Tsukuba Gakuen Church, UCCJ

日本キリスト教団 筑波学園教会


これまでの礼拝から

2018年の礼拝説教 INDEX
1月 2月 3月
 7日「後継者の任命」
14日「水を飲ませてください」
21日「神の霊によらなければ」
28日「逃れの町」
 4日「あなたがたの知らない食べ物」
11日「神の宝の民として」
18日「成長させて下さるのは神」
25日「あなたの息子は生きる」
 4日「人はパンのみにて生くるにあらず」
11日「神の業が現れるために」
18日「仕えるために」
25日「足を洗っていただく幸い」
4月 5月 6月
 1日「キリストが復活しなかったなら」
 8日「幸いを得よ」
15日「良くなりたいのか」
22日「キリストの土台の上に」
29日「十分の一を捧げ、負債を免除せよ」
 6日「今や、その時」
13日「すべては神のもの」
20日「弁護者なる聖霊」
27日「三大祝祭日」
 3日「五つのパンと二匹の魚で」
10日「幼子のように」
17日「主に従う」
24日「嘆くパウロ」
7月 8月 9月
 1日「先祖はさすらいのアラム人」
 8日「湖の上を歩くイエス」
15日「不品行への対処」
22日「わたしが天からのパン」
29日「説教題」
 5日「説教題」
12日「説教題」
19日「説教題」
26日「説教題」
 2日「説教題」
 9日「説教題」
16日「説教題」
23日「説教題」
30日「説教題」
10月 11月 12月
 7日「説教題」
14日「説教題」
21日「説教題」
28日「説教題」
 4日「説教題」
11日「説教題」
18日「説教題」
25日「説教題」
 2日「説教題」
 9日「説教題」
16日「説教題」
23日「説教題」
24日「説教題」
30日「説教題」

2017年の礼拝説教

2018年 7月15日(日)聖霊降臨節第9主日礼拝

『コリントの信徒への手紙(1) 5章 1~8節』

05:01現に聞くところによると、あなたがたの間にみだらな行いがあり、しかもそれは、異邦人の間にもないほどのみだらな行いで、ある人が父の妻をわがものとしているとのことです。 05:02それにもかかわらず、あなたがたは高ぶっているのか。むしろ悲しんで、こんなことをする者を自分たちの間から除外すべきではなかったのですか。 05:03わたしは体では離れていても霊ではそこにいて、現に居合わせた者のように、そんなことをした者を既に裁いてしまっています。 05:04つまり、わたしたちの主イエスの名により、わたしたちの主イエスの力をもって、あなたがたとわたしの霊が集まり、 05:05このような者を、その肉が滅ぼされるようにサタンに引き渡したのです。それは主の日に彼の霊が救われるためです。 05:06あなたがたが誇っているのは、よくない。わずかなパン種が練り粉全体を膨らませることを、知らないのですか。 05:07いつも新しい練り粉のままでいられるように、古いパン種をきれいに取り除きなさい。現に、あなたがたはパン種の入っていない者なのです。キリストが、わたしたちの過越の小羊として屠られたからです。 05:08だから、古いパン種や悪意と邪悪のパン種を用いないで、パン種の入っていない、純粋で真実のパンで過越祭を祝おうではありませんか。

説教:『不品行への対処』

 説教を聞く

 説教要旨 掲載準備中

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 7月8日(日)聖霊降臨節第8主日礼拝

『ヨハネによる福音書 6章 16~21節』

06:16夕方になったので、弟子たちは湖畔へ下りて行った。 06:17そして、舟に乗り、湖の向こう岸のカファルナウムに行こうとした。既に暗くなっていたが、イエスはまだ彼らのところには来ておられなかった。 06:18強い風が吹いて、湖は荒れ始めた。 06:19二十五ないし三十スタディオンばかり漕ぎ出したころ、イエスが湖の上を歩いて舟に近づいて来られるのを見て、彼らは恐れた。 06:20イエスは言われた。「わたしだ。恐れることはない。」 06:21そこで、彼らはイエスを舟に迎え入れようとした。すると間もなく、舟は目指す地に着いた。

説教:『湖の上を歩くイエス』

1 ヨハネによる福音書の中には、イエス様が行った不思議な働き、すなわち奇跡が7つ書かれている。そのうちの5番目の出来事が記された箇所である。同じような出来事が記された箇所は、マタイによる福音書とマルコによる福音書にもある。マタイによる福音書とマルコによる福音書とルカによる福音書は、とても共通点が多いので『共観福音書』と呼ばれている。ルカによる福音書には、どうしてこのエピソードが記されていないのか不思議である。マタイによる福音書とマルコによる福音書、そしてこのヨハネによる福音書を読み比べると、幾つかの相違点、共通している点に気づく。ここで何よりも注目させられる共通点は、『5000人への供食』と呼ばれる出来事のすぐ後に置かれているという点である。
 ヨハネによる福音書では、直前の15節に「イエスは、人々が・・・山に退かれた」とある。その後16節に「夕方になったので、弟子たちは・・・舟に乗り湖の向こう岸に行こうとした」とある。前のエピソードとの密接なつながりは感じられない。弟子たちが舟を出してガリラヤ湖の向こう岸へ行こうとしたのは、彼ら自身の思いであって「そうした」というニュアンスである。しかし、マタイによる福音書とマルコによる福音書では、そうはなっていない。例えばマルコによる福音書の6章44節から45節には「パンを食べた人は男が5千人であった」との記述の直後に「それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸のべトサイダへ先に行かせ、その間にご自分は群衆を解散させられた」とある。イエス様が5000人への供食の出来事の後すぐに、弟子たちを無理やり舟に乗せて湖の対岸へと行かせたとあり、5000人への供食の出来事と密接につながっていたことが読み取れる。

2 そこでまず思い回らしたいのは、なぜイエス様は、弟子たちに無理やり舟を出させて、湖の対岸へと行かせようとしたのかということである。それを最もはっきりと記したのは、ヨハネによる福音書の記述であろう。直前の15節では、人々がイエス様を王にしようとしていたとある。26節には、イエス様が「あなたがたがわたしを探しているのは、・・パンを食べて満腹したからだ」と人々に言っている。人々は、とにかくこれだけ沢山の人々が満腹になったという点に、すっかり心を奪われてしまい、「こんな人が王様になってくれればよい」と思っていたのである。イエス様をどのような存在として求めたのかというと、満腹を与えてくれる存在ということになる。自分たちの欲望を満たすということが、とにかく第一なのであった。満腹状態にいつまでも留まりたいと願い、そのためにイエス様を王様として利用したいと考えていたのである。そのうような群衆の思いに弟子たちも同調させられていたのではなかったか。だからイエス様は、群衆と弟子たちを切り離し、自身と弟子たちとの間柄がどういうものなのかを、自身が弟子たちに与えるものがどういうものなのかを、舟が向こう岸へ着く中で起こる出来事において教えようとしたのであろう。
 こうしてイエス様は、弟子たちに強いて舟を出させ、夜の湖を対岸へと漕ぎ出させた。しかし、イエス様が弟子たちに無理強いしたこの状況というのは、何と青草の生えた地面の上に座って不思議な形で満腹にさせていただくということとは対照的ではないかと思うのである。弟子たちは、おなかも心も一杯になったし、もう暗くなったので、いい気持ちで休みたいと思っていたに違いない。そういう弟子たちに、イエス様は強いて向こう岸へ渡るように言ったのだった。それは、今いるこちら岸─おなかも一杯になり、すやすやと眠りにつける安住の地─をわざわざ離れなさいということあった。満たされた状況をわざわざ捨てて、何が起こるかわからない境遇へと、あえて進んでゆくように無理強いしたということなのである。ガリラヤ湖のことは自分たちの庭のように知っていた弟子たちでさえも、夜の湖を対岸へと向かうというのは決してやりたいことではなかっただろう。案の定、途中で強風のために湖は荒れ出した。その多くがガリラヤ湖の漁師だった弟子たちにさえも、どうしょうもない状況に陥ってしまったのであった。
 イエス様は、この出来事を通して弟子たちに教えようとした。そして私たちにも教えようとしている。「私とあなたがたとの間柄は、決して青草の上に安閑と座り、おなかがすいたら私からパンを与えられて満腹するというようなものではないのだ」と。そうではなく、むしろ「そのような満ち足りた状況から無理やりでも離れさせられて、夜の湖を向こう岸へと向かって出発させられ、その間に嵐に遭遇するようなものなのだ」と。青草の上に座って、おなかがすいたらパンをいただいて満腹するような人生をイエス様に求めるのはお門違いだということだったのである。

3 申命記26章、イスラエル人が折に触れて口にした信仰告白の言葉において彼らは、自分たちがどういう民族であり、その自分たちに神様がどうかかわってくださったかを告白した。その信仰告自は「わたしたちの先祖は滅びゆくいちアラム人であり、・・・エジプトに下り、そこに寄留した」と始まるものであった。「滅び行く」とは以前の54年版口語訳聖書では「さすらいの」となっていた。私たちの信仰の先祖のイスラエル人は、そもそもさすらいの民・流浪の民・寄留の民だったのである。安住の地を持ちたくとも持てない民であり、常に旅立つことを余儀なくされていた民だったのである。エジプトに留まれば奴隷ではあっても満腹することはできた。それなのに、そこから強いて船出をさせられ、荒れ野を40年間も彷徨わねばならなかった民なのである。自分たちがそのような民であると告白できることこそが、その後、幾度もさすらわねばならなくなる境遇に置かれたイスラエル人を生き延びさせてきたものなのではなかろうか。私たちにも、いつまでもここに留まりたい、おなかが一杯で青草の上で満ち足りて眠りたいという思いがある。神様・イエス様との間柄が、それをかなえていただけるものであってほしいと願う。しかし、もしわたしたちがそういう境遇にいつまでも留まろうとしたなら、逆に私たちは生き延びることはできないのではなかろうか。だからイエス様は、「生き延びるためには向こう岸へ渡れ」、「向こう岸へ渡ろうとすることを止めてはならない」とおっしゃったのだと思う。その時々で、いつまでも留まっていたいと思うこちら岸がある。しかしイエス様は、それをお許しにはならない。強いて向こう岸へと行けと船出を迫るのである。「夜の湖の上で嵐にあいなさい」と。「そこでこそ神様や私との奥深い出会いがある」と、「青草の上でおなかが一杯になることとは比べものにならない私との出会いがある」と。

4 さてそれでは、嵐のただ中で弟子たちは、どんなイエス様との出会いがあったのか。それは、イエス様が荒れている湖の上を歩いて舟に近づいてくる姿を目の当たりにすることだった。これを見て「彼らは恐れた」とある。マルコによる福音書には、「幽霊だと思い、大声で叫んだ。皆はイエスを見ておびえたのである」とあった(6章49~50節)。改めて読んでみて、心を寄せられた。嵐にあい、身の危険を感じていた弟子たちであった。そこにイエス様が、たとえ湖の上を歩いてでも近づいてきて下さったのだから、彼らはイエス様だと気づき大喜びですぐさま舟に迎え入れてもよかったのではなかったか。ところが、記されているのは、まるで正反対のありさまである。弟子たちには、湖の上を歩いて近づいて来る姿がイエス様だとは、わからなかったのである。それほど彼らにとって、イエス様がそのような形で自分たちを助けて下さるとは、意外なことだったのである。彼らの考えには、全くなかったことだったのである。ルカによる福音書の24章37節に、復活したイエス様に会った弟子たちが「恐れおののき、亡霊を見ているのだと思った」とあるのと共通するものを感じる。
 嵐にあったときに、私たちを助けようとしてくださるイエス様も、私たちには全く思いがけない姿形で─もしかしたら私たちも恐れるしかないような姿をもって─私たちに近づいてくるかもしれないのである。それは、私たちが青草の上に安閑として座っていて、私たちのほしがるパンを下さるイエス様だとすぐにわかるような救い手の接近ではない。私たちの欲望を満たして下さるイエス様の接近でもない。それは私たちを恐れさせるような接近なのである。大声で叫ばせるような助けなのである。イエス様の助けというものが、本当に私たちにとって思いがけないものであることを示している。「このようなことが私の助けになるのか」、「このようなことが私の救いになるのか」と思うような接近なのかもしれない。むしろ、「私を滅ぼすのか!」と思わせるような接近かもしれないのである。
 水の上をイエス様が歩いたということを、本当に象徴的な姿だと改めて感じる。それは、根源的に私たち人間にとって、普通は決して両立しえないような事柄を示しているのではなかろうか。生身の肉体を持った人間が生きていることと、その姿が水の上を歩くということとは普通は決して両立しえないことである。そのように、私たち普通の人間にとって、例えば苦しみや辛さと喜びや幸いが両立しているとは見えない。湖の上を歩くイエス様の姿は、つきつめれば十字架の死の中に神様からの祝福や復活へとつながる幸いがあったことを示しているように感じる。それは、私たちには決して両立しえない事柄だが、イエス様の中には両立しているのである。それが、湖の上を歩いて私たちに近づくイエス様なのである。強いて向こう岸へ行かせられる私たちは、幾つもの嵐に遭遇し、その苦しみや試練は、ただただ私たちを滅ぼすものにしか思えない。私たちは、ただ嵐だけしか見ることができず、恐れて叫ぶのである。しかし、その嵐の中に、実はイエス様がおられるのではなかろうか。助け手であるイエス様の接近があるのではなかろうか。
 恐れる弟子たちに、イエス様は「私だ。恐れることはない」と言ったとある。そして、弟子たちがイエス様を舟に迎え入れて間もなく、舟は目指した地に着いたとある。「私だ」という言葉の中に、本当に大きな慰めがある。「私がいるではないか。湖の上を歩いてきた私がいるではないか。十字架の死という嵐に呑み込まれなかった私がいるではないか。」と。最も悲慘な十字架の苦しみの時に、神様からの豊かな祝福があったことを示す「私がいるではないか」という言葉は、本当に力強い。そのイエス様を人生の舟の中に迎え入れると、舟は目指す地に着けるのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 7月1日(日)聖霊降臨節第7主日礼拝

『申命記 26章 5~11節』

26:05あなたはあなたの神、主の前で次のように告白しなさい。「わたしの先祖は、滅びゆく一アラム人であり、わずかな人を伴ってエジプトに下り、そこに寄留しました。しかしそこで、強くて数の多い、大いなる国民になりました。 26:06エジプト人はこのわたしたちを虐げ、苦しめ、重労働を課しました。 26:07わたしたちが先祖の神、主に助けを求めると、主はわたしたちの声を聞き、わたしたちの受けた苦しみと労苦と虐げを御覧になり、 26:08力ある御手と御腕を伸ばし、大いなる恐るべきこととしるしと奇跡をもってわたしたちをエジプトから導き出し、 26:09この所に導き入れて乳と蜜の流れるこの土地を与えられました。 26:10わたしは、主が与えられた地の実りの初物を、今、ここに持って参りました。」あなたはそれから、あなたの神、主の前にそれを供え、あなたの神、主の前にひれ伏し、 26:11あなたの神、主があなたとあなたの家族に与えられたすべての賜物を、レビ人およびあなたの中に住んでいる寄留者と共に喜び祝いなさい。

説教:『先祖はさすらいのアラム人』

1 申命記という書物は、数と力では決して勝てないパレスチナ先住民がいる地域に今まさに入って行き、住み着こうとしていたイスラエル人に対し、神様が、どのようにしたらパレスチナ先住民に呑み込まれずにそこで生き延びてゆけるかを、モーセの遣言として教えたものである。それはイスラエル民族が、自分たちがどういう存在であったか、胸を張って言えるものを持っていたということである。
 コリントの信徒への手紙1から私たちは、パウロがコリント教会を大きくした他の伝道者と比べられて、滓だとか屑だとか言われていたことを、またそれでもパウロには、どこか胸を張れるものがあったということを教えられた。それは、自分には他の人にはないこのような特徴があり、故に自分にはこのような使命があるのだと思えることであった。そういうものがあれば、たとえどんなに周りの人からボロクソに言われるような状況であっても生き延びてゆける。神様は申命記において、イスラエルの民が他の民にはない特徴を持った民であり、そのことによって特別な使命を果たすということによって、パレスチナ先住民の中で生き延びさせてゆこうとなさったのだと思う。

2 26章のタイトルには『信仰の告白』とあった。5節には「あなたはあなたの神、主の前で次のように告白しなさい」とある。毎年、初物をもって神殿に詣でた際には、必ずこのことを告白しなさいと言われていた。勿論、これは文字通り1年に1回きりの告白ではなかったのだと思う。申命記に書かれていた3つの大きな祝祭日の際にも、この告白はなされたのではなかろうか。私たちが毎週の礼拝で『使徒信条』という信仰告白を告白するように、イスラエル人も機会ある毎に、この告白を口にしたのではなかったか。その信仰告白をすることが、イスラエル人をしてパレスチナ先住民の中で生き延びさせて行くすべなのだと神様はアドバイスされたのである。
 そもそも信仰告自とは、いったい何なのか。私たちが毎週告白している『使従信条』を思い浮かべてみると、それがいったい何なのか、またどういう意味を持っているものなのかが、よくわかってくる。使徒信条は、まず何よりも言葉である。私たちによって口にされる言葉なのだが、それは私たちが、めいめい勝手に口にしているものではない。使従信条と言うように、これはその起源をイエス様の使徒におくと言われるところの、すでに西暦1世紀の後半頃には成立していたとされるキリスト教会において最も古い信仰の告白である。それは確かに使徒たちが作った言葉ではあったが、しかしそれは彼らが勝手に作ったものではなかったのである。使従信条は、神様とイエス様と聖霊について告白する3つの部分に分かれている。それぞれは聖書に基づいて、突き詰めれば神様・イエス様・聖霊によって教えられ与えられた言葉なのである。使徒といえども神様・イエス様・聖霊に教えていただかなくては、彼らだけで作ることができた言葉ではなかったのである。それは神様によって与えられた聖なる言葉であったと言ってもよい。
 今日の告白の言葉も同様である。5節はじめに「あなたは・・・次のように告白しなさい」とあり、これは明らかに神様がイスラエル人に、このように口にせよと言って与えて下さった言葉だということを表している。このような言葉を、機会あるごとに口にすることこそが、イスラエルの人々を神様の聖なる言葉の中に置くことになった。神様による聖なる言葉の中に置かれることによって、イスラエル人が周囲の人々からあびせかけられていた人間の言葉から守られることになっていたと私は思うのである。神様の言葉の守りの中に日々置かれることが、私たちを生き延びさせることとなる。神様の与えて下さった言葉を口にし、これを聞くことにおいて、最初に示されたように、イスラエル人は自分たちが何者であり、その点においていかなる使命を神様から託されている存在であるかを知った。それによって胸を張れるようになったのである。
 先週、21歳の若者が起こした凄慘な事件が報道された。つい先日も、新幹線での同じような事件があったばかりである。なぜ若者が次々とこのような事件を起こすのか。先週のパウロの言葉を借りるなら、彼らは皆、今の社会の中で自分は屑や滓のようにしか扱われていないと感じているのではないかとしみじみ思う。彼らには、自分の貴さ・存在意義というものがわからないのである。いつの時代でも、そういうことがあったのかしれない。特に今の日本では、ちゃんとした仕事につき、ある程度の収入を得ていることが胸を張れる条件なのである。男性にとってはそれが結婚できる最大の条件なのである。しかし、それが可能な若者は一体どれだけいるであろうか。仕事がなく収入がなければ、親からさえもまさに屑や滓のように扱われる時代である。そのような人生を、これから40年も50年も歩まねばならないとは、どれほど辛いことか。
 今の時代だけではなく、いつの時代であっても、私たちが周囲の人間から浴びせかけられる言葉というものは辛いものである。エジプトで難民だったイスラエル人がパレスチナに入って行って、そこで先住民の人々から浴びせかけられた言葉は、まことに厳しいものがあったであろう。滓や屑どころではなかったはずである。滓や屑であれば、まだそこに転がっていても大して害はない。しかし自分たちのテリトリーを犯すやっかいな難民が、どれ位かはわからないが、かなりの人数で入ってきたのだった。厄介者・邪魔者として扱われたことであろう。そのようなイスラエル人に不可欠だったのが、神様からの言葉なのであった。君たちは何者であり、故にどのような役目を担っている存在なのかと、折に触れて聞かされ、また彼らも口にしたのだった。パレスチナの人々から厄介者とされても、貴く無くてはならぬ存在だと語りかけられ、それを自分たちの言葉で口にして胸を張ってゆくこと、それこそが彼らの信仰告白の意義なのであった。

3 さてそこで、信仰告白の内容にふれてゆきたいと思う。かぎかっこに入れられた言葉は10節の前半までである。内容としては11節まで、あるいは13節から再度かきがっこに入れられているところが終わる15節最後までも信仰告白として理解してよいであろう。11節までに告白されている内容には、3つの大きな柱があると思う。ちなみに使徒信条も3つの柱によって成り立っている。
 まず、第1の柱は6節まで。ここでは、そもそもイスラエル人がどのような存在であるかということが語られている。「私の先祖は・・・重労働を科しました」とある。パレスチナ先住民は、イスラエル人をボロクソに言ったであろうと、先ほど言った。しかし、この信仰告白では、他人から言われる前に神様からの言葉として「お前達はこんなふうにボロクソだったのだ」と口にしたような感じである。自分たちで自分たちをボロクソに言っていたのである。他から言われるのと、神様からの言葉として自分で自分をそのように言うのは全く違う。それは、自分たちが滓や屑であることを正々堂々と認めることだからである。俺たちはそういう存在なのだ、それでもよいのだと言うことなのである。自分たちをそういう存在として認めることができるということは、本当に意味あることだと思う。
 この告白は、自分たちの先祖がそうであったと言っているものであるが、先祖がそうであったということは、つまりイスラエル民族の起点・原点がそうであったということである。起点・原点がそうであったということは、未来永劫根源的には、この世にあって自分たちはそういう民なのだということなのである。だとすれば、またいつか将来もそうなるときが必ずやってくるということでもある。滅び行く危機に陥り、寄留者として他所に逃れ、そこで蛇蝎のごとく忌み嫌われる存在になっても、それは当然なのだと、何の不思議もないと思えたのであった。自分たちを神様からの言葉によって、そのように自己理解し、定義できたことが、イスラエルの民を生き延びさせてきたのだと思う。自分たちをこのように胸を張ってボロクソに言える民がどこにいるであろうか。ここには、例えば自分たちは国土を最初から持っていたとか、高貴な出自を誇るとかいうことは皆無である。私は子どものころのある時期、古事記物語が好きで、読み耽っていた。おぼろげな記憶ではあるが、私たちに日本人は自分たちをこのように言うということは決してなかったと思う。神代の昔から私たちは、この島国に住んでいる民である。そこに胸を張っている民族である。だから、どうしても私たち日本人は、大きくは領土に類するような、小さくは自分たちの存立の足場になるような確固としたものを持っていないと胸を張れないというところがあるのではなかろうか。イスラエル人が、神様から胸を張れと与えられた自己認識は、日本人とは全く正反対だと思う。ここにこそ、彼らが私たち日本人とはまるで正反対の歴史を歩んできながらも、生き延びてきた理由があるのだと示されるのである。

4 信仰告白の2本日の柱は7節から9節までにある。ここで告白せよと命じられている内容は、要はこのようなボロクソ状態のイスラエル人に神様は目をかけ、その叫びを聞き「力ある御手と御腕を伸ばし、大いなる恐るべきこととしるしと奇跡をもって私たちをエジプトから導きだし・・・この土地を与えられ」たということである。
 この信仰告白の2本目の柱が何よりも言わんとしているのは、1本目の柱で告白されたようなイスラエル人に対して、神様がどのようにかかわってくださったかという点である。信仰告白の言葉というものは、ただ私たちがどういう存在かを語って終わりではない。そうではなく大事なのは、その私たちに神様がどうかかわってくださるかである。使徒信条を思い起こしてみると、この信仰告白には、むしろ私たちがどういう存在かという告白の言葉はほとんどない。ただただ神様が、イエス様が、聖霊がどういう存在であり、私たちに何をして下さるかを語っていっている。1本目の柱では、エジプトに寄留した厄介者のイスラエル人を、エジプト王をはじめとしたエジプト人は「私たちを虐げ、苦しめ、重労働を科した」と語っている。しかし、神様はそのように扱われた私たちに対して、エジプト人とは正反対のかかわりかたをして下さった。これをイスラエル人に常に思い起こさせ、口にさせてきたのが、この信仰告白の2本目の柱なのである。イスラエル人が周囲の人々から、たとえどのようなひどい扱いを受けても、神様はそれとは正反対の扱いを必ずして下さるとの希望を抱かせてきたのである。
 イスラエル人は、自分たちが特に神様からこのように扱われたと言う点に胸を張れるものを感じたに違いない。また、だからこそ、そのように虐げられ苦しみを受ける人間にかかわって下さる神様という存在を人々に証しする使命も感じ取ったのではなかったか。なぜ神様は自分たちのような何のとりえもない民族に、あのようにかかわって下さったのか。それは、この神様を人々に宣べ伝えるためなのであった。自分たちイスラエル人には、このような特別な役割が与えられている。もしまた将来同じような辛い境遇に置かれるとしても、それはまたその状況から助け出して下さる神様を証しするためである。それがわかってイスラエル人は大いに胸を張れたのではなかろうか。
 第3の柱が10節・11節で語られている。ここで告白されていることは、神様が与えて下さった土地における産物をどう用いるかに尽きる。神様が下さった賜物をどう用いるか。11節後半では「レビ人およびあなたの中の寄留者と共に喜び祝いなさい」とあり、12節・13節では2度にわたって「レビ人、寄留者、孤児、寡婦に施し」とある。神様からイスラエル人が特別に与えられていた役割・生き方の特殊性はここにこそある。それは地の実りを神様から与えられた物として、ここにあげられた人々のために積極的に用いてゆくということであった。それができたという点において、イスラエル人は胸を張れたのだと思う。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 6月24日(日)聖霊降臨節第6主日礼拝

『コリントの信徒への手紙(1) 4章 7~13節』

04:07あなたをほかの者たちよりも、優れた者としたのは、だれです。いったいあなたの持っているもので、いただかなかったものがあるでしょうか。もしいただいたのなら、なぜいただかなかったような顔をして高ぶるのですか。 04:08あなたがたは既に満足し、既に大金持ちになっており、わたしたちを抜きにして、勝手に王様になっています。いや実際、王様になっていてくれたらと思います。そうしたら、わたしたちも、あなたがたと一緒に王様になれたはずですから。 04:09考えてみると、神はわたしたち使徒を、まるで死刑囚のように最後に引き出される者となさいました。わたしたちは世界中に、天使にも人にも、見せ物となったからです。 04:10わたしたちはキリストのために愚か者となっているが、あなたがたはキリストを信じて賢い者となっています。わたしたちは弱いが、あなたがたは強い。あなたがたは尊敬されているが、わたしたちは侮辱されています。 04:11今の今までわたしたちは、飢え、渇き、着る物がなく、虐待され、身を寄せる所もなく、 04:12苦労して自分の手で稼いでいます。侮辱されては祝福し、迫害されては耐え忍び、 04:13ののしられては優しい言葉を返しています。今に至るまで、わたしたちは世の屑、すべてのものの滓とされています。

