることをせず、 10:18孤児と寡婦の権利を守り、寄留者を愛して食物と衣服を与えられる。 10:19あなたたちは寄留者を愛しなさい。あなたたちもエジプトの国で寄留者であった。 10:20あなたの神、主を畏れ、主に仕え、主につき従ってその御名によって誓いなさい。 10:21この方こそ、あなたの賛美、あなたの神であり、あなたの目撃したこれらの大いなる恐るべきことをあなたのために行われた方である。 10:22あなたの先祖は七十人でエジプトに下ったが、今や、あなたの神、主はあなたを天の星のように数多くされた。 11:01あなたは、あなたの神、主を愛し、その命令、掟、法および戒めを常に守りなさい。

説教:『幸いを得よ』

1 12節から13節には次のように書かれている。「イスラエルよ、今あなたの神、主があなたに求められていることは何か。・・・幸いを得ることではないか」と。神様がイスラエル人に求めたことは、また私たちに求めていることは、神様を主なる方として心を尽くして愛し従い、それによって幸いを得よということである。私たちが神様を心から愛し、仕え、幸いになること以外のことを、神様は求めてはおられない。これは聖書全体を通しても、特筆すべきすばらしい御言葉である。これと同じ言葉は旧約聖書・新約聖書のどこを探しても見当たらないのである。
 神様を主なる方として心から愛し仕えて幸せを得よということは、言い方を変えれば、そのようにすれば幸せを得ることができるとの約束である。さらに別の言い方をするなら、もし幸いを得たいのならばそのようにしなさいという処方箋でもある。14節以下に書かれているのは、神様を主として心から愛し、仕えることの具体的な有り様と言ってよいと思う。これまた言い方を変えるならば、なぜ神様を主として愛し仕ることが私たちに幸せを得させて下さるかの理由が語られている箇所なのである。
 わたし自身が、「あなたは幸いを得ているか」と問われたならば、「幸いにも私は幸せです」と答えることができる。では皆さんはいかがであろう。また皆さんのご家族はどうであろうか。もし幸いを得ていないというのなら、この御言葉に、謙遜して耳を傾けるべきである。健康に不安を覚えるときには、医者の診察を受け治療していただき、また処方箋をいただいて薬を飲む。そのように、幸いを得ることができていないのなら、今日の御言葉をもってその原因を知り、具体的な処方箋をいただくのである。そうすれば必ずや幸いを得ることができるのである。

2 幸いを得るためには、神様を主として心から愛し仕えればよいということであるが、一体なぜそのことが幸いを得させて下さるのであろうか。その理由が14節から具体的に明らかにされている。3つのポイントをあげたい。
 第一の理由は、14節に書かれている。「見よ、天とその天と天も・・・主のものである」とある。神様を主なる方として愛し仕えることによって、天と地の中に置かれた私たちの身の上に起きるすべてのことが神様の御手の中で起きることであると信頼できるようになる。天と地の中で起きることのどれ一つとして、「神様のもの」でないことはないと信じることができれば、私たちは幸いを得ることができる。反対にこれを信頼できないのなら、私たちには幸いはないのである。だから、もし自分自身や家族に幸いがないという現実があるのならば、一体自分自身や家族にとって、主なる方とは誰か、だれが主人になっているかを改めて問うてみたらよいのである。
 ところで、健康診断のテレビ番組、健康増進を図るテレビ番組は、私が最も嫌いなテレビ番組である。先日のNHKのそういった番組では、指先のほんのわずかな部分の毛細血管の血流の様子を診ることで全身の健康状態がわかるということであった。いつも申し上げるように、私はもう20年近くも健康診断なるものを受けてない。ああいった番組の根本にあるのは、指先のほんのわずかな毛細血管の血流さえも不断にチェツクして、健康を維持し、病気からおのれを守ろうとする思いである。そうすれば健康が維持でき、病気を防ぐことができるという思いである。自分の体は自分が守る、つまりは、自分の体は自分のものなのだとの思いである。自分が自分の体の主人公なのだとの思いである。
 私がそういった番組を観て、なぜ不快になるかと言うと、勿論、自分が自分の体の主人公だという思いに何よりも反発するからである。実際にわずか指先の血流をさえ不断にチェツクするのをおこたりなくやって、それで、果たして病気になることから完全に守ることができるかと言うと、決してそうではないはずである。むしろ自分の体のことを四六時中心配してチェックをするということは、かえって思い煩いばかりを増やしてしまう。実際、その番組の最中には、もう何干通ものファックスやメールが殺到して、その番組によって余計に触発され、心配が増した人が沢山おられたようだった。そのようにして不断のチェツクを行ったら、病気になることを完全にブ口ツクできるならよい。思い煩いも可である。しかし、たとえ毎日毎日全身くまなく健康診断を受けたとしても、病気から完全に自分をブロックすることはできないと思う。イエス様が、山上の説教でおっしゃったように、「あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって寿命をわずかでも延ばすことができようか」なのである。自分が自分の体の主人公になることは、結局のところ思い煩いしか生み出さない。なぜならば、私たちがどんなに自分が主人なのだと思い上がっても、神様が主であることを動かすことはできないからである。主である神様は、私たちの計らいを越えて、私たちに病気をお与えになることがある。私たちは、私たちの体に死が入りこんでくるのを妨ぐことはできない。神様が主であることに対抗して、自分が主であろうとすることは、決して私たちに幸いを得させることにはならないのである。

3 だから、今日の御言葉が告げている何よりも大切なことは、私たちに起きるどのような辛いことも、それは神様の御手の中にあることであり、それは究極的には主なる神様が私たちに幸いを得させるためにお与えになって下さるものだと信頼しなさいということなのである。そうすれば、必ず幸いを得られるとの処方箋なのである。
 先週の聖書研究祈祷会で与えられたイザヤ書のすばらしい御言葉を紹介したい。それは11章1節以下の「エツサイの株からひとつの芽が萌えいで、その根からひとつの若枝が育ち、その上には主の霊が留まる」と始まる有名な御言葉をであった。主である神様は、私たちの願いに反して、私たちを切り倒すことがある。それによって私たちは、切り株となってしまうことがある。しかし、それは主から出た御業である。私たちを切り倒すためのものではなく、その反対に新しい芽を芽吹かせ、若枝を育み、それが神様からの聖霊をいただいて成長してゆくための御業なのである。大木のままであったなら、神様の霊という水や栄養分に敏感に反応してそれを吸収して成長するなどということは到底かなわないのかもしれない。大木を維持し、成長させるためには、もっとちがう水や栄養分─経済力や武力や政治力など─が必要なのである。しかし、切り株となったからこそ、神様からのわずかな水と栄養をいただいて、それを吸収し、新芽を芽吹かせることができるのである。若枝として成長できるのである。
 私たち一人ひとりも、そうであり、教会もまたそうではないかと思う。教会の将来が心配だという声ばかりが声高に叫ばれている。しかしそれは、大木となった教会の維持ばかりを考えるからではなかろうか。大木となった教会が切り倒される時が、実は新芽が芽吹くときではないかと私は思う。ヒトラーの強制収容所に入れられた人々は、それでも監視の目をかいくぐって、自らの命の危険を冒してでも、木立の陰やバラックの陰で礼拝を守ったそうである。そういう状況下に置かれた時にこそ、教会という共同体は、何によって立つのかが、何によって芽吹くのかが明らかになる。私たち一人ひとりも、またそうなのである。切り倒された時にこそ、自分にとって、何が不可欠なのかがわかる。それまで見向きもしなかった神様からの聖なる場物を発見できるのである。それをいただいて芽吹くことができるであろう。芽吹いて、若枝となった者がもたらす世界は、驚くべき世界である。ライオンと小羊、熊と牛、幼子と毒蛇というような本来は決して共存などできない者同士が平和的に睦み合う世界がやってくるとある。私にはその意味は、私たち人間にとっては決して共存できない災いと幸、病と平安、死と生命といったものが共存できる世界を言うように感じる。神様によって切り倒されたことの向こうにある幸いな世界である。

4 第二のポイントは、15節と16節に書かれている。「主はあなたたちの先祖に・・・二度とかたくなになってはならない」とある。19節の後半には「あなたたちもエジプトで寄留者であった」とあり、22節には「あなたたちの先祖は70人でエジプトに下った」ともある。しかし、神様は寄留者であり、たった70人しかいなかったイスラエル人の先祖に心を引かれ、その子孫であった者たちも特別に目をかけていただいていた。幸いを得たいのなら、この神様の不思議な選びというものを忘れてはならないのである。心に包皮をまとって、これを拒絶してはならないのである。
 7章7節には、「主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、・・・あなたたちが他のどの民よりも貧弱であった(から)」とあった。神様はなぜか、このような私たちを選んだのである。そこに私たちの幸いの源がある。すると逆に、私たちから幸いを奪うものも分かってくる。私たちの心に、頑なな包皮を被せるものがある。それは、この貧弱な者を、なぜかお選びになった神様が主になるのではなく、自分自身がまた誰かが主人となって私たちを選ぶということに目が行くことである。神様以外の者の選びは、すべからく強いもの・優秀なもの・健やかなものの選びではなかろうか。そういう選びにずっとさらされてきた私たちは、いつのまにか心に厚い包皮を被ってしまっている。この世の選びに応えるよう自分を強く、能力高く見せかけようとしてしまう。そのようにして被るのが心の包皮なのである。私たちの頑なさである。しかし神様は、「もうそんなものは捨てよ」と語りかけて下さる。「なぜなら神である私は、最も貧弱なものを選び、寄留者を選び、たった70人たちを選ぶからだ」と。こんな貧弱な私を、神様は選んで下さったのだと信じ、貧弱な者として、しかし謙遜に委ねられた働きを精一杯果たすところに幸いがある。貧弱な者だからこそ、なし得ることがあるゆえに、神様はわざわざそういう者を選んだのではなかろうか。

5 最後のポイントは19節はじめの「寄留者を愛しなさい」という御言葉から示される点である。もし私たちが幸いを得たいと思うなら、寄留者を愛せよというのである。もし私たちや家族が幸いでないのなら、寄留者を愛していないからなのである。では、寄留者を愛するとはどういうことなのであろうか。最も単純に、文字通り私たちが出会う寄留者─それは生活の基盤を持たない社会的な弱者と呼ばれる人々を意味する─に手を差し伸べることである。そのような働きをすることで、あなたの関心は自分自身からその人々へと向かうようになるであろう。それが私たちに幸いをもたらすのである。
 しかしそれだけではないと私は感じる。テモテの信徒への手紙一の6章6節以降に「信心は、満ち足りることを知る者には大きな利得の道です。なぜならば、わたしたちは、何も持たずに世に生まれ、世を去るときは何も持って行くことができないからです。食べる物と着る物があれば、私たちはそれで満足すべきです。」とある。寄留者を愛しなさいとは、自らの寄留者性というものを愛し受け入れるということではなかろうか。私たちは、裸でこの世に生まれ、死ぬときも裸で世を去る者である。それが寄留者であるということではなかろうか。神様が、私たちをそのような存在としてこの世に生まれさせられたのは、そのような者であろうとも十分に生きてゆけることを教えるためである。神様が主であるがゆえに、私たちは困窮することはなのである。だから、何も持たない寄留者であることにおいて満ち足りることができるのである。この世において何も持つ必要はないし、所有する必要も豊かである必要も強い必要もないのである。私たちの主人である神様は、何も持たない寄留者である私たちを十分に愛し、守り、支え、最後には幸いを得させて下さる。「常に裸であろうとしなさい、何も持たない者でありなさい、切り株でありなさい」そうすれば、食べ物と着る物を豊かに下さる神様を見いだすことができるのである。新しく芽吹かせて下さる神を見いだすことができるのである。幸いを得ることができるのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 4月1日(日)イースター(聖霊降臨日)礼拝

『コリントの信徒への手紙1 15章 12~20節』

15:12キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか。 15:13死者の復活がなければ、キリストも復活しなかったはずです。 15:14そして、キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です。 15:15更に、わたしたちは神の偽証人とさえ見なされます。なぜなら、もし、本当に死者が復活しないなら、復活しなかったはずのキリストを神が復活させたと言って、神に反して証しをしたことになるからです。 15:16死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです。 15:17そして、キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります。 15:18そうだとすると、キリストを信じて眠りについた人々も滅んでしまったわけです。 15:19この世の生活でキリストに望みをかけているだけだとすれば、わたしたちはすべての人の中で最も惨めな者です。 15:20しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。

説教:『キリストが復活しなかったなら』

1 本日はイースターであるが、しかし本日読んだ聖書箇所は、イースターの出来事そのものを記した箇所ではなかった。そこでごく簡単に福音書などに書かれているイースターの出来事をまとめてみたい。私達が用いているカレンダーの曜日で言うところの先週の金躍日の正午頃に、イエス様は十字架の上で殺されてしまった。当時、金曜日の日没から土曜日の日没までは、安息日と定められていたので、イエス様の遺体は大急ぎで十字架から降ろされ、用意されていた墓に収められた。安息日には、イエス様の遺体に何もすることができなかった。イエス様が逮捕され、裁判にかけられ、処刑されるまでの間に、ぺトロは「おまえもあの男の仲間だろう」と言われた。しかし彼は、これを何度も否定した。弟子のある者は故郷へと逃げ帰り、またある者は自分たちも同じ目に遇うのではないかと恐れて最後の晩餐を守った家にカギをかけて中に閉じこもっていた。安息日が終わり、私達の躍日で言うところの今日、すなわち日曜日の朝早くに、女性たちはイエス様の遣体に香油を塗るために墓へと出掛けた。すると、墓からイエス様の遺体がなくなっていたのである。女性たちが、誰かが盗んでしまったのかと悲嘆にくれていると、神の使いが現れた。使者は「あの方はもうここにはいない。復活されたのだ。そのことを仲間の弟子たちに知らせよ」と女性たちに告げた。その後、復活したイエス様は、様々な形で弟子たちに現れた。復活したイエス様の、弟子たちへの最初の言葉は、ヨハネによる福音書の20章によれば、「安かれ」だったとのことである。イエス様は、40日間にもわたって弟子たちと一緒に食事をしたり、いろいろなことを教えて下さったりした。そうしてイエス様は、天に昇ってゆかれたのだった。
 イエス様の弟子たちは、イエス様を何度も否み、だれ一人としてイエス様と死を共にできなかった。弟子たちは、それどころか、自分たちも同じ目にあうのではないかと恐れて閉じこもっていたのであった。そのような弟子たちに、復活したイエス様が、最初にかけた言葉は、「うらめしや」ではなく「安かれ」だったのである。さらには、そのような弟子たちを、イエス様のことを人々に宣べ伝える者として再度選んだ。これがどれほどの喜びであったかは、想像に難くない。その喜びから、弟子たちは、毎週日躍日に礼拝を守るようになったのである。いつのまにか金躍日の日没から土曜日の日没にかけての安息日を守ることが中心ではなくなり、日躍日に復活したイエス様と出会った喜びを思い起こす礼拝が中心となっていったのである。復活したイエス様との出会いの喜びが2000年もの期間、私達に礼拝を続けさせる原動力となってきたのである。

2 こうして弟子たちや、弟子たちからイエス様の復活のことを聞いた人々が、それを宣べ伝えるようになって、コリントの人々も、イエス様の復活を信じたのであった。ところが12節を読むと、「キリストは・・・言っている」と書かれている。このコリント教会の事情については、様々な解釈がある。しかし私が最も納得がいったのは、次のような説明である。彼らは、イエス様の復活それ自体を否定していたのではなかった。そうではなく、イエス様の復活と結び付いて死者が復活するということに対して疑いを持つようになったのだった
 イエス様の復活の出来事があったのは、おおよそ西暦30年より少し後のことだった。このコリントの手紙が書かれたのは西暦50年代の後半位だと思われる。その間の20年、幾人もの人々が、イエス様を信じ、イエス様とつながる洗礼を受けて、信者になっていったであろう。私達も洗礼を受けるときには、受洗準備会で、必ず学ぶローマの信徒への手紙の6章3節以下にある次のような御言葉を、おそらくは心に刻んだはずである。そこには「キリスト・イエスに結ばれるために洗礼を受けたわたしたちが、皆その死にあずかるために洗礼を受けた」「わたしたちは、洗礼によってキリストと共に葬られ・・・それはキリストが・・・死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためなのです」とある。そうであるならば、洗礼を受けてイエス様と結ばれた者は、復活したイエス様と同様に復活させていただくはずではなかったか。しかし、この20年間というもの、ひとりとしてイエス様のように復活させていただいた者がなかったのである。残された者が、復活した者に会わせていただいたことがなかったのである。そこで、イエス様が復活したことを否定することはなくても、そのイエス様を信じて死んだ者がイエス様と同じように復活させていただくということのほうは、信じることができなくなったのだった。
 残された者にとって、死んでいった者がどういう状態にあるかということは、本当に切実な事柄なのであった。先日、私は新聞の書評を見て、イギリスの高名なジャーナリストが書いた『津波の霊たち─3・11死と生の物語─』という本を読んだ。この本は、津波被害者の中でも、特に石巻の大川小学校で犠牲になった子供たちと、その親たちを描いたものだった。親たちは、発見された子供たちの目をどんなにぬぐってやっても血のような赤い液体が吹き出してくることや、泥が次から次へと吹き出してくるという遺体の有り様を忘れることができなかった。親にとって、子供たちは、いつまでもいつまでも、津波の犠牲となった存在、また小学校の責任者たちの不作為や過失の犠牲となった存在、また自分たちが早く迎えにいってやれなかったために犠牲となった存在、つきつめれば死という痛ましい出来事の犠牲になって、苦しんで死んでいった存在であり続けるのである。おそらくコリントの遺族たちも、同じ思いであったはずである。だから、イエス様と全く同じように、すぐに死の三日目に復活して40日間も弟子たちに現れてくれるようなことは望みはしないものの、イエス様と同じように、いつか復活させていただくのだとしたら、そのほんの兆しでもよいから見せてほしいと願ったのだった。死んでいった者たちが、もはや死の苦しみに支配されているのではなく、復活されたイエス様と同様の喜びや平安を抱いている者であることを見せて欲しかったのである。そして、その幾分なりを遣族である自分たちに分け与えてほしいと願っていたのである。不思議なことだが、先ほどの本には、死んでいった子供たちが夢やいろんな形で送ってくるメッセージが徐々に変化していったと書かれていた。相変わらず幽霊や亡霊といった形で、地上を彷徨っているとしかいいようのない存在に、多くの人々が遭遇したという。その一方で、ある子供たちは、死んだ後に『成長』しているとしかいいようのない変貌を遂げているというのである。幼い子供では決して言い得ないようなアドバイスを、生き残った親たちに送ってきたのだそうである。それによって親は、慰められていったのである。「ああ、あの子は死んではいないのだ。向こうの世界で何らかの形で生きていて成長してくれているのだ」と知って、親たちも元気で生きてゆけるように変わっていった。コリント教会の人々が求め願っていたのも、そういうことだと思うのである。しかしそれは与えられなかった。死んでいった人々が、死の中に閉じ込められているとしか思えなくなっていたのだった。

3 このようなコリントの人々の切実な思いや問いかけに、パウロが精一杯、牧会者として答えようとしていたのが、12節から15章の最後までの箇所だと、私はしみじみ思うのである。ここでパウロが操り返し語ったのは、「死者の復活がなければキリストも復活しなかったはずです(13節)」であった。また「死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです(16節)」という言葉であった。パウロの語りかけの重心は、死者は復活するのだというところに置かれていた。それを保証するのがキリストの復活だと語っていた。死者を復活させるためにこそイエス様の復活があったのだとさえパウロは言おうとしていたようである。死者の復活は、イエス様の復活によってもたらされるひとつの効果のようなものではない。死者は、イエス様の復活のおこぼれにあずかって復活するのではないのである。しかしそうではなく、イエス様の復活は、死者を復活させることにこそ何よりもの目的があるとパウロは言わんとしていたのである。
 ではどうして、これまで何人もの人々がイエス様を信じて召されていったのに、イエス様のように復活させていただくことがなく、遣族に現れてはくれなかったのか。この疑間に精一杯答えようとしているのが20節以下のところではないかと思う。23節に「(キリストによってすべての人が生かされることになるとしても)ただ一人一人にそれぞれ順序があります。最初にキリスト、次いで、キリストが来られるときにキリストに属している人たち」とある。35節以下では、蒔かれた種が発芽する比喩にたとえて、どんなふうに死者が復活するのかという疑問に答えようとしている。地中に蒔かれた種は、すぐに発芽して花が咲くわけではな。しかるべき時が必要だとパウロは言おうとしていたようである。

4 正直パウロの精一杯の答えを読んでも、なぜ死者がイエス様と同じように復活させていただけないのかという切実な疑問への十分な答えにはなっていないと思う。しかしそれは仕方のないことであろう。なぜイエス様だけが三日目に復活し、40日間も弟子たちに不思議な体をもって現れ接して下さったのか、なぜ私達には同じことが起きないのかは、神様しか知り得ないことなのである。私達には知り得ない事柄なのである。
 ただ言えることは、「イエス様は、キリスト(救い主)であるのだから、特別なのだ」ということである。救い主としてイエス様は私達に、死んで私達は決して死に支配されたままなのではなく神様と復活されたイエス様に支配していただいて、いつか復活させていただく待望の日を待ち望み、その日まで地中に蒔かれた種のように「成長」する存在なのだと教えて下さらなくてはならないのである。その為には、イエス様が特例的な形で復活されることが不可欠であった。死んだ者が特別な体をいただいて復活し、イエス様のように弟子たちに40日にもわたって現れたということは、実はたやすいことではないと思うのである。それは神様の御業の中でも例外中の例外ではなかったのかと思うのである。しかし神様はそれを、ただ私達のためにして下さった。私達を死から解き放ち、死者は死人のままではいないということを遺族に知らせるために。
 新聞で、奥野修司氏の『魂でもいいから、そばにいて─3・11以後の霊体験を聞く─』という本の書評を読み、私は心を揺さぶられた。奥野氏は、大宅壮一ノンフィクション賞を取ったことのある作家である。彼は決して「まゆつば物」の本を書くような人ではない。そのような彼が震災後に、その地でまことしやかに語られ、多くの人を揺り動かしてきた『霊体験』というものを書かずにはいられなくなったという。この書評を読んで、わたしが心を揺さぶられたのは、どういうことかと言うと、奥野氏か書いたことは、要は、死者は実は死んではいないということであった。死者は必死になって、死んでもなお生きることを願い、生きている者に死んだ自分の叫びを聞いてほしいと願い、先ほどから言われていることで言えば、なお『成長』したいと願っているのだというのである。パウロの比喩で言えば、発芽し花を咲かせ結実したいと願っている存在なのである。しかしその道を断たれ、またどうやってその道を見つけたらよいかわからない故に彷徨っているのである。そういう人々のためにこそ、イエス様の復活があったのだと直感的にわかったのである。イエス様が復活したのは、死者が決して死んではいないということを教え示して下さるためだったとわかったのである。
 14節でパウロは「キリストが復活しなかったら・・・無駄です」と言い切っている。イエス様の復活がなかったら、死者の復活ということを私達ははっきりと胸を張って堂々と語ることはできなかった。だとしたら死者はいつまでも死んだままの者である。「わたしは生きているのだ。成長したい・芽を出したいと願っているのだ。その道筋を教えてほしい」との切なる死者の叫びは無視され、遺族たちにとって死者はいつまでも痛ましい死の犠牲者であり続ける。死者がそういう死者である限り、生き残った者も平安に生きてゆくことはできないのである。「わたしたちの宣教」とは何であろうか。私達がイエス様の十字架とその復活から与えられた福音とは、喜びの知らせとは何であろうか。それは、私達がたとえ死んでも死に支配されるのではなく、イエス様と神様の御手の中にあって生きているという福音なのである。この福音は、愛する人を失った人々にとっては、本当にかけがえのない支えとなるであろう。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 3月25日(日)受難節第6主日礼拝

『ヨハネによる福音書 13章 1~11節』

13:01さて、過越祭の前のことである。イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。 13:02夕食のときであった。既に悪魔は、イスカリオテのシモンの子ユダに、イエスを裏切る考えを抱かせていた。 13:03イエスは、父がすべてを御自分の手にゆだねられたこと、また、御自分が神のもとから来て、神のもとに帰ろうとしていることを悟り、 13:04食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。 13:05それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。 13:06シモン・ペトロのところに来ると、ペトロは、「主よ、あなたがわたしの足を洗ってくださるのですか」と言った。 13:07イエスは答えて、「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」と言われた。 13:08ペトロが、「わたしの足など、決して洗わないでください」と言うと、イエスは、「もしわたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」と答えられた。 13:09そこでシモン・ペトロが言った。「主よ、足だけでなく、手も頭も。」 13:10イエスは言われた。「既に体を洗った者は、全身清いのだから、足だけ洗えばよい。あなたがたは清いのだが、皆が清いわけではない。」 13:11イエスは、御自分を裏切ろうとしている者がだれであるかを知っておられた。それで、「皆が清いわけではない」と言われたのである。

説教:『足を洗っていただく幸い』

1 今日は、代々の教会が、特別に「棕相の主日」と呼んできた礼拝の日である。なぜこのように呼ばれているか。それは、12章12節以下に次のように書かれていることから、そのように呼ばれている。「群衆はイエスがエルサレムに来られると聞き、なつめやしの枝を持って・・・ホサナと叫び続けた」とある。ホサナとは、詩編118編25節のへブル語から取られたもので「今、お救い下さい」という意味とのことである。なつめやしが棕櫚であり、そのことから、この日が「棕相の主日」と呼ばれるようになった。
 今日からはじまる1週間を、特に『受難週』特に呼んでいる。私たちの曜日で言えば、今週の木曜日にイエス様が弟子たちと最後にされた食事、すなわち最後の晩餐が守られた。今日の聖書の場面は、その最後の晩餐の冒頭で、イエス様が弟子たちの足を洗ったことを記した箇所である。これゆえに、特に今週の木躍日は『洗足木曜日』と呼ばれているのである。この最後の晩餐が終わって、ゲッセマネの園での祈りが終わった後に、イエス様は捕らえられた。瞬く間ともいうべきスピードで裁判にかけられ、金曜日のお昼には十字架につけられて殺されてしまったのだった。そして、それから数えて三日目の朝─来週の日曜日の朝に相当─に、墓から復活なさったので、次週の礼拝は「イースターの礼拝」として守ることとなる。今日の礼拝では、イエス様が弟子たちの足を洗ったという出来事に、特に心を向けてゆきたいと思う。

2 まず、1節を読むと、この最後の晩餐が守られたのは過越祭の前のことであり、この時に「イエスは・・・愛し抜かれた」とある。この過越の祭がいつの頃からのことかは、はっきりとした年代は定かではないが、おおよそ紀元前の13世紀頃に、エジプトで奴隷だったイスラエル人が、モーセに率いられてエジプトを脱出した出来事を記念して始まった祭りである。そしてそれは、イスラエル人にとっての正月にあたる祭りである。こういう祭りを覚えてなされる大切な食事、また弟子たちとの最後の夕食の席で、イエス様は「この世から・・・この上なく愛し抜かれた」と言ったのだった。これは、きわめて単純に言えば、イエス様が自分の死を悟り、弟子たちをとても深く愛されたということである。
 さて、この世を去ろうとする者が、世に残される者を愛するというとき、それはどういう形で表れるものであろうか。それは、世に残される者たちが、この世を生きてゆく上で必要なものを精一杯遣そうとするという形でではないかと思うのである。
 先々週から先週初めにかけて私は大変な歩みをしていたように思う。18日は、山北先生が当教会の40周年記念礼拝の説教をして下さった。少しゆっくりできるかと思って、久しぶりに15日の木曜日に郡山の母を訪ねた。母は、私が泊まってゆくと思っていたようだった。前の晩は、これが息子と過ごす最後の夜かもしれないと思って、なかなか寝付かれなかったと言っていた。しかし私が実家に泊まるのは、いろいろな事情があって難しく、また翌日は茨城YMCAの幼保園の卒園式が予定されていたこともあり、どうしても泊まらずに帰ってこざるを得なかった。母は「私がおまえに遺せるものは精一杯遺すつもりだから」と言っていた。木曜日の6時すぎにつくばに帰ってきたところ、夜の10時に、高崎から訃報の電話があった。翌日金曜日、私は幼保園の卒園式が終わるとすぐに高崎に駆けつけた。日曜日(18日)は、礼拝後の講演会が終わってすぐ、また高崎に向かった。高崎で前夜式を行い、そのまま高崎に1泊して翌日葬儀をさせていただいた。召天された姉妹も、またこの世に残されたご夫君やお子さんたちのために、精一杯のものを遺そうとされたのではなかったか。そういったことが、イエス様が弟子たちを「この上なく愛し抜かれた」という言葉の意味するところだと思うのである。ここでとても大事だと示されるのは、「世にいる弟子たちを愛して」の「世にいる」という言葉だと思うのである。13章から17章の最後までは、ずっとイエス様の遣言のような言葉が記された場面である。そこには何度も何度も弟子たちが世にいることが言及されている。世を去って神様のもとへ行こうとされていたイエス様の最大の心配は、この世に残される弟子たちが、どうやってこの世を歩んでゆけるかであった。だから、彼らがこの世を安心して歩んでゆけるための『遺産』を遣そうとされたのである。それが彼らを愛し抜くことであった。その形が弟子たちの足を洗うということであった。その遣産をもらわなければ、弟子たちはこの世を歩んでゆくことができなかったのである。還産をもらわない者はイエス様の子供ではない。8節で「わたしの足など決して洗わないで下さい」と言ったペトロに、イエス様が「もし・・・何のかかわりもないことになる」と言った意味は、そういうことでもあった。

3 では、イエス様が世に残る弟子たちへの遺産として遺そうとされたものは何だったのか。それがどうして足を洗うという形で表れたのか。キーポイントは、1節と3節で繰り返されている言葉だと思う。1節には「この世から父のもとへ移るご自分の時が来たことを悟り」とあり、3節前半には「父がすべてを・・・悟り」とある。2節には12弟子の一人であったユダの裏切りのことに触れられている。ユダの裏切りによって封切られ、人々の憎しみによって科せられようとした十字架の死が、「自分の時」として、また「父がすべてを自分の手に委ねられたこと」として起きることであり、あくまでも、父から来て父のもとへ帰る歩みの時だと悟っておられた。
 ここには、どんな意味が込められていたのか。十字架の受難は、一方ではイエス様がユダの裏切りや人々の憎しみの犠牲とされることであった。しかしイエス様は、そのような時もまた「自分の時」であり、神様がすべてを自分に委ねておられる時だと悟られたというのである。「自分の時」とは、自分の手中に治めることのできる時という意味であろう。十字架の出来事は、客観的に見れば、どう見てもユダや人々のなすがままに犠牲とされた時にしか見えない。しかし、それだけではないとイエス様はわかっておられたのである。それは、ただユダの裏切りや人々の憎しみによって科せられた十字架の苦しみに引きずり込まれる時ではなかったのである。そうではなく、あくまで「自分の時」なのであった。自分の手の中に神様が与えて下さっているところの自分の人生の時なのであった。そこをどう生きるかは自分で決めることのできる時なのであった。そしてそれは、他でもない神様から来て神様に帰る歩みの時なのであった。十字架に捕まって死へと引きずり込まれて、それで終わりという歩みでは断じてなく、あくまで神様から来て神様のもとへ帰るところの、使命を果たし終えて凱旋する栄光の歩みなのであった。イエス様は、このような「悟り」というものを弟子たちに遺産として遺そうとされておられたのである。そのような歩みの力、あるいは足の力とでも言うようなものを、この世を歩まねばならない弟子たちに最も必要な遺産として遣そうとされたのであった。

4 この世にある私たちには、そのようなイエス様の足の力が必要だと思うのである。前出の姉妹のことになりるが、彼女は49歳のとき乳ガンの手術を受け、57歳のとき再発と転移が明らかになって、その後12年間にわたって辛い抗ガン剤による治療に耐えてこられた。けれども最後には、もう治療方法がなくなり、69歳で天に召されたのだった。今の女性の平均的な寿命からすれば20年近く短い。私たちは、イエス様のように、身近な者の裏切りや、十字架にはりっけにされるほどの憎しみを受けるということはないかもしれない。しかし、人生が自分の思い通りにならないという『人生からの裏切り』は、皆がどこかで味わい、病によって苦しめられ憎まれるというような境遇に必ず置かれるのである。それがこの世にあって、この世の材料である土の塵から成る私たちの歩みの根源的有り様なのである。私たちの足は、この世にからめとられるのである。裏切りと情しみと死の中へと足が引きずり込まれるのである。
 そこには、悪魔のささやきが聞こえてくる。「そんなお前の人生には何の意義があるのか」と。「50歳になるかならないかでガンになり60歳になる前に再発し、20年にわたって常に死と向かい合わねばならなかった人生は、何と不幸であったか」と。「それは、病と死に翻弄された人生でしかなかったではないか」と。ユダに取り付いていた悪魔とは、そういうささやきをする存在なのであった。要は、悪魔とは、この世にある私たちの歩みを不幸なものとしてのみ悟らせようとする存在なのである。世にある私たちは、このような悪魔から守られねばならない。足がこの世にからめとられることから守られなばならない。そのためにイエス様が、遺産として遺して下さったのが、言わば自分の歩みの力・足の力であった。それが洗足という形で表れたのだった。
 イエス様は弟子たちの足を洗うことを通して、つきつめれば、「あながたの足は私が守るのだ」と言って下さっておられたのである。「わたしの足があなたがたの足となるのだ」と約束されたのだった。「あなたがわたしの足を洗ってくださるのですか」と言ったペトロに対し、イエス様は「わたしのしていることは・・・分かるようになる」とこたえた。そのときのペトロにも、いつか自分の足ではもうこの世を歩けなくなるときがやってくるのであった。この福音書の21章18節以下には、復活されたイエス様が、彼の後の人生についてつぎのようなことを告げている場面がある。「あなたは、若いときは、自分で帯を締めて行きたいところへ行っていた。しかし年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れてゆかれる」と。「ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われた」と著者ヨハネが、その後に解説している。帯うんぬんとは、私たちすべてにあてはまるものだとしみじみ思う。他の人、また力によって帯を締められ、行きたくないところへ連れてゆかれる境遇に置かれている人々が、どれほど多くおられるであろうか。しかし、「そのような歩みにおいてこそ、わたしがあなたの足になるから安心せよ」とイエス様は言っておられる。そしてそのような歩みにおいても私たちは神様の栄光を現すことができると約束して下さったのである。
 9節「主よ、足だけではなく手も頭も」と言ったペトロに対するイエス様の答えは、写本の乱れのためか意味がよくわからないものとなっている感じがする。しかし、イエス様の答えの意味は、頭が何を考えようと手が何をしょうと、要は足が大事なのだ。足があなたがたをどんな歩みへと導くかが大事なのだ。その最も大事な足をイエス様が洗って下さったのだから、すべてが清いのだ。大丈夫なのだということではなかろうか。

5 このようにイエス様は、ユダの裏切りを端緒として始まっていった十字架の時を、弟子たちに遺産を遺す「自分の時」として歩んでいったのだった。その「自分の時」の表れが他でもない弟子たちの足を洗うということであった点に、改めて心を引かれる。他にこの時を「自分の時」とする有り様もあったのではなかろうか。ユダが求めていたものとは、まさにそれであったに違いない。イエス様を十字架へと追い込めば、ものすごい力を発揮して自分たちをローマの支配から救ってくれるかもしれないと期待したのかもしれない。それもまた悪魔のささやきなのであった。私たちにとっての「自分の時」とは常に何か大きなことを成し遂げるような時である。悪魔は、十字架という苦しみの時・受難の時をなくして、自分の思い通りの人生を生きることが「自分の時」だと考えさせるのである。しかしイエス様は、それは「自分の時」ではないと教えておられるのである。自分の時とは、苦しみの中にあっても愛する者の足を洗うことなのである。愛する者に大切なものを遣してゆくことなのである。イエス様は弟子たちの足を洗うことを通して、あなたがたもそのように生きることができると約束して下さったのである。
 前述の姉妹は、この20年間、自宅で家庭集会をし続けてこられ、そこからは信者となり牧師の夫人として起こされた姉妹が弔辞を述べられた。お悔やみにこられた人々の中の何人もが、「あなたに導かれた。励まされた」と言って下さった。イエス様の足が彼女の足となって、イエス様が弟子たちの足を洗われたように、彼女も多くの人の足を洗い、周囲の人々の歩みを力づけてこられたのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 3月18日(日)創立40周年記念礼拝(受難節第5主日礼拝)

『マルコによる福音書 10章 35~45節』

10:35ゼベダイの子ヤコブとヨハネが進み出て、イエスに言った。「先生、お願いすることをかなえていただきたいのですが。」 10:36イエスが、「何をしてほしいのか」と言われると、 10:37二人は言った。「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください。」 10:38イエスは言われた。「あなたがたは、自分が何を願っているか、分かっていない。このわたしが飲む杯を飲み、このわたしが受ける洗礼を受けることができるか。」 10:39彼らが、「できます」と言うと、イエスは言われた。「確かに、あなたがたはわたしが飲む杯を飲み、わたしが受ける洗礼を受けることになる。 10:40しかし、わたしの右や左にだれが座るかは、わたしの決めることではない。それは、定められた人々に許されるのだ。」 10:41ほかの十人の者はこれを聞いて、ヤコブとヨハネのことで腹を立て始めた。 10:42そこで、イエスは一同を呼び寄せて言われた。「あなたがたも知っているように、異邦人の間では、支配者と見なされている人々が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。 10:43しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、 10:44いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。 10:45人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」

説教:『仕えるために』

1 筑波学園教会創立40周年を祝し、主の祝福と導きがさらに豊かならんことを心から祈る次第です。筑波学園教会が誕生したのは、全く聖霊の導きによる出来事であります。勿論、稲垣守臣牧師を中心に聖ヶ丘教会に開拓伝道計画があり、多くの尽力がなされたのです。伝道地の選択から検討され、幾度となく候補地を訪れました。しかし最終的には、新聞折り込みの筑波の土地の売却広告を牧師が見たことから始まったのです。「そうだ。筑波へ行こう」と、委員会は一つの方向にまとまって歩みを進めました。全く聖霊の導きによるとしか表現できません。
 しかし、トントン拍子とは行きませんでした。筑波の地は不動産業者が乱立し、客引きまで行っている賑やかさだったのです。広告のチラシを手に店に入り、案内され、その後、手付金を払うところまで辿りついたのですが、ある日突然、店ごと蒸発してしまったのです。地元の警察署長さえも土地の購入で騙されたという噂を、あとで聞きました。
 そんな中、教会を騙すなどとんでもないと助力を申し出られた地主の光橋 賢(しばはし けん)氏と出会いました。そして、単価11万円×300坪の購入に及んだのです。これまた、人智を越えた導きによることでありました。「聖霊、つまり目には見えない神様の愛の御手によって、主の体なる教会が見える形に結晶して、筑波学園教会が形成されたのです。(ハリー・バートン・ルイスU.M.C. The United Methodist Church 関東教区Division)」
 一体、教会は何のために建てられ、そこに連なる者は何のために存在しているのか。それはまさしく「仕えるため」と、先ほどの聖書の箇所に書かれておりました。教団の今日の聖書日課であります。
 主イエスが十字架と復活を予告されたあと、その重い事実に応えて生きるとは、仕えることであります。仕えるために生きることこそが、神にあって生きる人生の目的となることを、教えているのです。
 弟子たちがいぶかしく思うほどの緊張感を以って、主イエスが十字架と復活を宣言されたのに、その弟子たちの間にトラブルが発生しました。それはヤコブとヨハネが「栄光をお受けになるとき、一人をあなたの右に、一人を左に座るようにして下さい」と言いました。それを聞いた他の10人が、自分たちを出し抜いて何ということをと憤慨したのでした。ヤコブとヨハネという筆頭格の弟子が、こんなハシタナイことを願い出たと言うのでは示しがつかないと思ったのか、マタイ20章20節では、教育ママよろしく「母親が願い出た」となっています。母親ならあり得るとしたのでしょうか。
 しかし、右大臣・左大臣ともあろう二人が、主のみ傍にいさせて下さいと願ったことは、ハシタナイこととは言えないとも思うのです。主イエスを愛するなら、いつまでも主の傍近くにいたいとの思いは、当然の求めでありましょう。  問題は、自己満足的に権力志向的に上に立とうとするのか否か、多くの人に広く遠く仕えるために上に立つのか否かということなのです。「あかりを机の上に置け。山の上にある町は隠れることがない」と主イエスが教えておられる如くであります(マタイ5章14節)。
 「あなたがたの中で偉くなりたい者は皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者はすべての人の僕になりなさい」と主は言われました。神様が、どういう人を求めておられたのか、それを知ることができる言葉です。それは、「仕えていく人」ということであります。そして、そのことは、自分のために神様を求めるのではなく、神様のための自分になるという、厳しい人生の関所をくぐり抜けていく生き方と重なり合うのです。