説教:『嘆くパウロ』

1 この聖書箇所は、伝道者パウロからのコリント教会の、ある人々に対するとても激しい憤りや嘆き、また痛烈な皮肉が吐露された箇所である。パウロがあちらこちらの教会に書き送った多くの手紙の中でも、その口調の激しさにおいては一、二を争うような箇所だとされている。そこから私たちはどのような励ましや慰めを受け取ることができるのであろうか。その点では難しいものが感じられる箇所である。まずはパウロがどのような背景と事情のもとで、このような激しい言葉を語らざるを得なかったのかということに思いを向けてゆきたい。
 3章18節には「もし、あなたがたのだれかが、自分はこの世で知恵のある者だと考えているなら」とあった。このように自分を考えていた人がコリント教会にいたことが示唆されていた。どのような人々であったのかについては様々な解釈がある。しかし、おそらくそれは、コリント教会の創立者であったパウロが教会を離れた後に、指導者としてやってきてコリント教会をぐっと大きく成長させた伝道者たちのことではないかと私は想像している。3章4節に「わたしはパウロにつく」と言い、他の人が「わたしはアポロに」と言い合っていた様子が書かれている。その直後の6節と7節には「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させて下さったのは神です。大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださった神です」とのパウロの言葉がある。しかし、54年版の口語訳聖書には、「取るに足りない」と書かれていた。このパウロの文章から、コリント教会の争いには、教会の成長をめぐっての対立があったことがうかがわれる。教会を大きくさせた人々が、自分たちのことを、「取るに足りない」という言葉とは正反対の言い方をして自慢していたのではなかろうか。
 コリント教会を大きくした伝道者たちに対し、創立者だったパウロは何をしたのか。おそらくパウロは、教会を小さな群れに留まり続けさせることしかできなかったのであろう。それは彼が、当時のローマ帝国では、多くの人々にとって愚かである躓きでしかなったメッセージ、つまりローマ帝国の犯罪人として十字架刑に処せられたイエス様が救い主だということを福音─喜びのメッセージ─として語り続けたからであった。わずかに奴隷階級の人々は信じてくれた。しかし、それ以外の人々は、そのようなメッセージを受け入れることはできなかったであろう。パウロがコリント教会を去った後、アポロがやってきた。そしてその後、私たちには名前も知ることのできない伝道者たちがやってきて、おそらくは十字架の上で処刑されたイエス様が救い主だという福音は、表舞台からは後退させられたのではなかろうか。その反対に、この人を信じれば病気が治るとか、お金持ちになれるとか、いわば御利益的なメッセージによって多くの人々が引き付けられ、教会が大きく成長していったのではなかろうか。8節にある「満足し」という言葉、また大金持ちになっているとか王様になっているとか、そういったパウロの皮肉の言葉は、もしかすれば彼ら伝道者たちが人々を引き付けていたメッセージのことなのかもしれない。こうして教会を大きく成長させた伝道者たちは、彼らの語った福音通りに、多くの信者たちから献げ物を受け尊敬されて、大金持ちや王様のように崇められていった。それに引きかえ、創立者ではあっても教会を小さな群れに留まらせたパウロは、愚か者として見下され、教会にとっては二度とかかわってもらっては困る「屑」や「浮」のように見なされていたのだった。

2 以上のことから、私たちが語りかけられることとは、何なのか。それはまず、教会が誕生した当初から伝道者や信従の人々が数的量的な成長を追い求め、それを成し遂げたことにおいて喜んだり誇ったりしてきたということである。逆に、そうできなかったときには、その自分や他者を卑下したり見下したりしてきたということであった。私自身、32年間の牧師の歩みの中でどれほど、このことに心を奪われてきたことかと思う。今でもなお、数的量的な成長を成し遂げることに満足を見いだそうとしている自分がある。信従であっても、そうした伝道者を評価し、尊敬しようとしているのではなかろうか。そのような価値観が、教会が誕生したときから根強く存在してきている。
 私は、教団の教師委員として先日、50人ほどの今年度新たに教団の補教師となられた人たちのためのオリエンテーションに関わった。参加した教師たちの2/3は、若い20歳代、彼らにとっては教団の教会の今が、当たり前の姿だとのことであった。私たちの世代では、教会学校に沢山の子供たちが集い、多くの青壮年が教会を支えて下さっていた時代を知っている。さらに上の世代の先輩たちは、なおさらそうであった。そのような世代の私たちは、教会の未来を心配し、「このままでは教会が消滅する」と言って、「人を増やさねば」「伝道せねば」と言ってきた。ところが、今の若い世代にとっては、この現状が当たり前の姿なので、私たちのような将来への不安など全くなく、淡々と伝道者としてやってゆけるのではないかと思っているようなのである。なるほどと思った。他方、しかしとも思ったのである。確かに教勢を増やさねばというプレッシャーは、彼らにはないかもしれない。では伝道者として、どこに満足を見いだし、喜びを見いだすのか。文字通りの意味で王様や大金持ちになど、だれもなれるはずがないであろうし、そういうことで、伝道者としての誇りを見いだしてゆこうとは思わないであろう。しかし10節に「あなたがたは尊敬されていますが」とあったように、伝道者して信従の皆さんからの尊敬されたいという思いはあると思う。では何によって尊敬されるのか。そこには、どうしても、2000年前の教会や伝道者をとらえていたところの数的量的成長を成し遂げようとする思いが入り込んでこざるを得ないのである。
 いつの時代社会においても、十字架の上で殺されたイエス様が救い主であるというメッセージは、愚かで躓きであることは何ら変わりがないのだと思う。教会に集う人が減ってゆけば、おのずと11節に描かれているような困難が現実として迫ってくる。牧師が自分の手で稼がねばならない事態にもなる。先ほどのオリェンテーションでは、以下のような話題が出た。参加者を何人かのグループに分け、7人の教師委員がそのグループ内の司会進行役をした。私の担当したグループでは、何と1/3が牧師の子息であった。彼らによれば、今の若い人にとっては、牧師になるということは、魅力的な『職業』のひとつとして見られているという。もしかしたら、いい職業のひとつと考えて牧師になったかもしれない若き伝道者たちが、11節に書かれているような難儀なありさまが現実となったときに、なお誇りをもってやってゆけるのかどうか。そもそも今、私たちのような牧師も11節のような現実があっても、なお伝道者を続けてゆけるのかのかどうかとも考えさせられた。

3 さて、これまで申し上げてきたことは専ら教会においてのことであった。特に私たち伝道者についての事柄である。これらのことは、一般信徒にとってどのように重なることであろうか。信従にとっては、おそらく私たち牧師が、これほど気にかけている教会の数的成長など、たいしたことではないのかもしれない。「どうして牧師さんというのは、そこまで気にするのか」と。
 しかし、信徒にとっても、ある意味における数や量の多さ・大きさというものが、やはりなくてはならない価値なのではなかろうか。それは文字通りの意味で、王様や大金持ちになることで誇るとか、他の人からの尊敬を得たいとかということではない。しかし、尊敬してもらいたいとは思っているはずである。それは、私たちが存在することが貴いことだと、意味があることだと思ってもらいたいということである。誰も塵や滓だとは思われたくはない。では、どこで尊敬を得られるのか。それは、家族や属している共同体の中で、やはり役に立つということにおいてではなかろうか。役に立つというのは、経済的な点で、また肉体的な点での数の多さや量の多さ・豊かさによる。幾つになっても親として少しは子や孫の援助ができるという点において必要だと言ってもらいたい。経済的・肉体的な点でのプラスの豊さを失ってしまったら、子や孫に、ただ迷惑をかけるだけの存在になるのではないかと思う。そうなった自分は、もはや滓や屑でしかないと思ってしまう。残念ながら、今言ったような意味では、私たちすべてが滓や屑としてしか見なされない時が必ずやってくる。尊敬されるところが、何もなくなってしまう時がやってくる。そのような私たちにとって、今日のパウロの言葉は、とても大きな励ましとなるのだと思う。
 それはどのような励ましなのか。今日の御言葉において、確かにパウロといえども自分が尊敬されず屑や滓のように扱われることを激しい口調で嘆き、憤ってはいた。けれども嘆きつつ、憤りつつも、そのように扱われることにパウロは少しも動じてはおらず、むしろそれを誇りにさえ思って、胸を張っていた感じが伝わってくる。16節では「わたしに倣う者になりなさい」と語っていたほどである。尊敬もされず、塵芥のように扱われることに、しっかりと対峙して、パウロをして堂々と胸を張らせるような何かがあったのである。たとえコリント教会の、ある人々から、そのように扱われても、それに対抗して、パウロに「わたしの存在は貴いのだ。役に立つのだ。」と思わせた何かがあった。信仰の歩み、また教会には、このような部分もしっかりあるのだと励まされるのである。先ほど申し上げたように、教会も伝道者も2000年前の誕生時から、数的量的成長を追い求め、そこに価値を見出して自慢したり誰かを見下したりというような残念な姿もある。けれども、その一方で、そのようなあり方に立ち向かい、数や量の上では滓や屑のように見なされても、胸を張れるようにしてくれるものも信仰生活、また教会には、しっかりとあったのである。
 そのようにして胸を張らせてくれる根源は、イエス様に他ならないのだと示される。10節の始めでパウロは「わたしたちはキリストのために愚か者となっている」と言っている。クリスチャンであるということは、イエス様ゆえに胸を張って愚か者になれるということである。あるとき私は、母校の東京神学大学から『献身のすすめ』つまり神学校に入る勧めの文章を書いてくれと頼まれた。私たちの時代に流行った「三無主義(それは確か無関心・無感動・無責任というような内容だった)」をもじって、『牧師とは無益・無駄・無報酬に生きる者だ』というようなことを書いたように思う。それがその当時20数年、牧師として歩んできた私の実感だった。懸命に説教や聖書研究祈祷会の準備をしても、その結果として何か目に見える数的量的な教会の成長が与えられるわけではなかった。教会員にはおそらくなってくれないような人々のために生活保護受給の世話をしたり、身元引受人になったり、障害者のボランティア団体の会長にもなった。それらもまた、何か目に見える報いがあるわけではなかった。そういう意味では、無益・無駄・無報酬であり、この世的には全く愚かしい馬鹿げた生き方だと言わざるを得ない。でも私は、それが「キリストのために(この『ために』とは、『ゆえに』の意味だと思う)」、キリストを信じるゆえに私たちがいただいた貴い生き方だと思う。プラスの利益だけを追い求める社会にあって、また私たち自身もそういう価値観に深く染まっていながらも、イエス様は、私たちにそれとは正反対に愚かな者として生きることを、胸を張ってさせて下さるのである。
 12節の後半には「侮辱されては祝福し、迫害されても耐え忍び、ののしられては優しい言葉を返しています」とある。十字架に付けられたイエス様ゆえに、パウロは、侮辱されたり迫害されたりする自分の境遇にイエス様が与えて下さる幸いを見いだすことができていた。だから、侮辱されながらも誰かを祝福し、優しい言葉をかけることができた。たとえ数的量的なプラスなど持っていなくとも、パウロという存在が持つプラスというものがあった。屑や滓と見なされている人だけが、イエス様ゆえに与えられているプラスというものがあるのではなかろうか。もしあなたが今、自分を屑や滓のように思っておられるのなら、そのようなあなたを貴いと、必要だと言って下さるイエス様がおられることを知っていただきたいと思うのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 6月17日(日)聖霊降臨節第5主日礼拝

『マルコによる福音書 8章 27~38節』

08:27イエスは、弟子たちとフィリポ・カイサリア地方の方々の村にお出かけになった。その途中、弟子たちに、「人々は、わたしのことを何者だと言っているか」と言われた。 08:28弟子たちは言った。「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」 08:29そこでイエスがお尋ねになった。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「あなたは、メシアです。」 08:30するとイエスは、御自分のことをだれにも話さないようにと弟子たちを戒められた。 08:31それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた。 08:32しかも、そのことをはっきりとお話しになった。すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。 08:33イエスは振り返って、弟子たちを見ながら、ペトロを叱って言われた。「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている。」 08:34それから、群衆を弟子たちと共に呼び寄せて言われた。「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。 08:35自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。 08:36人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。 08:37自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。 08:38神に背いたこの罪深い時代に、わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子もまた、父の栄光に輝いて聖なる天使たちと共に来るときに、その者を恥じる。」

説教:『主に従う』

説教の配信はありません

 説教要旨の掲載はありません

神の愛キリスト伝道所(稲敷市) 小池 与之佑 牧師

戻る

2018年 6月10日(日)聖霊降臨節第4主日礼拝

『ルカによる福音書 18章 15~17節』

18:15イエスに触れていただくために、人々は乳飲み子までも連れて来た。弟子たちは、これを見て叱った。 18:16しかし、イエスは乳飲み子たちを呼び寄せて言われた。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。 18:17はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」

説教:『幼子のように』

1 16節以下には、イエス様が乳飲み子たちを呼び寄せて「神の国はこのような者たちのものである。子どものように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」と言ったとある。「神の国」とは、原文の言葉には「神の支配」という意味がある。私たちが、死んだ後に行くとされる「天国」という意味ではない。端的に言えば、「神様との結び付き」を指している言葉である。イエス様は、私たちの神様との結び付きを、幼子とその親との間柄にたとえたのだった。
 だから、「子どものように神の国を受け入れる人でなければ・・・」というのは、文字通りの幼子でなければ神様との結び付きをいただけないという意味ではなく、あたかも自分を幼子のように思って神様を母や父のように慕う人が、神様とのつながりに招き入れられるということを意味しているのである。神様と自分との間柄を乳飲み子と親との間柄のようなものとして捉えることができてはじめて、神の国の必要性や、すばらしさというものがわかるのである。そうでなければ、神の国の不可欠性というものがわからない。その必要性を他人から、どれほど強く教えられたとしても、自分自身でそのすばらしさや必要性を感じることがなければ神様との結び付きを求めることも、そこに入ってゆくこともできないのである。「決してそこに入ることができない」とイエス様が言ったのは、そのような意味なのである。

2 教会に集う人々は、すでに大人になっていても、どこかで自身を乳飲み子のような者として感じ、幼子が親を慕うような思いをもって教会にに集っているのではなかろうか。しかし現在、そのような思いを持つ大人は本当に少ないのである。日本では、クリスチャン人口は、わずか1パーセントにも満たない。99パーセント以上の人々は、神様とのつながりなど必要としてはいないのかもしれない。自らを乳飲み子のように思い、神様を親として慕う必要など感じていないのかもしれない。それはなんと、日本だけのことではないようなである。ヨーロッパの、特にプロテスタント教会の惨憺たる実情を耳にする。礼拝堂が歴史的遺産になるようなりっぱな教会であっても、そこではもはや礼拝は捧げられてはおらず、市や町の管理のもとで、世俗的な用途に提供されているとのことである。なぜこのようにしまったのか。そのひとつの原因は、人々が「成人してしまった」からではなかろうか。文字通りの意味で乳飲み子であったときには、誰でも親を絶対的に必要としていた。しかし、成長し大人になり自活できるようになると、親は、絶対的に必要な存在ではなくなる。むしろそうならなければ、親が死んだ後、子は生きてゆけなくなるのだから、生物としては、成長したら親を必要としなくなるのは必然と言える。また、そうでなければならないのであろい。そのように、今日の私たちは、神様との間柄においても成人した大人になってしまったのである。もはや幼子のように神様に頼らなければ生きてゆけない存在などではないのである。人々は、いつまでも親に頼るという姿を、成長しきっていない情けない姿の現れでしかないと思っている。神という存在からの干渉など、もう、うんざりだと言うことかもしれない。
 しかし、成人した私たちには、もはや神様という親などは必要ないのであろうか。思い起こすことがある。妻の父は晩年、福島県船引町の特別養護老人ホームに世話になっていた。妻は2週間に一度、その老人ホームに出かけていた。私は一緒に行っても、いつも妻が老人ホームの中から出て来るのを玄関ロビーの椅子に座って待っていた。もう80歳をはるかに超えたと思われる小柄なひとりの婦人が、私の隣に座っておられた。彼女は見知らぬ私に「私のお母さんはどこにいるの?お母さんに会いたい・・・」と言って泣きはじめた。「お母さんはどうしましたか?」と尋ねると「小さい頃に生き別れました」との返事だった。私たちはいくつになっても、いや年を取れば取るほど、母や父を必要とする存在なのではなかろうかと、しみじみ感じたものである。
 私たちは、ある程度の年齢になれば、子どもや家族には、絶対的に必要とされている存在ではなくなる。それは、むしろそうでなければ、困ったことでもある。いつまでも私たちが子どもや家族にとって絶対的に不可欠な存在であるということであれば、私たちが死んだ後、その家族は成り立たなくなってしまう。だから不必要な存在になるということは、摂理でもある。しかしそうなるということは、本当に辛いことなのである。伴侶がなくなって、さらに自分が子どもたちからも、もはや絶対的には必要とはされない存在になるということは、実に寂しいことであろう。先程も老婦人も、そのような寂しさを感じておられたと思うのである。ホームの職員たちは、彼女を手厚く世話してくれていたようである。おそらく家族も訪ねてきてくれていたであろう。しかし根源的には、必要とはされていない存在なのである。だから、乳飲み子であった頃の私たちが、その親に絶対的に不可欠な存在とされていたことを思い出すと懐かしいのであろう。もう一度、母親から慈しんでもらいたい、絶対的に自分を大切な存在だと思ってほしいのである。けれどもこの世には、もう実の父母はいない。だからこそ、天の父また母が不可欠なのである。私たちが神様を信じる根源には、こうした切なる思いがある。難しいことなど、どこにもない。

3 イエス様は、神様と私たちとの結び付きを親と幼子のようなものだと教えて下さった。私たちは、これをイエス様の教えとして受け取っている。しかし実は、当時のユダヤ人の世界では、決して当たり前の教えではなかったのである。むしろ人々を躓かせ、驚かせるような、また神様を冒涜すると非難されるような教えだったのである。そのことが、前後を読むとわかってくる。同じような出来事を記したマタイによる福音書とマルコによる福音書でも、直後には、ある金持ちの議員との有名なイエス様との問答が書かれている。ルカだけは、直前の9節から14節まで「ファリサイ派の人と徴税人のたとえ」を記している。
 金持ちの議員は「何をすれば永遠の命を受け継ぐことができますか」とイエス様に尋ねた。「永遠の命を受け継ぐ」とは、要は神の国に入るということと同じ意味であろう。神の国に入るには「何をすれば」と彼は尋ねたのだった。その後のイエス様の質間に対して彼は「子どものときからすべて守るべき律法は守ってきた」と答えた。この人は、当時のイスラエル人の社会において、社会的にも信仰の面でも指導者であり、手本となっていた。そのようだった人にとって、神様と結び付けていただくうえで絶対に不可欠なこと・条件は「何をするか」だったのである。人間の側で、神様が喜んで下さると考えた行いをすることが、そのことだったのである。彼がそう答えたからこそ、イエス様は「そう思うなら全財産をすべて売り払ってみよ」と、わざとできそうもないことを投げかけたのだった。
 ルカだけが直前に置いたたとえも、当時のイスラエルにおいて、すべての面で手本とされていたファリサイ人が、神様の喜ぶと思われる行いを列挙して祈る姿を描いている。これが、当時のイスラエルの人々の間で、神様との結び付きを得るために不可欠なこと・必要な条件として普通に信じられていたことだったのである。それは乳飲み子や幼子の姿ではなく、神様が喜ばれるであろうと人間の側が考えたようなことを、自分でできるほどに成長し成人した姿なのであった。神様に結び付きをいただく私たちも当然それにふさわしい者でなければならないと誰しもが考えたのだった。

4 ところがイエス様は、神様と結び付けていただくのに、私たちは乳飲み子・幼子のようなものでよいのだと教えたのだった。これこそがイエス様が語った福音─喜ばしい知らせ─に他ならなかった。新約聖書神学者のエレミアスは、『新約聖書の中心的使信』という講演の最初に、イエス様自身が神様のことを「アッバ」と呼び、また同様に弟子たちにも神様をそのように呼ぶことを『主の祈り』で教えたと述べている。エレミアスは、このことを「新約聖書の中心的使信」の冒頭で語るべきものだと考えたのだった。「アッバ」とは、幼子が父親のことを、たどたどしい舌で呼ぶような言葉である。旧約聖書における神様への呼びかけを詳しく研究した結果、神様のことをそのように呼んでよいと教えた人は、未だかつて誰もいなかったとエレミアスは結論付けた。
 イエス様が十字架に付けられた最大の理由が、ここにこそあるのかもしれない。「神様をアッバと呼ぶなどとんでもない、それは神様を冒読することではないか」と人々は思った。それは、神様と結び付く上で長い間、先達たちが不可欠と信じてきた大人としての律法の行いをないがしろにする教えだったのである。神様との結び付きをいいかげんなもの・甘えのようなものにおとしめてしまうと受け取ったのだった。私たちにも常に、そのような思いが入り込んでくる。人々が乳飲み子をイエス様のもとに連れてきたのを見て、イエス様の弟子たちが叱ったと書かれている。これが私たちにも入り込んでくる姿なのである。神様との関係・信仰者としてのあり方において、乳飲み子であることを「叱る」態度が、私たちにはある。
 勿論、教会という組織・共同体を維持してゆく上で、どうしても大人であることは不可欠である。しかしそれでも、「私は神様との間柄においては幼子なのだ、乳飲み子であってよいのだ」という根源的な思いを失ってはならないのである。それは、このことが福音の根幹だからである。これが私たちに喜びと慰めをもたらす源だからである。ここにイエス様が命をかけて教えた福音の中心的部分がある。「あなたは大人であらねばならない、あなたは社会の求める行いを果さねばならい、そうしてこそあなたは生きる価値があるのだ」とする社会にあって、どれほどの人々が立つ瀬を失っているでしょうか。そのような人々にイエス様は、「あなたは乳飲み子・幼子であってよいのだよ」と言って下さる神様がいることを語って下さったのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 6月3日(日)聖霊降臨節第3主日礼拝

『ヨハネによる福音書 6章 1~15節』

06:01その後、イエスはガリラヤ湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸に渡られた。 06:02大勢の群衆が後を追った。イエスが病人たちになさったしるしを見たからである。 06:03イエスは山に登り、弟子たちと一緒にそこにお座りになった。 06:04ユダヤ人の祭りである過越祭が近づいていた。 06:05イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て、フィリポに、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と言われたが、 06:06こう言ったのはフィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているか知っておられたのである。 06:07フィリポは、「めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう」と答えた。 06:08弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスに言った。 06:09「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」 06:10イエスは、「人々を座らせなさい」と言われた。そこには草がたくさん生えていた。男たちはそこに座ったが、その数はおよそ五千人であった。 06:11さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。 06:12人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と言われた。 06:13集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった。 06:14そこで、人々はイエスのなさったしるしを見て、「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」と言った。 06:15イエスは、人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしているのを知り、ひとりでまた山に退かれた。

説教:『五つのパンと二匹の魚で』

 説教要旨 掲載準備中

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 5月27日(日)聖霊降臨節第2主日礼拝

『申命記 16章 1~17節』

16:01アビブの月を守り、あなたの神、主の過越祭を祝いなさい。アビブの月のある夜、あなたの神、主があなたをエジプトから導き出されたからである。 16:02あなたは、主がその名を置くために選ばれる場所で、羊あるいは牛を過越のいけにえとしてあなたの神、主に屠りなさい。 16:03その際、酵母入りのパンを食べてはならない。七日間、酵母を入れない苦しみのパンを食べなさい。あなたはエジプトの国から急いで出たからである。こうして、あなたはエジプトの国から出た日を生涯思い起こさねばならない。 16:04七日間、国中どこにも酵母があってはならない。祭りの初日の夕方屠った肉を、翌朝まで残してはならない。 16:05過越のいけにえを屠ることができるのは、あなたの神、主が与えられる町のうちのどこででもよいのではなく、 16:06ただ、あなたの神、主がその名を置くために選ばれる場所でなければならない。夕方、太陽の沈むころ、あなたがエジプトを出た時刻に過越のいけにえを屠りなさい。 16:07それをあなたの神、主が選ばれる場所で煮て食べ、翌朝自分の天幕に帰りなさい。 16:08六日間酵母を入れないパンを食べ、七日目にはあなたの神、主のために聖なる集まりを行い、いかなる仕事もしてはならない。 16:09あなたは七週を数えねばならない。穀物に鎌を入れる時から始めて七週を数える。 16:10そして、あなたの神、主のために七週祭を行い、あなたの神、主より受けた祝福に応じて、十分に、あなたがささげうるだけの収穫の献げ物をしなさい。 16:11こうしてあなたは、あなたの神、主の御前で、すなわちあなたの神、主がその名を置くために選ばれる場所で、息子、娘、男女の奴隷、町にいるレビ人、また、あなたのもとにいる寄留者、孤児、寡婦などと共に喜び祝いなさい。 16:12あなたがエジプトで奴隷であったことを思い起こし、これらの掟を忠実に守りなさい。 16:13麦打ち場と酒ぶねからの収穫が済んだとき、あなたは七日間、仮庵祭を行いなさい。 16:14息子、娘、男女の奴隷、あなたの町にいるレビ人、寄留者、孤児、寡婦などと共にこの祭りを喜び祝いなさい。 16:15七日間、主の選ばれる場所であなたの神、主のために祭りを行いなさい。あなたの神、主があなたの収穫と手の業をすべて祝福される。あなたはただそれを喜び祝うのである。 16:16男子はすべて、年に三度、すなわち除酵祭、七週祭、仮庵祭に、あなたの神、主の御前、主の選ばれる場所に出ねばならない。ただし、何も持たずに主の御前に出てはならない。 16:17あなたの神、主より受けた祝福に応じて、それぞれ、献げ物を携えなさい。

説教:『三大祝祭日』

1 申命記とは神様が、パレスチナに入って、そこで住み始めようとしていたイスラエル人に、モーセの遺言という形をとって、どうすればパレスチナの地で生き延びることができるかを教えたことが書かれている。なぜ神様が「生き延びる」というようなアドバイスをしなければならなかったか。それは、パレスチナに住んでいた先住民に対してイスラエル人は、数と力では絶対に勝てないという状況があったからだった。漫然と暮らしてゆけば、必ずや彼らに呑み込まれ、いずれ減ぼされてしまう。だから神様は、生き残りのすべをモーセの遺言という形で教えねばならなかった。
 モーセを通して神様は、何を与えて下さったのか。それは、一年のうちの「3つの祝祭日を守り続けてゆきなさい」ということだった。この3つの祝祭日のことは、出エジプト記23章14節以下(132ページ)に記されている。「過越祭」とあり、出エジプト記では「除酵祭」と呼ばれていた。それは、イスラエル人にとっての正月に当たる。その由来は、1節後半に「(この)月のある夜、あなたの神、主があなたをエジプトから導き出された。」と書かれているように、出エジプトという出来事にある。言うまでもなく、イエス様が十字架につけられたのは、この祭りのさ中であった。2番目の祝祭日は、七週祭である。出エジプト記23章26節には「畑に蒔いて得た産物の初物を刈り入れる刈り入れの祭り」とあった。ペンテコステが、この七週の祭りである。3番目の祭りは、出エジプトでは「年の終わりには、畑の産物を取り入れる時に、取り入れの祭りを行わねばならない」とされていた。それは「仮庵祭」と呼ばれている。