2 「もっとお金や時間があったらやろう」、「もっと能力や体力があればやれるのだが」と人は言います。しかし、人生は「たら・れば」ではない、現に今与えられているもので何をするかということが問題なのであります。得たい、獲得したい、Getしたいということのみを口にしている限り、成長はないのです。まず与えること、自分にあるものを分かち合おうとすることです。「与えなさい。そうすれば与えられるであろう」と主が教えられたことは、真実であります。
 聖ヶ丘教会が筑波学園教会を創立し、筑波学園教会が成長していく姿を見ることによって、聖ヶ丘教会自身も成長させられていったのです。聖ヶ丘教会が筑波学園教会設立を決議した1976年の現住陪餐会員は183名、礼拝出席者数は94名でした。そして、筑波学園教会が創立10周年を迎えた1988年には、聖ヶ丘の現住陪餐会員は308名(+125名)、礼拝出席者数は168名(+74名)となっていました。以後、筑波学園教会に刺激され、聖ヶ丘教会は成長していきました。現在では、40年前の約3倍の規模になっています。これも、また聖霊の導きに属することであろうと思います。
 主イエスは宣言されました。「人の子は仕えられるためではなく、仕えるために、また多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」。私たちは、<主は来ませり、主は来ませり>と賛美いたしますが、主は、ご自身が何のために来られたのかを、自己紹介されているのです。
 主がおいでになられたのは「仕えるため、そして多くの人の身代金として自分の命を献げるため」、この世と私たちを愛するためであったのですが、愛するとは、愛する者のために死ぬことに極まるのです。
 「自分を無にして僕の身分になり、人間と同じ者となられました。人間の姿で現れ、へりくだって死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」とフィリピの信徒への手紙27章以下にあるとおりです。その御子の姿、つまり自分の命を捧げ切った生涯を、神は「そうだ。それで良かったのだ!」と言って、私たちの初穂として甦らせ、永遠の命のよすがとし給うたのです。
 私たちのため命を与えるために来て下さった主の愛・その独り子を与えるためにこの世を愛し給う神様の御心を思うとき、私たちはその愛に応えて私たちも人に仕える方向に歩み行こうと思い、そうする力が与えられるように祈るのであります。
 アメリカの教会には、標語のように書いてあります。“Jesus loves me ? so do I(主は私を愛して下さる。それだから私もそうします!)”と。「主が仕えて下さったゆえに、私も仕えます」と。 これは、被奉仕の奉仕〔=奉仕をこうむっているので奉仕する〕であります。
 「仕える」という言葉の原語は「下の漕ぎ手」という意味だと言います。戦艦の底の部分で漕ぎ続ける奴隷のことなのです。
 Strong men always stand at the bottom. 底辺、底に立つ者、それは主に仕える者の現実です。「あなたがたの中で偉くなりたい者は皆に仕える者になりなさい」。そうした逞しさを持つ者を、教会は輩出していくのです。
 人に対しては勿論、自分についても言ってはいけない言葉があります。それは「役立たず!」です。「それを言ってはおしめえよ(フーテンの寅さんの決め台詞)」です。役に立たない人はいません。自分でそう思うとき、そうなってしまうだけのことなのです。

3 仕える人生は、この役立たずから解放されるこのなのです。実際、自分の存在が誰かの役に立っているという実感ほど、人に喜びとみずみずしさを与えるものはないのです。人生は人が生きるということと、人を生かすということからなっています。だから、「仕え合う」を「仕合せ」と読み、「仕えること」を「仕事」というのも、故ないことではありません。
 仕えるために来て下さった主イエス、十字架にて我らの救いを成就して下さったイエス・キリストを思うレント、受難節のなかで筑波学園教会創立40周年礼拝を感謝と共に捧げることができました。
 この40という数も、象徴的であります。40日40夜、雨が降り、ノアの洪水はもたらされました。モーセは、40日、シナイ山にいて十戒を授けられました。40年間、荒野をさまよい、栄光への脱出を続けました。主イエス自身は、40日間、荒野にてサタンの誘惑にさらされました。そして、復活の主は、40日、神の国を語られました。
 列挙すればきりがありません。40という数字は、かくして、試練と苦難の象徴でありつつ、栄光への道筋を示す数字なのです。苦難から栄光へ、十字架から復活へと、信仰の軌道を整えるべく、レントは40日間置かれているのです。
 40周年を期して、筑波学園教会は、高く太く十字架を掲げつつ、逞しく前進して行きます。願わくは、仕えるために建てられている筑波学園教会を、神様が用い給わんことを!

山北 宣久 先生(聖ヶ丘教会 前牧師)

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2018年 3月11日(日)受難節第4主日礼拝

『ヨハネによる福音書 9章 1~12節』

09:01さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。 09:02弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」 09:03イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。 09:04わたしたちは、わたしをお遣わしになった方の業を、まだ日のあるうちに行わねばならない。だれも働くことのできない夜が来る。 09:05わたしは、世にいる間、世の光である。」 09:06こう言ってから、イエスは地面に唾をし、唾で土をこねてその人の目にお塗りになった。 09:07そして、「シロアム――『遣わされた者』という意味――の池に行って洗いなさい」と言われた。そこで、彼は行って洗い、目が見えるようになって、帰って来た。 09:08近所の人々や、彼が物乞いであったのを前に見ていた人々が、「これは、座って物乞いをしていた人ではないか」と言った。 09:09「その人だ」と言う者もいれば、「いや違う。似ているだけだ」と言う者もいた。本人は、「わたしがそうなのです」と言った。 09:10そこで人々が、「では、お前の目はどのようにして開いたのか」と言うと、 09:11彼は答えた。「イエスという方が、土をこねてわたしの目に塗り、『シロアムに行って洗いなさい』と言われました。そこで、行って洗ったら、見えるようになったのです。」 09:12人々が「その人はどこにいるのか」と言うと、彼は「知りません」と言った。

説教:『神の業が現れるために』

 説教要旨の掲載はありません

土浦教会牧師 嶋田 恵悟

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2018年 3月4日(日)受難節第3主日礼拝

『申命記 8章 1~10節』

08:01今日、わたしが命じる戒めをすべて忠実に守りなさい。そうすれば、あなたたちは命を得、その数は増え、主が先祖に誓われた土地に入って、それを取ることができる。 08:02あなたの神、主が導かれたこの四十年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。こうして主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、すなわち御自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされた。 08:03主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。 08:04この四十年の間、あなたのまとう着物は古びず、足がはれることもなかった。 08:05あなたは、人が自分の子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを心に留めなさい。 08:06あなたの神、主の戒めを守り、主の道を歩み、彼を畏れなさい。 08:07あなたの神、主はあなたを良い土地に導き入れようとしておられる。それは、平野にも山にも川が流れ、泉が湧き、地下水が溢れる土地、 08:08小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろが実る土地、オリーブの木と蜜のある土地である。 08:09不自由なくパンを食べることができ、何一つ欠けることのない土地であり、石は鉄を含み、山からは銅が採れる土地である。 08:10あなたは食べて満足し、良い土地を与えてくださったことを思って、あなたの神、主をたたえなさい。

説教:『人はパンのみにて生くるにあらず』

1 1節に「今日、わたしが命じる・・・取ることができる」とある。「命を得」とある。申命記という書物は、これからパレスチナの地に入ってそこに住み着こうとしていたイスラエル人に、どうすればその地で「命を得る」ことができるかを、つまり長く生き延びてゆけるかを、神様がモーセを通して教え示した書であった。なぜ神様は、このようなアドバイスをされなければならなかったか。それは、イスラエル人が、この地で生き延びてゆくのは、とても大変だったという事情があったのである。
 どのように大変だったのか。7章1節に、パレスチナに住む先住民は「あなたに勝る数と力を持つ7つの民」だとの記述があった。7という数は、聖書では完全数を意味している。イスラエル人を待ち受けていたパレスチナの先住民は、数と力ではパーフェクトな人々だったという意味なのである。私は、それを「先住民の人々は、数と力で勝つということを価値観として生きていた」という意味に受け取った。そういう価値観は完全であり、この世にあっては、その価値観に勝てる者はいないという意味だと思う。イスラエルの人々は、そういう価値観に支配されていた地域に入り、住み着こうとしていたのだった。そこで生き延びて行くことが大変だったというのは、勿論、文字通りの意味で、数と力に勝る先住民に滅ぼされないで生き延びてゆく大変さであった。実はそれ以上に、彼らの価値観に征服されないで生きるということの難儀さでこそあったのだと思うのである。

2 20節までには、神様がモーセを通して、イスラエル人がパレスチナの地で、こうなってはいけないとの警告が書かれていることがわかる。11節の小見出しにも「主を忘れることに対する警告」とある。20節で、はっきりと、もしそうなったら、神様はイスラエルの人々を、他の国々と同じように滅ぼすと厳命していた。どうなったら滅びるのか。12節・13節では「あなたがたが食べて満足し、立派な家を建てて住み、牛や羊が増え、銀や金が増し、財産が豊かになって、心おごり、あなたの神、主を忘れ」たらとある。
 実はこれは、パレスチナにおいてイスラエル人が実際にそうなっていた状態である。イザヤ書の5章5節には ─これは紀元前7世紀の終わり頃のイスラエル人の様子だと思われるが─ 「災いだ。家に家を連ね、畑に畑を加える者は。お前たちは余地を残さぬまでにこの地を独り占めにしている」とあった。イスラエル人は、パレスチナにおいて先住民に、文字通りの意味で征服されてしまったのではなく、むしろその逆だったのである。ダビデは、この地をすべて平定して王国を建てた。その王国は、紀元前586年にバビロニアによって神様の言った通りに滅ぼされてしまった。しかし、それまでの500年近くは、イスラエルの人々が数と力において先住民に勝っていた。現代のイスラエルもそうである。そういう中で、12節・13節に書かれている有り様が現実となっていた。それは決して先住民に征服された姿ではなく、その逆であった。だが、それこそが、数と力に勝るという価値観に征服されてしまった姿だったと言ってよい。数と力に勝る価値観というのは、この世においては本当に完全な価値観なのであり、それに勝る価値観はない。ゆえにイスラエル人も、その価値観に征服されてしまい、神様が言った(20節)通りに滅ぼされたのだった。イザヤ書の6節には「万軍の主はわたしの耳に言われた。この多くの家、大きな美しい家は必ず荒れ果てて住む者がなくなる」と書かれている。数と力に勝る価値観によって生きるとき、私たちは滅びへ至るのである。
 申命記の警告、またイザヤ書の言葉は、今日の私たちに対してこそ厳しく響いてくるものではなかろうか。今から3000年以上前の時代に比べて、今日の時代社会は、ますます数と力に勝る価値観によって私たちが支配されていることは言うまでもないことである。私たち一人ひとりの生涯で言えば、確かに青年期から壮年期までは人生も上り坂であって、数と力においてどんどん勝って行ける時なのかも知れない。しかし人生の後半、また晩年はどうか。数と力で勝るといえば、勝るのはマイナスの数と力である。抱えている病気の数、飲まなければならない薬の数、老いの力、そして死の力が勝ってくる。プラスの数と力が増し加わってゆくということを価値観とし、それを幸せの物差しとするのならば、私たちの人生の晩年には幸いはあり得ないのである。ただただ滅んでゆくばかりの人生として受け取るしかない。それが、神様が「滅び去る」と言った(20節)意味なのである。数と力に勝るという価値観は、この世においては、本当に完全で強い価値観であり、私たちを席巻する。それに征服されたなら、私たちは滅ぶしかないのである。私たちは、生きる喜びや生きがいを、人生の後半において失ってしまうのである。

3、だから、神様はイスラエル人に、また今日の私たちにこそ、この価値観に征服されて滅びに至ることのないようにと処方箋を与えて下さっているのである。
 2節以下「あなたの神・・・40年の荒れ野の旅を思い起こしなさい」とある。本当にイスラエルの人々にとって、40年間は、荒れ野の旅だった。数と力に勝ることを価値とし幸いとするのなら、何ら意義のない吐き捨ててしまうしかないような40年間であった。民数記に、エジプトをやっとの思いで脱出した第1世代の人々の中で生き残ったのは、わずかカレブとョシュアの2人だけだったと書かれていた。指導者であったミリアムもアロンも死んでしまい、モーセもこの申命記の最後には召されてゆくことになる。一坪の土地さえ手に入れることもできず、ただただ荒れ野を彷徨(さまよ)い、野宿(のじゅく)生活をしてきたのだった。これほど数と力に勝つという価値観に逆行する歩みはなかったであろう。しかしモーセは、「これが神様がよしとして、あなたがたに与えた歩みだったのだ」と語ったのだった。そこにこそ幸いがあったことを思い起こせと語ったのだった。それを思い起こすことが、数と力に勝る価値観に征服されることからあなたがたを守るものだと語ったのだった。
 40年といえば、私たちの人生の、まさに後半の40年を指しているのではなかろうか。それは、他でもない荒れ野の40年だと、神様は教えている。モーセもアロンもミリアムも死んでゆき、エジプトを出た第1世代のほとんどが死に絶えたように、私たちの青壮年期を支えたものは死んでゆくしかないのである。プラスの意味での数や力に勝るということは、死に絶えてゆく。人生の後半は荒れ野なのである。しかし「この荒れ野の旅の中でこそ、味わい知ることのできる幸いがあったではないか」と神様は告げている。人生後半の40年は、ただただ辛く、多くのものを失ってゆく荒れ野ではない。荒れ野の中だからこそ味わったものがあった。知り得たものがあったのである。
 それは何か。3節にあるように、「主はあなたを苦しめ、飢えさせ」、だからこそ、そこで「あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた」というのである。荒れ野において、私たちは苦しめられる。飢える。しかし、その時にこそ、はじめて、あなたも先祖もこの世のだれも味わったことのない不思議な食べ物であるマナ ─へブル語で「これは何。What」という意味─ を私たちは味わうことになる。突き詰めれば、人生の幸いとは、人生の意義とは、このマナを味わうということにこそある。神様はこんな不思議な食べ物によって私を生かしてくださるのだと知ることができれば、それで人生の目的は果たされているのではなかろうか。
 マナとは、突き詰めれば、十字架の上で苦しまれ復活なさったイエス様にゆきつく。十字架の上で殺された人間が、どうして私たちの食べ物となり得るのか。数と力で勝つことを食べ物としてきた私たちには、決してわかりえない食べ物である。しかし、苦しみと飢えの中に置かれたとき、それがわかるのである。イエス様が私のマナであると。十字架につけられ復活したイエス様が、神様の下さる不思議なパンなのだと知ることができた人生は、それを味わうことができた人生は、本当に幸せなのである。

4 さらに、このマナを私たちに食べさせることで、神様が私たちに教えようとすることは「人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きること」である。
 この言葉は、言うまでもなく、イエス様が特別に愛し心に刻んでおられたものであった。イエス様は洗礼者ヨハネから洗礼を受けた直後、荒れ野で40日間試練にあい、その時、「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ」との誘惑に対し、イエス様が答えたのは、この申命記の御言葉だった。「人はパンだけで生きるものではない」というのは、言うまでもなく、私たちが生きるのにパンはいらないという意味ではない。パンというのは、申命記の流れから言えば、私たちがそれを糧としているところの、数と力に勝つという価値観を指している。そういうパンを私たちは必死になって手に入れようとあくせくしている。私たち自身が働いてパンを得なければ、私たちは生きることができないと思い込んでいる。ここでのパンとは、要は、私たち人間が己の力で手に入れて、自分で自分に食べさせるパン、数と力に勝るパンを意味している。
 しかし、マナの出来事を通してイスラエル人が体験したのは、それとは全く違うことであった。荒れ野にいて、田畑も貯蔵庫も持てなかった。働いて給料ももらえなかった。そのような自分たちが、それにもかかわらず神様が、天から不思議にも与えて下さったマナによって生かされていたのだった。それは、自分たちの生が、自分たちが稼いで手に入れるパンによらないという体験であった。荒れ野での出来事は、生きるということを、私たち自身の働きや業と切り離すことにこそ意味があったのである。私たちの働き、それもプラスの数と力という糧を作り出さねば生きることができないとの固定観念を打ち破り、私たちの生命とは、私たちの働きなどをはるかに越えた神様の下さる不思議の数々によって成り立っているとの教えである。
 そうしたマナをいただいたゆえに、荒れ野の歩みではあったが「この40年の間、あなたがたのまとう着物は古びず、足がはれることもなかった」とモーセは語りかけた。それを思い起こせ、と神様は言った。日野原重明先生が、インタビュー形式で最後に残された『生きていくあなたへ ─105歳 どうしても遺したかった言葉─』という著書を読んだ。この本は今、ベストセラーになっているとのことである。その中に、こんな一節があった。「最愛の人が重い病気に。何と声をかけたらいいのかわからず、自分の無力さを感じます」との問いかけに対し、先生はこう答えている。「人間というのは不思議な力を持っていて、病によって弱められるのだけれど、やがてその弱さの中からある種の強さというものが立ち上がってくるものなのです。僕はそういう患者さんをたくさん見てきました。聖書にある『力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』という言葉のとおりのできごとでした」と。イザヤ書の「残りのもの」という言葉を、またもや思い起こした。神様は、数や力ではもう負けるしかなくなった私たちのために、それに征服されない何かをちゃんと残して下さっていると改めて感じた。人生の晩年の荒れ野の40年があってはじめて、そのような破れない着物や腫れない足があることがわかるのである。その幸いは、どれほど深く大きいことであろうか。プラスの数や力に勝る幸いなど、この幸いに比べたら何ほどのこともない。荒れ野でいただけるマナや幸いというものによって、私たちは数と力に勝るという価値観によって征服され滅びることから守られるのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 2月25日(日)受難節第2主日礼拝

『ヨハネによる福音書 4章 46~54節』

04:46イエスは、再びガリラヤのカナに行かれた。そこは、前にイエスが水をぶどう酒に変えられた所である。さて、カファルナウムに王の役人がいて、その息子が病気であった。 04:47この人は、イエスがユダヤからガリラヤに来られたと聞き、イエスのもとに行き、カファルナウムまで下って来て息子をいやしてくださるように頼んだ。息子が死にかかっていたからである。 04:48イエスは役人に、「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ、決して信じない」と言われた。 04:49役人は、「主よ、子供が死なないうちに、おいでください」と言った。 04:50イエスは言われた。「帰りなさい。あなたの息子は生きる。」その人は、イエスの言われた言葉を信じて帰って行った。 04:51ところが、下って行く途中、僕たちが迎えに来て、その子が生きていることを告げた。 04:52そこで、息子の病気が良くなった時刻を尋ねると、僕たちは、「きのうの午後一時に熱が下がりました」と言った。 04:53それは、イエスが「あなたの息子は生きる」と言われたのと同じ時刻であることを、この父親は知った。そして、彼もその家族もこぞって信じた。 04:54これは、イエスがユダヤからガリラヤに来てなされた、二回目のしるしである。

説教:『あなたの息子は生きる』

1 46節に「イエスは再びガリラヤのカナに行った。そこは前にイエスが水をぶどう酒に変えた所である」とある。このカナという村のことは、2章1節以下に書かれていた。著者ヨハネは、そこがイエス様によって水がぶどう酒に変えられた出来事が起きた場所だということを、読者に再度思い起こさせようとしていたのがわかる。2章11節に「イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで弟子たちはイエスを信じた」とあった。著者ヨハネ自身、イエス様を救い主として信じる決定的な契機となったのが、そのカナの結婚式での出来事だったのであろう。カナの結婚式でのこのできごとにヨハネが改めて触れた(46節)のは、単に同じ村で起きたエピソードだったということを言うためではなかったと思う。
 この出来事は、前にこの村で起きたことと重なり合うことなのだと、著者ヨハネは言いたかったのではなかろうか。カナの婚礼での不思議な出来事は、決して1回きりのものではなかったのだとのメッセージかもしれない。「それは何度も何度も起きるのだ」と言いたかったのであろう。この福音書を読む私たちは、当然ながらイエス様の時代のカナに行くことなどできない。しかし、2000年前のカナに行くことができなくとも、私たちすべてに、「カナの婚礼の出来事は起きるのだ、追体験できるものなのだよ」とヨハネは励ましてくれているのではなかろうか。
 ヨハネは、カナの結婚式の出来事の核心にあったのは「イエスが水をぶどう酒に変えた」ことだと捉えていた。ぶどう酒がなくなったときに、どうしてイエス様は、人々に直接ぶどう酒を与えず、水を汲むように命じたのであろうか。最初からおいしいぶどう酒を与えることは、イエス様の御心ではなかったのである。最初はただの水から始まる。一見すると、「水を汲むことと、足りなくなったぶどう酒と、何の関係があるのか」と私たちはいぶかしく思う。しかし、ただの水を、イエス様の言う通りに汲むことが大事なのである。ぶどう酒は、どこにもあるものではないが、水ならばどこででも手に入れられる。水を汲むことは、たやすくできることである。私たちがたやすくできることを、イエス様は先ずやらせたのだった。すると、それが徐々になくてはならないぶどう酒に変わってゆくのである。ヨハネの思いに従って、カナの結婚式での出来事に重ね合わせながら味わってゆきたい。

2 カナの結婚式では、披露宴に無くてはならないぶどう酒が足りなくなってしまった。それを何とかしてもらおうと、イエス様の母マリアがイエス様のもとにやってきた。これが、水を汲み、それがぶどう酒に変わってゆくための第一の歩みであった。ぶどう酒が無くなったことに気づき、それを他の誰でもなくイエス様のところにやってきて「何とかして下さい」と頼むことから始まった。
 この物語に登場した役人も、まさしくそれと同じようにした。46節の最後に、この人は「カファルナウムの王の役人」だったとある。カファルナウムは、カナの東の約30キロ位の、死海沿岸に位置していた。そこには、ガリラヤの領主であったヘロデ・アンティパスの館があった。この役人は、ヘロデに仕えていた役人だったのである。役人とはいっても、とても地位の高い貴族のような高官だったとされている。普通ならば、大工の息子(イエス様)などと、何の接点もありえない人だったのである。そのような人が、なぜイエス様のもとにわざわざ30キロの道程をやってきたのか。それはm彼の息子 ─それはたった一人の子どもだったようである─ が、重い病気で死にかけていたからであった。彼がイエス様のもとに行くことが、その地位や身分に、どういう影響を及ぼしたかは定かではない。しかし、へロデ・アンティパスと言えば、遊び半分で洗礼者ヨハネの首をはねたような人である。イエス様と洗礼者ヨハネとのつながりは、浅からぬものがあった。そのようなイエス様のもとに、地位の高い自分の部下が行くことを、へロデが快く許したとは思えない。もしかすれば、主人の赦しを得ずに、彼はイエス様のもとに走ったのかもしれない。このことこそが、息子の病気が癒されてゆく上で決定的に大事なことだったのではなかろうか。イエス様のもとに行くということ自体が、すでに病気が治ってゆく過程の始まりなのであった。すでに水を汲みはじめていたのである。そして、彼がイエス様のもとに行ったことは、決して無駄にはならなかった。
 彼は手に何も持たずにイエス様のもとから帰って行った。50節にあるように「イエスの言われた言葉を信じて」ではあったが、求めたぶどう酒に相当する息子の癒しも、イエス様が一緒にカファルナウムに来て下さるということもかなえられずに帰って行った。ぶどう酒を望んだのに、与えられたのは、水どころか何もなかったと言ってもよい。しかし、イエス様のもとにぶどう酒を求めて行ったことは、決して無駄にはならなかったのである。「だれでもそうなのだ」と、著者ヨハネは語りかけているのであろう。だから、他の方法ではどうにもならない「ぶどう酒の足りなさ」を抱えたなら、それをイエス様のところへ行って何とかしていただきなさいとヨハネは励ましているのである。望み通りのものは与えられないかもしれないが、イエス様のもとに行き、お願いすることは、決して無駄にはならないとヨハネは語りかけているのである。

3 イエス様は、カナの結婚式の際、母マリアに、「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのですか」と、文字通りに読むと本当に冷たく、これが実の母に対する態度かと思うような返事をした。それと同じように、「一緒にカファルナウムに来て下さい。息子が死なないうちにおいで下さい。」と頼んだ役人に対し、イエス様は「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ決して信じない」と言い、「帰りなさい。あなたの息子は生きる。」と、ただ言葉だけを与え、彼と同行するのを拒んで、彼をひとり帰した。ここにこそ、ぶどう酒を求める者に、直接ぶどう酒を与えるのではなく、水を汲ませようとされたイエス様の姿が重なる。
 そこには、イエス様のどんな心があったのであろうか。「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ決して信じない」という言葉は、つまりは「人とは、ぶどう酒を求めてしまう者だ」という指摘なのである。しるしや不思議な業が、「望みのぶどう酒」に相当する。「それを与えられたら信じるのが、あなたがただ」とイエス様は言っているのである。しかし、求め願うぶどう酒を希望通りに手に入れられる人は、少ないのである。「望み通りのものを、神様・イエス様から与えられたなら信じよう」というのでは、決してイエス様・神様を信じられるようにはならない。信じる歩みは、先ずはぶどう酒とは遠くかけ離れた水を汲むことから始まる。水ならば、たやすく汲むことができる。水だからこそ、カナの婚礼では、空っぽの6つものカメを一杯にできた。最初からぶどう酒を一杯にはできないけれども、水ならば満たせるのである。それがぶどう酒に変わってゆくのである。
 またヨハネは、イエス様と役人との対話に、以下のような意味合いも含ませていると感じる。この福音書を読む私たちは、カナに行くこともできないし、イエス様に会うこともできない。病気を抱えた自分や家族に触れていただくこともできない。そういう私たち読者のことを、ヨハネは考えてくれていたのだと思う。そのような私たちに、「直接イエス様に来ていただいて、しるしや不思議な業をしていただくことは必要ないのだ。カナに行かずともよいし、イエス様においでいただかなくともよい。癒していただかなくともよいのだ。ただ水を汲むだけで十分なのだ。」とヨハネは励ましてくれているのである。望み求めるしるしや不思議な業というぶどう酒を与えられずとも、水を汲めるならば、それは必ずや私たちにとって必要なぶどう酒に、いつかは変わってゆくのだとの励ましである。

4 では、水を汲むことの意味は、どういうことであろうか。それは、50節にあるように「その人は、イエスの言われた言葉を信じて帰って行く」ということなのである。一緒に来て息子を治して欲しいと頼んだのに、与えられたのは「あなたの息子は生きる」という言葉のみであった。役人は、怒ることも「所詮、かなえることなどできないから、いい加減なことを言って帰そうとしたのだろう」と思うこともできた。しかし、彼は、イエス様のその言葉を信じたのでだった。その言葉を信じて帰っていった。それが、水を汲むことなのである。すると、それはぶどう酒に変わるのである。不思議なことに、イエス様が「あなたの息子は生きる」と言われた時刻に、息子の熱が下がった。
 私たちにとって、水を汲むとは、どういうことだろうかと改めて思う。それは聖書を通して神様の言葉・イエス様の言葉をいただくということなのである。最初、それはほんのわずかな水を汲むことから始まる。わずかな水は、あっという間に乾いてしまうであろう。しかし、繰り返し礼拝に集い、聖書を読むことを通して、汲む水は少しずつ少しずつ豊かになってゆくのである。私自身、60年以上、水を汲むことを重ねてきたように思う。そして、聖書の御言葉を通して汲む水は、年齢を重ねると共に豊かになってきたと、しみじみ感じるのである。そして、その水が、私たちの中で、ぶどう酒に変えられてゆくのである。
 「いや、この役人は、死にかかっていた息子の病気が治るというぶどう酒を与えられたのに、私には与えられない。あいも変わらず水のままだ。大切な人が死にかかっているのは何も変わらない。」と嘆く人もいるであろう。聖書を通していただく水が、ぶどう酒に変わるとは、一体どういうことなのか。文字通り、私たちも病気が治り、死にかけた人が元気になるということが起きなければ、水はぶどう酒に変わっていないということであろうか。
 イエス様は、「あなたの息子は生きる」と言った。しかし、それは、肉体の命を持った存在として生きるという意味ではないと思うのである。勿論、ある時までは、肉体の病が癒されるという形でのぶどう酒が与えられるかもしれない。しかし、時がくれば、私たちは肉体を去って、新たな命の器へと旅だってゆかねばならない。いつまでも土の器にはいられないのである。神様・イエス様が下さるぶどう酒とは、私たちが土の器から霊的な器へと移ってゆくとき、つまり死の時にも、それを喜び言祝いでゆけるようにして下さるものではなかろうか。
 今、イザヤ書を祈祷会で学んでいる。イザヤの言葉は、60歳を過ぎた私に、以前よりもより豊かな水を与えてくれる。そして、その水は、私の中で確実にぶどう酒に変わっている。「残りの者」という言葉に深く心を打たれた。40代・50代の時には、その言葉にそれほど心打たれることはなかった。しかし、私自身がだんだんと終わりの時に向かっているゆえに、この言葉が豊かな水を与えてくれているのだと思えるようになってきた。「残りの者」とは、神様が来らせて下さる終わりの日 ─それは、全世界に訪れるものでもあり、また一人ひとりにもやってくるものでもあるが─ に、必ず残りの者を残して下さるというメッセージである。私たちは、肉体の命の終わりによって、すべてが終わって何にも残らないと思ってしまう。しかし、神様は、終わりの時に決して終わらず、決して消えないものを、私たちに示して下さると言うのである。終わりの時に、そのようなものがあるとわかるということは、どれほどの喜びであろうか。
「残りの者」とは、言葉の上では「余りのもの」という意味もある。元気な時には見向きもせず、不必要・余りものとしか見ていなかったものが、終わりの時には俄然残ってゆくものだとわかってくる。この言葉によって与えられる水が、私の中でぶどう酒に変わっている。肉体の命が終わる時へと徐々に向かっている私たちが、それにもかかわらず、その歩みを言祝ぎ喜べるものとなるためのぶどう酒となっているのである。
 最後に、病気だった息子が肉体的に癒された理由について触れたい。この役人は、へロデ・アンティパスの高官という地位をかなぐり捨てて、息子のためにイエス様のもとへと走ったのかもしれない。父がヘロデの高官として生きることが、もしかすればこの家、特に、その一人息子に暗い影を落としていたのではなかったかと思うのである。息子のために、へロデのもとを離れた父が、その後もヘロデに仕える役人であり続けたかどうかは分からない。しかし、彼の心の内では、イエス様に仕える者となったのであった。彼は、神様・イエス様に助けを求め頼る弱い姿をさらけ出した。それは息子のためであった。そのような父の姿こそが、息子を救い、新たに生かしたとは言えないであろうか。彼の一家を救ったと言えるのではなかろうか。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 2月18日(日)受難節第1主日礼拝

『コリントの信徒への手紙1 3章 1~9節』

03:01兄弟たち、わたしはあなたがたには、霊の人に対するように語ることができず、肉の人、つまり、キリストとの関係では乳飲み子である人々に対するように語りました。 03:02わたしはあなたがたに乳を飲ませて、固い食物は与えませんでした。まだ固い物を口にすることができなかったからです。いや、今でもできません。 03:03相変わらず肉の人だからです。お互いの間にねたみや争いが絶えない以上、あなたがたは肉の人であり、ただの人として歩んでいる、ということになりはしませんか。 03:04ある人が「わたしはパウロにつく」と言い、他の人が「わたしはアポロに」などと言っているとすれば、あなたがたは、ただの人にすぎないではありませんか。 03:05アポロとは何者か。また、パウロとは何者か。この二人は、あなたがたを信仰に導くためにそれぞれ主がお与えになった分に応じて仕えた者です。 03:06わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。 03:07ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。 03:08植える者と水を注ぐ者とは一つですが、それぞれが働きに応じて自分の報酬を受け取ることになります。 03:09わたしたちは神のために力を合わせて働く者であり、あなたがたは神の畑、神の建物なのです。

説教:『成長させて下さるのは神』

1 4節に、コリント教会の中に「私はパウロにつく」「私はアポロに」と言って対立していた人々がいたことが記されている。このことは、この手紙の書きはじめの1章12節にも記されていた。そこには、2つのグループだけではなく、4つのグループがあったと書かれていた。「私はパウロにつく」という文章は、原文のギリシャ語では「エゴー・エイミー・パウルー」である。「エゴー・エイミー」は、「私は・・・である」という意味である。「パウルー」とは「パウロに属する・パウロのもの」という意味である。私はギリシャ語については、ほんの少し神学校で聞きかじった程度である。しかし、「エゴー・エイミー」とまではっきりと言うというのは、よほど「私は・・・である」ということを強調する言い回しだとわかる。6節に「私は植え、アポロは水を注いだ」とあった。パウロは、コリント教会を植えた人、つまり設立した人であった。アポロは、パウロの後にコリント教会にやってきて、それに水を注いで大きくした人だった。そこで、コリント教会のある人々は、「私はこの教会の創立者であるパウロ先生のものだ」と言って自慢し、またある人々は、「いや、私はこの教会をぐっと大きくしてくれたアポロ先生に属する者だ」と言っていた。彼らは、自慢合戦のようなことをしていた。
 どうしてコリント教会の人々が、このように自慢しあっていたのか。コリント教会のメンバーの多くは、奴隷階級の人々だった。テレビの時代劇では、「おれはどこそこ家の召し使いだ」とか「誰々様の使用人だ」と言って張り合う様子がある。それと同じようなことだったのではなかろうか。彼らは、自分自身については、何も自慢できるものを持たない分、「私は誰々様という主人に仕える身だ、・・・何々家に属する奴隷だ」と口にすることで、誇りを持つしかなかった人々なのであった。そういうことが習慣になっていたので、クリスチャンになっても「私はパウロ先生のもの」「私はアポロ先生に属する者だ」と言って誇りを口にするようになっていたのではなかろうか。私たちは、どこかで誇りを持つことが必要だと思う。しかし、それは、うぬぼれるとか、思い上がるという意味の誇りではなく、自分自身の貴さや価値というものに、しっかりとした確信を抱くということであろう。コリント教会の人々は、奴隷としての習慣が、クリスチャンになっても、そのまま続き、「誰某先生に属する者だ」という点で、自分の貴さや価値というものを見いだそうとしていたのだった。そういう誇りの持ち方が、教会の中に対立を引き起こしていたのである。

2 そのように自慢合戦をしていた人々にパウロは、「(そのように)言っているとすれば、あなたがたはただの人にすぎないではありませんか(4節の最後)」と語りかけた。「お互いの間に妬みや争いが絶えない以上、あなたがたは肉の人であり、ただの人として歩んでいる(3節)」とも言った。「あなたがたが、今までと同じように『アポロ先生やパウロ先生のものだ』と言って誇りを持とうとするのならば、それはクリスチャンになる以前と何ら変わりがないではないか」、「ただの人、周囲の人々と同じように誇ろうとしているのではないか」と。
 これは、私たちにとっても、まことに耳の痛い指摘ではなかろうか。信仰者になっても、なおその時代社会内における周囲の人々と同じようなところに、誇る根拠を置き続けてしまうことから避けられない私達である。申命記の7章に、神様はこれからパレスチナに住もうとするイスラエルの人々に、あなたがたを待ち受けているのは「あなたに勝る数と力を持つ7つの」先住民だと言ったとあった。私はその語順を入れ替えて、「あなたがたを待ち受けている先住民は、数と力で勝とうとする7(完全数)つの民」という意味に受けとった。神様は、その民を「滅ぼし尽くせ」と命じたが、その本意は「滅ぼし尽くせ」ではなく、むしろその反対に「滅ぼし尽くされないように」なのだと思う。「数と力によって勝とうとした先住民の生き方や価値観に呑みこまれてはいけない」との神様の言葉である。数と力で勝とうとし、そこに誇る土台を置こうとするのが「ただの人」であり「肉の人」ではなかろうか。イスラエル人が、いつの間にか先住民の価値観に染まっていってしまったように、私たち信仰者も、数と力によって勝とうとするこの時代社会の価値観に染まってしまうのである。そこで誇ろうとするとき、必ず教会の中に対立が生じる。また、教会の中だけではなく、自分自身や家族の中にも、葛藤や分裂が生じてくる。それは、私たちが数や力によって勝って誇ろうとしても、そうはできない弱さや力の無さを持つているからなのである。私たちは、誇りの邪魔になるものを許せないのである。

3 そんなコリントの人々に、そし私たちに、「それでは、私たちは何によって誇ればよいのか」というアドバイスを与えてくれている。
 5節でパウロは、「アポロとは何者か。・・・・主がお与えになった分に応じて仕えた者です」と語りかけた。ここでパウロは、「コリントの人々が『私はパウロのもの』、『アポロのもの』と言っているが、そのパウロやアポロとはそもそもどういう存在であるのか。そしてあなた方は何をより所にして誇っているのか」ということを教えようとしていたのだった。そこで、最初に教えたのは、「私たちは主に仕えているのだ」ということであった。パウロがわざわざ「仕えている(ギリシャ語の原文ではディアコニア)」という言葉を使ったのは、奴隷としてこの世の主人に仕えていたコリント教会の人々を、おもんばかってのことだった。「私たちは、神様とイエス様に仕えている者なのだ」、「あなたがたもそうではないか」とパウロは勧めたのだった。「確かに、この世の主人に仕えざるを得ない者ではあるが、同時に、神様とイエス様に仕えさせていただいている者ではないか。それならば、そこに誇りを置けるのではないか」とパウロは言ったのだった。
 主なる神とイエス様は、私たちを、是非とも必要だからと、ディアコニアとして仕えさせて下さっているのである。申命記7章6節・7節には、神様がイスラエル人を選んで宝ものとされたのは、彼らがどの民よりも貧弱だったからだとあった。奴隷であったコリント教会の人々を、神様は宝ものとして選んだ。仕える者として必要だから選んで下さった。そのことを誇れるのではなかろうか。

4 次にパウロが、自分たちのこととして勧めたのは、ディアコニアとして選ばれた私たちに、神様が委ねた働きが「まことにささやかなもの」だということであった。小さな役割を与えられたことにこそ、誇りを持ちなさいということであった。新共同訳聖書では、7節は「ですから、大切なのは・・・成長させて下さる神です」となっている。しかし、1954年版の口語訳聖書では、「だから、植える者も水をそそぐ者もともに、とるに足りない。大事なのは成長させて下さる神のみである」となっていた。新共同訳では「とるに足りない」という言葉が、無くなってしまった。残念なことである。奴隷であったコリント教会の人々は、自分が主人から取るに足りないこととは正反対の、より大事な、より大きな役割を任されれば、それをもって自慢したのだろうと思う。そういう様子を想像してパウロは、わざわざこういう語りかけをしたのではなかったかと感じる。ところが、ディアコニアとして私たちを選んだ神様は、この世の主人とは違って、私たちに「取るに足りない役割をお任せになるのだ」とパウロは教えたのだった。パウロは「委ねられていることが、より小さなことであれば、よりそこに、神様のあなたへの信頼が大きい。そう思って、それを誇りなさい。」と勧めたのだった。
 このことは、私自身にとって本当に慰めに満ちたものである。私は、牧師になって30余年経った。これまで幾度となく、自分の働きが取るに足りないものではないかと悩んだことがあった。もっと数や力の点で大きなことを成し遂げたいと思い、今でもどこかにそういう思いが潜んでいる。しかし神様は、私に「取るに足りない」働きこそを委ねて下さる。取るに足りない働きこそが、神様の与えたもうたものなのである。それを果たしてゆくことに対して、8節にあるように「働きに応じて報酬を受け取る」のである。
 また私は、今私に託されている務めを「取るに足りない」ものとして見るようにとのアドバイスもいただく。牧師としての「自分がやらなければ」、地区長や教区の執行部としての「自分がやらなければ」という思いが、どうしても強くなってしまう。「伝道しなければ20年後・30年後の教会がなくなる」、「教勢を増やさねば20年後・30年後の教会がなくなる」というプレッシャーを、私たちは常にかけられている。しかし神様は、「あなたの務めは取るに足りないものでいいのだよ」と語って下さるのである。「数や力に勝るものでなくとも良く、小さな働き・ささやかな働きで良い」と言って下さる。そして「それを誇ってよい」と言って下さる。そのことは、私たちにとってどれほどの慰めであろうか。