2 さて、3つの祭りの中で最も大事なものは、一年の最初にやって来る過越の祭(除酵祭)であった。この祭りを守り祝うとは。一体どのような意義があったのであろうか。なぜこの祭りを守ることが、イスラエル人をしてパレスチナで生き延びさせることになったのであろうか。
 まず、3節最後に「こうして、あなたはエジプトの国から出た日を生涯思い起こさねばならない」とあるように、この祭りを守るということは、「出エジプトの出来事を決して忘れずに常に想起し続けよう」という意味があった。出エジプトの出来事を決して忘れないようにということは、自分たちイスラエル民族の原点・起点である事柄を決して忘れないということだったのであろう。別の言い方をすれば、自分たちの固有性・特殊性というものを見失わないようにということであった。固有性を見失わない限り、数と力でどんなに勝る人々の間にあっても、滅ぼされてしまうことはないのだとの神様のアドバイスなのであった。日本の中では、圧倒的な少数者である私たちクリスチャン、そして教会が、数と力では決して勝つことのできないこの日本の中で、どうやって生き延びてゆけるかが、ここでもまた教えられているように思う。それは、クリスチャン、そして教会の固有性・特徴を失わないということによってなのである。
 では、出エジプトという出来事に、イスラエル人の原点・起点があるとはどういう意味であろうか。出エジプトの出来事が、彼らにどういう固有性・特徴を与えていたのであろうか。1節に、「アビブの月のある夜、あなたの神、主があなたをエジプトから導き出された」とある。3節最後には「あなたはエジプトの国から出た日を」とある。イスラエル人としての最大の原点・起点とは、神様によってエジプトから導き出されたということにある。エジプトを出た民であるという点に、彼らの何よりもの固有性があったのである。
 イスラエル人が神様によってエジプトを出たということは、他の民族と比べて、どのような違いがあったかを改めて思い巡らしたい。それはどういう固有性をイスラエル人に与えることになったのか。何万年というような時間を溯れば、パレスチナ先住民も私たち日本人も、それまで住んでいた場所を出てパレスチナや日本に住み着いた民族なのだと言えよう。しかし、パレスチナ先住民や日本人というのは、自分たちの原点・起点を、どこかを『出た』民、神という存在によって『導き出された』民族というところには置いていないのだろうと思う。むしろその反対に、例えば日本人の固有性や特徴は何かと尋ねられれば、保守的な立場の人々ほど、はるか太古から、自分たちはこの国に住んでいたと誇りを持って答えるのではなかろうか。この国は、そのような私たち民族のものなのだと、そこに日本人の固有性というものがあるのだと自慢し、祝うと言ってもよいのではなかろうか。
 しかし、過越の祭で祝われたのは、決定的に違っていた。彼らは、そもそもエジプトを出た民であった。彼らの自らの力だけではエジプトを出ることができない奴隷だった。だから、神様の力によって出ることができた。だからそれを、三大祝祭日の最初に祝っていたのである。その後に続く七週の祭や仮庵の祭は、要は収穫のお祭りだから、何を祝うのかと言えば、エジプトを脱出して、荒れ野を40年間も彷徨って、やっとパレスチナの地にたどりついて、この地においては新参者だったのに、この地に住み着くことができて、エジプトや荒れ野の生活では考えられもしなかったところの、田畑を持って収穫することができるような民になったことを喜んだ祭だったのである。しかし、三大祝祭日の根源には、まず何よりも神様によってエジプトを脱出させていただいたということがあった。『出た』というところに起点・原点が置かれていた。パレスチナに土地を『得て』『住んで』『収穫できた』ということには置かれていなかった。ましてや、先住民を追い払って、この地を我が物としたとか、神様がそうさせて下さったとか、そういうことを言って、それを祝い・喜んだ祭ではなかったのである。
 出エジプトを自分たち民族の原点・起点として常に思い起こし祝うというのは何か。それは、自分たち民族の弱さや恥ずかしい姿と、それを助け導いて下さった神様の恵みを忘れないということなのであった。申命記7章6節以下には、神様がイスラエル人を自身の宝物とされたのは、彼らが他のどの民よりも貧弱だったからだとあった。他の民族が、自分たちの優秀性や先祖代々この地に住んできたことを誇り祝うのとは、決定的に違っていたのである。

3 もう1点、イスラエル人が出エジプトの出来事を自分たちの起点・原点として想起し続け、祝ってきたことの意義として示される点がある。それは神様が、イスラエル人をエジプトから導き出したという出来事を想起し続けることが、それを単に過去のこととしてではなく、もしかすれば、それ以後も同じようなことが起き得るのではないかということをイスラエル人に考えさせることとなったのではなかろうか。どんなにそこに住み続けたいと願っても、神様から、そこから出て行きなさいと命じられることがある。3節に「酵母を入れない苦しみのパンを食べなさい。あなたはエジプトの国から急いで出たからである」とある。想像できるのは、イスラエル人にとってエジプトを出ることは決して無条件に嬉しいことではなかったのではないかということが、多くのものを捨てて急いで苦しみつつしなければならなかったのではなかったかということが伝わってくる。
 出エジプト記や民数記には、エジプトを脱出したイスラエル人が、荒れ野での辛い生活の中で、何度も何度も不平不満を漏らし、「エジプトにいた方がよかった」「肉ナべも食べ放題だった」とつぶやいたことが何度も書かれていた。創世記13章に、アブラハムが甥のロトと袂を分かつ場面があった。ロトの目にはヨルダン川低地一帯が「主の園のように、エジプトの国のように、見渡す限りよく潤っていた」とあった(創世記13、10)。エジプトとは、そのような場所だった。奴隷ではあったけれども、主の園のように、よく潤い、飲み水にも食べる物にもこと欠かない場所だったのである。神様は、イスラエル人をそのような場所から導きだし、わざわざ荒れ野の40年へといざなった。彼らは、その40年を生き延びた。そしてパレスチナへと導き入れられた。過越の祭を祝うということは、そういう意味があったのである。だから、出エジプトを想起し続けることで、自分たちが再び神様によって、今住んでいる地から導き出させられることも有り得ると覚悟できたのである。そうした出来事を、辛いけれども受容する余地を作った。自分たちの思いに反しても、神様の力によって、自分たちが今住んでいる場所から導き出されることもあると思えた。今いる場所を失うことを受容できた。それこそが、イスラエル人を苛酷な状況の中でも生き延びさせた秘訣となったのではなかろうか。
 とにかく、「出る」ということを受容できるかどうかではなかったか。これまで我がものとして住み慣れてきた環境を捨てて、手放して荒れ野へと入ってゆけるかである。それを神様という存在との関係の中で、良いこととして受け止め、進んでゆけるかなのであった。そうできる者だけが生き延びてゆけるのではなかろうか。
 イエス様がなぜ、十字架にかけられるのを、わざわざ過越の祭の時を選んだのか。この福音書から、最後の晩餐の際に弟子たちの足を洗って下さったこと、そしてこの祭りの余韻がまださめやらぬ中で復活して下さったことを改めて教えられるのである。イエス様が十字架の死を受け入れられたということは、つまりイエス様が『エジプトを出た』ということではなかったか。酵母を入れない苦しみのパンを食べたのではなかろうか。イエス様のそのような姿を、自ら私たちに示すことによって、エジプトを出ることにこそ私たちに生き延びる道があることを、身をもって教えて下さろうとしたのではなかろうか。私たちは毎週毎週の礼拝で、イエス様の十字架と復活を思い起こすのだから、そのことにおいては、過越の祭を毎週守っていることになる。今、私たちクリスチャンは、仮庵の祭りは守ってはいない。しかし、1年の終わりであるクリスマスこそが、イエス様が私たちにもたらして下さった1年間の収穫を最も喜ぶときなのかもしれない。いろいろ辛いことがある生涯ではあるが、私たちには3つも祝い喜べる祭りが与えられている。私たちクリスチャンは、日曜ごとの礼拝で、毎週毎週喜び祝うことができる存在なのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 5月20日(日)聖霊降臨日(ペンテコステ)礼拝

『ヨハネによる福音書 14章 15~19節』

14:15「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。 14:16わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。 14:17この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。 14:18わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。 14:19しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。

説教:『弁護者なる聖霊』

1 キリスト教会にとってペンテコステ(聖霊降臨日)は、特別な礼拝の日である。クリスチャンでない人々には、ペンテコステという言葉は、おそらく聞き馴れない言葉であろう。ペンテコステという言葉はギリシャ語で、50番目という意味がある。過越の祭(イスラエルの人々にとっての正月にあたる祭日で、この祭の中でイエス様は十字架につけられた)から数えて7週目に『七週の祭』あるいは『五旬祭』という祭を行なっていた。小麦の収穫を祝う祭だったようである。過越の祭から数えて7週目なので、ほぼ50日目にあたる。五旬といえば50日を意味している。そこでこの祭はペンテコステと呼ばれていたのである。イエス様の弟子たちも、このペンテコステの祭りのさ中、エルサレムにいたのであろいう。使徒言行録2章のはじめに書かれているような不思議な現象を伴って、聖霊が弟子たちに注がれたという。それを機に、彼らは恐れることなく大胆に、イエス様が救い主であると人々に宣べ伝えるようになってゆき、次々と教会が誕生していったのである。そこで代々の教会は、この日をペンテコステと呼んで、特別な礼拝の日として守るようになった。
 ただ、過越の祭から数えて50日目に聖霊が注がれたということは、ルカによる福音書も書かれており、同様に使従言行録にもそのように書いたルカの捉え方なのである。彼によれば、復活したイエス様は、40日間にわたって弟子たちに度々現れ(使徒言行録1章3節)、一緒に食事をしたり、様々なことを教えたりしていたとのことである。そして40日が過ぎると天に昇り、それから10日目に、聖霊を注いで下さったと書かれている。けれども、このヨハネによる福音書を書いたヨハネの理解は、そうではなかった。20章22節に「彼らに息を吹きかけて言われた。『聖霊を受けなさい』」とあるように、復活したイエス様は、すぐに聖霊を与えて下さったというのがヨハネの理解であった。このように聖霊がいつ、どのような形で与えられたかについての理解は様々である。しかし復活したイエス様が弟子たちにとって、なくてはならない存在として聖霊を下さったということは一致している。注がれた聖霊が、その後の弟子たちの歩みにおいて、なくてはならない神様そのものとしての働きをしたので、神様とイエス様と並んで、この聖霊をも、神様として信じる『三位一体の信仰』というものが成立していったのである。このペンテコステ礼拝を通し、聖霊なる存在が、いかに私たちにとってなくてはならないものであるかを覚えてゆきたい。

2 これはイエス様が最後の晩餐の席で弟子たちへの遺言として語った長い言葉の一部が記されたところである。イエス様は、聖霊を『別の弁護者』と呼んでいたことがわかる。『別の』という言葉については、「聖霊がまず弁護者だ」とのイエス様の言葉なのであった。これは原文のギリシャ語では、「パラクレイトス」という。直訳をすれば、誰かを側に呼び寄せて、あるいは、ある人の側に寄り添って(パラ)語る(クレオー)という意味になる。聖書の注解書を記したバークレーは、このパラクレイトスを、次のような存在として説明している。「パラクレイトスは、法廷で誰かのために証言するために招き入れられた人である。重い刑罰が予想される場合、その人の言い分を弁護するために招き入れられた弁護人である。・・・彼は、たとえば軍隊が意気消沈し落胆しているときに、彼らの胸に新しい勇気を沸き立たせるために招き入れられた人である。パラクレイトスは常に、困難や苦悩や疑惑あるいは当惑のもとにある人々を助けるために招き入れられる者である」と。イエス様は、弟子たちにとって、また私たちにとって、このようなパラクレイトスが不可欠だと考え、そういうものとしての聖霊を、父なる神様に願って遺わそうと遺言して下さったのだった。
 ではなぜ弟子たちにとって、そのような存在が不可欠だったのであろうか。それは、それまでの弟子たちにとっての弁護者がいなくなってしまうということからであった。今までの弁護者がいなくなってしまうので、わざわざ『別の』弁護者を遣わすとイエス様は語ったとある(16節)。
 それでは今までの弁護者とは誰か。それは言うまでもなくイエス様のことである。しかし生身の体をもった弁護者であったイエス様は、これから十字架の上で殺されてしまう。そのイエス様は、復活し、ルカの記述では、40日にわたって弟子たちにたびたび現れてくださった。しかし、その復活されたイエス様も、いずれは天に昇ってしまうのである。弟子たちの側にいて、いろいろなことを教え、励まして下さっていたパラクレイトスが、いなくなってしまうのであった。それで、彼らには別の弁護者が不可欠となったのであった。その弁護者が、16節にあるように「永遠にあなたがたと一結に」いてくださるというのである。
 どうして復活したイエス様が、いつまでも私たちのパラクレイトスであって下さらないのだろうか。いっも疑問を抱くことである。イエス様が生身の体では、永遠に私たちのそばにいられないのはわかる。しかし復活したイエス様ならば、いつまででも不思議な形(福音書に書かれているような)で、私たちに現れて下さってもよかったのではないか。そうすれば、今頃全世界の人々は皆、イエス様を、神様の存在を信じていたのではなかろうか。しかし神様といえども、そうはできなかった。その理由は、私たちにはわからない。その私なりの理解は次のようになる。復活したイエス様が、あのように何度も弟子たちに姿を示し、一結に食事をしたり直接いろいろなことを教えたりしたのは、特別なことだったのではなかろうか。それは、弟子たちにイエス様という存在が決して十字架で殺されて終わりとなるのではなく、その後の存在もあるということを神様が示す必要性があったからだと思うのである。しかし、それも、ある期間以上は無理だったのではなかろうか。復活した特別の体をもってパラクレイトスであり続けることはできなかったのであろう。だから、復活したイエス様とは『別の』弁護者を遺す必要があったという理解である。別の弁護者は、聖なる霊である存在であるがゆえに、もはや時間の制約など関係なく、永違にパラクレイトスとして私たちの側にあって下さるようになったということである。

3 それでは、この存在がパラクレイトスであるのは、一体そのどのような働きにおいてなのか。それを、端的に17節で「この方は真理の霊である」と教えているのだと思う。パラクレイトスなる存在が「真理の霊」として、つまり真理を弟子たちに教えて下さる霊であるということは、そもそも弁護者であったイエス様、また復活されたイエス様が弟子たちに真理を教えて下さったということだと思うのである。弟子たちが真理を教えられたことが、何よりもの励ましや慰めになった。逆に言えば、嘘や偽りを教えられてしまうことによっては、落ち込んでしまう。真理を教える霊がいるのであれば、偽りを教える霊もいる。そういう存在に対抗して、復活したイエス様は、弟子たちに真理を教えて下さったのであろう。復活したイエス様が天に昇った以後、聖霊なる存在が真理を弟子たちや私たちに教えて、パラクレイトスとしての働きをなして下さっているのである。
 復活したイエス様が、弟子たちに教えた真理は様々あったと思う。しかし、いつも思い起こすように、復活したイエス様の弟子たちへの最初の言葉が「安かれ」であったということから、まず教えられる点がある(20章19節以下)。弟子たちは、イエス様を見捨てて3度も否み裏切った。彼らは、もう絶対に自分たちは許されないと、立つ瀬がないと思っていたに違いない。そういうささやきこそが真理の霊ではない『偽りの霊』からのものではなかったか。ところが復活したイエス様は、カギをかけて閉じこもっていた弟子たちのところへ入って来て─それはなおも彼らを見捨てず彼らとのつながりを捨てないとの意志表示であった─「安かれ」と言ってくださった。ここに示されている真理とは、神様は過ちや罪を犯した者を赦して下さり、それをもって平安を与えて下さるとの真理である。イエス様が過ちを犯した弟子たちと神様との間に立っていて下さる。弟子たちには、イエス様が与えて下さったところのイエス様との切っても切れないつながりがある。神様は、そのような者を、決して見捨てることはない。これが復活したイエス様がまず教えて下さった真理だと思うのである。この真理をパラクレイトスなる聖霊は、永遠に私たちに教え続けるのである。イエス様を信じる信仰において私たちには、イエス様との切っても切れないつながりを与えられている。そのような私たちを神様は、決して見放すことはない。私たちがいかなる過ちを犯してもそうなのである。この世の真理がどれほど「おまえはもうだめだ」とささやいても、神様はそうは見ない。これがパラクレイトスなる聖霊が教えて下さる真理だと思うのである。

4 もうひとつ、復活したイエス様が弟子たちに教えて下さった真理が、ヨハネによる福音書の記事から示される。復活したイエス様を最初に見たとき、その姿は弟子たちには幽霊としか思えなかった。ところが、イエス様が十字架の上で負った傷跡を見て、弟子たちはイエス様だと分かり、喜びに満たされたとある(20章20節)。私はここに復活のイエス様が弟子たちに伝えて下さった真理があると、また改めて思う。
 私たちの地上の生涯・肉体の命というものは、この『傷』によってピリオドを打たれる。病気や傷が私たちの地上の命を奪う。それで私たちの存在・命は終わりというのがこの世の真理が告げるところである。しかしそれは偽りなのである。復活したイエス様は、この偽りを打ち破って下さったのである。私たちの存在は死によって、また殺されて終わりにはならない。そうではなく、地上の命の終わりの向こうに、新たな命があり、そこにおいては私たちがこの地上の生涯で負った傷─私たちに死をもたらした傷─は、残された遣族たちに喜びをもたらすものへと変えられるのである。これもまた復活のイエス様が弟子たちに教えて下さった真理であり、パラクレイトスなる存在が永遠に私たちに教え続けて下さる真理なのである。
 聖なる霊であり真理の霊であるパラクレイトスなる存在が、私たちに教え示して下さる真理に対して、そうではない偽りの霊というものが、私たちにささやき吹き込もうとする嘘がある。聖書の中には「諸霊」という言葉や「死霊」や「悪霊」という言葉書が書かれている。そのような霊の存在を否定できない。それらが私たちに吹き込む偽りの影響力はかなりのものである。18節には「わたしはあなたがたをみなしごにはしない」という言葉があり、19節には「わたしが生きるのであなたがたも生きる」とある。自らの裏切りや否定の中で最愛のイエス様を奪われてしまった弟子たちに、「お前たちのような者をもはや誰も必要とはせず、許してもおかない。お前達のような者を愛し養育してくれる者などもはや誰もいない」とささやくこの世の霊があり、弟子たちは自分たちを本当にみなしごのように思ったことであろう。それだけではなかった。偽りの霊たちは、殺されたイエス様をあたかも亡霊や幽霊のような存在に変え、「どれほどお前達を憎んでいるか、うらめしやと思っているか」と吹き込んだだった。復活して生きておられるイエス様を死んでしまった存在に変えて、それによって弟子たちを生きてはいるけれど死んでいるに等しい存在に変えてしまった偽りの霊がいたのである。
 以前に、東日本大震災で、最愛の家族を失った遣族たちに、その後に起きた様々な霊的出来ことを扱った本のことを紹介した。死んでしまった人間をいつまでも津波の冷たさた暗さに閉じ込めてしまう悪しき霊がいるのである。遣族が聞くのは、津波に呑み込まれた家族たちの、辛いうめき声ばかり。そのため遺族は、生きてはいるが死んだような状態に追い込まれていった。ここにこそ不可欠なのは、真理の霊、聖なる霊としてのパラクレイトスなのである。まず、死んだ者たちには「お前達は生きているのだ。死んで終わりではないのだ。イエス様に出会って進むべき道へと向かえるのだ」との真理を語り聞かせるパラクレイトスが不可欠なのである。また、遣族たちには「あなたがたの最愛の死者は生きているのだ」と教えてくれるパラクレイトスが不可欠なのである。
 聖霊なる存在の不可欠さを、少しでも伝えられたなら幸いである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 5月13日(日)復活節第7主日礼拝

『コリントの信徒への手紙(1) 3章 18~23節』

03:18だれも自分を欺いてはなりません。もし、あなたがたのだれかが、自分はこの世で知恵のある者だと考えているなら、本当に知恵のある者となるために愚かな者になりなさい。 03:19この世の知恵は、神の前では愚かなものだからです。「神は、知恵のある者たちを/その悪賢さによって捕らえられる」と書いてあり、 03:20また、/「主は知っておられる、/知恵のある者たちの論議がむなしいことを」とも書いてあります。 03:21ですから、だれも人間を誇ってはなりません。すべては、あなたがたのものです。 03:22パウロもアポロもケファも、世界も生も死も、今起こっていることも将来起こることも。一切はあなたがたのもの、 03:23あなたがたはキリストのもの、キリストは神のものなのです。

説教:『すべては神のもの』

1 20節までに、「この世の知恵」や「愚か」といった言葉が繰り返し出てきている。この手紙の著者パウロは、どういう文脈で、またどういう思考の流れにおいて、このようなことをここで語ったのだろうか。
 聖書をここまで読んできた私たちは、「この世の知恵」や「愚かさ」といった言葉は、1章の後半から2章にかけての主題であったことを思い起こすことができる。愚かさということで、何よりもその中心にあったのは、当時の多くの人々にとって、十字架の上で処刑されて殺されたイエス様が、救い主・キリストであるということの愚かさだった。しかし神様は、多くの人々にとっての愚かなこのことを、福音、すなわち喜びの知らせとして告げ知らせたのだった。そしてこの知らせを福音として信じた人を救おうとされたのだった。それがとても不思議な神様の知恵であり賢さなのだとパウロは言いたかったのである。1章21節に「それは神の知恵にかなっています。神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうとお考えになった」とある。
 このような神様に従って、パウロはコリントの人々に、専ら十字架の上で殺されたイエス様がキリストであると宣べ伝えたのだった。不思議にも、コリントの人々は、これを信じてくれたのだった。そして、そこからコリント教会が誕生したのだった。そういったことをパウロは、3章10節以下でも語っていた。特に11節、そこでパウロは、イエス・キリストという土台以外に教会の土台を据えることはできないと語っていた。イエス・キリストを土台にするとは、多くの人々にとっては愚かでしかないことだったはずである。しかし、この福音は、それを信じた者によって教会がたてられていったということを指していた。それを信じた人が、たとえほんのわずかであったとしても、そこに堅固な教会がたてられていったのだった。マタイによる福音書の18章20節の「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」とのイエス様の言葉を併せて示した。たった二人、または三人でも、イエス様の名前によって集まるということの核心には、他でもない十字架につけられたイエス様が救い主であるとの信仰があった。その信仰によって集まった者が、たった二人、また三人でもいたならば、そこに教会が建った。そのような小さな集まりなど、あっと言う間に消えてしまうだろうと、この世の知恵は見たであろう。しかし、このような集まりを堅固な教会としてたてたもうたのが、神様の不思議な知恵であり賢さだったのである。

2 パウロは、このような流れから、この文章を書くに至つたのではないかと想像する。ここまでのことを書いてきて、パウロには、ふと、これまで自分が語ってきたことに反論するであろうコリント教会の人々のことが頭に浮かんできたのではなかったかと思う。その証拠に、4章以降には、とても激しいタッチで、パウロを悪し様に言っていた人々のことが言及されている。18節では「あなたがたのだれかが、自分はこの世で知恵のある者だと考えているなら」と穩やかな表現に留まっていた。しかし、コリント教会の中で「自分は知恵ある者だ」と誇っていた人々のことをパウロは思い越していたのだった。
 彼らが誇っていた「この世の知恵」とは、具体的にどのようなものだったのか。ここでは何も語られてはいない。しかし、3章で語られてきた主題であったところの、教会がどのようにたてられてきたかというテーマから、それは推し量ることができるのではなかろうか。「自分はこの世で知恵がある」と誇っていた人々は、どのように教会を建ててゆこうとしていたのだろうか。3章6節・7節に「成長させてくださったのは神です」とある。改めてここでパウロがなぜ「成長」ということを語り「成長させて下さったのは神だ」と2度にわたって語らざるを得なかったかを思わせらた。それは、パウロが思い浮かべていたコリント教会の中に、教会の「成長」ということを強く語っていた人がいたからではなかったかと思う。そして彼らが、自分たちこそが、この世の知恵によってこの教会を成長させてきたし、これからも成長させてゆくと主張したことが背景にあったのではなかろうか。
 いつの時代社会でも、この世の知恵が考える「成長」とは数的・量的な成長である。そして、コリント教会の数的・量的成長というものを、この世の知恵から考えたならば、その最大の邪魔となったのは、当時の多くの人々にとって愚かであり躓きであった十字架だった。十字架の上で殺されたイエス様が救い主だという「宣教の愚かさ」なのであった。だから、コリント教会の中の一部の人々は、このことを語るのを避けたのではなかったかと思うのである。十字架上で殺されてしまった救い主・キリストではなく、たとえば多くの奇跡をして下さったイエス様や、殺されたけれども復活したイエス様を宣べ伝えたかったのではなかろうか。イエス様を救い主として信じたなら奇跡を体験できる、信じたならばスーパーマンにもなれるというようなことを語って人々を引き付けたのではなかろうか。もしかしたら、そのような宣教によってならば、コリント教会はパウロが伝道していた頃よりもずっと大きく成長したかもしれない。数的・量的にコリント教会を大きく成長させた伝道者たちと比べられて、パウロは散々な言われようであったことが容易に想像できる。それが4章から語られてゆく点である。
 私たちの教会も、このような「この世の知恵」によって大きく左右されないとも限らないのである。今私たちの日本基督教団では、信従が毎年500人ずつ減少していると言われている。このような現状の中で、数的・量的な成長を求めるこの世の知恵が教会に入り込んでこないわけがない。私たちの教会は40周年を迎えた。執事会では、次の50年への歩みを話し合った。その執事会での協議の中で、この筑波学園教会の中にも、数的・量的な成長を強く求める声があったのではないかという反省があった。しかし、そのような私たちに、聖書の御言葉は、いつでも神様の知恵はどこにあるかを教えて下さる。「本当に知恵のある者となるために愚かな者になりなさい」と18節の最後に語られている。19節最初には「この世の知恵は、神の前では愚かなものだ」とも書かれている。神様の賢さにおいて、私たちはこの世の知恵においては愚かにならなければならない。また、そうなってもよいのである。たとえどんなに、その福音・宣教が多くの人々にとっては愚かであっても、それを信じて集まる人が、たった二人、または三人しかいなくなっても、私たちは十字架につけられたイエス様が救い主だと宣べ伝えればよいのである。十字架のイエス様における神様の弱さ・辛さこそが、私たちを救う神の力なのである。それを信じる人が二人か三人いれば、教会は消えることなく立ってゆくのである。