5 それでも、「私がやらなければこの家族はどうなるのか。この教会の未来はどうなるのか」と言われるかもしれない。そのような私たちにパウロは、「私たちの『取るに足りない』働きを神様が成長させて下さるから大丈夫だ」と励ましてくれたのである。私たちの拙い小さな働きを受けとめて、それを不思議にも成長させて下さるのは、神様なのである。私たちではないのである。
 そもそも「成長」とは何なのか。今の時代社会において、私たちが普通に「成長」と思うのは、数と力で勝るようになることであろう。しかし、神様が与えて下さる成長とは、そういうものなのだろうか。むしろ、私たちが成長と思うことと、神様のそれとは、大きく違っているのではなかろうか。イザヤ書の2章1節から11節には、有名な「終わりの日」についての預言が、また「剣や槍を打ち直して鋤や鎌にする」と記されていた。「終わりの日は、それまで私たちが目標として目指していた山々や峰のどれよりも、神様の山が高くそびえるようになり、そこに向かって私たちが、決して無理強いされてではなく、喜々として登って行けるようになる時だ」とあった。そういう時にこそ、それまで手にしていた剣や槍を鋤や鎌に打ち直し、争いがなくなるというのである。
 数や力で勝ろうとする「成長」というものが、私たちが目標にしていた山々・峰ではないかと思う。しかし、終わりの日には、そういう山々、そういう峰よりも、神様の山が高くそびえるようになるのである。私たちが目標とする山とは全く違う山が、目標なのだということが、はじめてわかるのである。「一体、私たちは、何と見当違いな山を目標とし歩んできたのか」ということがわかるのである。そういう山々に向かおうとするがゆえに、自分自身に対しても、周囲に対しても、剣や槍を振りかざし、争ってきてしまったことがわかるのである。それは、神様がそういう「成長」にピリオドを打ち、「もう終わりだよ」と言って下さる日なのである。先日の地区の社会部の研修会でが、使徒言行録のステファノにちなんで、1975年代からアメリカで実践されてきたステファノ・ミニストリーをしておられる関野牧師に、お話をうかがった。それは、ひとことで言えば、信徒が牧師の働きを助けて、教会の門を叩いた人たちの聞き役・付き添い役になるという働きだという。関野先生は、「自分が牧師になったら世界が変わるのではないか」と、まことに大きな幻を抱いたそうである。しかし、現実はそれとは全く正反対で、悩んだあげく、香港に勉強に行き、そこで指導をうけたのが、このステファン・ミニストリーだったそうである。求めていた「成長」に「終わり」を突き付けられた時、神様が与えようとされる成長への歩みというものが始まってゆくのではなかろうか。神様に仕える私たちは、本当に取るに足りない働きを成長させて下さる神様・イエス様の宝ものとされていることを誇りとしたいものである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 2月11日(日)降誕節第7主日礼拝

『申命記 7章 1~15節』

07:01あなたが行って所有する土地に、あなたの神、主があなたを導き入れ、多くの民、すなわちあなたにまさる数と力を持つ七つの民、ヘト人、ギルガシ人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人をあなたの前から追い払い、 07:02あなたの意のままにあしらわさせ、あなたが彼らを撃つときは、彼らを必ず滅ぼし尽くさねばならない。彼らと協定を結んではならず、彼らを憐れんではならない。 07:03彼らと縁組みをし、あなたの娘をその息子に嫁がせたり、娘をあなたの息子の嫁に迎えたりしてはならない。 07:04あなたの息子を引き離してわたしに背かせ、彼らはついに他の神々に仕えるようになり、主の怒りがあなたたちに対して燃え、主はあなたを速やかに滅ぼされるからである。 07:05あなたのなすべきことは、彼らの祭壇を倒し、石柱を砕き、アシェラの像を粉々にし、偶像を火で焼き払うことである。 07:06あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされた。 07:07主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった。 07:08ただ、あなたに対する主の愛のゆえに、あなたたちの先祖に誓われた誓いを守られたゆえに、主は力ある御手をもってあなたたちを導き出し、エジプトの王、ファラオが支配する奴隷の家から救い出されたのである。 07:09あなたは知らねばならない。あなたの神、主が神であり、信頼すべき神であることを。この方は、御自分を愛し、その戒めを守る者には千代にわたって契約を守り、慈しみを注がれるが、 07:10御自分を否む者にはめいめいに報いて滅ぼされる。主は、御自分を否む者には、ためらうことなくめいめいに報いられる。 07:11あなたは、今日わたしが、「行え」と命じた戒めと掟と法を守らねばならない。 07:12あなたたちがこれらの法に聞き従い、それを忠実に守るならば、あなたの神、主は先祖に誓われた契約を守り、慈しみを注いで、 07:13あなたを愛し、祝福し、数を増やしてくださる。主は、あなたに与えると先祖に誓われた土地で、あなたの身から生まれる子と、土地の実り、すなわち穀物、新しいぶどう酒、オリーブ油など、それに牛の子や羊の子を祝福してくださる。 07:14あなたはすべての民の中で最も祝福される。あなたのうちには子のない男も女もなく、あなたの家畜にも子のないものはない。 07:15主はあらゆる病気からあなたを守り、あなたの知っているエジプトのあらゆる重い病気にかからせず、あなたを憎むすべての者にこれを下す。

説教:『神の宝の民として』

1 まず申命記とは、どのようなものか。
 申命記は、英語ではデュートロミー。これはギリシャ語のデュートロノミオンをそのまま英語表記にしたものである。デュートロとは2番目という意味、ノミオンとは法律とか決まりを意味するノモスから変化した言葉である。モーセは、神様から「あなたは約束の地に入ることはできない」と言われた。それで、これからパレスチナに入って行こうとするイスラエルの人々への、言わば遺言のようなものとして、神様の命令(ノモス)を2度目に(よくよく、改めて)語った。それがこの申命記である。
 とは言うものの、果たしてこれが事実かと言うと、到底そうは言えないだろうと言うのが、今日の定説である。確かに神様からモーセが聞き、イスラエル人に語った言葉もあるにはある。それが口伝えに伝えられ、ある時から文字に記され、それが元になって申命記の土台となるような書物が書かれたのであろう。列王記(下)22章8節以下、ヨシア王がエルサレム神殿の修理をしていたとき、神殿の中から「律法の書」を見つけたとあった。これが今の申命記の元となるものだと言われている。しかし、それは今の申命記のごく一部分にしかすぎない。これに色々なものが付け加えられて今の形として書かれ編纂されたのは、恐らくはバビロン捕囚のさなか祭司を中心とする人々によってであっただろうと考えられている。
 バビロン捕囚のさなかにまとめられたというのがミソである。4節に「主の怒りが・・・速やかに滅ぼされるからである」とあった。申命記は、これが現実になったさなかに書かれたものなのである。当然、その信仰の立場とは、なぜ自分たちはこうなってしまったのか、なぜ神様の怒りにあって滅ばされてしまったのか、そのことを問うものであった。すると歴史を溯っていって、はるか昔、先祖がパレスチナに入った時にこうすべきであったのではないかという答えに行き着く。それが、モーセを通して、神様の命令として語られたという場面設定となるのである。

2 そういう背景を知ると、2節の「滅ぼし尽くさねばならない」という恐ろしい言葉の意味を理解することができる。申命記にも、ヨシュア記にも、「滅ぼし尽くせ」という神様の命令が何度も出てくる。これを、いったいどのように受け止めたら良いのか、私たちは悩むのである。滅ぼし尽くせという神様の言葉をどう理解したらよいか、そのことを昨年関東教区の女性部の総会・修養会にお招きした小友先生に、お聞きした。小友先生でさえ、とても難しい問題だとおっしゃっていた。
 中には、これを文字通り神様の命令として読む人々がいる。これを神様の絶対的な命令として受け止めた人々は、アフリカや南北アメリカ大陸に入って、先に住んでいた人々を追い払い、絶滅させたことさえ正当化する。今日のイスラエルも、パレスチナの人々を追い払う理由として、このような一連の聖書の言葉を根拠としている。しかし、この言葉は、決して文字通りの意味ではない。
 それは、祖国を滅ぼされてバビロンに捕虜とされたイスラエル人が、あのとき先祖はどうすべきであったのかという問いから聞こえてきた神様の言葉だったのである。そこには、何よりも祖国を失うべきではなかった、国土を奪われるべきではなかったという立場があった。どうしてこうなったのかと言えば、周囲の人々と婚姻関係を結び、いつの間にか彼らの信じている神々に仕えるようになったので、神様の怒りを買ったからだと考えた。だから、「先ずは滅ぼし尽くすべきであった」、「婚姻関係など結ぶべきではなかった」、「様々な契約をすべきではなかった」と考えた。或いは、伝えられてきた神様の言葉を、そういう意味から受け止めた。あくまで、国や領土を失ってはいけないという立場に立って聞いた神様の言葉だったのである。しかし、それは本当に真実の神様の言葉だったのか。私は疑問に思うのである。
 これは、旧約聖書全体を通しての根本的な問いである。神様はアブラハム以来、何度も繰り返して、この地をイスラエルの人々に与えると約束してきた。しかし、それは果たして、どういう意味だったのか。7章1節には「所有する土地」とある。関根正雄先生は、ここを「所有する」ではなく、民数記にあった「嗣業」という言葉の「嗣」から、「嗣ぐ」と訳した。私は適切な訳だと思った。
 確かに神様は、イスラエルの人々に、この地を与えた。しかしそれは、あくまでも、くじ引きの結果として偶然に住む場所が与えられたというものであった。所有ということで言えば、それは神様の手にあった。イスラエル人が所有するという形態ではなかった。前から住んでいた人々を追い出し、文字通り滅ぼし尽くしてのものなどでは、決してなかった。実態は、共存だった。むしろ現実には、、そもそも滅ぼすことなどできない人々だった。彼らと争って土地を所有しょうとしたからこそ、逆に彼らと協定を結び、姻戚関係となり、結果的には、彼らの神々に引き込まれ、彼らの価値観にどっぶりと染まってしまったのだった。そして滅びへと向かったのだった。「どうすれば祖国や領土をバビ口ニアに奪われなかったのか」、「土地所有を失うことがなかったのか」という立場からしか神様の言葉を聞くことができなかったなら、その立場で聞いた言葉は、本当には神様の言葉とは言えないと私は思う。

3 では、奧底にあった本当の神様の御心は何だったのか。所有するのではなく、イスラエル人はパレスチナの地にただ住む。そうするにあたって心すべきことがあった。それが神様の御心だったと私は思うのである。それは、やはり先に住んでいた住民との関係なのであった。そこに住むことになれば、様々な契約を交わし、姻戚関係を結ぶことも起きるこのになる。しかし、確かに、彼らとそういう関係を結べば結ぶほど、彼らの神々に仕えるようになって、滅びを招くということがあった。だから、たとえ彼らとつながりを持ったとしても、決して彼らの神々に仕えてはならず、また彼らの価値観や生き方に染まってはならないということだったのである。埋もれてはならないということだったのである。
 では、彼らの価値観や生き方とは、どういうものであったか。その核心にあったのは、彼らが「あなたに勝る数と力を持つ7つの民(1節3行目)」という点なのであった。7とは、完全数である。彼らは数と力では完全で、イスラエル人は数と力では決して太刀打ちできないパーフェクトな民だということを意味していた。40年ほど前に、カデシュという場所から偵察隊を遺わしたとき、彼らがもたらした報告は「そこに住んでいる人々は巨人のように強く大きく、町という町は城壁に囲まれている(民数記13章28節以下)」というものだった。「そのような人々が、あなたがたを手ぐすねを引いて待っている。あなたがたを取り込み、あなたがたを滅ぼし尽くそうと待っている」という状況だった。「だから、あなたがたは、そういう人々と戦ってゆかねばならない」ということだった。神様の御心は、「滅ぼし尽くせ」ではなく、むしろ反対に、「滅ぼし尽くされないようにせよ」ということなのであった。負けないように、ということなのであった。
 では、どう戦うのか。彼らと同じ土俵に引き込まれ、数と力で戦おうとしても、負けは完全に見えていた。だから、数や力によってではなく、全く違う土俵で、違う武具をもって立ち向かってゆかねばならなかった。そうすれば勝利できた。文字通りの意味ではないが、「勝利する」ということが「滅ぼし尽くせ」の意味であった。それは、数や力で勝って、文字通り滅ぼすことを意味していなかったのである。価値観や生き方の点で、あるいは信仰の面で、先住民のそれに打ち勝ち、飲み込まれずに独立を保つということを意味していたのである。
 先住民を追い出し、滅ぼし尽くすことなど、できるはずがなかった。そうしようとすれば結局は、数と力で戦おうとすることになった。今のイスラエルや、それを支持する人々がやっているのは、数や力で勝とうとしていることである。それは決して神様の御心ではない。勝っているとしても、むしろ根本的には数と力を行使する彼らによって滅ぼされてしまっている姿でしかないのである。

4 それでは、この困難な戦いのために、神様は、私たちに、数や力ではなく、どのような武具を与えて下さるのか。それが、6節から8節の御言葉に記されている。ここには、申命記の中でも、とくに有名な御言葉が記されている。神様は、イスラエル人に心引かれて彼らを宝とされた。では、神様がなぜイスラエル人を宝としたのか。その理由は、彼らが「どの民よりも数が多かったからではない。他のどの民よりも貧弱であった」からだという。何が武具なのかといえば、それはこの神様の選びなのであった。「神様が、誰よりも貧弱な私たちを、神様自身の宝物として選んで下さった」ということを武具として、7つの完全な民に、数と力の戦いに打ち勝てということであった。
 彼らは、数と力の尺度をもって私たちに挑み、「お前達はなんと貧弱なことか、価値のないものか、生きていても無意味だ」と嘲った。数と力の豊かさを持っていなかった者など、何の価値もないと言うのだった。「明日の友」という雑誌に、淀川キリスト教病院のチャップレンと、関西いのちの電話養成講座講師との対談が載っていた。チャップレンの藤井さんは「ホスピスで一番よく聞く言葉は、『生きている意味がない』です。迷惑をかけて、家族の負担になって、自分が生きていても意味がないから早く死んでしまった方がいいと本当にたくさんの方がおっしゃいます。人に迷惑をかけない存在であるべきというとらわれが、自分自身の今を受け入れられなくしているのでしょうね」と言っていた。
 藤井さんが言うように、まさに私たちは、囚われているのである。とらえているのは、いつまでも元気で健康で人様に迷惑をかけない存在でありたいという、元気さや、健康の力、それをより所として生きる生き方であり、価値観なのである。病気や弱さを持たない「完全な者」であることにおいて勝利しようとする価値観なのである。しかし、私たちすべてが、いつかは「この世で最も貧弱な者」になってゆく。その時に、数と力で勝とうとする価値観に囚われているからこそ、生きていても意味がないと口にするのである。それが滅びなのだる。そうならないためのただ一つの武具は、ただ神様の選びなのである。神様は、この世で最も貧弱な私たちを、神様自身の宝とされるということが武具なのである。
 一体なぜ神様は、そのような選びをされるのか。7節にある「心引かれた」という言葉は、本当に独特の言葉で、ある聖書の訳では「恋い慕って」と訳されているという。それは、私たちが異性を恋い慕うという意味で用いられる言葉である。神様は、数や力で勝る者ではなく、最も貧弱な者を恋い慕われるのである。私たちが貧弱な者とされたとき、神様はそのような私たちを恋い慕って下さるのだと、特別に必要とし大切に思い宝物として下さるのだと思うことができたら、どれほど慰めとなることか。このようにして神様は、私たちを滅ぼそうとする7つの民に打ち勝って下さるのである。私たち自身が勝つのではなく、神様が勝って下さるのである。
 そして、神様の勝ち方は、数や力によってではなく、貧弱な私たちを選ぶことによってなのである。それは、十字架の上で最も貧弱で、あざ笑われ、役に立たない者と唾棄されたイエス様の選びに行き着く。このイエス様を、神様は最大の宝とされた。だからこそ神様の最大の宝だったイエス様だけが、永違の命をいただいたのである。数や力で勝とうとする民は、イエス様を十字架にかけて殺したように、一時は私たちにも勝つであろう。しかし、十字架につけられたイエス様が復活し、今も生きておられるということは、十字架という貧弱さと私たちの貧弱さこそが神の宝とされ、いつまでも存続するものであると教えてくれているのである。神様が十字架のイエス様を最大の宝とされたことが、私たちの支えとなり励ましとなるのである。そのことは、この世の7つの完全な民、数と力で勝とうとする生き方に、私たちが滅ぼし尽くされないで生きるための武具となるのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 2月4日(日)降誕節第6主日礼拝

『ヨハネによる福音書 4章 31~42節』

04:31その間に、弟子たちが「ラビ、食事をどうぞ」と勧めると、 04:32イエスは、「わたしにはあなたがたの知らない食べ物がある」と言われた。 04:33弟子たちは、「だれかが食べ物を持って来たのだろうか」と互いに言った。 04:34イエスは言われた。「わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである。 04:35あなたがたは、『刈り入れまでまだ四か月もある』と言っているではないか。わたしは言っておく。目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている。既に、 04:36刈り入れる人は報酬を受け、永遠の命に至る実を集めている。こうして、種を蒔く人も刈る人も、共に喜ぶのである。 04:37そこで、『一人が種を蒔き、別の人が刈り入れる』ということわざのとおりになる。 04:38あなたがたが自分では労苦しなかったものを刈り入れるために、わたしはあなたがたを遣わした。他の人々が労苦し、あなたがたはその労苦の実りにあずかっている。」 04:39さて、その町の多くのサマリア人は、「この方が、わたしの行ったことをすべて言い当てました」と証言した女の言葉によって、イエスを信じた。 04:40そこで、このサマリア人たちはイエスのもとにやって来て、自分たちのところにとどまるようにと頼んだ。イエスは、二日間そこに滞在された。 04:41そして、更に多くの人々が、イエスの言葉を聞いて信じた。 04:42彼らは女に言った。「わたしたちが信じるのは、もうあなたが話してくれたからではない。わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であると分かったからです。」

説教:『あなたがたの知らない食べ物』

1 ヨハネによる福音書の4章1節以下で、「水」が主題になっていた。ここでは「食べ物」がテーマになっている。32節、イエス様は弟子たちに「わたしにはあなたがたの知らない食べ物がある」と言った。その言葉を援用すれば、4章1節以下の主題は、「あなたがたの知らない水がある」ということになろう。
 その当時に至るまで1000年以上涸れたことのない「ヤコブの井戸」から、サマリアの女性は水を汲んで飲んでいた。彼女は、5人もの男性との遍歴を重ね、イエス様と出会ったときには6人目の男性と生活を共にしていた。ここには、彼女が飲んでいた水がどのようなものであったかが、象徴的に示されていると改めて感じる。それは1000年以上も涸れることがなく、代々にわたって人間を潤してきた水であった。そして、人を愛し、人とのその絆を築くことによって人間を潤してきた水というものを示していた。それは夫婦や家族といった愛する人々とのつながりであり、また、お金や土地を得ること等の経済的な潤いであり、また民族や国家というものの存在から与えられてきた水なのであろう。彼女のように私たち人間は、長い間、そのような水を十分に飲んできたのである。
 しかし、それでも癒されることのない渇きが彼女にはあった。彼女が知ることができず、また手に入れることのできなかった水があり、それをイエス様との出会いによって与えられたのだった。29節や30節にあるように、「わたしが行ったことをすべて言い当てた方がいます」と、彼女はイエス様のことを町の人々に語った。その言葉にこそ、彼女がイエス様を通して得た水が何であったかが語られている。だれも言い当てたことのない彼女の心の奥底に隠れていたものに、光が当てられたのであろう。彼女自身も気づかなかった部分に、神様が光を当てて下さったのだと彼女は感じたのであろう。それは彼女を責めるような光ではなく、彼女を貴いと認めて下さる光だったのだと私は思う。イエス様を通しての、そのような神様の出会いこそが、尽きることのない水となったのだった。それが、私たちの知らない水、この世の井戸からは決して汲むことのできない水だったのである。サマリアの女性との、このような水を巡る対話から、今度は、弟子たちとの食べ物についての問答へ、この世からは決して得られない食べ物のことへと、主題が移ってゆく。

2 物語は、町へ食べ物を買いにいっていた弟子たち(4章8節)が帰ってきて、イエス様に食事を勧めた場面から始まる。弟子が「ラビ(先生)、食事をどうぞ」と言うと、イエス様は唐突に「わたしには、あなたがたの知らない食べ物がある」と言われた。弟子たちは「だれかが食べ物を持って来たのだろうか」と互いに言いあった。おそらくイエス様は、とても満ち足りた様子だったのだろうと想像できる。弟子たちが食べ物を買いに町に出掛けたときには、旅に疲れ、喉がかわき、お腹もすかせて、井戸端にへたりこんだ様子だったのに・・・。それで弟子たちは、だれかが食べ物を持ってきたのかと思ったのだった。しかし、言うまでもなく、イエス様を満ち足りた様子にさせたものは、食べ物ではなく、サマリアの女性との出会いと対話であり、彼女が神様に出会って別人のようになって帰っていったことだったのである。それは「私の食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げること」というイエス様の言葉に込められていた。
 サマリアの女性が、ヤコブの井戸、そして何人もの男性との生活から水を汲み上げようとしたように、弟子たちも町に行き、乏しいお金を使って懸命に食べ物を手に入れた。そういう弟子たちに、「あなたがたは、そのような食べ物しか知らないのだね」と、イエス様はまず言った。そして「私にはあなたがたの知らない食べ物があるのだ」と続けたのだった。「井戸端に疲れて座り込み、お金もなく、この世の食べ物など何ひとつ得られなかった私が、今このように満腹できる不思議な食べ物があるのだ」ことを弟子たちに教えた。「そんな不思議な食べ物があることを知りなさい。そういう食べ物によって満ち足りることを体験しなさい。それこそが、あなたがたにとって、なくてはならないものなのだ。それこそが、あなたがたの血や肉や骨となりエネルギーとなり、生きる糧となる食べ物なのだよ。」と。

3 では、それはどのような食べ物だったのか。どのようにして、私たちはそれを手に入れることができるのだろうか。34節の「わたしの食べ物とは・・・」というイエス様の言葉から、イエス様の言う食べ物と、私たちが知っている食べ物との間には、大きな違いがあることが分かる。私たちが知っている食べ物の特徴は、自分のお腹の中に、それを摂取することにある。自分の中へひたすら取り込んでゆき、食欲を満たす食べ物である。しかし、私たちの腹の欲というものは、どこか底無し沼のようなところがあり、満たそうとしても満たすことができないようなことがしばしばある。自分の欲を満たそうとして食べ物を取り入れようとすると、なぜかどんなに食べても満足することができない。私たちの知っている食べ物には、そういう特徴があるように思う。ところが、イエス様がここで教えた食べ物は、自分の腹にそれを取り入れて自分お腹の欲を満たすということがどこにもない。「わたしをお遣わしになった方」、つまり神様の御心を行い、その業を成し遂げるというのだから、言わば神様の腹を満たすものが、イエス様の教える食べ物なのである。
 では、神様の腹は、どんな食べ物によって満腹されるであろうか。神さまは、私たちのどんな業によって満たされるのであろうか。神様は、私たちに、どれだけ大きなことを要求されるのであろうか。底無し沼のように、私たちに過大なことを求めるのであろうか。「そうではない」と、いつも教えられている。箴言の16章8節に、「稼ぎが多くても正義に反するよりは、僅かなものでも恵みの業をする方がよい」と書かれていた。神様は、私たちに稼ぎの多いことを望まず、たとえ僅かな働きではあっても、恵みの業を望むのである。小さな働きではあっても、それが誰かのために恵みとなるならば、それを神様は喜んで下さる。神様のお腹を満たすのは、僅かな恵みの業である。イエス様が、サマリアの女性になされたのも、恵みの業ではなかったか。彼女に神様の眼差しを得させた。何人もの男性を、とっかえひっかえして村八分にされていたような女性が、神様の目には貴い存在なのだという恵みが与えられた。この世のどこにもない、ただ神様だけが投げかけることのできる視線が注がれたのだった。

4 自分の腹の欲を満たすために、自分自身の中に摂取する食べ物ではなく、神様に喜んでいただき、具体的には、周りにいる誰かの恵みとなるような僅かな働きをすることが、神様が私たちに与えて下さる不思議な食べ物であり、私たちを満ち足らせて下さるものなのである。
 私はここで、旧約聖書の列王記17章8節以下の、預言者エリヤとシドンのサレプタという町に住んでいた未亡人との出会いの物語を思い起こた。その未亡人は、ひとり息子を抱えていた。わずかに残った焚き木を燃やして、最後に残った粉と油を使ってパンを焼き、あとは死ぬのを待とうとしていた矢先だった。神様は、わざわざこのような女性のもとへエリヤを遣わしたのだった。そして、あろうことか、彼女に向かって「ではまず、その焼いたばかりのパンを自分に食べさせよ」とエリヤに言わせたのだった。まず自分に食べさせてから、あなたがた親子が食べよと。未亡人は、その通りにした。すると「壷の粉は尽きることなく、瓶の油もなくならなかった(列王記上17章16節)」。
 私たちが知っている食べ物とは、私たち自身の空腹を満たすため自分自身の内側へと取り込む食べ物のみである。それがなくなると、私たちはもうだめだと思い、希望を失ってしまう。しかし、そこに神様の下さる不思議な食べ物があり、それは決してなくなるものではないということを、この物語は教えてくれている。彼女は、馬鹿げたことを求める旅人に僅かなものをもって恵みの業をした。そうすることのできる心は、なくなってはいなかった。恵みの業ができること、その心を失ってはいなかったことが、壷の粉・瓶の油がなくならないという不思議な現象として現れたのだった。

5 35節以下は、理解するのが難しいと感じさせる箇所である。様々な人が、いろいろな解釈をしている。著者ヨハネ自身も、もしかすれば、はっきりとした理解がないままに書いたのかもしれない。だから、はっきりとその言わんとするところが伝わってこないのかとも思える。私が自分なりに、こんな意味ではないかと了解できた点は以下のようなことである。
 これまでの流れを受けて、イエス様は、私たちがこの世の食べ物を得ることと神様が下さる食べ物を得ることとを比較対照して教えて下さっているのではないかと感じるのである。恐らく当時流布されていたであろう二つのことわざを引用して。それらは「刈り入れまでまだ4カ月ある」と、「一人が種を蒔き、別の人が刈り入れる」という二つのことわざである。いずれのことわざも、刈り入れまでは何があるかわからないこと、収穫の難しさというものを教えている。この世の食べ物を得るのは、このように難しい。難儀なのである。まずイエス様は、この世の食べ物を得ることの難しさを、語ったのだと思う。
 ところが、神様が下さる食べ物の刈り入れはどうか。イエス様は、サマリアの女性との出会いから、思いがけないすばらしい収穫を得たのだった。列王記には、僅かでも恵みの業をすればよいとの神様の御心を行うことにおいて、私たちにはすばらしい収穫がもたらされ、食べ物が与えられるとあった。そういう意味で、私たちの前には、至るところに色づいて収穫を待っている畑があると言える。収穫物が何もない人生のフイールドなどないのである。豊かな食べ物を刈り入れることができるのである。
 この世の食べ物を手に入れる収穫においては、種蒔きや雑草取りなどの労苦がまずあって、その末にやっと刈り入れ時が来る。現代社会では、ますます、食べ物を得ることは長い時間の労苦の末にやっと与えられるものになってきている。自分がふさわしく働くことだけが、自分への食べ物を与えるのだという考え方が、ますます強くなっている。そうすると「働くことのできない人や、仕事のできない人は、食べられなくても当然だ」という考え方になってしまう。これが私たち人間の知っている食べ物の特徴なのである。自分たちが労苦した分だけの食べ物しか手に入れることができないというのが、人間の知っている食べ物の特徴なのである。
 38節でイエス様が教えようととしたのは、このような私たちの知っている食べ物における自分の労苦と手に入る食べ物との相関関係を、断ち切ることではないかと感じるのである。神様の下さる不思議な食べ物は、思いもかけず、私たちの労苦以上に豊かなものなのである。私たちができるほんの僅かな恵みの業に対し、神様はまことに驚くべき豊かな収穫を与えて下さるのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 1月28日(日)降誕節第5主日礼拝

『民数記 35章 1~15節』

35:01エリコに近いヨルダン川の対岸にあるモアブの平野で、主はモーセに仰せになった。 35:02イスラエルの人々に命じなさい。嗣業として所有する土地の一部をレビ人に与えて、彼らが住む町とし、その町の周辺の放牧地もレビ人に与えなさい。 35:03町は彼らの住む所、放牧地は彼らの家畜とその群れ、その他すべての動物のためである。 35:04レビ人に与える町の放牧地は、町の城壁から外側に向かって周囲千アンマとする。 35:05あなたたちは、町の外から東側に二千アンマ、南側に二千アンマ、西側に二千アンマ、北側に二千アンマ測り、町をその中央に置かねばならない。これが彼らの町の放牧地となるであろう。 35:06あなたたちは、人を殺した者が逃れるための逃れの町を六つレビ人に与え、それに加えて四十二の町を与えなさい。 35:07レビ人に与える町は、合計四十八の町とその放牧地である。 35:08イスラエルの人々の所有地の中からあなたたちが取る町については、大きい部族からは多く取り、小さい部族からは少なく取り、それぞれ、その受ける嗣業の土地の大きさに応じて、その町の一部をレビ人に与えなければならない。 35:09主はモーセに仰せになった。 35:10イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。あなたたちがヨルダン川を渡って、カナンの土地に入るとき、 35:11自分たちのために幾つかの町を選んで逃れの町とし、過って人を殺した者が逃げ込むことができるようにしなさい。 35:12町は、復讐する者からの逃れのために、あなたたちに用いられるであろう。人を殺した者が共同体の前に立って裁きを受ける前に、殺されることのないためである。 35:13あなたたちが定める町のうちに、六つの逃れの町がなければならない。 35:14すなわち、ヨルダン川の東側に三つの町、カナンの土地に三つの町を定めて、逃れの町としなければならない。 35:15これらの六つの町は、イスラエルの人々とそのもとにいる寄留者と滞在者のための逃れの町であって、過って人を殺した者はだれでもそこに逃れることができる。

説教:『逃れの町』

1 34章からこの35章は、いよいよパレスチナの地に入ってゆこうとしていたイスラエル人が、どのように住む場所を決めたかということについての神様からの指示が記された箇所である。34章13節以下、モーセは神様からの指示により、くじを引いて住む土地を決めるようにと伝えた。くじ引きで与えられた土地は、聖書では『嗣業(しぎょう)』と呼ばれる。しかし、レビ人だけは、そういう形では住む場所を与えられなかった。2節にあるように、他の部族に嗣業として与えられた土地の一部が、レビ人に分け与えられたという。7節によれば、レビ人に与えられた町は、合計48であったとある。そして、注目すべきことは、そのうちの6つの町が「逃れの町」としてレビ人に特別に託されたということである。この町についての詳しい規定は、9節以下に書かれている。端的に言えば、11節と12節にあるように「誤って人を殺した者が逃げ込むことのできる町」、「復讐する者からの逃れのため」の町だとある。
 私が神学校時代に買い求めた旧約聖書の神学書には、この逃れの町についての詳しい記述が全くなかった。手元にある聖書辞典にも、ごく短く説明されているだけである。おそらく歴史上、このような町が実際にイスラエルに存在したのかどうかは定かではないのであろう。しかし、現実に存在したかどうかはともかく、イスラエル人がパレスチナの地に住もうとしたときに、神様が、このような特別な町を作るように命じられたということには、とても心を引かれる。日本の中世にも、そのような特殊な場所があったということを、何かで読んだことがある。そのような場所として、私たちがよく耳にするのは「駆け込み寺」と言う言葉である。日本にも逃れの町と同じような機能を果たした場所が、古くからあったということである。このような場所の必要性を、今から3千数百年以上も前の、はるか昔に、神様がイスラエル人に教えたということは、私たちの心を深く捉える。それが私たちに語りかけているのは、端的に言えば、いつの時代にも私たちには逃れの町が必要だということだと思う。私たちの社会には、必ずそのような町がなければならないと、神様は教えている。

2 では、なぜ逃れの町が不可欠なのか。逃れの町の働きについては、35章11節後半から12節にかけて、次のように書かれている。「誤って人を殺した・・・殺されることのないためである」と。逃れの町は、誤って人を殺した人が、復讐などによって、ちゃんとした裁きを受ける前に殺されることがないように設けられた。16節以下には、誤って人を殺したとき以外、つまり故意で殺人を犯した場合に、その者が受ける刑について、また殺人事件の裁判のあり方について書かれている。故意にせよ過失にせよ、人を殺した場合には、ちゃんとした裁判を受けて犯した罪にふさわしい罰を受けるようにと教えられていたが、いずれの場合にせよ、人を殺してしまった場合には、しばしばちゃんとした裁判を経ないまま、憎しみに任せて復讐を受けたり、リンチのようなものによって犯人が殺されてしまうことがあったのであろう。遣族にとっては、故意だろうが過失だろうが、大切な人を殺されてしまったことへの憎しみは変わらないであろう。だから、しばしばそういうことになってしまったのであろう。故意で殺人がなされた場合には、死刑は仕方がないことだったかもしれない。しかし、誤って人を殺してしまった場合はどうか。全くの過失によって人を死に至らせてしまっただけなのに、故意の殺人犯と全く同様に、ちゃんとした裁きを受ける前に殺されてしまうというのは、本来その人が受けるべきではない責めやぺナルティを科されてしまうということになるのではなかろうか。だから神様は、誤って人を殺してしまった場合には、復讐による殺人やリンチから逃れるための場所が必要だと示したのではなかろうか。
 私たちには、どのような関係があるのだろうか。私たちにとっては、誤って人を殺してしまうというようなことは、全くの他人事と感じられてしまう。確かに、誤って人を殺してしまうということは、私たちにとって身近なことではないが、社会生活における人間関係の中で、本来その人が負うべきではない責めを問われ、ぺナルティを科されて、その結果として死へと追いやられてしまうということは、過去には多くあったのではないかと思う。日本では、今でも、恐らく2万件を越える自殺があるという。それは自分で自分を殺す一種の殺人であることは間違いない。他社を殺す殺人事件は、1年間で2万件などは、決しておきないが、自ら自分を殺すという意味での殺人は桁違いに多く起きている。ではその理由は何か。恐らくは、本来その人が負うべきではないことについて、自分で自分を責めるからではなかろうか。自分で自分にペナルティを科してしまうのである。あるいは家族が責めるということもあるかもしれない。皮肉なことだが、他の誰よりも愛する自分自身を、その自分が責めるのである。誰よりも深い愛情を持っている親子や夫婦が、互いを責め合うのである。そして本来、その人に背負わせるべきでないペナルティを科し、結果的に死に追いやるのである。

3 私たちの人間関係、特に自分自身や、夫婦・家族との関係が、こういうものであればこそ、神様はそこから逃げるところを持たねばならないと教えて下さったのだと思うのである。
 サマリアのスカルという町にあった井戸端で、ひとりの女性がイエス様と出会った。このエピソードは、まさしくこのようなことだったと、また改めて思う。その女性は、5人もの男性を、とっかえひっかえして6人目の男性と暮らしていた。町の人々は当然、ふしだらな女としか彼女を見なかったであろう。おそらく彼女自身も、自分をそう見るしかなかったであろう。彼女自身、自分がなぜそのような生活をしてきたのかに気づくことができなかった。彼女は、本来背負うべきでない責めやペナルティを背負わされていた。それは彼女を、死に近い状態に置いていた。たったひとり、真昼に、自分の住む町から遠く離れた井戸に水を汲みに来ていたということが、それを物語っている。
 その彼女が、イエス様との出会いによって、逃れの町を得た。イエス様との対話によって、はじめて、彼女は自分が、なぜ6人もの男性との遍歴を重ねてきたのかに、はじめて気づいたのだった。それは、男性との絆を求めたのではなく、神様との絆を求めた渇きであった。この世の男性とのつながりでは、決して満たされることのなかった渇きがあったからだった。その渇きに気づかせて下さったからこそ、「私のことを何もかも言い当てた」と彼女はイエス様のことを人々に宣べ伝えたのだった。イエス様を通して、彼女は神様の限差しの前に立たせていただいた。それによって、これまで自分自身や、町の人々、この世の人間関係のみによって科せられた責めやペナルティから解放されたのだった。彼女は「それほどまでに神様への渇きを抱いたあなたは、神様の目から見て貴いのだ」との声を聞いたのではなかろうか。
 私たちには、自分自身や家族との人間関係を離れられる、このような神様との間柄に立てる逃れの場所が不可欠なのである。私自身にも、そのような逃れの町が与えられたことがあったのを思い出した。私は前任地で精一杯、あるご婦人と、そのお子さんにかかわり、その母子の友人と共に3人を洗礼へと導いたことがあった。しかし、結果的にその母子は教会を離れ、その友人からも「あなたは牧師失格だ、やめるべきだ」と責められた。その後、訪問したときに、牧師として後にも先にも、はじめて、玄関先で、文字通りの門前払いを受けた。もう牧師をしていてはいけないのではないかと自分を責めた。事情を知っていた教会員の誰もが、私を責めなかったのに、私自身が自分を責めたのであった。牧師というのは、何度も何度も、そんなことを経験する者であろう。そんなある日の夕方、牧師館の玄関横にあったシラカバの根元に座って夕焼けを眺めていたとき、イエス様の言葉が聞こえたように感じた。ちょうど礼拝説教で与えられていたヨハネによる福音書の「あなただからこそ私たちは私の大切な羊を託すのだ。あなただからよいのだ」という言葉であった。このイエス様の言葉が、その時の私にとっての逃れの町となった。その言葉によって私は、誰でもない自分自身が自分に負わせていた責め・ペナルティから解放され、神様の眼差しのもとに置かれた。神様の眼差しこそが、私たちを人間関係における復讐やリンチから解放する。私たちを生かすのである。

4 それでは、このような逃れの町は一体、この地上のどこにどうやって存在できたのか。他の部族がレビ人に与えた48の町のうちの、6つの町に存在したという。他の部族の町ではなく、そこにレビ人が住み、レビ人が生活を営む町であった。
 民数記でもレビ記でも、イスラエル12部族の中で、レビ人は特別な役割を負っていた。民数記とは、40年の荒れ野生活の中で、最初の2年目と最後の年に、2度にわたって20歳以上の成人男性の人数が数えられたことに由来している。民数記の1章47節以下に、レビ族のみに、「イスラエルの人々と共に登録したり、その人ロ調査をしたりしてはならない」とあった。つまり、兵士としてカウントしてはならないと命じられたのだった。1章50節には「レビ人には掟の幕屋、その祭具及び他の付属品にかかわる任務を与え・・・」とある。要は、彼らは、ひたすら神様に仕え、儀式や礼拝の準備をすることに仕えたのだった。そのことが、彼らをして不満を爆発させたこともあった。民数記の16章には、レビ族に属するコラが、同じレビ人のモーセとアロンだけが表舞台に立つのを妬んで「あなたたちは分を越えている。・・・なぜあなたたち(だけ)は主の会衆の上に立とうとするのか」と言った(16章3節)と書かれていた。レビ人といえども、他の部族の人々のように、兵士として華々しい戦功をあげたいとか、モーセやアロンの様に表舞台に立って、あたかも人々の上に立つかのように脚光をあびるたいと願うこともあった。しかし、そうしたことはごく稀で、大半は専ら礼拝や儀式の裏方仕事をすることに徹していたのであった。突き詰めて言えば、神様との間柄において、そのような小さく目立たない役割を負うことに喜びを見いだすことができていたのだった。神様からいただく眼差しにおいて、喜んで生きることができていたのであった。
 そういうレビ人が生活していた町の幾つかを、逃れの町として定めよと神様は言われた。レビ人といえども、人間関係における不平不満や嫉妬が全くなかったわけではなかったであろう。しかし、それでもレビ人が生活する町では、そこには、兵士や普通の職業をする人々が作る町とは、おのずと違った価値観・尺度が行き渡っていたのであった。それは何よりも、神様との間柄の中で、神様から託された小さな裏方の目立たない役割を果たすという生き方であった。そこに神様の限差しを感じて、喜んで生きていられたという価値観であった。それがあるのが、教会であると私は思う。しかし、教会といえども人間の集まりである。それゆえの欠点を持っている。しかし教会は、私たちが神様・イエス様とのつながりの中に生きる場所なのである。その眼差しにおいて生き得る場所として、教会は逃れの町なのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 1月21日(日)降誕節第4主日礼拝