3 教会に関しての「この世の知恵」や「愚か」ということだけでなく、私たちの人生一般における「この世の知恵」や「愚かさ」ということについても考えさせられる。何が私たちを成長させ、また何が私たちの人生をしっかりとたてるかという点についても、あてはまることではなかろうか。
 いつの時代でも、この世の知恵は数的・量的な成長を求める。申命記にもあったように、3000年以上昔のイスラエル人は、数と力では、はるかに勝る民のパレスチナ先住民の中に入ってゆかざるを得なかった。それゆえに神様は、モーセを通して、どうすればそうした人々の中で生き残ってゆけるかを教え下さった。では、その神様からのアドバイスは何であったか。それは、パレスチナ先住民と同じように数と力で勝とうとせよということではなかったのである。この世の知恵によって生き残れということではなかったのである。では何によってか。ひと言で言えば、この世的には愚かな生き方によってだったのである。それは、申命記14章後半から15章の御言葉から言えば、収穫の1/10を取り分けて、それを礼拝に持ってゆき、皆で分け合つて食べなさいというアドバイスでだった。また7年目ごとに負債を免除してあげなさいということであった。そのようなことは、数と力で勝つというこの世の知恵からすれば、本当に愚かなことに思えるであろう。ばかげたことに見えよう。損することと思えよう。しかしそれが、あなたがたを生き延びさせる秘訣だと神様は教えたのだった。それを実行して、ユダヤ人たちは生き延びてきたのだった。私たちが右に行くか左に行くか迷ったときには、この世的に愚かだと思われる方向に進んでゆけばよいということなのである。
 秋の収穫期とは、私たちの人生に置き換えれば、それは晩年にあたる。その収穫をすべて自分や近しい家族のためだけに用いるのではなく、この世の知意からすれば愚かと言われることにも用いてゆきたい。その分量はちょうどいいあんばいにも1/10と示される。神様は、すべてを自分や家族のために使うなとは言っていない。その1/10で良いのである。私は、諾川伝道所の代務者をさせていただいたのも、また思いもかけず教区の責任を背負わせていただいているのも、人生の秋の収穫期にある私の賜物を自分やその家族、自分の教会のためだけに使うなという御心だと受け止めている。父親がそうした生き方をしたということは、必ずや子供たちにも貴重な遺産として受け継がれてゆくはずだと考えるのである。その遺産は、何かの時に子孫を必ず守り、数と力に勝つことをよしとする社会の中で彼らを生き延びさせてゆくものとなると信じる。

4 21節からは、一体どう理解したらよいのか。なかなか難しい箇所だと感じている。
 「だれも誇つてはなりません」というのは、これまでの流れから意味がわかる。しかし、どうしてその後に「すべてはあなたがたのものです」という文章が書かれていったのであろうか。注解書によれば、「すべてはあながたのものです」という言葉は、自分を誇っていたコリント教会の中の一部の人たちが口にしていたスローガンのようなものではないかとのことである。なるほどそうなのかもしれない。パウロの手紙には、よくそのような文字が出てくる。彼らは、「コリント教会をここまで大きく成長させたのは自分たちなのだ。すべては私たちの功績なのだ。この教会は創立者であるパウロのものなどではなく、わたしたちのものなのだ。」と誇っていたのかもしれない。
 そうした言葉を受けて、「では、すべては自分たちのものだと自慢できるのだとしたら、世界や生や死や、今起きていることや将来起こることもすべてあなたがたのものだと言えますか」とパウロはいどみかかるように問いかけたのかもしれない。「私はそう言えるよ」とパウロは暗に言おうとしていたのかもしれない。それはどういう意味においてだったのか。どういう意味で、世界も生も死も一切のものがわたしのものと言えるのか。パウロは最後に「あなたがたはキリストのもの、キリストは神のものなのです」と語っている。すべてはキリストのものであり神様のものなのだとすれば、どんな出来事もすべて神様の御心が成就してゆくプロセスの中に組み込まれているということになる。そう理解することができれば、どんなことが私たちの上に起きてもそれは神様の御心が成就するプロセスにおいて起こることなのだと悟れるのである。そのように受け止めることができるということが、つきつめれば「すべてはわたしのもの」ということの意味ではなかろうか。文字通りの出来事の現れとしては、ほとんどのことは、自分の思い通りになどならない。老いることも病むことも死ぬことも、生老病死と呼ばれるすべての出来事は「わたしのもの」とは言えないのである。むしろその反対に私たちは老いることや病むことや死ということに支配されているといえる。しかし、そうしたこともすべては神様のもの・キリストのものなのである。そして、私たちもまた、その神様のもの・キリストのものとされているのなら、論理的にも「すべてはわたしのもの」と言い得るのではなかろうか。すべては自分のものなどと自慢するのではなく、すべては神様のものと信じることができることこそが大事なのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 5月6日(日)復活節第6主日礼拝

『ヨハネによる福音書 5章 19~29節』

05:19そこで、イエスは彼らに言われた。「はっきり言っておく。子は、父のなさることを見なければ、自分からは何事もできない。父がなさることはなんでも、子もそのとおりにする。 05:20父は子を愛して、御自分のなさることをすべて子に示されるからである。また、これらのことよりも大きな業を子にお示しになって、あなたたちが驚くことになる。 05:21すなわち、父が死者を復活させて命をお与えになるように、子も、与えたいと思う者に命を与える。 05:22また、父はだれをも裁かず、裁きは一切子に任せておられる。 05:23すべての人が、父を敬うように、子をも敬うようになるためである。子を敬わない者は、子をお遣わしになった父をも敬わない。 05:24はっきり言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている。 05:25はっきり言っておく。死んだ者が神の子の声を聞く時が来る。今やその時である。その声を聞いた者は生きる。 05:26父は、御自身の内に命を持っておられるように、子にも自分の内に命を持つようにしてくださったからである。 05:27また、裁きを行う権能を子にお与えになった。子は人の子だからである。 05:28驚いてはならない。時が来ると、墓の中にいる者は皆、人の子の声を聞き、 05:29善を行った者は復活して命を受けるために、悪を行った者は復活して裁きを受けるために出て来るのだ。

説教:『今や、その時』

1 ヨハネによる福音書にはひとつ特徴がある。それはある具体的な出来事の後に、イエス様がえんえんと教えを語る場面が出てくるという点である。19節から章の最後までは、その特徴的場面の最初のものである。いつも感じることだが、ヨハネによる福音書を読み解く難しさは、この特徴にある。このような長い教えの核には、勿論イエス様自身の言葉があるのだとは思う。しかし長い教えそのものは、おそらくはイエス様自身が語ったのではなく、この福音書を書いたヨハネが、ある切実な思いから書いたのではないかと想像できる。その切実な思いをヨハネに抱かせたものは何だったのか。この福音書が書かれた紀元100年頃、エフェソを中心とする小アジアにいたクリスチャンたちを取り巻く厳しい状況が、それではなかったかと思う。その厳しい状況というものを物語るのが、18節の文章ではないかと思うのである。「このために、ユダヤ人たちは・・・とされたからである」とある。
 5章1節以下のエピソードが生じさせた波紋について語られている最後の部分である。38年間も病気で苦しんでいた人に、イエス様が「起き上がれ。床を取り上げて歩け」と言うと、そう言われた彼は、その言葉通り歩きだしたのだった。ところが、その日はちょうど安息日だった。安息日に床を担ぐことは、律法で許されていなかったのである。なぜ安息日に禁じられていることをするのかという批判に対して、イエス様は17節に記されているように答えた。そこでユダヤ人たちは、ますますイエス様を殺そうとねらうようになった。「イエス様が安息日を破るだけではなく、神様をご自分の父と呼んでご自分を神と等しい者とされたからである」とある。
 おそらくこの状況が、西暦100年頃著者ヨハネやエフェソ周辺のクリスチャンたちを取り囲んでいたものではなかったかと想像できる。要は、クリスチャンたちがイエス様を神と等しい存在として信じていたこと、そして律法を守らないことへのユダヤ人からの憎しみ・敵対であった。ヨハネが、イエス様の言葉として語らせた長い教えの言葉は、そのような敵対心を持ったユダヤ人への弁明という意味があったのだと思う。また、敵対心に囲まれていたクリスチャンたちを、この弁明によって励まそうとした意図もあったのであろう。そのような切実な思いがあったので、これほど長いものにならざるを得なかったのであろう。今の私たちは、同じような状況にはないので、ヨハネの切実な思いを十分に理解することはできないかもしれない。しかし私たちの信仰にとっても何か資する点はあるように思う。

2 さて、そこでまず私たちが気づくことは、何度も何度も「父と子」という言葉が操り返されている点である。まずこの「父と子」という比喩─アナロジー─は、クリスチャンはイエス様を神様と等しい者としているということへのユダヤ人の攻撃に対する弁明なのである。ただ、これが果たして弁明として有効であったかと言うと、かえってユダヤ人の反感という火に油を注ぐようなものではなかったかと思うのである。確かに「父と子」と言えば、子は父と全く同じではないと言えるかも知れない。実際キリスト教信仰の歴史の中では、この「父と子」という比喩を根拠にして『イエス様は神様と等しい方ではない、従って神とは言えない』という主張を展開した人々もいた。
 しかしこのアナロジーの最大の問題点は、あたかも神様が人間の子を生ませたかのような誤解を持たせてしまうことである。多神教の神々の神話には神が人と交わって人間との子を生ませたという話がよく出てくる。紀元100年頃の小アジアには、そういった話があちこちにころがっていたように思う。ユダヤ人たちは、このような話を、最も神様を冒続するものとして忌み嫌つたに違いない。それは今のイスラムの人々も同じかもしれない。イエス様を預言者とするのならよいが、神と等しいとか、ましてや神の子であると言うのは、最大の神への冒流なのである。私が訪ねたインドネシアでのこと、クリスチャンの多いマナドではクリスマス絵柄の買い物袋を持って歩いていても平気だけれど、ジャカルタでは少し気を付けた方がよいとアドバイスされた。イスラムの人々にとっては、クリスマスこそが神様を冒流する最大の行事のようだからである。
 これらを承知の上で、あえてヨハネは父と子というアナロジーを用いた。彼がこの比喩を用いた決定的な根拠は、イエス様自身が自分と神様との関係を「父と子」なるものとして、しばしば語っていたことにあると思う。イエス様が弟子たちに教えた祈りの手本『主の祈り』は、イエス様の祈りに由来する。その最初は、神様を「アッバ(パパ・お父ちゃん」と親しく呼ぶ言葉から始まっていた。まずイエス様が自身と神様とを「父と子」だと言った事実があって、そこにこれまでの長いクリスチャンとしての歩みから得た様々な確信も加わって、ユダヤ人からの攻撃に、この「父と子」という比喩をもって応じようとしたのではないかと想像するのである。
 19節から23節、また最後の30節にも、父と子の関係が様々に語られている。このようにいろいろな言葉を駆使して語らねばならなかったということは、ヨハネ自身にとっても「父と子」という比喩をもって神様とイエス様との間柄を説明することは相当に難しいことだったろうと感じるのである。彼が言わんとしていたのは、やはり「父と子」なのだから、全く同じではないということだったのである。しかし、別人格でありながらも─22節に「一切を子に任せておられる」とあるが─父はわが子に全権を委ねていたのだった。全権を委ねられた子は単なる使者や言葉を預かった預言者とは違う。子の語ることは、要は父の言葉そのものなのである。聞いた人はそう受け取ってよいのである。子のすることをそのまま父の行為とみなしてよいのである。

3 なぜ父なる神は、それほどまでしてイエス様を私たちのもとに送ったのであろうか。それは神様が、それほどまでして私たちに神様自身の思いや意図を伝えたいと願ったからに他ならないのである。それまでに様々な存在が、使者や預言者として神様の意図を伝えようとしてきた。しかしそれらは、神様の御心に完全に沿うものではなかったからなのであった。不本意だったのである。子を人として送ることではじめて、人として子が語る言葉、人としての子が与えるものこそが神からのものだと知ってほしかったのであった。5章1節以下のエピソードが語るのは、べテスダ「神の恵みの家」というすばらしい名前の付いた池のほとりに38年間もいながら、神の恵みに一度も浴したことのない人がいたということであった。38年という期間は、イスラエル人が十戒を与えられつつ荒れ野を彷徨った期間、ひと言で言えばイスラエル人の信仰生活の歩みそのものを示していた。それほどに長い時問を歩んできたにもかかわらず、彼は神様の恵みに浴したことがなかった。それはなぜか。神様からの全権委任を受けて神様自身の言葉・意図を、つまりはその恵みを人々に与えられた存在が、それまでいなかったからなのであった。神の子がいなかったからであった。
 イエス様が神の子であるとの証拠はどこにもない。かえってユダヤ人からの反発を招く危険さえあった。しかし、もしイエス様が神の子として私たちのもとに遺わされてきたとすれば、そこにはどれほどすばらしいものがあるかとヨハネは批判するユダヤ人に間いかけていたのである。「あなたがたは、あたかも38年間べテスダ池のほとりに神の恵みを知らずして横たわっていた人と同じではありませんか」と間いかけたのだった。神の子であるイエス様によって、神様の恵みを受けてほしいと語りかけたのだった。

4 さて、父と子という比喩を用いて、ヨハネがユダヤ人に対して次に弁明をしようとしたのは、なぜ律法ではなくイエス様の言葉に従ったのかという点であった。イエス様が父から全権委任を受けた子だったからである。十戒を核にしてできた律法は、もともとは神様自身に由来するものであった。しかし、そこにはモーセや、その後の人々の意図が大きく加わっていた。神様自身の御心とは随分違ってしまっていたのだった。この福音書でヨハネが言わんとしたことを総括しているといってよいプロローグの最後、1章18節にヨハネは「律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して与えられた」と記している。律法は、モーセ─モーセは神の子ではなかった─を通して与えられたがゆえに、残念ながら、そこからは恵みと真理は与えられなかったのである。与えられるのは何かと言うと、その象徴が38年間神の恵みの家のそばにいながら神の恵みをいただけなかった人の姿なのであった。癒されたその人が「お前は安息日にしてはいけないことをした」と非難された。神様の恵みを与えることができたのは、神の子であるイエス様だけなのであった。だから、律法の言葉に従うのではなくイエス様の言葉に従ったのだった。
 24節に「わたしの言葉を聞いて、わたしをお遺わしになった方を信じる者は、永違の命を得」とある。ここに「言葉」というものが出てきている。実は律法の根幹にあるのも「言葉」なのだった。律法は十戒と呼ばれるたった10の戒めから派生しました。出エジプト記20章に、神様がイスラエル人に十戒を授けたときの場面が書かれている。その1節には「神はこれらすべての言葉を告げられた」とある。十戒は何よりも「言葉」である点が強調されていた。なぜ十戒は言葉であり、言葉をもって書かれたかと言えば、それは人々がそれを読んで理解し応答できるものだったからなのである。応答して、その言葉に従って生きることで神様とつながり、神様の下さる命をいただける。神様の恵みをいただける。十戒という神の言葉の根源には、人を恵もうとする神様の熱い情愛があった。
 しかし間題は、十戒を核とする律法が徐々に徐々に、そういうものではなくなってしまったことだった。パウロは「(石に書かれた)文字は人を殺す」とコリントの信徒への手紙(2)3章6節で語っている。結局、石の板に書かれた文字は、どうしてもいつのまにかその背後の神様の本当の思いを覆い隠してしまう。石の板に書かれた言葉は、人間が解釈せさるを得ない。人間の思いが入り込む。律法において私たちは、神様の恵みに出会うのではなく、その文字を解釈しそれを戒め─『ねばならぬ』もの─へ変えてしまおうとする人間の思いに出会ってしまう。そうであればこそ、神様は、石に書かれた言葉ではなく、神様自身の私たちへの本心が、イエス様を生ける言葉としてこの世に送る必然性があった。ヨハネはそれをこの福音書最初のところで、「言葉は肉となってわたしたちの間に宿られた」と語ったのだった。
 御言葉の後半には、裁きとか死から命へと移るとか生きるとか、そのような表現が多く見られる。25節には「死んだ者が神の子の声を聞くときが来る。今やその時である。その声を聞いた者は生きる」とある。ここで「裁き」とか「死ぬ・生きる」というようなことが繰り返されているのは、おそらくは当時のユダヤ教世界の中で律法の下、多くの人が裁かれ、文字通り殺されたしまった人もいたかもしれないし、律法に従えないことで永遠の死のような世界へ突き落とされてしまった人がいたことが考えられていると思う。これが悲しいかな、もともとは神様のすばらしい恵み・私たちへの熱い情愛が込められていた十戒の末路だったのである。だから、人を殺す冷たい石の板に書かれた言葉ではなく、人となりたもう生ける神の言葉・神の恵みを一杯に満たした神の言葉を私たちが聞くことが不可欠だったのである。「この言葉を聞いて、それに応答して生きるならら、たとえ律法の行いなどできなくとも決して裁かれることはないのだ、死んだと断じられる者でさえ神の子の声を聞いて、神様とのつながりの中に招かれて再び生きられるのだ」とヨハネは語っているのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 4月29日(日)復活節第5主日礼拝

『申命記 14章22節~15章10節』

14:22あなたは、毎年、畑に種を蒔いて得る収穫物の中から、必ず十分の一を取り分けねばならない。 14:23あなたの神、主の御前で、すなわち主がその名を置くために選ばれる場所で、あなたは、穀物、新しいぶどう酒、オリーブ油の十分の一と、牛、羊の初子を食べ、常にあなたの神、主を畏れることを学ばねばならない。 14:24あなたの神、主があなたを祝福されても、あなたの神、主がその名を置くために選ばれる場所が遠く離れ、その道のりが長いため、収穫物を携えて行くことができないならば、 14:25それを銀に換えて、しっかりと持ち、あなたの神、主の選ばれる場所に携え、 14:26銀で望みのもの、すなわち、牛、羊、ぶどう酒、濃い酒、その他何でも必要なものを買い、あなたの神、主の御前で家族と共に食べ、喜び祝いなさい。 14:27あなたの町の中に住むレビ人を見捨ててはならない。レビ人にはあなたのうちに嗣業の割り当てがないからである。 14:28三年目ごとに、その年の収穫物の十分の一を取り分け、町の中に蓄えておき、 14:29あなたのうちに嗣業の割り当てのないレビ人や、町の中にいる寄留者、孤児、寡婦がそれを食べて満ち足りることができるようにしなさい。そうすれば、あなたの行うすべての手の業について、あなたの神、主はあなたを祝福するであろう。 15:01七年目ごとに負債を免除しなさい。 15:02負債免除のしかたは次のとおりである。だれでも隣人に貸した者は皆、負債を免除しなければならない。同胞である隣人から取り立ててはならない。主が負債の免除の布告をされたからである。 15:03外国人からは取り立ててもよいが、同胞である場合は負債を免除しなければならない。 15:04あなたの神、主は、あなたに嗣業として与える土地において、必ずあなたを祝福されるから、貧しい者はいなくなるが、 15:05そのために、あなたはあなたの神、主の御声に必ず聞き従い、今日あなたに命じるこの戒めをすべて忠実に守りなさい。 15:06あなたに告げたとおり、あなたの神、主はあなたを祝福されるから、多くの国民に貸すようになるが、借りることはないであろう。多くの国民を支配するようになるが、支配されることはないであろう。 15:07あなたの神、主が与えられる土地で、どこかの町に貧しい同胞が一人でもいるならば、その貧しい同胞に対して心をかたくなにせず、手を閉ざすことなく、 15:08彼に手を大きく開いて、必要とするものを十分に貸し与えなさい。 15:09「七年目の負債免除の年が近づいた」と、よこしまな考えを持って、貧しい同胞を見捨て、物を断ることのないように注意しなさい。その同胞があなたを主に訴えるならば、あなたは罪に問われよう。 15:10彼に必ず与えなさい。また与えるとき、心に未練があってはならない。このことのために、あなたの神、主はあなたの手の働きすべてを祝福してくださる。

説教:『十分の一を捧げ、負債を免除せよ』

1 申命記とは、それが実際に書かれて今のような形に編纂された年代はともかくとして、次のような舞台設定になっていた。まさにパレスチナと呼ばれる地に入ってゆこうとしていたイスラエルの人々に、モーセは、どうすれば、その地でパレスチナに長い間住んでいた先住民に呑み込まれてしまうことなく生き延びてゆけるかを遺言として語ったという場面である。どうして「パレスチナ先住民に呑み込まれないように」ということをモーセが語られねばならなかったか。申命記7章1節には、その人々というのは「あなたに勝る数と力を持つ7つの民」だとある。かつてイスラエル人が、エジプトを脱出して2年目のはじめに、カデシュという場所からパレスチナの様子を探るために偵察隊を遺わした(民数記13章)。しかし、もたらされたのは、そこに住んでいた人々が、あたかも巨人のように大きく強く、その町々は堅固な城壁に囲まれているという報告だった。自分たちは、彼らと比べると、まるでイナゴの見えたとあった。そのよう人々が住んでいた場所に、イスラエル人は入っていって住まねばならなかったのである。だから、どのようにしたら彼らに呑み込まれず、滅ぼされず、生き延びてゆけるかは、切実な問題であった。
 申命記のこのようなアドバイスは、まさにそのとき、パレスチナに入ってゆこうとしていたイスラエル人にとってのみ意義があったというものではない。時代を越えて、いつの時でも、イスラエルの人々にとっては切実な問題であり、なくてはならないアドバイスだったのである。今、私たちは、毎週水躍日の聖書研究祈祷会で、イザヤ書の御言葉を学んでいる。そこで触れられているのは、当時今のイラクあたりで大きな勢力を誇っていたアッシリアという大国に悩まされ続けていた状況である。このアッシリアによって紀元前722年から紀元前721年にかけて、かつてひとつの国だった北イスラエル王国は滅ぼされてしまった。そして紀元前586年には、このアッシリアを滅ぼしたバビロニアという大国によって、とうとうユダという国も滅亡させられ、イスラエル人はバビロンに捕虜として50年間抑留されることとなったのである。その後も、シリアやローマ帝国といった数と力においては決して勝つことができない勢力に悩まされ続けたのだった。そのようなイスラエル人であったから、この申命記の御言葉は、本当に役に立つアドバイス、なくてはならないアドバイスを与え続けてきた御言葉だったのである。このアドバイスに従って、「そうすれば、あなたの行うすべての手の業については、あなたの神、主はあなたを祝福するであろう(14章の最後)」とある通りになって、ユダヤ人は今日まで生き延びてきたのである。
 そして、この申命記のアドバイスが大いに役立つこととなったのは、決してイスラエル人にとってだけではなかった思う。今の日本の中にある私たちクリスチャンも、まさしく数と力においては決して勝つことができない状況に取り囲まれている。私たち日本基督教団の会員数は、毎年500名ずっ減っているという。このままでは教会は消減してしまうのではないかと私たちは恐れている。そのような私たちに、この御言葉は、どうすればこのような時代にあっても生き延びて行けるかを教えてくれるのである。そして、さらに教えてくれているのは、教会がどう生き延びてゆけるかということだけではない。今まさに私たち一人ひとりは、数と力では決して勝ち得ない勢力に直面して苦しんでいる。老いや病という圧倒的な力が、そして死の力が、私たちに襲いかかってくる。そのような勢力に対してさえも、私たちは対抗することができ、決して滅ぼされることはないとの励ましをも、この御言葉は与えて下さるのではなかろうか。

2 さて、神様はモーセを通してどのようなアドバイスを下さったのか。まず、毎年収穫の1/10を取り分けて、それを携えて、しかるべき礼拝所にゆき、皆でそれを出し合い分けって食べて、神様を礼拝しなさいということだった。もし、その礼拝所が遠ければば、収穫物の現物をお金に替えて礼拝所に行き、そこで一緒に食べるのに必要なものを買って喜び祝えとも書かれている。要は1年に一度、収穫物の1/10を携えて、しかるべき礼拝場所にゆき、収穫感謝の礼拝と愛餐会のようなものを行えということであろう。また3年に一度は、やはり収穫物の1/10を取り分けて、今度はそれを特に町の中に備蓄しておいて、田畑を持たないレビ人や貧しい人々である寄留者・孤児・寡婦が、いつでもそれを食べて満ち足りるようにしてやれとも書かれている。さらには、15章には、7年目ごとに負債を免除するということも命じている。以上の御言葉から、私は3つほどのポイントを示された。
 まず示され、心を引かれたのは、ここで神様が与えて下さっているアドバイスが、実行するのがいとも容易だということではないけれども、しかしイスラエル人にとって、そして私たちにとって決して実行不可能なものではないという点である。たとえどんなにすばらしいアドバイスであっても、それが到底私たちに実行不可能なものであるならば、それは有名無実なアドバイスとなってしまう。1/10という割合、また7年目ごとという数字は、実に良いあんばいのものではなかろうか。
 受洗準備会の最後に、私は必ず教会への献金についてアドバイスをしている。私たちは音から、その献金を献げることで、少し痛みを覚える金額だと教えられてきた。具体的には、「十一献金」と言われてきた。それは、捧げるのに全く痛みを覚えないような金額、いとも簡単にぱっぱっと献げることのできる金額ではなかった。しかし、それは全く不可能なものでもなかったのである。15章10節に「与えるとき、心に未練があってはならない」とある。このように勧められているということは、しばしば1/10の献金や7年目ごとの負債免除は未線が残るような、痛いなあ・辛いなあと思うような葛藤があることがほのめかされているのである。だからこそ、そこには心もあったのではなかろうか。
 7年目毎の負債免除というのは、どうであろうか。人々の中には7年間、一度も借金を返さなかったという人もいたかもしれない。しかし大抵は、分割してでも、少しずつは返していたのではなかろうか。割合としては1/7、もしくは、やはり1/10位を免除してやるということになったのではなかろうか。全額免除はできないけれども、それ位ならば、してやれたのではなかろうか。神様はまず、できることをアドバイスとして与えて下さって、それをもって私たちが数と力では勝てない世界でも生き延びてゆけると約束して下さるのである。

3 第2のポイントとして示されたのは、次のようなことであった。1/10を取りわけ、また7年目毎に負債を免除するということは、その部分だけは自分の手の中から取り分けて、収穫物のすべてを自分の手中に収めないということだと思うのである。それは神様から土地なりお金をいただいたことへの感謝でもあり、古い言葉かもしれないが『小作料』のようなものに思える。神様が地主であり、その地主に対する小作料として1/10を払う。そのようにして1/10は、私たちの手から切り離されて、神様の御手に委ねられるのである。委ねられたものは、神様がレビ人や寄留者・孤児・寡婦を支え、満ち足らせるためのものとして用いられることになった。私たちの手から切り離されたゆえに、その1/10の部分に、神様のお働きというものが現れてゆくことになったのである。
 7年目毎に負債を免除するとは、つきつめれば、お金の働きに対して神様の安息を与えるということを意味していると思うのである。「7年目毎」は、言うまでもなく神様が天地創造のお働きにおいて7日目に安息なさったことに由来する。お金がただ人間によって用いられるときには、たとえば、どんどん利息を生み出したり借金をしたりした人々が、そのために奴隷にされたりしてしまうことがある。資本主義の暴走ということが昨今は、よく言われている。放っておけば、お金というものは、どんどん暴走して、勝手に利息を生み、膨れ上がり、多くの人を借金の奴隷にしていまう。だから、そこに神様が干渉し、7年目毎にその働きにストップをかけるというのである。神様自身が、7日目には安息なさったように、お金の働きにも安息を与えるということなのである。こうしてお金の働きの中に神様の安息が入り込むと、借金に支配されていた人をそこから解放するということが起こる。
 このように、1/10を取り分け、すべてを自分の手中に収めず用いず、神様の用途にお任せするからこそ、その1/10の部分に神様の働きが現れ、結果的にはそれが私たちを祝福してゆくことになるのである。それは、すべてを自分の手中に収め、自分のためだけに用いた人生に、はるかに勝って、私たちを祝福して下さることになる。たとえば500万円の年収のある二人がいるたして、片方の人は毎年50万ずつを取りわけ、もう一方の人はそういうことをせずにすべてを自分の手中に収めたとすると、10年たてばふたりの所持金には当然500万の差が生じる。10年で何と1年分の年収分だけ手元に残るお金に差が出る。どれだけのお金を持っているか、またそのお金の力で勝負するとすれば、言うまでもなくすべてを自分の手中に収めた人が勝つ。しかし、そこには、1/10を取り分け、それを神様に委ね、またお金の働きに神様の安息を介入させたゆえの富み、すなわち神様の不思議が働く余地というものが何もないのである。
 15章8節には「彼に手を大きく開いて」とあり、11節にも「手を大きく開きなさい」とある。大きくと言っても、先ほどから示されたように、収入全部とか半分とか1/3ではないのです。わずか1/10でよいのである。それが実は大きい。すべてを自分の手中に握らない、収めないことが大きいのである。そのようにし手を大きく開いてゆくと、神様は14章の最後にあるように「あなたの行うすべての手の業について」祝福して下さるのである。それは、私たちの手から取り分けられて神様に委ねられた1/10の部分が、計り知れない大きな働きをなし、私たちに神様からの不思議な祝福をもたらして下さるからである。その大きな祝福が、私たちを生き延びさせる。数と力では決してかなわない勢力に対して、この神様の祝福において勝ってゆくのである。

4 最後のポイントは、私たちが収穫物の1/10を取り分けて、神様の用途に委ねるということが、単に献金のことだけではなく、人生そのもの、特に人生の収穫期である秋・晩年の人生の時を、ただ自分やその延長線上にある家族のためだけに用いずに教会や社会の中のハンディを背負っている人々のために捧げてゆくということを意味しているのではないかということである。そのようにすることにより、神様が思いもかけない大きな祝福を与えて下さる。その祝福が、私たちを様々な困難に対抗させ、生き延びさせて下さることになると思うのである。
 先日、朝方に目が覚めてしまったので、ラジオをつけた。建築家の安藤忠雄さんのインタビューを聞くことができた。安藤忠雄さんは、大阪の千里にある教会を設計した建築家として有名である。彼はクリスチャンではなかったと思うが、その生き方には、大いに啓発された。安藤さんは2回、ガンになった。2回目の手術では、予後がかなりよくない膵臓と脾臓の全摘手術を受けた。今確か77歳と言っておられた。声に張りがあり、生き生きとしていた。その秘訣は何かというと、それは仕事なのだという。その多くは勿論、利潤を得るものであろうが、たとえば東日本大震災で被災された方々のためのチャリティ活動とか、古い家を取り壊さずにリフォームして貧しい子供たちが集まれるような場所にしようとか、そういう活動を熱心にやっておられるのだそうである。面白いと思ったのは、中国からよく仕事の依頼がくるのだそうである。彼の仕事を実際に見て依頼するのかと聞くと、「いやそんなことは関係ない、安藤は5つも内臓を取って2回もガンの手術をして、それでも生きている幸運な奴だから、そういう幸運な人間に仕事を頼むのだ」とのことである。会社の人事の人は、優秀な人と幸運な人のどちらを採用するかというと、幸運な人を採ると聞いたことがある。だから面接の時には、あなたが経験した幸運な体験を教えてくれと尋ねるのだそうである。とにかく安藤忠雄さんの幸運さとは、どこから来るかというと、おそらくその人生の秋の収穫の1/10を、自分のためには用いないというところから来ていると感じるのである。神様はそういう人に幸運を授けて下さる。私も、今まで与えられた収穫の1/10を、自分や家族の利とならないことに捧げてゆきたい。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 4月22日(日)復活節第4主日礼拝

『コリントの信徒への手紙(1) 3章 10~17節』

03:10わたしは、神からいただいた恵みによって、熟練した建築家のように土台を据えました。そして、他の人がその上に家を建てています。ただ、おのおの、どのように建てるかに注意すべきです。 03:11イエス・キリストという既に据えられている土台を無視して、だれもほかの土台を据えることはできません。 03:12この土台の上に、だれかが金、銀、宝石、木、草、わらで家を建てる場合、 03:13おのおのの仕事は明るみに出されます。かの日にそれは明らかにされるのです。なぜなら、かの日が火と共に現れ、その火はおのおのの仕事がどんなものであるかを吟味するからです。 03:14だれかがその土台の上に建てた仕事が残れば、その人は報いを受けますが、 03:15燃え尽きてしまえば、損害を受けます。ただ、その人は、火の中をくぐり抜けて来た者のように、救われます。 03:16あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。 03:17神の神殿を壊す者がいれば、神はその人を滅ぼされるでしょう。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたはその神殿なのです。

説教:『キリストの土台の上に』

 説教要旨 掲載準備中

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 4月15日(日)復活節第3主日礼拝

『ヨハネによる福音書 5章 1~9節』

05:01その後、ユダヤ人の祭りがあったので、イエスはエルサレムに上られた。 05:02エルサレムには羊の門の傍らに、ヘブライ語で「ベトザタ」と呼ばれる池があり、そこには五つの回廊があった。 05:03この回廊には、病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人などが、大勢横たわっていた。 05:04*彼らは、水が動くのを待っていた。それは、主の使いがときどき池に降りて来て、水が動くことがあり、水が動いたとき、真っ先に水に入る者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。 05:05さて、そこに三十八年も病気で苦しんでいる人がいた。 05:06イエスは、その人が横たわっているのを見、また、もう長い間病気であるのを知って、「良くなりたいか」と言われた。 05:07病人は答えた。「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです。」 05:08イエスは言われた。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」 05:09すると、その人はすぐに良くなって、床を担いで歩きだした。その日は安息日であった。

説教:『良くなりたいのか』

1 ヨハネによる福音書においてイエス様が行なった奇跡─不思議な働き─の3番目のできごとが記された箇所である。この福音書の中に、奇跡が何回記されているかを数えたことがあった。今回改めて数えてみたところ、─何を奇跡として数えるか判断に迷うものもあったが─ラザロを生き返らせた出来事までで、ちょうど7回あった。聖書において完全数とされる「7」という数字が出てきたことに、はっとさせられた。この7回の奇跡の最初のできごととしてヨハネが記したのが、カナの結婚式での出来事である。ヨハネはこの福音書を記してゆく上で、イエス様の奇跡を、いわば総まとめするようなものとして、カナの結婚式の奇跡を書いたのだと改めて思った。7つの奇跡が、すべてカナの出来事と重なり、響き合う部分があると言ってよいのではなかろうか。この箇所にも、そのようなものを感じる。
 エルサレムの「べトザタ」という池のほとりで起きたエピソードである。「べトザタ」は、54年版の口語訳聖書では「べテスダ」と表記されていた。この呼び名は「オリーブの家」という意味にもとられるようである。私はずっと、ベース(家)・へセド(神様の慈しみ・恵み)が短くなった呼び方として「神の恵みの家」という意味に受け取ってきた。このエピソードのひとつのポイントは、この池が、このようにずっと呼ばれてきたという点にこそあると思う。人々は、この池に浸かることで、そこに一杯にたたえられた神様の恵みに浴することができると信じてきたのであった。

2 では、人々は、どのようにすればこの池を通して神様の恵みに浴することができると長い間信じてきたのか。4節の終わりに見慣れない印がついている。これは、この部分の聖書の言葉に違ったバージョンがあるということを示している。それは、このヨハネによる福音書の巻末(212ページ)に書かれている。今、私たちがこうして読んでいる聖書の、原本とよばれるものは、いまだに発見されていないのである。もともと、まとまった原本があったかどうかさえもわからない。とにかく、いろいろな人々が、自分の手元にあったものを書き写し、それが今日のようにまとまったものなのである。筆写している内に、写し間違いがおきたり、時には書き写す人の解釈や注解のようなものが挿入されたりすることもあったであろう。この巻末に書かれているのは、まさにそういう挿入であって、もともとのものには、かなりの確率でなかったものと考えられている部分である。しかし、これを読むと、この池を通して、人々が長い間、どのようにして神様の恵みに浴することができたかを考えてきたかがよくわかる。おそらく、この池は、いわゆる間欠泉のようなものであって、地中から水が噴き出してくる瞬間が、神様の使いが降りてきて水を動かす時だと信じられ、その瞬間に真っ先に水に入ることによって、神様の恵みに浴することができたということなのであろう。
 人々はこのように信じ、38年間病気で苦しんできたというその人も、そのように信じてきたのだった。だから、イエス様から「良くなりたいか」と尋ねられたとき「主よ、・・・・降りてゆくのです」と訴えたのだった。しかし、ここにこそ核心があるのだと思う。「神様の恵みの家」と呼ばれたすばらしい池がそこにあった。しかし残念ながら、多くの人は神様の恵みに浴することができないでいたのだった。その代表が、38年間も病気で苦しんでいた人であった。せっかくそこに「神の恵みの家」があったのに、どうして多くの人が神の恵みに浴せずにいたのか。それが、先ほど示されたように、人々が長い間信じてきたことにこそあった。神様の恵みに浴するためには、この池の水に、昔から信じられてきたような形で入らなければならないと思ってきたからなのだった。水が動いたとき真っ先に入らねばらないと信じてきたからこそ、だれも手伝ってくれる人がいなかったとか、他の人に先を越されてしまったとか言わざるを得なかったのである。神様の惠みというものは、そのようにしてしか、いただけないものだったのだろうか。この池の水に、そのような形で入ることによってのみ、従って、だれかに手伝ってもらい、まただれかを押しのけて、いの一番に入らなければ浴することができないようなものなのかとヨハネは問いかけていたのだった。私たちは、神様からの恵みをいただくということを、何と狭く何と小さく何と限定されたものとして信じ込んでしまっていたことか。問題の核心は、私たちが往々にして神様の恵みをいただくということを勝手に限定し、枠をはめ、いただくためにはこうでなければならない、こうしなければならない、こうなることが神様の恵みをいただくことだと、本当に狭く小さく受け取ってしまうところにこそあると思うのである。実は、どこにだって「べテスダ」はある。神様の恵みに浴することのできる場所はどこにでもある。

3 創世記28章の出来事を思い起こした。ここには「べテル」という地名が登場する。これは「べテスダ」とほぼ同じ意味、また似たような言葉である。
 「べテスダ」が「ベース(家)・へセド(神の慈しみ」であり、「べテル」は「ベース・エル(神)」である。この創世記28章16節でヤコブは、「主がこの場所におられるのにわたしは知らなかった」と言って、そこをベテル(神の家)と呼んだ。双子の兄から憎まれ、殺されそうになって家を出ざるを得なくなり、野宿する場所─普通で言えば決して神の家・神の恵みの家などとは到底呼べない石ころだらけの場所─が、ベテルだとわかったのだった。兄から殺されそうになったずる賢い彼に、神様は天からはしごをかけて恵みを与えた。こういうことが神様の恵みをいただく原点にあり、このヤコブからこそイスラエルという人々が生まれ出たにもかかわらず、イスラエル人はある特定の場所や条件や状態に神様の恵みに浴することを限定してしまったのだった。
 音から、「38年」という数字は、とても象徴的で寓意的な数字として理解されてきたとバークレーが解説している。「38年というのは、ユダヤ人が約束の地に入るまで荒れ野をさまよっていた38年をあらわしている。もしくは人々がメシア(救い主)を待ち望んでいた世紀数をあらわしている」と。私なりに言えば、この数字はイスラエル人がエジプトを脱出して荒れ野をさまよう中、神様から十戒をはじめとした律法を与えられた年数を表していると感じる。そこには確かに神様の恵みがたたえられていた。しかし、そこからは、どのようにしても神様の恵みをいただけない人々がいたのだった。神様の恵みをいただくためには、ある特定の池の水に真っ先に入らねばならないのだという限定、律法の行いを満たさねばならないのだという限定が、私たちをしてこの御言葉の主人公のようにさせているのである。それを打破して、私たちを神様の恵みに浴させて下さろうとされたのが、イエス様の御業だったのではなかろうか。

4 38年間病気で苦しんできた人というのは、このような人間による限定によって神様の恵みに浴することのできなかった者の代表であった。だからイエス様は、まずこの人に目をとめて、彼に神様の恵みを与えようとしたのだった。イエス様は、どのようにして彼を神の恵みに浴させようとしたのか。池の水に飛び込ませることによってだったでのか。それとも水が動くときに真っ先に入れるように手助けをすることによってだったか。いや、全くそうではなかった。まずイエス様は「良くなりたいか」と尋ねた。次に「起き上がりなさい」と命じた。私はここに、カナの結婚式の奇跡と重なる部分を強く感じるのである。ぶどう酒がなくなったというのに、イエス様は、水を汲めと命じたのだった。なくなったぶどう酒とは何の関係もなさそうな水を汲めと言った。その水がぶどう酒に変わっていった。それと同じなのである。神様の恵みをいただくためには、水に真っ先に入らねばと、この人は求めていた。それこそが彼の求めていたぶどう酒だったのであろう。しかしイエス様は、それを与えなかった。一見すると全く役に立たない、無関係なものを与えたのだった。それがぶどう酒に変わっていったのである。
 イエス様が、まず彼に「汲め」と命じたものは何だったか。神様の恵みに浴するために「為せ」と言ったことは何だったか。それが「良くなりたいか」との問いかけに込められていたと思うのである。イエス様はどうして、わざわざ尋ねたのか。それは、「よくなりたい・治りたい」という思いがあれば、もうそれで十分なのだという心なのである。その切なる思いを神様・イエス様に訴えれば十分なのである。それ以外、何ひとつ神様の恵みに浴する条件はないのである。池の水に、だれかを押しのけ、だれかに助けてもらって、いの一番に入らねばというような条件は、どこにもなかったのである。ただ、もう自分ではどうにもできず、神様の恵みにすがるしかないという思いのみがあればよいという心なのであった。そういう切なる願いなら、私たちは、だれでも「汲む」ことができるはずである。
 カナの婚礼でも、役人の息子をいやす場面でも、そうだったのである。勿論、人々がイエス様にぶつけた願いには、的はずれなところがあった。「ぶどう酒がなくなりました」と言った母マリヤに対して、イエス様は「わたしとどんなかかわりがあるのですか」とこたえた。役人はイエス様に「一緒に来て癒して下さい」と願ったが、イエス様は「帰りなさい」と言ったのだった。だから、私たちの切なる願いには、的はずれなところが沢山あるのである。しかし、親であれば子供から願われることは嬉しいように、神様も、きっとそうなのだと思う。勿論、願い通りにかなえてくださるわけではない。しかし願われることは、頼りにされることは嬉しいことなのである。だからイエス様は、まず「良くなりたいか」と声をかけたのだった。「良くなりたい・治りたい・神様の恵みをいただきたいと38年間もそう願い続けてきたことは尊いのだ。そのことがきっとあなたを救ってくれるよ」と語りかけて下さったのだった。ある意味では、それが神様の恵みが一杯たたえられた池に飛び込むことだと言ってもよいのではなかろうか。

5 この語りかけに対して役人は、彼の側が勝手に限定してしまっているところの神様の恵みを受ける条件をくどくどと述べた。しかしイエス様は、もうそのような繰りごとになど耳をかさずに、ただ「起き上がりなさい」と命じたのだった。
 彼の息子の病気がどういうものであったかはわからない。しかし、起き上がって歩くということはできなくとも、わずかでも体を動かすことは、できたのではなかったかと思う。イエス様が彼に命じたのは、「わずかでもあなたにあるものを用いてみよ」ということだったのではなかろうか。
 「かめをぶどう酒で一杯にすることはできないかもしれない。起き上がって健康な人と同じように歩いたり走ったりすることはできないだろう。しかし、起きあがることはできるはずだ。その小さな力を用いてみよ。今あなたが汲むことのできる水を汲んでみよ。」とイエス様は言ったのである。もし、神様の恵みに浴する条件があるとすれば、それはまず「良くなりたい」との切なる願いを神様・イエス様に訴え、「ではあなたの中にある小さな力・賜物を精一杯用いてみよ」との命令に応えることなのである。
 イエス様が奇跡をなさった物語を読むときに、いつも思うことだが、私たちには、聖書に書かれているのと同じことが起きるわけではないということである。この病人は、病気が願い通り癒された。しかし、私たちはそうではない。「良くなる」とはどういうことか。起き上がるとはどういうことか。それは、私たちの願い通りではないのかもしれない。しかし、神様・イエス様は、必ずや「良くなりたい」という私たちの切なる願いを聞き届けて下さる。肉体の足で起き上がることはできなくとも、心の足・信仰の足で、またイエス様の足が私たちの足となって下さって、私たちを起き上がらせて下さる。良くならないことは決してない。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 4月8日(日)復活節第2主日礼拝

『申命記 10章 12~22節』

10:12イスラエルよ。今、あなたの神、主があなたに求めておられることは何か。ただ、あなたの神、主を畏れてそのすべての道に従って歩み、主を愛し、心を尽くし、魂を尽くしてあなたの神、主に仕え、 10:13わたしが今日あなたに命じる主の戒めと掟を守って、あなたが幸いを得ることではないか。 10:14見よ、天とその天の天も、地と地にあるすべてのものも、あなたの神、主のものである。 10:15主はあなたの先祖に心引かれて彼らを愛し、子孫であるあなたたちをすべての民の中から選んで、今日のようにしてくださった。 10:16心の包皮を切り捨てよ。二度とかたくなになってはならない。 10:17あなたたちの神、主は神々の中の神、主なる者の中の主、偉大にして勇ましく畏るべき神、人を偏り見ず、賄賂を取ることをせず、 10:18孤児と寡婦の権利を守り、寄留者を愛して食物と衣服を与えられる。 10:19あなたたちは寄留者を愛しなさい。あなたたちもエジプトの国で寄留者であった。 10:20あなたの神、主を畏れ、主に仕え、主につき従ってその御名によって誓いなさい。 10:21この方こそ、あなたの賛美、あなたの神であり、あなたの目撃したこれらの大いなる恐るべきことをあなたのために行われた方である。 10:22あなたの先祖は七十人でエジプトに下ったが、今や、あなたの神、主はあなたを天の星のように数多くされた。 11:01あなたは、あなたの神、主を愛し、その命令、掟、法および戒めを常に守りなさい。

説教:『幸いを得よ』

1 12節から13節には次のように書かれている。「イスラエルよ、今あなたの神、主があなたに求められていることは何か。・・・幸いを得ることではないか」と。神様がイスラエル人に求めたことは、また私たちに求めていることは、神様を主なる方として心を尽くして愛し従い、それによって幸いを得よということである。私たちが神様を心から愛し、仕え、幸いになること以外のことを、神様は求めてはおられない。これは聖書全体を通しても、特筆すべきすばらしい御言葉である。これと同じ言葉は旧約聖書・新約聖書のどこを探しても見当たらないのである。
 神様を主なる方として心から愛し仕えて幸せを得よということは、言い方を変えれば、そのようにすれば幸せを得ることができるとの約束である。さらに別の言い方をするなら、もし幸いを得たいのならばそのようにしなさいという処方箋でもある。14節以下に書かれているのは、神様を主として心から愛し、仕えることの具体的な有り様と言ってよいと思う。これまた言い方を変えるならば、なぜ神様を主として愛し仕ることが私たちに幸せを得させて下さるかの理由が語られている箇所なのである。
 わたし自身が、「あなたは幸いを得ているか」と問われたならば、「幸いにも私は幸せです」と答えることができる。では皆さんはいかがであろう。また皆さんのご家族はどうであろうか。もし幸いを得ていないというのなら、この御言葉に、謙遜して耳を傾けるべきである。健康に不安を覚えるときには、医者の診察を受け治療していただき、また処方箋をいただいて薬を飲む。そのように、幸いを得ることができていないのなら、今日の御言葉をもってその原因を知り、具体的な処方箋をいただくのである。そうすれば必ずや幸いを得ることができるのである。

2 幸いを得るためには、神様を主として心から愛し仕えればよいということであるが、一体なぜそのことが幸いを得させて下さるのであろうか。その理由が14節から具体的に明らかにされている。3つのポイントをあげたい。
 第一の理由は、14節に書かれている。「見よ、天とその天と天も・・・主のものである」とある。神様を主なる方として愛し仕えることによって、天と地の中に置かれた私たちの身の上に起きるすべてのことが神様の御手の中で起きることであると信頼できるようになる。天と地の中で起きることのどれ一つとして、「神様のもの」でないことはないと信じることができれば、私たちは幸いを得ることができる。反対にこれを信頼できないのなら、私たちには幸いはないのである。だから、もし自分自身や家族に幸いがないという現実があるのならば、一体自分自身や家族にとって、主なる方とは誰か、だれが主人になっているかを改めて問うてみたらよいのである。
 ところで、健康診断のテレビ番組、健康増進を図るテレビ番組は、私が最も嫌いなテレビ番組である。先日のNHKのそういった番組では、指先のほんのわずかな部分の毛細血管の血流の様子を診ることで全身の健康状態がわかるということであった。いつも申し上げるように、私はもう20年近くも健康診断なるものを受けてない。ああいった番組の根本にあるのは、指先のほんのわずかな毛細血管の血流さえも不断にチェツクして、健康を維持し、病気からおのれを守ろうとする思いである。そうすれば健康が維持でき、病気を防ぐことができるという思いである。自分の体は自分が守る、つまりは、自分の体は自分のものなのだとの思いである。自分が自分の体の主人公なのだとの思いである。
 私がそういった番組を観て、なぜ不快になるかと言うと、勿論、自分が自分の体の主人公だという思いに何よりも反発するからである。実際にわずか指先の血流をさえ不断にチェツクするのをおこたりなくやって、それで、果たして病気になることから完全に守ることができるかと言うと、決してそうではないはずである。むしろ自分の体のことを四六時中心配してチェックをするということは、かえって思い煩いばかりを増やしてしまう。実際、その番組の最中には、もう何干通ものファックスやメールが殺到して、その番組によって余計に触発され、心配が増した人が沢山おられたようだった。そのようにして不断のチェツクを行ったら、病気になることを完全にブ口ツクできるならよい。思い煩いも可である。しかし、たとえ毎日毎日全身くまなく健康診断を受けたとしても、病気から完全に自分をブロックすることはできないと思う。イエス様が、山上の説教でおっしゃったように、「あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって寿命をわずかでも延ばすことができようか」なのである。自分が自分の体の主人公になることは、結局のところ思い煩いしか生み出さない。なぜならば、私たちがどんなに自分が主人なのだと思い上がっても、神様が主であることを動かすことはできないからである。主である神様は、私たちの計らいを越えて、私たちに病気をお与えになることがある。私たちは、私たちの体に死が入りこんでくるのを妨ぐことはできない。神様が主であることに対抗して、自分が主であろうとすることは、決して私たちに幸いを得させることにはならないのである。

3 だから、今日の御言葉が告げている何よりも大切なことは、私たちに起きるどのような辛いことも、それは神様の御手の中にあることであり、それは究極的には主なる神様が私たちに幸いを得させるためにお与えになって下さるものだと信頼しなさいということなのである。そうすれば、必ず幸いを得られるとの処方箋なのである。
 先週の聖書研究祈祷会で与えられたイザヤ書のすばらしい御言葉を紹介したい。それは11章1節以下の「エツサイの株からひとつの芽が萌えいで、その根からひとつの若枝が育ち、その上には主の霊が留まる」と始まる有名な御言葉をであった。主である神様は、私たちの願いに反して、私たちを切り倒すことがある。それによって私たちは、切り株となってしまうことがある。しかし、それは主から出た御業である。私たちを切り倒すためのものではなく、その反対に新しい芽を芽吹かせ、若枝を育み、それが神様からの聖霊をいただいて成長してゆくための御業なのである。大木のままであったなら、神様の霊という水や栄養分に敏感に反応してそれを吸収して成長するなどということは到底かなわないのかもしれない。大木を維持し、成長させるためには、もっとちがう水や栄養分─経済力や武力や政治力など─が必要なのである。しかし、切り株となったからこそ、神様からのわずかな水と栄養をいただいて、それを吸収し、新芽を芽吹かせることができるのである。若枝として成長できるのである。
 私たち一人ひとりも、そうであり、教会もまたそうではないかと思う。教会の将来が心配だという声ばかりが声高に叫ばれている。しかしそれは、大木となった教会の維持ばかりを考えるからではなかろうか。大木となった教会が切り倒される時が、実は新芽が芽吹くときではないかと私は思う。ヒトラーの強制収容所に入れられた人々は、それでも監視の目をかいくぐって、自らの命の危険を冒してでも、木立の陰やバラックの陰で礼拝を守ったそうである。そういう状況下に置かれた時にこそ、教会という共同体は、何によって立つのかが、何によって芽吹くのかが明らかになる。私たち一人ひとりも、またそうなのである。切り倒された時にこそ、自分にとって、何が不可欠なのかがわかる。それまで見向きもしなかった神様からの聖なる場物を発見できるのである。それをいただいて芽吹くことができるであろう。芽吹いて、若枝となった者がもたらす世界は、驚くべき世界である。ライオンと小羊、熊と牛、幼子と毒蛇というような本来は決して共存などできない者同士が平和的に睦み合う世界がやってくるとある。私にはその意味は、私たち人間にとっては決して共存できない災いと幸、病と平安、死と生命といったものが共存できる世界を言うように感じる。神様によって切り倒されたことの向こうにある幸いな世界である。

4 第二のポイントは、15節と16節に書かれている。「主はあなたたちの先祖に・・・二度とかたくなになってはならない」とある。19節の後半には「あなたたちもエジプトで寄留者であった」とあり、22節には「あなたたちの先祖は70人でエジプトに下った」ともある。しかし、神様は寄留者であり、たった70人しかいなかったイスラエル人の先祖に心を引かれ、その子孫であった者たちも特別に目をかけていただいていた。幸いを得たいのなら、この神様の不思議な選びというものを忘れてはならないのである。心に包皮をまとって、これを拒絶してはならないのである。
 7章7節には、「主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、・・・あなたたちが他のどの民よりも貧弱であった(から)」とあった。神様はなぜか、このような私たちを選んだのである。そこに私たちの幸いの源がある。すると逆に、私たちから幸いを奪うものも分かってくる。私たちの心に、頑なな包皮を被せるものがある。それは、この貧弱な者を、なぜかお選びになった神様が主になるのではなく、自分自身がまた誰かが主人となって私たちを選ぶということに目が行くことである。神様以外の者の選びは、すべからく強いもの・優秀なもの・健やかなものの選びではなかろうか。そういう選びにずっとさらされてきた私たちは、いつのまにか心に厚い包皮を被ってしまっている。この世の選びに応えるよう自分を強く、能力高く見せかけようとしてしまう。そのようにして被るのが心の包皮なのである。私たちの頑なさである。しかし神様は、「もうそんなものは捨てよ」と語りかけて下さる。「なぜなら神である私は、最も貧弱なものを選び、寄留者を選び、たった70人たちを選ぶからだ」と。こんな貧弱な私を、神様は選んで下さったのだと信じ、貧弱な者として、しかし謙遜に委ねられた働きを精一杯果たすところに幸いがある。貧弱な者だからこそ、なし得ることがあるゆえに、神様はわざわざそういう者を選んだのではなかろうか。