『コリントの信徒への手紙1 2章 6~16節』

02:06しかし、わたしたちは、信仰に成熟した人たちの間では知恵を語ります。それはこの世の知恵ではなく、また、この世の滅びゆく支配者たちの知恵でもありません。 02:07わたしたちが語るのは、隠されていた、神秘としての神の知恵であり、神がわたしたちに栄光を与えるために、世界の始まる前から定めておられたものです。 02:08この世の支配者たちはだれ一人、この知恵を理解しませんでした。もし理解していたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。 02:09しかし、このことは、/「目が見もせず、耳が聞きもせず、/人の心に思い浮かびもしなかったことを、/神は御自分を愛する者たちに準備された」と書いてあるとおりです。 02:10わたしたちには、神が“霊”によってそのことを明らかに示してくださいました。“霊”は一切のことを、神の深みさえも究めます。 02:11人の内にある霊以外に、いったいだれが、人のことを知るでしょうか。同じように、神の霊以外に神のことを知る者はいません。 02:12わたしたちは、世の霊ではなく、神からの霊を受けました。それでわたしたちは、神から恵みとして与えられたものを知るようになったのです。 02:13そして、わたしたちがこれについて語るのも、人の知恵に教えられた言葉によるのではなく、“霊”に教えられた言葉によっています。つまり、霊的なものによって霊的なことを説明するのです。 02:14自然の人は神の霊に属する事柄を受け入れません。その人にとって、それは愚かなことであり、理解できないのです。霊によって初めて判断できるからです。 02:15霊の人は一切を判断しますが、その人自身はだれからも判断されたりしません。 02:16「だれが主の思いを知り、/主を教えるというのか。」しかし、わたしたちはキリストの思いを抱いています。

説教:『神の霊によらなければ』

1 まず6節から7節でパウロは、この世の知恵・この世の滅びゆく支配者の知恵ではなく、隠されている神秘としての神の知恵を語るのだと言っている。神秘としての神の知恵とは、これまでずっと語られてきたように、十字架につけられたイエス様がキリスト・救い主であるという知恵である。1章25節には「神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強い」とあった。十字架のイエス様に現された愚かさや弱さによって、神様は私たち人間の考える賢さや強さを打ち砕き、そうやって私たちを救おうとなさるのが神様の知恵であると言ってもよいと思う。
 この世の知恵ということを考えるとき、昨今はどうしてもAI(Artificial Intelligence)すなわち人工知能というものを抜きにはできないと感じる。下手の横好きあるが、囲碁がわたしの趣味のひとつである。チェスや将棋は、もう随分早くにコンピューターが人間に勝ってしまったが、囲碁だけはまだしばらくは人間を追い越すことはできないだろうと言われていた。ところが、深層学習・ディープラーニング(Deep Learning)という手法によって、AIが自分自身と数え切れないほどの対局を重ねて、到底人間には考えつかないような最善手を考えだすようになり、あっと言う間に世界最強の棋士を打ち破つてしまった。
 AIが不気味なのは、なぜそのような手を考え出したのかという点が、まったくブラックボックスの中にあることだという。ゲームの世界では、結果として勝負に勝つことがゴールだから、そのゴールに向かうべく最善手を探したのだろうということはわかる。しかし最近はAIの判断は、単にゲームの世界だけではなく、たとえば採用や昇進といった人事管理や犯罪を犯した人の刑期の決定・仮釈放のよしあし、あるいは病気の診断にまで取り入れられるようになっているという。間題はその決定の中身がブラックボックスだということなのである。AIがなぜ、どのような尺度で、そのような判断を下したのかということは、人間にはわからない。私が見出しだけ読んだ週刊誌に、私たちがよく利用する世界的規模のコンピューターソフトウェア会社は、いずれ自分たちだけが世界中の物の売り買いを独占することを考えているようだと書かれていた。そういうゴールを目指している会社が開発したAIは、人間には全くブラックポックスとなるような手法によって、当然、ゲームに勝つことすなわち独占を図るようになるであろう。
 そのAIの知恵を支配している原理は、要は「勝つ」ということである。では、何によって勝つのかといえば、1章25節の言葉から言えば強さによってなのだと思うのである。強さによって勝つという原理によって人間が考え出した賢さに、さらにAIの賢さを加えることによって勝とうとすることが、この世の知恵の本質ではなかろうか。出生前診断というものが間題になっている。これがもしAIで自動的にされるようになったなら、人間が考える強さ・賢さによって、ハンディを抱えて生まれることになるだろうと診断された子どもは、最初から(生まれる前から)はじかれてしまう。わたしは、牧師になる前の1年間、所沢にある国立秩父学園という重度の知的障害者施設に併設された職員養成所で学んでいた。入学の時に講演してくださった全国障害児親の会の会長さんのお話を35年以上経った今でも忘れることができない。彼は、生まれたお子さんが障害児であると知らされて、お子さんを殺して自分も死のうと考えたと、涙ながらに言った。しかしそのお子さんは、今は家族の宝になったと言う。強さによって勝つことだけを追い求める人間の知恵が支配する社会とは、本当に滅びに至る社会だと思う。なぜならそれは、健康な人・強い人・役に立つ人だけが生きていてよい社会だからである。弱さやハンディを負う人生を排除してしまう社会だからである。しかし、私たちはどうしたってそうしたものを背負わざるを得ない者であるから、それを切り捨てる社会は、いずれ滅びるしかない社会なのである。

2 こういうこの世の知恵・滅びゆく支配者の知恵というものが、知らず知らずのうちに、私たちを支配するような社会にあって、それでもなお、そういう知恵とは対照的で、そしてそういう人間の知恵に打ち勝つてくださる神様の知恵というものが厳然としてあるということに、私は大きな励ましを覚えずにはいられない。7節の後半には、この知恵は「神が私たちに栄光を与えるために、世界の始まる前から定めておられたもの」だとある。9節には、イザヤ書の64章・65章の御言葉を自由に引用して、「(私たち人間の)目が見もせず、耳が聞きもぜず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神はご自分を愛する者たちに準備された」とある。私たちには、そのような神様の知恵があることはわからないかもしれないが、厳然として世界の始まる前から存在していたというのである。だとすれば、私たち人間が、その賢さによってAIを作り、全世界を独占しようとする会社が、私たちを知らず知らずのうちに支配しようとしても、人間が作る世界以前からあるこの神様の知恵に勝ることはできないのである。この神様の知恵に勝って、人間の知恵がこの世界を支配することはできないのである。
 神様がなぜ、世界の始まる前から、神様自身の知恵を定めていたかと言えば、私たち人間の作る社会の行く末をお見通しだったからではないかろうか。このような社会において、私たちが何を支えとし、より所として、この私たちを滅びへと向かわせるこの世の知恵と戦っていったらよいか、その武具というものを神様はちゃんと備えてくださっている。それが、十字架のイエス様に現れた愚かさと弱さなのである。十字架のイエス様の弱さと愚かさにすがることが、私たちを滅びへと向かわせる強さと賢さを求めるこの世の知恵の支配に打ち勝ってゆくことになるのである。
 ある婦人のことが、この説教の準備の間、ずっと心の中にあった。その婦人は、私たちがつくばにくる半年ほど前頃に、郡山で最後の葬儀を私がした男性のおつれあいだった。お子さんがおられないご夫婦だった。本当に、二人で支え合ってきたご夫婦であった。他教派の教会の会員であったが、その教会の牧師が天に召され、その後、どうしてもその教会に牧師が与えられなかったので、その牧師のご夫人やお嬢さんともども、そのご夫婦も郡山教会に移ってこられたのだった。その男性は、退職されて、これからと思った矢先にガンがみつかり、あっと言う間に天に召された。私は、私のことを本当に頼りにされていたその婦人を郡山に置いて、こちらに来てしまい、それでもここ何年かは、お元気にされておられた。しかし、先日お電話をしたら、心身ともに疲れ果て、九州のお姉様のおられる高齢者住宅に一結に住まわれることになったとのことであった。電話での様子が余りにも憔悴しきった感じで、かける言葉もみつからなかった。
 今日の御言葉を読んで、その婦人もまた、この世の知恵というものに支配されてしまったのだと私は感じたのである。確かに、最愛の伴侶をなくされたということは悲しみである。弱さである。この世の知恵というものは、それをただ弱さとして、悲しみとしてしか感じさせず、それを人生の中から切り捨ててしまうようにさせる。しかし勿論、排除などできない。それを背負った人生は、どんどん落ち込んでしまうしかないのである。生きる喜びを奪われてしまうのである。強いこと、悲しみのないこと、マイナスのないこと、そういう人生だけが勝利であり幸いだと思わせるところに、いつのまにか私たちを滅ぼす支配者たちの知恵が入り込んでいるのをひしひしと感じた。本当にこの世の知恵は、私たちの心身を支配し滅びへと至らせてしまうものなのである。

3 それゆえに神様は、このような知恵に立ち向かい、それに打ち勝つことのできるものとして、神様自身の知恵を、厳然として存在させて下さっている。その知恵はイエス様の十字架の愚かさと弱さに現れている。イエス様は十字架によって、そのキリスト・救い主としての使命を成し遂げたのである。イエス様が、十字架の弱さと愚かさに身を置いて下さったことによって、まずは弱さと愚かさの中に置かれる私たちを、みもとへと引き寄せ、イエス様へと結び付けて下さるのである。
 ヨハネによる福音書の4章の、あるサマリヤの女性とイエス様との出会いの場面を思い出して欲しい。渇きを抱えて村八分のような状態に身を置いて、たったひとり井戸に水を汲みにきた女性に、イエス様は健やかで何にも困っていない存在として、上から目線で何かを教え諭したのではなかった。その反対に、旅に疲れ、井戸端にへたり込み、イエス様の方から「水を飲ませてください」と彼女に頼んだのだった。イエス様は、彼女以上に渇いておられた。そこに、彼女がイエス様と出会い、引き寄せられた要因があった。昼の12時ころに「水を飲ませて下さい」とおっしゃったイエス様の姿は、やはり正午頃に十字架に付けられて十字架の上で「渇く」と言われたイエス様の姿に重なるものだと昔から言われている。このように、イエス様が、十字架の上で、私たち以上の弱さや愚かさを背負って下さった。その姿が、弱さと愚かさに打ちひしがれる私たちを、引き寄せて下さるのである。
 引き寄せられたことで、イエス様から、この女性へと水が流れ込んでいったように、私たちにも何かが流れ込んでくる。それは、何よりも弱さを背負うことに意義があるということだと私は思う。イエス様が、キリストとしての使命を成し遂げるために、弱さを担われたのだから、私たちが弱さを背負うことにも意義があるはずである。弱さを背負わずには果たせない役割があると悟ることができるである。大切な使命を果たすためにこそ弱さを担うのである。それをイエス様から教えられて、私たちは弱さや愚かさを背負った人生を受容する。このようにして、十字架にあらわされた愚かさと弱さとが、私たち人間を滅びへと至らせる強さと賢さに勝るのである。強さと賢さを求めることによって滅びるしかない私たちを救うのである。

4 このような十字架における神様の知恵は、世界の始まる前から定められ、厳然として存在しているのだが、残念ながら9節のイザヤ書の御言葉が言うように、私たちの目には見えず、耳には聞こえない。隱されている神秘・ミステリーとしての神の知恵なのである。だから、これが、この世の知恵によって支配され、滅びへと至らせられている私たちの武具として手に取ってもらうようになることは、なかなか簡単なことではない。それがどのようにして私たちに与えられるかを語っているのが10節以下の御言葉である。
 神の知恵を授かるためには、神の霊によるしかないとパウロはここで語っている。では神様の霊とは何を通して与えられるのか。どんなことを通して神の霊が注がれ、十字架におけるイエス様の愚かさと弱さが、私たちを救うと信じられるようになるのか。ただ黙っていて、オートマティカルに神の霊が注がれるのではないのだと思う。2章3節以下に書かれていたのは、神の霊は、パウロがコリントの人々に「衰弱し恐れに取りっかれひどく不安」な中で、十字架のイエス様がキリストであるとひたすら語ったゆえに注がれたということであった。それによって「わたしの言葉もわたしの宣教も、知恵にあふれた言葉によらず霊と力の証明によるもの」となったとあった。だから大事なことは、礼拝において、たとえそれを受け入れてくれる人が少なくとも、十字架のイエス様の愚かさと弱さが語られることではなかろうか。
 1章21節には、「神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと考えた」ともある。宣べ伝える内容そのものも、十字架に付けられたイエス様が救い主であるという愚かなものであるが、それを宣べ伝える方法もまた宣教という愚かな手段によってなのであった。もし神の霊を効率的に賢く注ごうとしたなら、何か特別な方法によってなした方がよいように思う。しかし神様は、愚かで非効率的で弱い手段を取ったのだった。それは、衰弱し、恐れに取りつかれ、ひどい不安の中にあったパウロのような私たち牧師の、つたない説教によって、十字架を語ることによってなのである。それを神様は、よしとされているのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 1月14日(日)降誕節第3主日礼拝

『ヨハネによる福音書 4章 1~26節』

04:01さて、イエスがヨハネよりも多くの弟子をつくり、洗礼を授けておられるということが、ファリサイ派の人々の耳に入った。イエスはそれを知ると、 04:02――洗礼を授けていたのは、イエス御自身ではなく、弟子たちである―― 04:03ユダヤを去り、再びガリラヤへ行かれた。 04:04しかし、サマリアを通らねばならなかった。 04:05それで、ヤコブがその子ヨセフに与えた土地の近くにある、シカルというサマリアの町に来られた。 04:06そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。正午ごろのことである。 04:07サマリアの女が水をくみに来た。イエスは、「水を飲ませてください」と言われた。 04:08弟子たちは食べ物を買うために町に行っていた。 04:09すると、サマリアの女は、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と言った。ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである。 04:10イエスは答えて言われた。「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」 04:11女は言った。「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。 04:12あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです。」 04:13イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。 04:14しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」 04:15女は言った。「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」 04:16イエスが、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」と言われると、 04:17女は答えて、「わたしには夫はいません」と言った。イエスは言われた。「『夫はいません』とは、まさにそのとおりだ。 04:18あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたは、ありのままを言ったわけだ。」 04:19女は言った。「主よ、あなたは預言者だとお見受けします。 04:20わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。」 04:21イエスは言われた。「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。 04:22あなたがたは知らないものを礼拝しているが、わたしたちは知っているものを礼拝している。救いはユダヤ人から来るからだ。 04:23しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。 04:24神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」 04:25女が言った。「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られるとき、わたしたちに一切のことを知らせてくださいます。」 04:26イエスは言われた。「それは、あなたと話をしているこのわたしである。」

説教:『水を飲ませてください』

1 イエス様が、ガリラヤに行く途中立ち寄ったサマリアの町シカルにある井戸端で、一人のサマリアの女性と出会い、言葉を交わした様子が記された箇所である。矢内原忠雄は、この箇所の解説の冒頭に、以下のようなことを書いている。「ここには、はしなくも世の救い主と異邦の女との間に、深きことヤコブの井戸よりも、なお深き会話が交わされた。その記事はヨハネ伝においても、最も文学的香気高きものであり・・」と。しかし、この対話の中にある「ヤコブの井戸よりも深い泉」にたたえられた水を、私たちがどれほど豊かに汲み上げ飲むことができるかとなると、その難しさを改めて感じてしまう。それでも、私たちが何とか、この御言葉から水をいただき、その水が私たちの内で「泉となり、永遠の命に至る水となって」わき出るようになればと願うのである。
 この御言葉を味わう上で、どうしても必要となる辞書的知識がある。まず、このサマリアのシカルにあった井戸が、ヤコブの井戸と呼ばれていた点についてである。参照付きの聖書には、5節について創世記の33章18節、48章21節と22節、そしてヨシュア記24章32節が参照箇所として挙げられている。創世記33章は、伯父ラバンのもとで20年間の苦労を経験したヤコブが、故郷に帰ってきて兄のアサウと何とか再会を和解を果たした直後の場面であり、兄エサウと別れたヤコブは、現地の人々からシケムという場所の一部、それはどれ位の貨幣価値かは不明だが、恐らくはかなりの高額であっただろう100ケシタを払って買い取ったという。創世記33章には、井戸のことは何も書かれてはいないが、この土地にあって、いつのまにかヤコブの井戸と呼ばれることになったのであろう。創世記48章には、臨終に際して、ヤコブがこの土地をヨセフに譲ると遺言し、ヨシュア記24章32節ではエジプトで死んだヨセフの骨がここに理葬されたとある。
 参考までに、日本におけるヨハネによる福音書研究の第一人者である土戸清の『ヨハネ福音書のこころと思想【2】』によれば、2000年8月のテルアビブでの国際学会の帰りに土井先生が、ここを訪れたときのことが次のように書かれている。「サマリアの町にはゲリジムという山があり・・・このゲリジム山の北東山麓にシカルの町は存在しています。古代のシケムの町の南東400メートルのところにあります。その当時の交通の要衝で、(古代の街道の)二つが交差するところに32メートルほどの縦穴の井戸があったのです。現在も観光客や巡礼者が訪れる場所です。いまから1000年ほど前の十字軍の従軍者が、この上に記念の教会を建てました。しかし、その教会は、実際はこの1000年の間に崩壊して、教会の納骨堂だけが井戸をふさぐようにしてかかっております。それを今なお見ることができます」と。土戸先生が訪ねた当時も、まだその井戸が涸れていなかったかどうかはわからないが、少なくともイエス様の時代には井戸として涸れてはいなかったのである。ヤコブの時代からは、もうl700年ほどは経っていたのだが、その間、この井戸は涸れることなくそこに住む人々に水を提供し続けてきていたようである。
 次に触れるのは、いわゆる「サマリア人」と言われる人々についてである。イエス様に「水を飲ませて下さい」と言われた女性は、9節に「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしにどうして水を飲ませてほしいのですか」と言ったとあり、その後に、「ユダヤ人は・・・」との著者ヨハネの説明が付けられている。新約聖書の中で、しばしば「サマリア人」として登場してくる彼らだが、その問題の発端は、紀元前8世紀にまで溯る。ダビデが建てた王国が、その息子ソロモンの死後、南北2つに分裂し、北王国の首都はサマリアに置かれた。この北王国が、紀元前722年頃、アッシリアによって滅亡させられてしまった。ヤコブの12人の子供から派生した12部族のうち、主に南王国にいた2部族を除いて、10の部族がこれによって離散し、アジア大陸をたどって、その末裔は日本にまで到達したと言われている。アッシリアから移住してきた人々との間に、民族的宗教的混交が進んだ。それでも、サマリアに住んでいたある人々は、自分たちこそヤコブの純粋な子孫であり、その印としてこのヤコブの井戸を持っていて、代々そこから水を汲んできたことを誇りにしていたのだった。11節から12節にかけてのこの女性の言葉には、そのような誇りの一端が強く感じられる。彼らは、先程、土戸先生の文章にも出てきたゲリジム山に神殿を建てて、旧約聖書の中で創世記から申命記までの5書だけを聖書として信じ、紀元前6世紀にバニロニアに捕らえ移されて帰国してきたイスラエル人に対して、強い対抗意識をもって、両者は常に反目しあってきたのである。