5 最後のポイントは19節はじめの「寄留者を愛しなさい」という御言葉から示される点である。もし私たちが幸いを得たいと思うなら、寄留者を愛せよというのである。もし私たちや家族が幸いでないのなら、寄留者を愛していないからなのである。では、寄留者を愛するとはどういうことなのであろうか。最も単純に、文字通り私たちが出会う寄留者─それは生活の基盤を持たない社会的な弱者と呼ばれる人々を意味する─に手を差し伸べることである。そのような働きをすることで、あなたの関心は自分自身からその人々へと向かうようになるであろう。それが私たちに幸いをもたらすのである。
 しかしそれだけではないと私は感じる。テモテの信徒への手紙一の6章6節以降に「信心は、満ち足りることを知る者には大きな利得の道です。なぜならば、わたしたちは、何も持たずに世に生まれ、世を去るときは何も持って行くことができないからです。食べる物と着る物があれば、私たちはそれで満足すべきです。」とある。寄留者を愛しなさいとは、自らの寄留者性というものを愛し受け入れるということではなかろうか。私たちは、裸でこの世に生まれ、死ぬときも裸で世を去る者である。それが寄留者であるということではなかろうか。神様が、私たちをそのような存在としてこの世に生まれさせられたのは、そのような者であろうとも十分に生きてゆけることを教えるためである。神様が主であるがゆえに、私たちは困窮することはなのである。だから、何も持たない寄留者であることにおいて満ち足りることができるのである。この世において何も持つ必要はないし、所有する必要も豊かである必要も強い必要もないのである。私たちの主人である神様は、何も持たない寄留者である私たちを十分に愛し、守り、支え、最後には幸いを得させて下さる。「常に裸であろうとしなさい、何も持たない者でありなさい、切り株でありなさい」そうすれば、食べ物と着る物を豊かに下さる神様を見いだすことができるのである。新しく芽吹かせて下さる神を見いだすことができるのである。幸いを得ることができるのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 4月1日(日)イースター(聖霊降臨日)礼拝

『コリントの信徒への手紙1 15章 12~20節』

15:12キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか。 15:13死者の復活がなければ、キリストも復活しなかったはずです。 15:14そして、キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です。 15:15更に、わたしたちは神の偽証人とさえ見なされます。なぜなら、もし、本当に死者が復活しないなら、復活しなかったはずのキリストを神が復活させたと言って、神に反して証しをしたことになるからです。 15:16死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです。 15:17そして、キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります。 15:18そうだとすると、キリストを信じて眠りについた人々も滅んでしまったわけです。 15:19この世の生活でキリストに望みをかけているだけだとすれば、わたしたちはすべての人の中で最も惨めな者です。 15:20しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。

説教:『キリストが復活しなかったなら』

1 本日はイースターであるが、しかし本日読んだ聖書箇所は、イースターの出来事そのものを記した箇所ではなかった。そこでごく簡単に福音書などに書かれているイースターの出来事をまとめてみたい。私達が用いているカレンダーの曜日で言うところの先週の金躍日の正午頃に、イエス様は十字架の上で殺されてしまった。当時、金曜日の日没から土曜日の日没までは、安息日と定められていたので、イエス様の遺体は大急ぎで十字架から降ろされ、用意されていた墓に収められた。安息日には、イエス様の遺体に何もすることができなかった。イエス様が逮捕され、裁判にかけられ、処刑されるまでの間に、ぺトロは「おまえもあの男の仲間だろう」と言われた。しかし彼は、これを何度も否定した。弟子のある者は故郷へと逃げ帰り、またある者は自分たちも同じ目に遇うのではないかと恐れて最後の晩餐を守った家にカギをかけて中に閉じこもっていた。安息日が終わり、私達の躍日で言うところの今日、すなわち日曜日の朝早くに、女性たちはイエス様の遣体に香油を塗るために墓へと出掛けた。すると、墓からイエス様の遺体がなくなっていたのである。女性たちが、誰かが盗んでしまったのかと悲嘆にくれていると、神の使いが現れた。使者は「あの方はもうここにはいない。復活されたのだ。そのことを仲間の弟子たちに知らせよ」と女性たちに告げた。その後、復活したイエス様は、様々な形で弟子たちに現れた。復活したイエス様の、弟子たちへの最初の言葉は、ヨハネによる福音書の20章によれば、「安かれ」だったとのことである。イエス様は、40日間にもわたって弟子たちと一緒に食事をしたり、いろいろなことを教えて下さったりした。そうしてイエス様は、天に昇ってゆかれたのだった。
 イエス様の弟子たちは、イエス様を何度も否み、だれ一人としてイエス様と死を共にできなかった。弟子たちは、それどころか、自分たちも同じ目にあうのではないかと恐れて閉じこもっていたのであった。そのような弟子たちに、復活したイエス様が、最初にかけた言葉は、「うらめしや」ではなく「安かれ」だったのである。さらには、そのような弟子たちを、イエス様のことを人々に宣べ伝える者として再度選んだ。これがどれほどの喜びであったかは、想像に難くない。その喜びから、弟子たちは、毎週日躍日に礼拝を守るようになったのである。いつのまにか金躍日の日没から土曜日の日没にかけての安息日を守ることが中心ではなくなり、日躍日に復活したイエス様と出会った喜びを思い起こす礼拝が中心となっていったのである。復活したイエス様との出会いの喜びが2000年もの期間、私達に礼拝を続けさせる原動力となってきたのである。

2 こうして弟子たちや、弟子たちからイエス様の復活のことを聞いた人々が、それを宣べ伝えるようになって、コリントの人々も、イエス様の復活を信じたのであった。ところが12節を読むと、「キリストは・・・言っている」と書かれている。このコリント教会の事情については、様々な解釈がある。しかし私が最も納得がいったのは、次のような説明である。彼らは、イエス様の復活それ自体を否定していたのではなかった。そうではなく、イエス様の復活と結び付いて死者が復活するということに対して疑いを持つようになったのだった
 イエス様の復活の出来事があったのは、おおよそ西暦30年より少し後のことだった。このコリントの手紙が書かれたのは西暦50年代の後半位だと思われる。その間の20年、幾人もの人々が、イエス様を信じ、イエス様とつながる洗礼を受けて、信者になっていったであろう。私達も洗礼を受けるときには、受洗準備会で、必ず学ぶローマの信徒への手紙の6章3節以下にある次のような御言葉を、おそらくは心に刻んだはずである。そこには「キリスト・イエスに結ばれるために洗礼を受けたわたしたちが、皆その死にあずかるために洗礼を受けた」「わたしたちは、洗礼によってキリストと共に葬られ・・・それはキリストが・・・死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためなのです」とある。そうであるならば、洗礼を受けてイエス様と結ばれた者は、復活したイエス様と同様に復活させていただくはずではなかったか。しかし、この20年間というもの、ひとりとしてイエス様のように復活させていただいた者がなかったのである。残された者が、復活した者に会わせていただいたことがなかったのである。そこで、イエス様が復活したことを否定することはなくても、そのイエス様を信じて死んだ者がイエス様と同じように復活させていただくということのほうは、信じることができなくなったのだった。
 残された者にとって、死んでいった者がどういう状態にあるかということは、本当に切実な事柄なのであった。先日、私は新聞の書評を見て、イギリスの高名なジャーナリストが書いた『津波の霊たち─3・11死と生の物語─』という本を読んだ。この本は、津波被害者の中でも、特に石巻の大川小学校で犠牲になった子供たちと、その親たちを描いたものだった。親たちは、発見された子供たちの目をどんなにぬぐってやっても血のような赤い液体が吹き出してくることや、泥が次から次へと吹き出してくるという遺体の有り様を忘れることができなかった。親にとって、子供たちは、いつまでもいつまでも、津波の犠牲となった存在、また小学校の責任者たちの不作為や過失の犠牲となった存在、また自分たちが早く迎えにいってやれなかったために犠牲となった存在、つきつめれば死という痛ましい出来事の犠牲になって、苦しんで死んでいった存在であり続けるのである。おそらくコリントの遺族たちも、同じ思いであったはずである。だから、イエス様と全く同じように、すぐに死の三日目に復活して40日間も弟子たちに現れてくれるようなことは望みはしないものの、イエス様と同じように、いつか復活させていただくのだとしたら、そのほんの兆しでもよいから見せてほしいと願ったのだった。死んでいった者たちが、もはや死の苦しみに支配されているのではなく、復活されたイエス様と同様の喜びや平安を抱いている者であることを見せて欲しかったのである。そして、その幾分なりを遣族である自分たちに分け与えてほしいと願っていたのである。不思議なことだが、先ほどの本には、死んでいった子供たちが夢やいろんな形で送ってくるメッセージが徐々に変化していったと書かれていた。相変わらず幽霊や亡霊といった形で、地上を彷徨っているとしかいいようのない存在に、多くの人々が遭遇したという。その一方で、ある子供たちは、死んだ後に『成長』しているとしかいいようのない変貌を遂げているというのである。幼い子供では決して言い得ないようなアドバイスを、生き残った親たちに送ってきたのだそうである。それによって親は、慰められていったのである。「ああ、あの子は死んではいないのだ。向こうの世界で何らかの形で生きていて成長してくれているのだ」と知って、親たちも元気で生きてゆけるように変わっていった。コリント教会の人々が求め願っていたのも、そういうことだと思うのである。しかしそれは与えられなかった。死んでいった人々が、死の中に閉じ込められているとしか思えなくなっていたのだった。

3 このようなコリントの人々の切実な思いや問いかけに、パウロが精一杯、牧会者として答えようとしていたのが、12節から15章の最後までの箇所だと、私はしみじみ思うのである。ここでパウロが操り返し語ったのは、「死者の復活がなければキリストも復活しなかったはずです(13節)」であった。また「死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです(16節)」という言葉であった。パウロの語りかけの重心は、死者は復活するのだというところに置かれていた。それを保証するのがキリストの復活だと語っていた。死者を復活させるためにこそイエス様の復活があったのだとさえパウロは言おうとしていたようである。死者の復活は、イエス様の復活によってもたらされるひとつの効果のようなものではない。死者は、イエス様の復活のおこぼれにあずかって復活するのではないのである。しかしそうではなく、イエス様の復活は、死者を復活させることにこそ何よりもの目的があるとパウロは言わんとしていたのである。
 ではどうして、これまで何人もの人々がイエス様を信じて召されていったのに、イエス様のように復活させていただくことがなく、遣族に現れてはくれなかったのか。この疑間に精一杯答えようとしているのが20節以下のところではないかと思う。23節に「(キリストによってすべての人が生かされることになるとしても)ただ一人一人にそれぞれ順序があります。最初にキリスト、次いで、キリストが来られるときにキリストに属している人たち」とある。35節以下では、蒔かれた種が発芽する比喩にたとえて、どんなふうに死者が復活するのかという疑問に答えようとしている。地中に蒔かれた種は、すぐに発芽して花が咲くわけではな。しかるべき時が必要だとパウロは言おうとしていたようである。

4 正直パウロの精一杯の答えを読んでも、なぜ死者がイエス様と同じように復活させていただけないのかという切実な疑問への十分な答えにはなっていないと思う。しかしそれは仕方のないことであろう。なぜイエス様だけが三日目に復活し、40日間も弟子たちに不思議な体をもって現れ接して下さったのか、なぜ私達には同じことが起きないのかは、神様しか知り得ないことなのである。私達には知り得ない事柄なのである。
 ただ言えることは、「イエス様は、キリスト(救い主)であるのだから、特別なのだ」ということである。救い主としてイエス様は私達に、死んで私達は決して死に支配されたままなのではなく神様と復活されたイエス様に支配していただいて、いつか復活させていただく待望の日を待ち望み、その日まで地中に蒔かれた種のように「成長」する存在なのだと教えて下さらなくてはならないのである。その為には、イエス様が特例的な形で復活されることが不可欠であった。死んだ者が特別な体をいただいて復活し、イエス様のように弟子たちに40日にもわたって現れたということは、実はたやすいことではないと思うのである。それは神様の御業の中でも例外中の例外ではなかったのかと思うのである。しかし神様はそれを、ただ私達のためにして下さった。私達を死から解き放ち、死者は死人のままではいないということを遺族に知らせるために。
 新聞で、奥野修司氏の『魂でもいいから、そばにいて─3・11以後の霊体験を聞く─』という本の書評を読み、私は心を揺さぶられた。奥野氏は、大宅壮一ノンフィクション賞を取ったことのある作家である。彼は決して「まゆつば物」の本を書くような人ではない。そのような彼が震災後に、その地でまことしやかに語られ、多くの人を揺り動かしてきた『霊体験』というものを書かずにはいられなくなったという。この書評を読んで、わたしが心を揺さぶられたのは、どういうことかと言うと、奥野氏か書いたことは、要は、死者は実は死んではいないということであった。死者は必死になって、死んでもなお生きることを願い、生きている者に死んだ自分の叫びを聞いてほしいと願い、先ほどから言われていることで言えば、なお『成長』したいと願っているのだというのである。パウロの比喩で言えば、発芽し花を咲かせ結実したいと願っている存在なのである。しかしその道を断たれ、またどうやってその道を見つけたらよいかわからない故に彷徨っているのである。そういう人々のためにこそ、イエス様の復活があったのだと直感的にわかったのである。イエス様が復活したのは、死者が決して死んではいないということを教え示して下さるためだったとわかったのである。
 14節でパウロは「キリストが復活しなかったら・・・無駄です」と言い切っている。イエス様の復活がなかったら、死者の復活ということを私達ははっきりと胸を張って堂々と語ることはできなかった。だとしたら死者はいつまでも死んだままの者である。「わたしは生きているのだ。成長したい・芽を出したいと願っているのだ。その道筋を教えてほしい」との切なる死者の叫びは無視され、遺族たちにとって死者はいつまでも痛ましい死の犠牲者であり続ける。死者がそういう死者である限り、生き残った者も平安に生きてゆくことはできないのである。「わたしたちの宣教」とは何であろうか。私達がイエス様の十字架とその復活から与えられた福音とは、喜びの知らせとは何であろうか。それは、私達がたとえ死んでも死に支配されるのではなく、イエス様と神様の御手の中にあって生きているという福音なのである。この福音は、愛する人を失った人々にとっては、本当にかけがえのない支えとなるであろう。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 3月25日(日)受難節第6主日礼拝

『ヨハネによる福音書 13章 1~11節』

13:01さて、過越祭の前のことである。イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。 13:02夕食のときであった。既に悪魔は、イスカリオテのシモンの子ユダに、イエスを裏切る考えを抱かせていた。 13:03イエスは、父がすべてを御自分の手にゆだねられたこと、また、御自分が神のもとから来て、神のもとに帰ろうとしていることを悟り、 13:04食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。 13:05それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。 13:06シモン・ペトロのところに来ると、ペトロは、「主よ、あなたがわたしの足を洗ってくださるのですか」と言った。 13:07イエスは答えて、「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」と言われた。 13:08ペトロが、「わたしの足など、決して洗わないでください」と言うと、イエスは、「もしわたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」と答えられた。 13:09そこでシモン・ペトロが言った。「主よ、足だけでなく、手も頭も。」 13:10イエスは言われた。「既に体を洗った者は、全身清いのだから、足だけ洗えばよい。あなたがたは清いのだが、皆が清いわけではない。」 13:11イエスは、御自分を裏切ろうとしている者がだれであるかを知っておられた。それで、「皆が清いわけではない」と言われたのである。

説教:『足を洗っていただく幸い』

1 今日は、代々の教会が、特別に「棕相の主日」と呼んできた礼拝の日である。なぜこのように呼ばれているか。それは、12章12節以下に次のように書かれていることから、そのように呼ばれている。「群衆はイエスがエルサレムに来られると聞き、なつめやしの枝を持って・・・ホサナと叫び続けた」とある。ホサナとは、詩編118編25節のへブル語から取られたもので「今、お救い下さい」という意味とのことである。なつめやしが棕櫚であり、そのことから、この日が「棕相の主日」と呼ばれるようになった。
 今日からはじまる1週間を、特に『受難週』特に呼んでいる。私たちの曜日で言えば、今週の木曜日にイエス様が弟子たちと最後にされた食事、すなわち最後の晩餐が守られた。今日の聖書の場面は、その最後の晩餐の冒頭で、イエス様が弟子たちの足を洗ったことを記した箇所である。これゆえに、特に今週の木躍日は『洗足木曜日』と呼ばれているのである。この最後の晩餐が終わって、ゲッセマネの園での祈りが終わった後に、イエス様は捕らえられた。瞬く間ともいうべきスピードで裁判にかけられ、金曜日のお昼には十字架につけられて殺されてしまったのだった。そして、それから数えて三日目の朝─来週の日曜日の朝に相当─に、墓から復活なさったので、次週の礼拝は「イースターの礼拝」として守ることとなる。今日の礼拝では、イエス様が弟子たちの足を洗ったという出来事に、特に心を向けてゆきたいと思う。

2 まず、1節を読むと、この最後の晩餐が守られたのは過越祭の前のことであり、この時に「イエスは・・・愛し抜かれた」とある。この過越の祭がいつの頃からのことかは、はっきりとした年代は定かではないが、おおよそ紀元前の13世紀頃に、エジプトで奴隷だったイスラエル人が、モーセに率いられてエジプトを脱出した出来事を記念して始まった祭りである。そしてそれは、イスラエル人にとっての正月にあたる祭りである。こういう祭りを覚えてなされる大切な食事、また弟子たちとの最後の夕食の席で、イエス様は「この世から・・・この上なく愛し抜かれた」と言ったのだった。これは、きわめて単純に言えば、イエス様が自分の死を悟り、弟子たちをとても深く愛されたということである。
 さて、この世を去ろうとする者が、世に残される者を愛するというとき、それはどういう形で表れるものであろうか。それは、世に残される者たちが、この世を生きてゆく上で必要なものを精一杯遣そうとするという形でではないかと思うのである。
 先々週から先週初めにかけて私は大変な歩みをしていたように思う。18日は、山北先生が当教会の40周年記念礼拝の説教をして下さった。少しゆっくりできるかと思って、久しぶりに15日の木曜日に郡山の母を訪ねた。母は、私が泊まってゆくと思っていたようだった。前の晩は、これが息子と過ごす最後の夜かもしれないと思って、なかなか寝付かれなかったと言っていた。しかし私が実家に泊まるのは、いろいろな事情があって難しく、また翌日は茨城YMCAの幼保園の卒園式が予定されていたこともあり、どうしても泊まらずに帰ってこざるを得なかった。母は「私がおまえに遺せるものは精一杯遺すつもりだから」と言っていた。木曜日の6時すぎにつくばに帰ってきたところ、夜の10時に、高崎から訃報の電話があった。翌日金曜日、私は幼保園の卒園式が終わるとすぐに高崎に駆けつけた。日曜日(18日)は、礼拝後の講演会が終わってすぐ、また高崎に向かった。高崎で前夜式を行い、そのまま高崎に1泊して翌日葬儀をさせていただいた。召天された姉妹も、またこの世に残されたご夫君やお子さんたちのために、精一杯のものを遺そうとされたのではなかったか。そういったことが、イエス様が弟子たちを「この上なく愛し抜かれた」という言葉の意味するところだと思うのである。ここでとても大事だと示されるのは、「世にいる弟子たちを愛して」の「世にいる」という言葉だと思うのである。13章から17章の最後までは、ずっとイエス様の遣言のような言葉が記された場面である。そこには何度も何度も弟子たちが世にいることが言及されている。世を去って神様のもとへ行こうとされていたイエス様の最大の心配は、この世に残される弟子たちが、どうやってこの世を歩んでゆけるかであった。だから、彼らがこの世を安心して歩んでゆけるための『遺産』を遣そうとされたのである。それが彼らを愛し抜くことであった。その形が弟子たちの足を洗うということであった。その遣産をもらわなければ、弟子たちはこの世を歩んでゆくことができなかったのである。還産をもらわない者はイエス様の子供ではない。8節で「わたしの足など決して洗わないで下さい」と言ったペトロに、イエス様が「もし・・・何のかかわりもないことになる」と言った意味は、そういうことでもあった。

3 では、イエス様が世に残る弟子たちへの遺産として遺そうとされたものは何だったのか。それがどうして足を洗うという形で表れたのか。キーポイントは、1節と3節で繰り返されている言葉だと思う。1節には「この世から父のもとへ移るご自分の時が来たことを悟り」とあり、3節前半には「父がすべてを・・・悟り」とある。2節には12弟子の一人であったユダの裏切りのことに触れられている。ユダの裏切りによって封切られ、人々の憎しみによって科せられようとした十字架の死が、「自分の時」として、また「父がすべてを自分の手に委ねられたこと」として起きることであり、あくまでも、父から来て父のもとへ帰る歩みの時だと悟っておられた。
 ここには、どんな意味が込められていたのか。十字架の受難は、一方ではイエス様がユダの裏切りや人々の憎しみの犠牲とされることであった。しかしイエス様は、そのような時もまた「自分の時」であり、神様がすべてを自分に委ねておられる時だと悟られたというのである。「自分の時」とは、自分の手中に治めることのできる時という意味であろう。十字架の出来事は、客観的に見れば、どう見てもユダや人々のなすがままに犠牲とされた時にしか見えない。しかし、それだけではないとイエス様はわかっておられたのである。それは、ただユダの裏切りや人々の憎しみによって科せられた十字架の苦しみに引きずり込まれる時ではなかったのである。そうではなく、あくまで「自分の時」なのであった。自分の手の中に神様が与えて下さっているところの自分の人生の時なのであった。そこをどう生きるかは自分で決めることのできる時なのであった。そしてそれは、他でもない神様から来て神様に帰る歩みの時なのであった。十字架に捕まって死へと引きずり込まれて、それで終わりという歩みでは断じてなく、あくまで神様から来て神様のもとへ帰るところの、使命を果たし終えて凱旋する栄光の歩みなのであった。イエス様は、このような「悟り」というものを弟子たちに遺産として遺そうとされておられたのである。そのような歩みの力、あるいは足の力とでも言うようなものを、この世を歩まねばならない弟子たちに最も必要な遺産として遣そうとされたのであった。

4 この世にある私たちには、そのようなイエス様の足の力が必要だと思うのである。前出の姉妹のことになりるが、彼女は49歳のとき乳ガンの手術を受け、57歳のとき再発と転移が明らかになって、その後12年間にわたって辛い抗ガン剤による治療に耐えてこられた。けれども最後には、もう治療方法がなくなり、69歳で天に召されたのだった。今の女性の平均的な寿命からすれば20年近く短い。私たちは、イエス様のように、身近な者の裏切りや、十字架にはりっけにされるほどの憎しみを受けるということはないかもしれない。しかし、人生が自分の思い通りにならないという『人生からの裏切り』は、皆がどこかで味わい、病によって苦しめられ憎まれるというような境遇に必ず置かれるのである。それがこの世にあって、この世の材料である土の塵から成る私たちの歩みの根源的有り様なのである。私たちの足は、この世にからめとられるのである。裏切りと情しみと死の中へと足が引きずり込まれるのである。
 そこには、悪魔のささやきが聞こえてくる。「そんなお前の人生には何の意義があるのか」と。「50歳になるかならないかでガンになり60歳になる前に再発し、20年にわたって常に死と向かい合わねばならなかった人生は、何と不幸であったか」と。「それは、病と死に翻弄された人生でしかなかったではないか」と。ユダに取り付いていた悪魔とは、そういうささやきをする存在なのであった。要は、悪魔とは、この世にある私たちの歩みを不幸なものとしてのみ悟らせようとする存在なのである。世にある私たちは、このような悪魔から守られねばならない。足がこの世にからめとられることから守られなばならない。そのためにイエス様が、遺産として遺して下さったのが、言わば自分の歩みの力・足の力であった。それが洗足という形で表れたのだった。
 イエス様は弟子たちの足を洗うことを通して、つきつめれば、「あながたの足は私が守るのだ」と言って下さっておられたのである。「わたしの足があなたがたの足となるのだ」と約束されたのだった。「あなたがわたしの足を洗ってくださるのですか」と言ったペトロに対し、イエス様は「わたしのしていることは・・・分かるようになる」とこたえた。そのときのペトロにも、いつか自分の足ではもうこの世を歩けなくなるときがやってくるのであった。この福音書の21章18節以下には、復活されたイエス様が、彼の後の人生についてつぎのようなことを告げている場面がある。「あなたは、若いときは、自分で帯を締めて行きたいところへ行っていた。しかし年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れてゆかれる」と。「ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われた」と著者ヨハネが、その後に解説している。帯うんぬんとは、私たちすべてにあてはまるものだとしみじみ思う。他の人、また力によって帯を締められ、行きたくないところへ連れてゆかれる境遇に置かれている人々が、どれほど多くおられるであろうか。しかし、「そのような歩みにおいてこそ、わたしがあなたの足になるから安心せよ」とイエス様は言っておられる。そしてそのような歩みにおいても私たちは神様の栄光を現すことができると約束して下さったのである。
 9節「主よ、足だけではなく手も頭も」と言ったペトロに対するイエス様の答えは、写本の乱れのためか意味がよくわからないものとなっている感じがする。しかし、イエス様の答えの意味は、頭が何を考えようと手が何をしょうと、要は足が大事なのだ。足があなたがたをどんな歩みへと導くかが大事なのだ。その最も大事な足をイエス様が洗って下さったのだから、すべてが清いのだ。大丈夫なのだということではなかろうか。

5 このようにイエス様は、ユダの裏切りを端緒として始まっていった十字架の時を、弟子たちに遺産を遺す「自分の時」として歩んでいったのだった。その「自分の時」の表れが他でもない弟子たちの足を洗うということであった点に、改めて心を引かれる。他にこの時を「自分の時」とする有り様もあったのではなかろうか。ユダが求めていたものとは、まさにそれであったに違いない。イエス様を十字架へと追い込めば、ものすごい力を発揮して自分たちをローマの支配から救ってくれるかもしれないと期待したのかもしれない。それもまた悪魔のささやきなのであった。私たちにとっての「自分の時」とは常に何か大きなことを成し遂げるような時である。悪魔は、十字架という苦しみの時・受難の時をなくして、自分の思い通りの人生を生きることが「自分の時」だと考えさせるのである。しかしイエス様は、それは「自分の時」ではないと教えておられるのである。自分の時とは、苦しみの中にあっても愛する者の足を洗うことなのである。愛する者に大切なものを遣してゆくことなのである。イエス様は弟子たちの足を洗うことを通して、あなたがたもそのように生きることができると約束して下さったのである。
 前述の姉妹は、この20年間、自宅で家庭集会をし続けてこられ、そこからは信者となり牧師の夫人として起こされた姉妹が弔辞を述べられた。お悔やみにこられた人々の中の何人もが、「あなたに導かれた。励まされた」と言って下さった。イエス様の足が彼女の足となって、イエス様が弟子たちの足を洗われたように、彼女も多くの人の足を洗い、周囲の人々の歩みを力づけてこられたのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 3月18日(日)創立40周年記念礼拝(受難節第5主日礼拝)

『マルコによる福音書 10章 35~45節』

10:35ゼベダイの子ヤコブとヨハネが進み出て、イエスに言った。「先生、お願いすることをかなえていただきたいのですが。」 10:36イエスが、「何をしてほしいのか」と言われると、 10:37二人は言った。「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください。」 10:38イエスは言われた。「あなたがたは、自分が何を願っているか、分かっていない。このわたしが飲む杯を飲み、このわたしが受ける洗礼を受けることができるか。」 10:39彼らが、「できます」と言うと、イエスは言われた。「確かに、あなたがたはわたしが飲む杯を飲み、わたしが受ける洗礼を受けることになる。 10:40しかし、わたしの右や左にだれが座るかは、わたしの決めることではない。それは、定められた人々に許されるのだ。」 10:41ほかの十人の者はこれを聞いて、ヤコブとヨハネのことで腹を立て始めた。 10:42そこで、イエスは一同を呼び寄せて言われた。「あなたがたも知っているように、異邦人の間では、支配者と見なされている人々が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。 10:43しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、 10:44いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。 10:45人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」

説教:『仕えるために』

1 筑波学園教会創立40周年を祝し、主の祝福と導きがさらに豊かならんことを心から祈る次第です。筑波学園教会が誕生したのは、全く聖霊の導きによる出来事であります。勿論、稲垣守臣牧師を中心に聖ヶ丘教会に開拓伝道計画があり、多くの尽力がなされたのです。伝道地の選択から検討され、幾度となく候補地を訪れました。しかし最終的には、新聞折り込みの筑波の土地の売却広告を牧師が見たことから始まったのです。「そうだ。筑波へ行こう」と、委員会は一つの方向にまとまって歩みを進めました。全く聖霊の導きによるとしか表現できません。
 しかし、トントン拍子とは行きませんでした。筑波の地は不動産業者が乱立し、客引きまで行っている賑やかさだったのです。広告のチラシを手に店に入り、案内され、その後、手付金を払うところまで辿りついたのですが、ある日突然、店ごと蒸発してしまったのです。地元の警察署長さえも土地の購入で騙されたという噂を、あとで聞きました。
 そんな中、教会を騙すなどとんでもないと助力を申し出られた地主の光橋 賢(しばはし けん)氏と出会いました。そして、単価11万円×300坪の購入に及んだのです。これまた、人智を越えた導きによることでありました。「聖霊、つまり目には見えない神様の愛の御手によって、主の体なる教会が見える形に結晶して、筑波学園教会が形成されたのです。(ハリー・バートン・ルイスU.M.C. The United Methodist Church 関東教区Division)」
 一体、教会は何のために建てられ、そこに連なる者は何のために存在しているのか。それはまさしく「仕えるため」と、先ほどの聖書の箇所に書かれておりました。教団の今日の聖書日課であります。
 主イエスが十字架と復活を予告されたあと、その重い事実に応えて生きるとは、仕えることであります。仕えるために生きることこそが、神にあって生きる人生の目的となることを、教えているのです。
 弟子たちがいぶかしく思うほどの緊張感を以って、主イエスが十字架と復活を宣言されたのに、その弟子たちの間にトラブルが発生しました。それはヤコブとヨハネが「栄光をお受けになるとき、一人をあなたの右に、一人を左に座るようにして下さい」と言いました。それを聞いた他の10人が、自分たちを出し抜いて何ということをと憤慨したのでした。ヤコブとヨハネという筆頭格の弟子が、こんなハシタナイことを願い出たと言うのでは示しがつかないと思ったのか、マタイ20章20節では、教育ママよろしく「母親が願い出た」となっています。母親ならあり得るとしたのでしょうか。
 しかし、右大臣・左大臣ともあろう二人が、主のみ傍にいさせて下さいと願ったことは、ハシタナイこととは言えないとも思うのです。主イエスを愛するなら、いつまでも主の傍近くにいたいとの思いは、当然の求めでありましょう。  問題は、自己満足的に権力志向的に上に立とうとするのか否か、多くの人に広く遠く仕えるために上に立つのか否かということなのです。「あかりを机の上に置け。山の上にある町は隠れることがない」と主イエスが教えておられる如くであります(マタイ5章14節)。
 「あなたがたの中で偉くなりたい者は皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者はすべての人の僕になりなさい」と主は言われました。神様が、どういう人を求めておられたのか、それを知ることができる言葉です。それは、「仕えていく人」ということであります。そして、そのことは、自分のために神様を求めるのではなく、神様のための自分になるという、厳しい人生の関所をくぐり抜けていく生き方と重なり合うのです。

2 「もっとお金や時間があったらやろう」、「もっと能力や体力があればやれるのだが」と人は言います。しかし、人生は「たら・れば」ではない、現に今与えられているもので何をするかということが問題なのであります。得たい、獲得したい、Getしたいということのみを口にしている限り、成長はないのです。まず与えること、自分にあるものを分かち合おうとすることです。「与えなさい。そうすれば与えられるであろう」と主が教えられたことは、真実であります。
 聖ヶ丘教会が筑波学園教会を創立し、筑波学園教会が成長していく姿を見ることによって、聖ヶ丘教会自身も成長させられていったのです。聖ヶ丘教会が筑波学園教会設立を決議した1976年の現住陪餐会員は183名、礼拝出席者数は94名でした。そして、筑波学園教会が創立10周年を迎えた1988年には、聖ヶ丘の現住陪餐会員は308名(+125名)、礼拝出席者数は168名(+74名)となっていました。以後、筑波学園教会に刺激され、聖ヶ丘教会は成長していきました。現在では、40年前の約3倍の規模になっています。これも、また聖霊の導きに属することであろうと思います。
 主イエスは宣言されました。「人の子は仕えられるためではなく、仕えるために、また多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」。私たちは、<主は来ませり、主は来ませり>と賛美いたしますが、主は、ご自身が何のために来られたのかを、自己紹介されているのです。
 主がおいでになられたのは「仕えるため、そして多くの人の身代金として自分の命を献げるため」、この世と私たちを愛するためであったのですが、愛するとは、愛する者のために死ぬことに極まるのです。
 「自分を無にして僕の身分になり、人間と同じ者となられました。人間の姿で現れ、へりくだって死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」とフィリピの信徒への手紙27章以下にあるとおりです。その御子の姿、つまり自分の命を捧げ切った生涯を、神は「そうだ。それで良かったのだ!」と言って、私たちの初穂として甦らせ、永遠の命のよすがとし給うたのです。
 私たちのため命を与えるために来て下さった主の愛・その独り子を与えるためにこの世を愛し給う神様の御心を思うとき、私たちはその愛に応えて私たちも人に仕える方向に歩み行こうと思い、そうする力が与えられるように祈るのであります。
 アメリカの教会には、標語のように書いてあります。“Jesus loves me ? so do I(主は私を愛して下さる。それだから私もそうします!)”と。「主が仕えて下さったゆえに、私も仕えます」と。 これは、被奉仕の奉仕〔=奉仕をこうむっているので奉仕する〕であります。
 「仕える」という言葉の原語は「下の漕ぎ手」という意味だと言います。戦艦の底の部分で漕ぎ続ける奴隷のことなのです。
 Strong men always stand at the bottom. 底辺、底に立つ者、それは主に仕える者の現実です。「あなたがたの中で偉くなりたい者は皆に仕える者になりなさい」。そうした逞しさを持つ者を、教会は輩出していくのです。
 人に対しては勿論、自分についても言ってはいけない言葉があります。それは「役立たず!」です。「それを言ってはおしめえよ(フーテンの寅さんの決め台詞)」です。役に立たない人はいません。自分でそう思うとき、そうなってしまうだけのことなのです。

3 仕える人生は、この役立たずから解放されるこのなのです。実際、自分の存在が誰かの役に立っているという実感ほど、人に喜びとみずみずしさを与えるものはないのです。人生は人が生きるということと、人を生かすということからなっています。だから、「仕え合う」を「仕合せ」と読み、「仕えること」を「仕事」というのも、故ないことではありません。
 仕えるために来て下さった主イエス、十字架にて我らの救いを成就して下さったイエス・キリストを思うレント、受難節のなかで筑波学園教会創立40周年礼拝を感謝と共に捧げることができました。
 この40という数も、象徴的であります。40日40夜、雨が降り、ノアの洪水はもたらされました。モーセは、40日、シナイ山にいて十戒を授けられました。40年間、荒野をさまよい、栄光への脱出を続けました。主イエス自身は、40日間、荒野にてサタンの誘惑にさらされました。そして、復活の主は、40日、神の国を語られました。
 列挙すればきりがありません。40という数字は、かくして、試練と苦難の象徴でありつつ、栄光への道筋を示す数字なのです。苦難から栄光へ、十字架から復活へと、信仰の軌道を整えるべく、レントは40日間置かれているのです。
 40周年を期して、筑波学園教会は、高く太く十字架を掲げつつ、逞しく前進して行きます。願わくは、仕えるために建てられている筑波学園教会を、神様が用い給わんことを!

山北 宣久 先生(聖ヶ丘教会 前牧師)

戻る

2018年 3月11日(日)受難節第4主日礼拝

『ヨハネによる福音書 9章 1~12節』

09:01さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。 09:02弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」 09:03イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。 09:04わたしたちは、わたしをお遣わしになった方の業を、まだ日のあるうちに行わねばならない。だれも働くことのできない夜が来る。 09:05わたしは、世にいる間、世の光である。」 09:06こう言ってから、イエスは地面に唾をし、唾で土をこねてその人の目にお塗りになった。 09:07そして、「シロアム――『遣わされた者』という意味――の池に行って洗いなさい」と言われた。そこで、彼は行って洗い、目が見えるようになって、帰って来た。 09:08近所の人々や、彼が物乞いであったのを前に見ていた人々が、「これは、座って物乞いをしていた人ではないか」と言った。 09:09「その人だ」と言う者もいれば、「いや違う。似ているだけだ」と言う者もいた。本人は、「わたしがそうなのです」と言った。 09:10そこで人々が、「では、お前の目はどのようにして開いたのか」と言うと、 09:11彼は答えた。「イエスという方が、土をこねてわたしの目に塗り、『シロアムに行って洗いなさい』と言われました。そこで、行って洗ったら、見えるようになったのです。」 09:12人々が「その人はどこにいるのか」と言うと、彼は「知りません」と言った。

説教:『神の業が現れるために』

 説教要旨の掲載はありません

土浦教会牧師 嶋田 恵悟

戻る

2018年 3月4日(日)受難節第3主日礼拝

『申命記 8章 1~10節』

08:01今日、わたしが命じる戒めをすべて忠実に守りなさい。そうすれば、あなたたちは命を得、その数は増え、主が先祖に誓われた土地に入って、それを取ることができる。 08:02あなたの神、主が導かれたこの四十年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。こうして主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、すなわち御自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされた。 08:03主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。 08:04この四十年の間、あなたのまとう着物は古びず、足がはれることもなかった。 08:05あなたは、人が自分の子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを心に留めなさい。 08:06あなたの神、主の戒めを守り、主の道を歩み、彼を畏れなさい。 08:07あなたの神、主はあなたを良い土地に導き入れようとしておられる。それは、平野にも山にも川が流れ、泉が湧き、地下水が溢れる土地、 08:08小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろが実る土地、オリーブの木と蜜のある土地である。 08:09不自由なくパンを食べることができ、何一つ欠けることのない土地であり、石は鉄を含み、山からは銅が採れる土地である。 08:10あなたは食べて満足し、良い土地を与えてくださったことを思って、あなたの神、主をたたえなさい。

説教:『人はパンのみにて生くるにあらず』

1 1節に「今日、わたしが命じる・・・取ることができる」とある。「命を得」とある。申命記という書物は、これからパレスチナの地に入ってそこに住み着こうとしていたイスラエル人に、どうすればその地で「命を得る」ことができるかを、つまり長く生き延びてゆけるかを、神様がモーセを通して教え示した書であった。なぜ神様は、このようなアドバイスをされなければならなかったか。それは、イスラエル人が、この地で生き延びてゆくのは、とても大変だったという事情があったのである。
 どのように大変だったのか。7章1節に、パレスチナに住む先住民は「あなたに勝る数と力を持つ7つの民」だとの記述があった。7という数は、聖書では完全数を意味している。イスラエル人を待ち受けていたパレスチナの先住民は、数と力ではパーフェクトな人々だったという意味なのである。私は、それを「先住民の人々は、数と力で勝つということを価値観として生きていた」という意味に受け取った。そういう価値観は完全であり、この世にあっては、その価値観に勝てる者はいないという意味だと思う。イスラエルの人々は、そういう価値観に支配されていた地域に入り、住み着こうとしていたのだった。そこで生き延びて行くことが大変だったというのは、勿論、文字通りの意味で、数と力に勝る先住民に滅ぼされないで生き延びてゆく大変さであった。実はそれ以上に、彼らの価値観に征服されないで生きるということの難儀さでこそあったのだと思うのである。

2 20節までには、神様がモーセを通して、イスラエル人がパレスチナの地で、こうなってはいけないとの警告が書かれていることがわかる。11節の小見出しにも「主を忘れることに対する警告」とある。20節で、はっきりと、もしそうなったら、神様はイスラエルの人々を、他の国々と同じように滅ぼすと厳命していた。どうなったら滅びるのか。12節・13節では「あなたがたが食べて満足し、立派な家を建てて住み、牛や羊が増え、銀や金が増し、財産が豊かになって、心おごり、あなたの神、主を忘れ」たらとある。
 実はこれは、パレスチナにおいてイスラエル人が実際にそうなっていた状態である。イザヤ書の5章5節には ─これは紀元前7世紀の終わり頃のイスラエル人の様子だと思われるが─ 「災いだ。家に家を連ね、畑に畑を加える者は。お前たちは余地を残さぬまでにこの地を独り占めにしている」とあった。イスラエル人は、パレスチナにおいて先住民に、文字通りの意味で征服されてしまったのではなく、むしろその逆だったのである。ダビデは、この地をすべて平定して王国を建てた。その王国は、紀元前586年にバビロニアによって神様の言った通りに滅ぼされてしまった。しかし、それまでの500年近くは、イスラエルの人々が数と力において先住民に勝っていた。現代のイスラエルもそうである。そういう中で、12節・13節に書かれている有り様が現実となっていた。それは決して先住民に征服された姿ではなく、その逆であった。だが、それこそが、数と力に勝るという価値観に征服されてしまった姿だったと言ってよい。数と力に勝る価値観というのは、この世においては本当に完全な価値観なのであり、それに勝る価値観はない。ゆえにイスラエル人も、その価値観に征服されてしまい、神様が言った(20節)通りに滅ぼされたのだった。イザヤ書の6節には「万軍の主はわたしの耳に言われた。この多くの家、大きな美しい家は必ず荒れ果てて住む者がなくなる」と書かれている。数と力に勝る価値観によって生きるとき、私たちは滅びへ至るのである。
 申命記の警告、またイザヤ書の言葉は、今日の私たちに対してこそ厳しく響いてくるものではなかろうか。今から3000年以上前の時代に比べて、今日の時代社会は、ますます数と力に勝る価値観によって私たちが支配されていることは言うまでもないことである。私たち一人ひとりの生涯で言えば、確かに青年期から壮年期までは人生も上り坂であって、数と力においてどんどん勝って行ける時なのかも知れない。しかし人生の後半、また晩年はどうか。数と力で勝るといえば、勝るのはマイナスの数と力である。抱えている病気の数、飲まなければならない薬の数、老いの力、そして死の力が勝ってくる。プラスの数と力が増し加わってゆくということを価値観とし、それを幸せの物差しとするのならば、私たちの人生の晩年には幸いはあり得ないのである。ただただ滅んでゆくばかりの人生として受け取るしかない。それが、神様が「滅び去る」と言った(20節)意味なのである。数と力に勝るという価値観は、この世においては、本当に完全で強い価値観であり、私たちを席巻する。それに征服されたなら、私たちは滅ぶしかないのである。私たちは、生きる喜びや生きがいを、人生の後半において失ってしまうのである。

3、だから、神様はイスラエル人に、また今日の私たちにこそ、この価値観に征服されて滅びに至ることのないようにと処方箋を与えて下さっているのである。
 2節以下「あなたの神・・・40年の荒れ野の旅を思い起こしなさい」とある。本当にイスラエルの人々にとって、40年間は、荒れ野の旅だった。数と力に勝ることを価値とし幸いとするのなら、何ら意義のない吐き捨ててしまうしかないような40年間であった。民数記に、エジプトをやっとの思いで脱出した第1世代の人々の中で生き残ったのは、わずかカレブとョシュアの2人だけだったと書かれていた。指導者であったミリアムもアロンも死んでしまい、モーセもこの申命記の最後には召されてゆくことになる。一坪の土地さえ手に入れることもできず、ただただ荒れ野を彷徨(さまよ)い、野宿(のじゅく)生活をしてきたのだった。これほど数と力に勝つという価値観に逆行する歩みはなかったであろう。しかしモーセは、「これが神様がよしとして、あなたがたに与えた歩みだったのだ」と語ったのだった。そこにこそ幸いがあったことを思い起こせと語ったのだった。それを思い起こすことが、数と力に勝る価値観に征服されることからあなたがたを守るものだと語ったのだった。
 40年といえば、私たちの人生の、まさに後半の40年を指しているのではなかろうか。それは、他でもない荒れ野の40年だと、神様は教えている。モーセもアロンもミリアムも死んでゆき、エジプトを出た第1世代のほとんどが死に絶えたように、私たちの青壮年期を支えたものは死んでゆくしかないのである。プラスの意味での数や力に勝るということは、死に絶えてゆく。人生の後半は荒れ野なのである。しかし「この荒れ野の旅の中でこそ、味わい知ることのできる幸いがあったではないか」と神様は告げている。人生後半の40年は、ただただ辛く、多くのものを失ってゆく荒れ野ではない。荒れ野の中だからこそ味わったものがあった。知り得たものがあったのである。
 それは何か。3節にあるように、「主はあなたを苦しめ、飢えさせ」、だからこそ、そこで「あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた」というのである。荒れ野において、私たちは苦しめられる。飢える。しかし、その時にこそ、はじめて、あなたも先祖もこの世のだれも味わったことのない不思議な食べ物であるマナ ─へブル語で「これは何。What」という意味─ を私たちは味わうことになる。突き詰めれば、人生の幸いとは、人生の意義とは、このマナを味わうということにこそある。神様はこんな不思議な食べ物によって私を生かしてくださるのだと知ることができれば、それで人生の目的は果たされているのではなかろうか。
 マナとは、突き詰めれば、十字架の上で苦しまれ復活なさったイエス様にゆきつく。十字架の上で殺された人間が、どうして私たちの食べ物となり得るのか。数と力で勝つことを食べ物としてきた私たちには、決してわかりえない食べ物である。しかし、苦しみと飢えの中に置かれたとき、それがわかるのである。イエス様が私のマナであると。十字架につけられ復活したイエス様が、神様の下さる不思議なパンなのだと知ることができた人生は、それを味わうことができた人生は、本当に幸せなのである。

4 さらに、このマナを私たちに食べさせることで、神様が私たちに教えようとすることは「人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きること」である。
 この言葉は、言うまでもなく、イエス様が特別に愛し心に刻んでおられたものであった。イエス様は洗礼者ヨハネから洗礼を受けた直後、荒れ野で40日間試練にあい、その時、「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ」との誘惑に対し、イエス様が答えたのは、この申命記の御言葉だった。「人はパンだけで生きるものではない」というのは、言うまでもなく、私たちが生きるのにパンはいらないという意味ではない。パンというのは、申命記の流れから言えば、私たちがそれを糧としているところの、数と力に勝つという価値観を指している。そういうパンを私たちは必死になって手に入れようとあくせくしている。私たち自身が働いてパンを得なければ、私たちは生きることができないと思い込んでいる。ここでのパンとは、要は、私たち人間が己の力で手に入れて、自分で自分に食べさせるパン、数と力に勝るパンを意味している。
 しかし、マナの出来事を通してイスラエル人が体験したのは、それとは全く違うことであった。荒れ野にいて、田畑も貯蔵庫も持てなかった。働いて給料ももらえなかった。そのような自分たちが、それにもかかわらず神様が、天から不思議にも与えて下さったマナによって生かされていたのだった。それは、自分たちの生が、自分たちが稼いで手に入れるパンによらないという体験であった。荒れ野での出来事は、生きるということを、私たち自身の働きや業と切り離すことにこそ意味があったのである。私たちの働き、それもプラスの数と力という糧を作り出さねば生きることができないとの固定観念を打ち破り、私たちの生命とは、私たちの働きなどをはるかに越えた神様の下さる不思議の数々によって成り立っているとの教えである。
 そうしたマナをいただいたゆえに、荒れ野の歩みではあったが「この40年の間、あなたがたのまとう着物は古びず、足がはれることもなかった」とモーセは語りかけた。それを思い起こせ、と神様は言った。日野原重明先生が、インタビュー形式で最後に残された『生きていくあなたへ ─105歳 どうしても遺したかった言葉─』という著書を読んだ。この本は今、ベストセラーになっているとのことである。その中に、こんな一節があった。「最愛の人が重い病気に。何と声をかけたらいいのかわからず、自分の無力さを感じます」との問いかけに対し、先生はこう答えている。「人間というのは不思議な力を持っていて、病によって弱められるのだけれど、やがてその弱さの中からある種の強さというものが立ち上がってくるものなのです。僕はそういう患者さんをたくさん見てきました。聖書にある『力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』という言葉のとおりのできごとでした」と。イザヤ書の「残りのもの」という言葉を、またもや思い起こした。神様は、数や力ではもう負けるしかなくなった私たちのために、それに征服されない何かをちゃんと残して下さっていると改めて感じた。人生の晩年の荒れ野の40年があってはじめて、そのような破れない着物や腫れない足があることがわかるのである。その幸いは、どれほど深く大きいことであろうか。プラスの数や力に勝る幸いなど、この幸いに比べたら何ほどのこともない。荒れ野でいただけるマナや幸いというものによって、私たちは数と力に勝るという価値観によって征服され滅びることから守られるのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 2月25日(日)受難節第2主日礼拝

『ヨハネによる福音書 4章 46~54節』

04:46イエスは、再びガリラヤのカナに行かれた。そこは、前にイエスが水をぶどう酒に変えられた所である。さて、カファルナウムに王の役人がいて、その息子が病気であった。 04:47この人は、イエスがユダヤからガリラヤに来られたと聞き、イエスのもとに行き、カファルナウムまで下って来て息子をいやしてくださるように頼んだ。息子が死にかかっていたからである。 04:48イエスは役人に、「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ、決して信じない」と言われた。 04:49役人は、「主よ、子供が死なないうちに、おいでください」と言った。 04:50イエスは言われた。「帰りなさい。あなたの息子は生きる。」その人は、イエスの言われた言葉を信じて帰って行った。 04:51ところが、下って行く途中、僕たちが迎えに来て、その子が生きていることを告げた。 04:52そこで、息子の病気が良くなった時刻を尋ねると、僕たちは、「きのうの午後一時に熱が下がりました」と言った。 04:53それは、イエスが「あなたの息子は生きる」と言われたのと同じ時刻であることを、この父親は知った。そして、彼もその家族もこぞって信じた。 04:54これは、イエスがユダヤからガリラヤに来てなされた、二回目のしるしである。

説教:『あなたの息子は生きる』

1 46節に「イエスは再びガリラヤのカナに行った。そこは前にイエスが水をぶどう酒に変えた所である」とある。このカナという村のことは、2章1節以下に書かれていた。著者ヨハネは、そこがイエス様によって水がぶどう酒に変えられた出来事が起きた場所だということを、読者に再度思い起こさせようとしていたのがわかる。2章11節に「イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで弟子たちはイエスを信じた」とあった。著者ヨハネ自身、イエス様を救い主として信じる決定的な契機となったのが、そのカナの結婚式での出来事だったのであろう。カナの結婚式でのこのできごとにヨハネが改めて触れた(46節)のは、単に同じ村で起きたエピソードだったということを言うためではなかったと思う。
 この出来事は、前にこの村で起きたことと重なり合うことなのだと、著者ヨハネは言いたかったのではなかろうか。カナの婚礼での不思議な出来事は、決して1回きりのものではなかったのだとのメッセージかもしれない。「それは何度も何度も起きるのだ」と言いたかったのであろう。この福音書を読む私たちは、当然ながらイエス様の時代のカナに行くことなどできない。しかし、2000年前のカナに行くことができなくとも、私たちすべてに、「カナの婚礼の出来事は起きるのだ、追体験できるものなのだよ」とヨハネは励ましてくれているのではなかろうか。
 ヨハネは、カナの結婚式の出来事の核心にあったのは「イエスが水をぶどう酒に変えた」ことだと捉えていた。ぶどう酒がなくなったときに、どうしてイエス様は、人々に直接ぶどう酒を与えず、水を汲むように命じたのであろうか。最初からおいしいぶどう酒を与えることは、イエス様の御心ではなかったのである。最初はただの水から始まる。一見すると、「水を汲むことと、足りなくなったぶどう酒と、何の関係があるのか」と私たちはいぶかしく思う。しかし、ただの水を、イエス様の言う通りに汲むことが大事なのである。ぶどう酒は、どこにもあるものではないが、水ならばどこででも手に入れられる。水を汲むことは、たやすくできることである。私たちがたやすくできることを、イエス様は先ずやらせたのだった。すると、それが徐々になくてはならないぶどう酒に変わってゆくのである。ヨハネの思いに従って、カナの結婚式での出来事に重ね合わせながら味わってゆきたい。

2 カナの結婚式では、披露宴に無くてはならないぶどう酒が足りなくなってしまった。それを何とかしてもらおうと、イエス様の母マリアがイエス様のもとにやってきた。これが、水を汲み、それがぶどう酒に変わってゆくための第一の歩みであった。ぶどう酒が無くなったことに気づき、それを他の誰でもなくイエス様のところにやってきて「何とかして下さい」と頼むことから始まった。
 この物語に登場した役人も、まさしくそれと同じようにした。46節の最後に、この人は「カファルナウムの王の役人」だったとある。カファルナウムは、カナの東の約30キロ位の、死海沿岸に位置していた。そこには、ガリラヤの領主であったヘロデ・アンティパスの館があった。この役人は、ヘロデに仕えていた役人だったのである。役人とはいっても、とても地位の高い貴族のような高官だったとされている。普通ならば、大工の息子(イエス様)などと、何の接点もありえない人だったのである。そのような人が、なぜイエス様のもとにわざわざ30キロの道程をやってきたのか。それはm彼の息子 ─それはたった一人の子どもだったようである─ が、重い病気で死にかけていたからであった。彼がイエス様のもとに行くことが、その地位や身分に、どういう影響を及ぼしたかは定かではない。しかし、へロデ・アンティパスと言えば、遊び半分で洗礼者ヨハネの首をはねたような人である。イエス様と洗礼者ヨハネとのつながりは、浅からぬものがあった。そのようなイエス様のもとに、地位の高い自分の部下が行くことを、へロデが快く許したとは思えない。もしかすれば、主人の赦しを得ずに、彼はイエス様のもとに走ったのかもしれない。このことこそが、息子の病気が癒されてゆく上で決定的に大事なことだったのではなかろうか。イエス様のもとに行くということ自体が、すでに病気が治ってゆく過程の始まりなのであった。すでに水を汲みはじめていたのである。そして、彼がイエス様のもとに行ったことは、決して無駄にはならなかった。
 彼は手に何も持たずにイエス様のもとから帰って行った。50節にあるように「イエスの言われた言葉を信じて」ではあったが、求めたぶどう酒に相当する息子の癒しも、イエス様が一緒にカファルナウムに来て下さるということもかなえられずに帰って行った。ぶどう酒を望んだのに、与えられたのは、水どころか何もなかったと言ってもよい。しかし、イエス様のもとにぶどう酒を求めて行ったことは、決して無駄にはならなかったのである。「だれでもそうなのだ」と、著者ヨハネは語りかけているのであろう。だから、他の方法ではどうにもならない「ぶどう酒の足りなさ」を抱えたなら、それをイエス様のところへ行って何とかしていただきなさいとヨハネは励ましているのである。望み通りのものは与えられないかもしれないが、イエス様のもとに行き、お願いすることは、決して無駄にはならないとヨハネは語りかけているのである。