2 このような歴史的背景のある舞台で、サマリアの女性とイエス様が出会い、対話を重ね、彼女は「さあ、見に来てください。・・・(29節)」とイエス様のことを宣べ伝え、結果的には39節にあるように彼女の証言によって、シカルの町の多くのサマリア人がイエス様を信じるようになったのである。まず、ここに著者ヨハネが伝えたかったことの一端があるように思わされた。
 イスラエル人と長く反目しあい、旧約聖書の中でも最初の5書しか聖書として認めず、エルサレム神殿にも詣でたことのなかったサマリア人が、イエス様をキリストとして信じるようになったのである。そして、そのきっかけは、そのサマリア人からも村八分にされていたような、たった一人の女性がイエス様に出会い、信じたことだったのである。これを著者ヨハネは、この福音書が書かれたエペソ周辺の人々に、大きな励ましとして語ろうとしたのではなかろうか。西暦100年頃のエペソ周辺で、どれ位このサマリアの人々や、この女性とオーバ一ラップしてくるような人がいたかは定かではない。しかし、その中には、伝統的なユダヤ人とはどうしても反目せざるを得なかったような人々、到底イエス様を救い主と信じることなど無理だろうと思われた人々もいたのではなかろうか。しかし、そういう人々こそが、イエス様に出会い、イエス様を救い主として信じてゆく可能性を、ヨハネは感じたのだった。そういう励ましを読者に与えるために、著者ヨハネは、この出来事を書こうとしたに違いないのである。

3 このサマリアの女性が、イエス様と出会い、キリストとして信じるようになったことには、なくてはならぬ大切な要因があったと思われてならない。それは、女性の側の要因と、イエス様の側のファクターの両方である。まず女性の側の要因を考えてみたい。
 出会いの最初は、7節にあるように「サマリアの女が水をくみに来た」ことだった。それは6節にあるように、真昼の正午ごろのことだった。水汲みとは、普通はこんな時間には絶対にやらないことだった。朝早くか夕方で、一人ではな、必ず仲間と連れ立ってくるのが普通だった。彼女が、こうしなければならなかったのには理由があった。その一番の理由は、18節で彼女が正直に打ち明けていることであろ。5人もの男性を、とっかえひっかえして、今は6人目の男性と連れ添っているとは、一体どんな事情だったのであろうか。そういうことがあって、彼女には一緒に井戸に来てくれる人がいなかった。誰とも顔をあわせないように、真昼に、たった一人で井戸に来るしかなかったのだった。
 「水をくみにきた」という言葉に込められているのは、ただ単純に水が欲しくて井戸に水をくみにきたということではないのである。これほどまでの男性遍歴を重ねねばならなかったほどの、深い深い渇きを彼女は抱えていたのだった。しかし、それは単に、肉体的・性的な渇きではなかったのである。それは宗教的な渇きであったに違いな。そうであったればこそ突然、19節から信仰の話・礼拝の話になっていった。彼女は男性遍歴の話題を避けようとして、礼拝の話をしだしたのだとの解釈が、昔からあった。しかし、私にはそうは思ないのである。彼女がこのようにパートナーを変えなければならなかった根源的理由は、霊的なパートナー、すなわち神様とのパートナーシップというものが欠けていたからに他ならなかったのである。10節のイエス様の言葉で言えば「神の賜物を知る」ということである。その渇きが満たされていない限り、どんなにこの世の男性とのつながりを重ねても、満たされることはないのである。世のすべての女性が神様との霊的つながりを求めているとは言えないかもしれないが、しかし女性の中には、そういうものを心底求める方がいる。そういう渇きは、男性との結び付きによっても、さらには、たとえ先祖代々の人々がそこから水を汲んできたヤコブの井戸水をどんなに飲んでも、またサマリア人として誇りをもってゲリジム山の神殿を詣でても、決して満たされることがなかったのである。このような渇きを抱えていたことは不幸なことであろうか。確かにそれは、彼女に、このような生活をなさしめ、村八分のような目に遭わせていた。けれども、それこそが彼女をしてイエス様との出会いをもたらして下さったのであった。
 私たちも、このような渇きを必ず抱える者ではなかろうか。それが私たちをして、まず井戸へと向かわせるのである。井戸とは、即ち教会のことなのである。このような女性でも、たった一人来ることのできる井戸があったことが幸いなのである。そこでイエス様に会うことができたからである。私は、教会がそのような井戸でありたいとしみじみ思う。

4 さて、このような女性に、イエス様はどのように出会って下さったのか。その発端は、6節にあるように「旅に疲れて、井戸のそばに座っておられた」ということであった。そして、井戸にやってきたサマリア人のこの女性を、おそらくイエス様は、一目で何か事情を抱えた女性だとわかったのであろう。その彼女に、自分がイスラエル人の男性であるなどという垣根など全く関係なく、「水を飲ませて下さい」と願ったことにあったのである。古くから、この御言葉で、昼の正午ごろにイエス様が、旅に疲れ喉の渇きをおぼえて「水を飲ませて下さい」と言ったことは、正午ごろに十字架にかけられ十字架の上で「渇く」と言った(ヨハネによる福音書 19章28節)のと重なり合うと、解釈されてきた。私も、そのように思う。勿論、このサマリアの女性には、このときには、十字架の上のイエス様の姿など、知るべくもなかったが、とにかく彼女の前に、イエス様は旅に疲れ渇きを覚え、彼女のような素性の女性に、何の垣根もなく「水を飲ませて下さい」と語りかけた。イエス様は、そういう人物として現れたのだった。疲れない者・渇かない者としてではなく、このサマリアの女性以上に疲れ・渇く者として、「水を飲ませて下さい」と願う人として。
 イエス様は、私たちに対しても、私たち以上に、この世で疲れ渇きを覚えた人として出会って下さる。イエス様がそうであるからこそ、私たちはイエス様に出会うことができるのだと思う。サマリアの女性は、11節で、イエス様に「あなたは、くむ物をお持ちにならない」と言っている。バークレーの注解には、実際に、この地方を旅した人がくむものを持たなかったので、せっかくの井戸があったのに水が飲めず、前に汲んだ人がこぼしていった水をなめるだけだったことが書かれていた。イエス様が「くむものをお持ちでない」とは、この世で普通に人々が水としていたものを汲むものを一切持ち得ず、それゆえに十字架にかけられていったイエス様の姿をほのめかしていると、ここでも私は感じるのである。そのように、地上では渇き、十字架の上で「渇く」と言ったイエス様が、その渇きのただ中に、神様からの尽きることのない水をいただけるのだ、と身をもって教えて下さったのではなかろうか。その現れが復活であった。十字架という渇きのただ中に、尽きることのない永遠の命をいただく泉が現れたのである。渇く者であるがゆえに、渇くイエス様に引き付けられ、出会わせていただいた私たちは、渇いたイエス様を通して、この神様の尽きることのない賜物を知ることとなるのである。
 水は高いところから低いところへと流れてゆく。自分よりも渇いているものと接すれば、そちらの方へと水分はおのずから流れ出してゆく。自分よりも渇いているイエス様が、こうして出会ってくれたればこそ、渇いている彼女の側から何かが流れ出しはじめたのだった。自分の中に、そんな流れを生じさせて下さったイエス様を、彼女は救い主として信じたのではなかろうか。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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2018年 1月7日(日)降誕節第2主日礼拝

『民数記 27章 12~23節』

27:12主はまたモーセに言われた。「このアバリム山に登り、わたしがイスラエルの人々に与えた土地を見渡しなさい。 27:13それを見た後、あなたもまた兄弟アロンと同じように、先祖の列に加えられるであろう。 27:14ツィンの荒れ野で共同体が争ったとき、あなたたちはわたしの命令に背き、あの水によって彼らの前にわたしの聖なることを示そうとしなかったからだ。」このことはツィンの荒れ野にあるカデシュのメリバの水のことを指している。 27:15モーセは主に言った。 27:16「主よ、すべての肉なるものに霊を与えられる神よ、どうかこの共同体を指揮する人を任命し、 27:17彼らを率いて出陣し、彼らを率いて凱旋し、進ませ、また連れ戻す者とし、主の共同体を飼う者のいない羊の群れのようにしないでください。」 27:18主はモーセに言われた。「霊に満たされた人、ヌンの子ヨシュアを選んで、手を彼の上に置き、 27:19祭司エルアザルと共同体全体の前に立たせて、彼らの見ている前で職に任じなさい。 27:20あなたの権威を彼に分け与え、イスラエルの人々の共同体全体を彼に従わせなさい。 27:21彼は祭司エルアザルの前に立ち、エルアザルは彼のために、主の御前でウリムによる判断を求めねばならない。ヨシュアとイスラエルのすべての人々、つまり共同体全体は、エルアザルの命令に従って出陣し、また引き揚げねばならない。」 27:22モーセは、主が命じられたとおりに、ヨシュアを選んで祭司エルアザルと共同体全体の前に立たせ、 27:23手を彼の上に置いて、主がモーセを通して命じられたとおりに、彼を職に任じた。

説教:『後継者の任命』

1 以下の2つのことが記されている。1つ目は、モーセが、この40年間、その場所に入ることを日指してきたが、その土地を日の前にしながら、神様から「あなたはそこに入ってゆくことはできない・先祖の列に加わらねばならない」と死を告げられたこと。そしてもう1つは、そう告げられたモーセが、ヨシュアを後継者に任命した出来事である。まず2点説明しておきたいことがある。1つ日は、14節に書かれていることだが、モーセが日標としてきた土地に入れない理由となった出来事についてである。これは民数記の20章に記されている。イスラエル人は、約40年ぶりにパレスチナを目前にしたカデシュという場所に戻ってきた。ここは、かつてエジプトを脱出して2年目にキャンプをはって、パレスチナに偵察隊を送った忘れられない場所であった。普通なら、ここは砂漠の中のオアシスであり、水がわき出しているはずだったのだが、なぜか水が涸れていた。さらには長い間、自分たちを導いてくれたミリアムを失ってしまったのだった。民は、モーセとアロンに不平不満を爆発させた。これを聞いて2人の指導者は、神様の前に行くと、神様はモーセにこう言った。「杖を取り、共同体を集めて彼らの日の前で岩に向かって水を出せと命じなさい」と。モーセは確かに岩から水を出したが、この時に神様が命じなかったことを2つしてしまった。それは人々に向かって「反逆する者らよ、聞け、この岩からあなたたちのために水を出さねばならないのか」と怒りの言葉を発したことと、杖で岩を2度も打ったことだった。これに対して神様は20章12節でこう告げた。「あなたたちはわたしを信じることをせず、イスラエルの人々の前にわたしの聖なることを示さなかった。それゆえ、あなたたちはこの会衆を、わたしが彼らに与える土地に導き入れることはできない」と。そのことが14節で、再度告げられたのだった。
 もう一点触れておきたいのは、モーセがヨシュアを後継者として任じたときに、「手を彼の上に置き」と16節・23節にあるが、これは按手と呼ばれるものである。私たち日本基督教団では、この按手を教区総会で教区議長をはじめとした正教師たちが正教師試験に合格した者に行っている。厳密には途絶えたこともあっただろうが、建前としては初代教会以来連綿として牧会者を立てるときに世々の教会が行ってきたものと考えられている。その按手は、溯れば、このモーセによるヨシュアの按手に行き着くと言ってもよい。私たちは3000年以上にわたって、この按手を行い、牧会する者を起こし続けてきたのだと改めて感慨を覚える。

2 さて私たちは、どんなことを語りかけられているのか。大きく言って3つのことを示されているのである。
 第一は、モーセが目標の地を日の前にしながら、そこに入ることができないと告げられたことである。ここから私たちは、モーセはさぞかし無念だったに違いないと想像する。しかし、こう告げられたモーセは、ひとこともそうした思いを吐露してはおらず、また神様に無念さや悔しさをぶつけてもいないのは不思議である。私自身、説教の準備のために、この御言葉に向かいあったとき、最初に感じたのは、なぜか不思議な安堵感というか慰めのようなものだった。モーセは40年間、苦労してそこに入ることを目標にして歩んできた土地を目前にして、そこに入ることができないまま、つまり夢破れ願いがかなわない者として先祖の列に加わらねばならなかった。どうして私は、そのようなモーセの姿に安堵感を感じたのか。それは、そのモーセの姿に私たちのありさまを重ねることができるからではないかと思い至った。私たちもまた、モーセと同じように夢破れ、願いかなわぬ者として先祖の列に加えられる者なのだと教えられるのである。私たちの生涯とは、すべからくこのようなものである。私だけが夢破れ、願いがかなわぬ者として無念さを抱えるのではなく、モーセをはじめとして先祖がすべて、そのような者なのであり、「君もそうであったか。みんなそうなのだよ」と言って、私たちを迎えてくれるのである。
 昨年、私にとっては、とても辛く、残念なことがあった。それは、ある人に随分と心を砕いて、一昨年に洗礼を授けたばかりだったのに、生まれたばかりのお子さんと一緒に礼拝を守りたいからという理由で、まだ正式に転会はしていなかったが、他教会に移ってしまった。この教会に赴任して、この3月で満7年が過ぎようとしているが、もういくつもいくつも、夢が破れ、願いがかなわず、どうしてこんなことがと思うようなことを抱えてしまう。もしかしたら、今年もそういうことが起きるかもしれない。でも、新年はじめの礼拝で与えられた御言葉から受ける励ましは、それが私たちの歩みなのだというメッセージなのである。モーセでさえそうだったのだ、すべての先達たちがそうだったのだということなのである。皆が夢破れ願いがかなわなかった者として先祖の列に加わるのである。うまくゆかなかった無念さ・残念さを抱えて人生を終えるのである。それでよいのだ、これが私たちの生涯なのだという励ましではなかろうか。

3 第2に示されるのは、14節に書かれていることである。ここにはモーセが日標としてきた土地に入ることができなかった理由が書かれてる。民数記20章にもあったように、彼が神様の命令に背いて人々に怒りを発し、またそれだけではなく、おそらく神様に対しても怒ってしまったからであった。普通に読めば、牧会者としての責任を厳しく問う神様の容赦ない姿に、私たちはただただ恐れをなすしかないという受け止めになるであろう。しかし、わたしは、ここにもなぜか慰めを感じ取ったのだった。それは、ひとことで言えば、モーセでさえ神様の命令に背かずにはいられなかったということである。いわんや私たちは、である。モーセでさえ牧会者として不完全な働きしかできなかったとすれば、私も不完全な牧会者でしかありえない。パーフェクトな牧会者になどなれないのである。なろうとする必要はないのである。そこに慰めを感じたのであった。
 神様は、モーセに、「わたしの聖なることを示そうとしなかった」と言った(14章)。この御言葉の言わんとするところは、モーセは牧会者として聖なる神様にふさわしく牧会ができなかったということであろう。神様は度々不平不満を爆発させたイスラエル人に、じっと忍耐して、岩から水を与えようとした。モーセも忍耐強くイスラエル人にかかわるべきだった。けれどもモーセは、何度も何度も不平不満を言う人々に対し、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまった。そんな人々になお水を与えようとした神様にもモーセは怒りを覚えたのだった。モーセと言えども人間に過ぎなかった。だから、神様と同じように人々に接することはできなかった。できなくて当然ではないか。できなくて当然の務めをモーセは担わされていたのである。
 私たちひとりひとりが、それぞれ神様から、果たすことがそもそも困難な務めを託されているのではないかとしみじみ思う。私は文字通り牧会者として、皆さんは例えば夫婦としてであり、あるいは親としてであり、また教会員として、或いは誰かの友として、聖なる神様からの務めを与えられて、その場に置かれていると思う。しかし私たちは、残念ながら聖なる神様にふさわしく、その務めを果たすことはできないのである。それは私たちが所詮人間に過ぎないからである。私たちは、つきつめれば神様から託された務めを完全には果たし得なかった失敗者として先祖の列に迎えられるのである。
 だとすれば、私たちが自分自身やお互いを見る目は、失敗者としてお互いを見るものである。神様が私たちを失敗者として見ているのである。そうであるならば、どうして私たちは自分自身やお互いをパーフェクトな者として期待したり見たりしてよいであろか。他の人から「あなたは十分に務めを果たし得ていない」と非難されたなら、おっしゃる通りですと認めてよいのである。「わたしは完全な者だ」などと弁護する必要はないのである。十分に与えられた務めを果たし得ていない私たちに対して、それを問責できるのはただ神様のみなのである。私たちができるのは、お互いを、哀れみをもって失敗者同士として見ることのみではなかろうか。神様はモーセを、このように問責されつつも、なお彼に牧会者としての務めを続行させた。ヨシュアが後継者として選ばれたが、すぐさまモーセからその務めが取り上げられたではなかったか。不十分な働きしかできない者を、なおも用いられた神様の姿が、そこにはあった。私たちも先祖の列に加えられるまでは、不十分ではあっても与えられた務めを果たす者とされているのではなかろうか。

4 最後に示されるのは、モーセが後継者を選んだことである。後継者が選ばれるのはなぜかと言えば、神様から務めを託された私たちひとりひとりにできることは不十分で不完全でしかないからなのである。神様から、だめだしをされて、その任を解かれて、後継者が任じられてゆくのである。これも普通に考えればショックでしかない無念なことかもしれない。しかし、私はここにも慰めを感じる。なぜならば、そこには、私たちひとりひとりの働きは不十分なもの・不完全なもの・部分的なものであってよいとの語りかけがあるからである。私たち一人ひとりの働きは、そういうものでしかないゆえに、後継者が立てられてゆくのであろう。モーセひとりですべてを完成させることはできなかった。またその必要もなかった。後継者がモーセの働きを引き継ぎ、完成させてゆく。私たちは自分に託されたごく小さな部分をなしてゆけばよいのである。世々の教会は按手をいう儀式をもって牧会者を起こし続けてきた。遡れば3000年以上前に、モーセがヨシュアに手を置いたときから、牧会という務めは多くの人々によって担われてきたのである。そうやって担われねばならないほど牧会という務めは困難で難しいものだと言えるのではなかろうか。しかしまたそうやって後継されてゆかねばならないほど大事なものなのである。不可欠な務めなのである。
 この務めについてモーセは、16・17節でこう言っている。「共同体を指揮する人を任命し・・・出陣し・・凱旋し・・進ませまた連れ戻し、飼う者のない羊の群れのようにしないで下さい」と。牧会者の務めとは何か、なぜそれが信仰共同体にとって不可欠かを、この言葉はよく示していると感じる。モーセは戦いの言葉を使ってこの務めを表現した。私自身は勿論、戦争体験などないが、映画などで知る限り、何度も従軍して生き延びた人々が指揮官となることは、その部隊が生き残ることにおいて決定的に大事であるようだ。ベテランの指揮官は、どこに危険が潜んでいるか、どうやって危機を回避し生き延びるかを経験的に知っている。牧会者はそのような指揮官となって信仰共同体を敵から守らねばならない。また、いかに戦うかを教えねばならない。どこに危機が潜んでいるかを教えねばならない。信仰共同体の歩みは戦いなのである。
 それは、どんな戦いか、敵は何者かと言えば、モーセがエジプト王に最初に言った「わたしの民を去らせて、荒れ野でわたしのために祭りを行わせて下さい(出エジプト記5:1)」との言葉がよく示している。信仰共同体の戦いは、何よりもエジプト王に対する戦いなのである。あるいは私たちをエジプト的生活へと引き戻し、エジプト王のもとで奴隷として生きさせる誘惑との戦いなのである。羊飼いのいない羊の群れは、しばしば迷子になり、どこに水場やえさ場があるかを見失うという。指揮官のいない信仰共同体は、エジプトでの奴隷的な生活が、水やえさを得る生活だと見誤るのである。だから指揮官・羊飼いは、つねに信仰共同体を荒れ野で神様のために祭りを行うように導くのである。エジプト的生活からすれば、荒れ野としか見えないような信仰生活、また教会での礼拝生活こそが、羊にとっての真の水であり食べ物なのだと示し続けるのである。この牧会者という務めを、不十分ではあるが、今年も精一杯果たしてゆきたいと思う。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

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