3 イエス様は、カナの結婚式の際、母マリアに、「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのですか」と、文字通りに読むと本当に冷たく、これが実の母に対する態度かと思うような返事をした。それと同じように、「一緒にカファルナウムに来て下さい。息子が死なないうちにおいで下さい。」と頼んだ役人に対し、イエス様は「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ決して信じない」と言い、「帰りなさい。あなたの息子は生きる。」と、ただ言葉だけを与え、彼と同行するのを拒んで、彼をひとり帰した。ここにこそ、ぶどう酒を求める者に、直接ぶどう酒を与えるのではなく、水を汲ませようとされたイエス様の姿が重なる。
 そこには、イエス様のどんな心があったのであろうか。「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ決して信じない」という言葉は、つまりは「人とは、ぶどう酒を求めてしまう者だ」という指摘なのである。しるしや不思議な業が、「望みのぶどう酒」に相当する。「それを与えられたら信じるのが、あなたがただ」とイエス様は言っているのである。しかし、求め願うぶどう酒を希望通りに手に入れられる人は、少ないのである。「望み通りのものを、神様・イエス様から与えられたなら信じよう」というのでは、決してイエス様・神様を信じられるようにはならない。信じる歩みは、先ずはぶどう酒とは遠くかけ離れた水を汲むことから始まる。水ならば、たやすく汲むことができる。水だからこそ、カナの婚礼では、空っぽの6つものカメを一杯にできた。最初からぶどう酒を一杯にはできないけれども、水ならば満たせるのである。それがぶどう酒に変わってゆくのである。
 またヨハネは、イエス様と役人との対話に、以下のような意味合いも含ませていると感じる。この福音書を読む私たちは、カナに行くこともできないし、イエス様に会うこともできない。病気を抱えた自分や家族に触れていただくこともできない。そういう私たち読者のことを、ヨハネは考えてくれていたのだと思う。そのような私たちに、「直接イエス様に来ていただいて、しるしや不思議な業をしていただくことは必要ないのだ。カナに行かずともよいし、イエス様においでいただかなくともよい。癒していただかなくともよいのだ。ただ水を汲むだけで十分なのだ。」とヨハネは励ましてくれているのである。望み求めるしるしや不思議な業というぶどう酒を与えられずとも、水を汲めるならば、それは必ずや私たちにとって必要なぶどう酒に、いつかは変わってゆくのだとの励ましである。

4 では、水を汲むことの意味は、どういうことであろうか。それは、50節にあるように「その人は、イエスの言われた言葉を信じて帰って行く」ということなのである。一緒に来て息子を治して欲しいと頼んだのに、与えられたのは「あなたの息子は生きる」という言葉のみであった。役人は、怒ることも「所詮、かなえることなどできないから、いい加減なことを言って帰そうとしたのだろう」と思うこともできた。しかし、彼は、イエス様のその言葉を信じたのでだった。その言葉を信じて帰っていった。それが、水を汲むことなのである。すると、それはぶどう酒に変わるのである。不思議なことに、イエス様が「あなたの息子は生きる」と言われた時刻に、息子の熱が下がった。
 私たちにとって、水を汲むとは、どういうことだろうかと改めて思う。それは聖書を通して神様の言葉・イエス様の言葉をいただくということなのである。最初、それはほんのわずかな水を汲むことから始まる。わずかな水は、あっという間に乾いてしまうであろう。しかし、繰り返し礼拝に集い、聖書を読むことを通して、汲む水は少しずつ少しずつ豊かになってゆくのである。私自身、60年以上、水を汲むことを重ねてきたように思う。そして、聖書の御言葉を通して汲む水は、年齢を重ねると共に豊かになってきたと、しみじみ感じるのである。そして、その水が、私たちの中で、ぶどう酒に変えられてゆくのである。
 「いや、この役人は、死にかかっていた息子の病気が治るというぶどう酒を与えられたのに、私には与えられない。あいも変わらず水のままだ。大切な人が死にかかっているのは何も変わらない。」と嘆く人もいるであろう。聖書を通していただく水が、ぶどう酒に変わるとは、一体どういうことなのか。文字通り、私たちも病気が治り、死にかけた人が元気になるということが起きなければ、水はぶどう酒に変わっていないということであろうか。
 イエス様は、「あなたの息子は生きる」と言った。しかし、それは、肉体の命を持った存在として生きるという意味ではないと思うのである。勿論、ある時までは、肉体の病が癒されるという形でのぶどう酒が与えられるかもしれない。しかし、時がくれば、私たちは肉体を去って、新たな命の器へと旅だってゆかねばならない。いつまでも土の器にはいられないのである。神様・イエス様が下さるぶどう酒とは、私たちが土の器から霊的な器へと移ってゆくとき、つまり死の時にも、それを喜び言祝いでゆけるようにして下さるものではなかろうか。
 今、イザヤ書を祈祷会で学んでいる。イザヤの言葉は、60歳を過ぎた私に、以前よりもより豊かな水を与えてくれる。そして、その水は、私の中で確実にぶどう酒に変わっている。「残りの者」という言葉に深く心を打たれた。40代・50代の時には、その言葉にそれほど心打たれることはなかった。しかし、私自身がだんだんと終わりの時に向かっているゆえに、この言葉が豊かな水を与えてくれているのだと思えるようになってきた。「残りの者」とは、神様が来らせて下さる終わりの日 ─それは、全世界に訪れるものでもあり、また一人ひとりにもやってくるものでもあるが─ に、必ず残りの者を残して下さるというメッセージである。私たちは、肉体の命の終わりによって、すべてが終わって何にも残らないと思ってしまう。しかし、神様は、終わりの時に決して終わらず、決して消えないものを、私たちに示して下さると言うのである。終わりの時に、そのようなものがあるとわかるということは、どれほどの喜びであろうか。
「残りの者」とは、言葉の上では「余りのもの」という意味もある。元気な時には見向きもせず、不必要・余りものとしか見ていなかったものが、終わりの時には俄然残ってゆくものだとわかってくる。この言葉によって与えられる水が、私の中でぶどう酒に変わっている。肉体の命が終わる時へと徐々に向かっている私たちが、それにもかかわらず、その歩みを言祝ぎ喜べるものとなるためのぶどう酒となっているのである。
 最後に、病気だった息子が肉体的に癒された理由について触れたい。この役人は、へロデ・アンティパスの高官という地位をかなぐり捨てて、息子のためにイエス様のもとへと走ったのかもしれない。父がヘロデの高官として生きることが、もしかすればこの家、特に、その一人息子に暗い影を落としていたのではなかったかと思うのである。息子のために、へロデのもとを離れた父が、その後もヘロデに仕える役人であり続けたかどうかは分からない。しかし、彼の心の内では、イエス様に仕える者となったのであった。彼は、神様・イエス様に助けを求め頼る弱い姿をさらけ出した。それは息子のためであった。そのような父の姿こそが、息子を救い、新たに生かしたとは言えないであろうか。彼の一家を救ったと言えるのではなかろうか。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 2月18日(日)受難節第1主日礼拝

『コリントの信徒への手紙1 3章 1~9節』

03:01兄弟たち、わたしはあなたがたには、霊の人に対するように語ることができず、肉の人、つまり、キリストとの関係では乳飲み子である人々に対するように語りました。 03:02わたしはあなたがたに乳を飲ませて、固い食物は与えませんでした。まだ固い物を口にすることができなかったからです。いや、今でもできません。 03:03相変わらず肉の人だからです。お互いの間にねたみや争いが絶えない以上、あなたがたは肉の人であり、ただの人として歩んでいる、ということになりはしませんか。 03:04ある人が「わたしはパウロにつく」と言い、他の人が「わたしはアポロに」などと言っているとすれば、あなたがたは、ただの人にすぎないではありませんか。 03:05アポロとは何者か。また、パウロとは何者か。この二人は、あなたがたを信仰に導くためにそれぞれ主がお与えになった分に応じて仕えた者です。 03:06わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。 03:07ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。 03:08植える者と水を注ぐ者とは一つですが、それぞれが働きに応じて自分の報酬を受け取ることになります。 03:09わたしたちは神のために力を合わせて働く者であり、あなたがたは神の畑、神の建物なのです。

説教:『成長させて下さるのは神』

1 4節に、コリント教会の中に「私はパウロにつく」「私はアポロに」と言って対立していた人々がいたことが記されている。このことは、この手紙の書きはじめの1章12節にも記されていた。そこには、2つのグループだけではなく、4つのグループがあったと書かれていた。「私はパウロにつく」という文章は、原文のギリシャ語では「エゴー・エイミー・パウルー」である。「エゴー・エイミー」は、「私は・・・である」という意味である。「パウルー」とは「パウロに属する・パウロのもの」という意味である。私はギリシャ語については、ほんの少し神学校で聞きかじった程度である。しかし、「エゴー・エイミー」とまではっきりと言うというのは、よほど「私は・・・である」ということを強調する言い回しだとわかる。6節に「私は植え、アポロは水を注いだ」とあった。パウロは、コリント教会を植えた人、つまり設立した人であった。アポロは、パウロの後にコリント教会にやってきて、それに水を注いで大きくした人だった。そこで、コリント教会のある人々は、「私はこの教会の創立者であるパウロ先生のものだ」と言って自慢し、またある人々は、「いや、私はこの教会をぐっと大きくしてくれたアポロ先生に属する者だ」と言っていた。彼らは、自慢合戦のようなことをしていた。
 どうしてコリント教会の人々が、このように自慢しあっていたのか。コリント教会のメンバーの多くは、奴隷階級の人々だった。テレビの時代劇では、「おれはどこそこ家の召し使いだ」とか「誰々様の使用人だ」と言って張り合う様子がある。それと同じようなことだったのではなかろうか。彼らは、自分自身については、何も自慢できるものを持たない分、「私は誰々様という主人に仕える身だ、・・・何々家に属する奴隷だ」と口にすることで、誇りを持つしかなかった人々なのであった。そういうことが習慣になっていたので、クリスチャンになっても「私はパウロ先生のもの」「私はアポロ先生に属する者だ」と言って誇りを口にするようになっていたのではなかろうか。私たちは、どこかで誇りを持つことが必要だと思う。しかし、それは、うぬぼれるとか、思い上がるという意味の誇りではなく、自分自身の貴さや価値というものに、しっかりとした確信を抱くということであろう。コリント教会の人々は、奴隷としての習慣が、クリスチャンになっても、そのまま続き、「誰某先生に属する者だ」という点で、自分の貴さや価値というものを見いだそうとしていたのだった。そういう誇りの持ち方が、教会の中に対立を引き起こしていたのである。

2 そのように自慢合戦をしていた人々にパウロは、「(そのように)言っているとすれば、あなたがたはただの人にすぎないではありませんか(4節の最後)」と語りかけた。「お互いの間に妬みや争いが絶えない以上、あなたがたは肉の人であり、ただの人として歩んでいる(3節)」とも言った。「あなたがたが、今までと同じように『アポロ先生やパウロ先生のものだ』と言って誇りを持とうとするのならば、それはクリスチャンになる以前と何ら変わりがないではないか」、「ただの人、周囲の人々と同じように誇ろうとしているのではないか」と。
 これは、私たちにとっても、まことに耳の痛い指摘ではなかろうか。信仰者になっても、なおその時代社会内における周囲の人々と同じようなところに、誇る根拠を置き続けてしまうことから避けられない私達である。申命記の7章に、神様はこれからパレスチナに住もうとするイスラエルの人々に、あなたがたを待ち受けているのは「あなたに勝る数と力を持つ7つの」先住民だと言ったとあった。私はその語順を入れ替えて、「あなたがたを待ち受けている先住民は、数と力で勝とうとする7(完全数)つの民」という意味に受けとった。神様は、その民を「滅ぼし尽くせ」と命じたが、その本意は「滅ぼし尽くせ」ではなく、むしろその反対に「滅ぼし尽くされないように」なのだと思う。「数と力によって勝とうとした先住民の生き方や価値観に呑みこまれてはいけない」との神様の言葉である。数と力で勝とうとし、そこに誇る土台を置こうとするのが「ただの人」であり「肉の人」ではなかろうか。イスラエル人が、いつの間にか先住民の価値観に染まっていってしまったように、私たち信仰者も、数と力によって勝とうとするこの時代社会の価値観に染まってしまうのである。そこで誇ろうとするとき、必ず教会の中に対立が生じる。また、教会の中だけではなく、自分自身や家族の中にも、葛藤や分裂が生じてくる。それは、私たちが数や力によって勝って誇ろうとしても、そうはできない弱さや力の無さを持つているからなのである。私たちは、誇りの邪魔になるものを許せないのである。

3 そんなコリントの人々に、そし私たちに、「それでは、私たちは何によって誇ればよいのか」というアドバイスを与えてくれている。
 5節でパウロは、「アポロとは何者か。・・・・主がお与えになった分に応じて仕えた者です」と語りかけた。ここでパウロは、「コリントの人々が『私はパウロのもの』、『アポロのもの』と言っているが、そのパウロやアポロとはそもそもどういう存在であるのか。そしてあなた方は何をより所にして誇っているのか」ということを教えようとしていたのだった。そこで、最初に教えたのは、「私たちは主に仕えているのだ」ということであった。パウロがわざわざ「仕えている(ギリシャ語の原文ではディアコニア)」という言葉を使ったのは、奴隷としてこの世の主人に仕えていたコリント教会の人々を、おもんばかってのことだった。「私たちは、神様とイエス様に仕えている者なのだ」、「あなたがたもそうではないか」とパウロは勧めたのだった。「確かに、この世の主人に仕えざるを得ない者ではあるが、同時に、神様とイエス様に仕えさせていただいている者ではないか。それならば、そこに誇りを置けるのではないか」とパウロは言ったのだった。
 主なる神とイエス様は、私たちを、是非とも必要だからと、ディアコニアとして仕えさせて下さっているのである。申命記7章6節・7節には、神様がイスラエル人を選んで宝ものとされたのは、彼らがどの民よりも貧弱だったからだとあった。奴隷であったコリント教会の人々を、神様は宝ものとして選んだ。仕える者として必要だから選んで下さった。そのことを誇れるのではなかろうか。

4 次にパウロが、自分たちのこととして勧めたのは、ディアコニアとして選ばれた私たちに、神様が委ねた働きが「まことにささやかなもの」だということであった。小さな役割を与えられたことにこそ、誇りを持ちなさいということであった。新共同訳聖書では、7節は「ですから、大切なのは・・・成長させて下さる神です」となっている。しかし、1954年版の口語訳聖書では、「だから、植える者も水をそそぐ者もともに、とるに足りない。大事なのは成長させて下さる神のみである」となっていた。新共同訳では「とるに足りない」という言葉が、無くなってしまった。残念なことである。奴隷であったコリント教会の人々は、自分が主人から取るに足りないこととは正反対の、より大事な、より大きな役割を任されれば、それをもって自慢したのだろうと思う。そういう様子を想像してパウロは、わざわざこういう語りかけをしたのではなかったかと感じる。ところが、ディアコニアとして私たちを選んだ神様は、この世の主人とは違って、私たちに「取るに足りない役割をお任せになるのだ」とパウロは教えたのだった。パウロは「委ねられていることが、より小さなことであれば、よりそこに、神様のあなたへの信頼が大きい。そう思って、それを誇りなさい。」と勧めたのだった。
 このことは、私自身にとって本当に慰めに満ちたものである。私は、牧師になって30余年経った。これまで幾度となく、自分の働きが取るに足りないものではないかと悩んだことがあった。もっと数や力の点で大きなことを成し遂げたいと思い、今でもどこかにそういう思いが潜んでいる。しかし神様は、私に「取るに足りない」働きこそを委ねて下さる。取るに足りない働きこそが、神様の与えたもうたものなのである。それを果たしてゆくことに対して、8節にあるように「働きに応じて報酬を受け取る」のである。
 また私は、今私に託されている務めを「取るに足りない」ものとして見るようにとのアドバイスもいただく。牧師としての「自分がやらなければ」、地区長や教区の執行部としての「自分がやらなければ」という思いが、どうしても強くなってしまう。「伝道しなければ20年後・30年後の教会がなくなる」、「教勢を増やさねば20年後・30年後の教会がなくなる」というプレッシャーを、私たちは常にかけられている。しかし神様は、「あなたの務めは取るに足りないものでいいのだよ」と語って下さるのである。「数や力に勝るものでなくとも良く、小さな働き・ささやかな働きで良い」と言って下さる。そして「それを誇ってよい」と言って下さる。そのことは、私たちにとってどれほどの慰めであろうか。

5 それでも、「私がやらなければこの家族はどうなるのか。この教会の未来はどうなるのか」と言われるかもしれない。そのような私たちにパウロは、「私たちの『取るに足りない』働きを神様が成長させて下さるから大丈夫だ」と励ましてくれたのである。私たちの拙い小さな働きを受けとめて、それを不思議にも成長させて下さるのは、神様なのである。私たちではないのである。
 そもそも「成長」とは何なのか。今の時代社会において、私たちが普通に「成長」と思うのは、数と力で勝るようになることであろう。しかし、神様が与えて下さる成長とは、そういうものなのだろうか。むしろ、私たちが成長と思うことと、神様のそれとは、大きく違っているのではなかろうか。イザヤ書の2章1節から11節には、有名な「終わりの日」についての預言が、また「剣や槍を打ち直して鋤や鎌にする」と記されていた。「終わりの日は、それまで私たちが目標として目指していた山々や峰のどれよりも、神様の山が高くそびえるようになり、そこに向かって私たちが、決して無理強いされてではなく、喜々として登って行けるようになる時だ」とあった。そういう時にこそ、それまで手にしていた剣や槍を鋤や鎌に打ち直し、争いがなくなるというのである。
 数や力で勝ろうとする「成長」というものが、私たちが目標にしていた山々・峰ではないかと思う。しかし、終わりの日には、そういう山々、そういう峰よりも、神様の山が高くそびえるようになるのである。私たちが目標とする山とは全く違う山が、目標なのだということが、はじめてわかるのである。「一体、私たちは、何と見当違いな山を目標とし歩んできたのか」ということがわかるのである。そういう山々に向かおうとするがゆえに、自分自身に対しても、周囲に対しても、剣や槍を振りかざし、争ってきてしまったことがわかるのである。それは、神様がそういう「成長」にピリオドを打ち、「もう終わりだよ」と言って下さる日なのである。先日の地区の社会部の研修会でが、使徒言行録のステファノにちなんで、1975年代からアメリカで実践されてきたステファノ・ミニストリーをしておられる関野牧師に、お話をうかがった。それは、ひとことで言えば、信徒が牧師の働きを助けて、教会の門を叩いた人たちの聞き役・付き添い役になるという働きだという。関野先生は、「自分が牧師になったら世界が変わるのではないか」と、まことに大きな幻を抱いたそうである。しかし、現実はそれとは全く正反対で、悩んだあげく、香港に勉強に行き、そこで指導をうけたのが、このステファン・ミニストリーだったそうである。求めていた「成長」に「終わり」を突き付けられた時、神様が与えようとされる成長への歩みというものが始まってゆくのではなかろうか。神様に仕える私たちは、本当に取るに足りない働きを成長させて下さる神様・イエス様の宝ものとされていることを誇りとしたいものである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 2月11日(日)降誕節第7主日礼拝

『申命記 7章 1~15節』

07:01あなたが行って所有する土地に、あなたの神、主があなたを導き入れ、多くの民、すなわちあなたにまさる数と力を持つ七つの民、ヘト人、ギルガシ人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人をあなたの前から追い払い、 07:02あなたの意のままにあしらわさせ、あなたが彼らを撃つときは、彼らを必ず滅ぼし尽くさねばならない。彼らと協定を結んではならず、彼らを憐れんではならない。 07:03彼らと縁組みをし、あなたの娘をその息子に嫁がせたり、娘をあなたの息子の嫁に迎えたりしてはならない。 07:04あなたの息子を引き離してわたしに背かせ、彼らはついに他の神々に仕えるようになり、主の怒りがあなたたちに対して燃え、主はあなたを速やかに滅ぼされるからである。 07:05あなたのなすべきことは、彼らの祭壇を倒し、石柱を砕き、アシェラの像を粉々にし、偶像を火で焼き払うことである。 07:06あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされた。 07:07主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった。 07:08ただ、あなたに対する主の愛のゆえに、あなたたちの先祖に誓われた誓いを守られたゆえに、主は力ある御手をもってあなたたちを導き出し、エジプトの王、ファラオが支配する奴隷の家から救い出されたのである。 07:09あなたは知らねばならない。あなたの神、主が神であり、信頼すべき神であることを。この方は、御自分を愛し、その戒めを守る者には千代にわたって契約を守り、慈しみを注がれるが、 07:10御自分を否む者にはめいめいに報いて滅ぼされる。主は、御自分を否む者には、ためらうことなくめいめいに報いられる。 07:11あなたは、今日わたしが、「行え」と命じた戒めと掟と法を守らねばならない。 07:12あなたたちがこれらの法に聞き従い、それを忠実に守るならば、あなたの神、主は先祖に誓われた契約を守り、慈しみを注いで、 07:13あなたを愛し、祝福し、数を増やしてくださる。主は、あなたに与えると先祖に誓われた土地で、あなたの身から生まれる子と、土地の実り、すなわち穀物、新しいぶどう酒、オリーブ油など、それに牛の子や羊の子を祝福してくださる。 07:14あなたはすべての民の中で最も祝福される。あなたのうちには子のない男も女もなく、あなたの家畜にも子のないものはない。 07:15主はあらゆる病気からあなたを守り、あなたの知っているエジプトのあらゆる重い病気にかからせず、あなたを憎むすべての者にこれを下す。

説教:『神の宝の民として』

1 まず申命記とは、どのようなものか。
 申命記は、英語ではデュートロミー。これはギリシャ語のデュートロノミオンをそのまま英語表記にしたものである。デュートロとは2番目という意味、ノミオンとは法律とか決まりを意味するノモスから変化した言葉である。モーセは、神様から「あなたは約束の地に入ることはできない」と言われた。それで、これからパレスチナに入って行こうとするイスラエルの人々への、言わば遺言のようなものとして、神様の命令(ノモス)を2度目に(よくよく、改めて)語った。それがこの申命記である。
 とは言うものの、果たしてこれが事実かと言うと、到底そうは言えないだろうと言うのが、今日の定説である。確かに神様からモーセが聞き、イスラエル人に語った言葉もあるにはある。それが口伝えに伝えられ、ある時から文字に記され、それが元になって申命記の土台となるような書物が書かれたのであろう。列王記(下)22章8節以下、ヨシア王がエルサレム神殿の修理をしていたとき、神殿の中から「律法の書」を見つけたとあった。これが今の申命記の元となるものだと言われている。しかし、それは今の申命記のごく一部分にしかすぎない。これに色々なものが付け加えられて今の形として書かれ編纂されたのは、恐らくはバビロン捕囚のさなか祭司を中心とする人々によってであっただろうと考えられている。
 バビロン捕囚のさなかにまとめられたというのがミソである。4節に「主の怒りが・・・速やかに滅ぼされるからである」とあった。申命記は、これが現実になったさなかに書かれたものなのである。当然、その信仰の立場とは、なぜ自分たちはこうなってしまったのか、なぜ神様の怒りにあって滅ばされてしまったのか、そのことを問うものであった。すると歴史を溯っていって、はるか昔、先祖がパレスチナに入った時にこうすべきであったのではないかという答えに行き着く。それが、モーセを通して、神様の命令として語られたという場面設定となるのである。

2 そういう背景を知ると、2節の「滅ぼし尽くさねばならない」という恐ろしい言葉の意味を理解することができる。申命記にも、ヨシュア記にも、「滅ぼし尽くせ」という神様の命令が何度も出てくる。これを、いったいどのように受け止めたら良いのか、私たちは悩むのである。滅ぼし尽くせという神様の言葉をどう理解したらよいか、そのことを昨年関東教区の女性部の総会・修養会にお招きした小友先生に、お聞きした。小友先生でさえ、とても難しい問題だとおっしゃっていた。
 中には、これを文字通り神様の命令として読む人々がいる。これを神様の絶対的な命令として受け止めた人々は、アフリカや南北アメリカ大陸に入って、先に住んでいた人々を追い払い、絶滅させたことさえ正当化する。今日のイスラエルも、パレスチナの人々を追い払う理由として、このような一連の聖書の言葉を根拠としている。しかし、この言葉は、決して文字通りの意味ではない。
 それは、祖国を滅ぼされてバビロンに捕虜とされたイスラエル人が、あのとき先祖はどうすべきであったのかという問いから聞こえてきた神様の言葉だったのである。そこには、何よりも祖国を失うべきではなかった、国土を奪われるべきではなかったという立場があった。どうしてこうなったのかと言えば、周囲の人々と婚姻関係を結び、いつの間にか彼らの信じている神々に仕えるようになったので、神様の怒りを買ったからだと考えた。だから、「先ずは滅ぼし尽くすべきであった」、「婚姻関係など結ぶべきではなかった」、「様々な契約をすべきではなかった」と考えた。或いは、伝えられてきた神様の言葉を、そういう意味から受け止めた。あくまで、国や領土を失ってはいけないという立場に立って聞いた神様の言葉だったのである。しかし、それは本当に真実の神様の言葉だったのか。私は疑問に思うのである。
 これは、旧約聖書全体を通しての根本的な問いである。神様はアブラハム以来、何度も繰り返して、この地をイスラエルの人々に与えると約束してきた。しかし、それは果たして、どういう意味だったのか。7章1節には「所有する土地」とある。関根正雄先生は、ここを「所有する」ではなく、民数記にあった「嗣業」という言葉の「嗣」から、「嗣ぐ」と訳した。私は適切な訳だと思った。
 確かに神様は、イスラエルの人々に、この地を与えた。しかしそれは、あくまでも、くじ引きの結果として偶然に住む場所が与えられたというものであった。所有ということで言えば、それは神様の手にあった。イスラエル人が所有するという形態ではなかった。前から住んでいた人々を追い出し、文字通り滅ぼし尽くしてのものなどでは、決してなかった。実態は、共存だった。むしろ現実には、、そもそも滅ぼすことなどできない人々だった。彼らと争って土地を所有しょうとしたからこそ、逆に彼らと協定を結び、姻戚関係となり、結果的には、彼らの神々に引き込まれ、彼らの価値観にどっぶりと染まってしまったのだった。そして滅びへと向かったのだった。「どうすれば祖国や領土をバビ口ニアに奪われなかったのか」、「土地所有を失うことがなかったのか」という立場からしか神様の言葉を聞くことができなかったなら、その立場で聞いた言葉は、本当には神様の言葉とは言えないと私は思う。

3 では、奧底にあった本当の神様の御心は何だったのか。所有するのではなく、イスラエル人はパレスチナの地にただ住む。そうするにあたって心すべきことがあった。それが神様の御心だったと私は思うのである。それは、やはり先に住んでいた住民との関係なのであった。そこに住むことになれば、様々な契約を交わし、姻戚関係を結ぶことも起きるこのになる。しかし、確かに、彼らとそういう関係を結べば結ぶほど、彼らの神々に仕えるようになって、滅びを招くということがあった。だから、たとえ彼らとつながりを持ったとしても、決して彼らの神々に仕えてはならず、また彼らの価値観や生き方に染まってはならないということだったのである。埋もれてはならないということだったのである。
 では、彼らの価値観や生き方とは、どういうものであったか。その核心にあったのは、彼らが「あなたに勝る数と力を持つ7つの民(1節3行目)」という点なのであった。7とは、完全数である。彼らは数と力では完全で、イスラエル人は数と力では決して太刀打ちできないパーフェクトな民だということを意味していた。40年ほど前に、カデシュという場所から偵察隊を遺わしたとき、彼らがもたらした報告は「そこに住んでいる人々は巨人のように強く大きく、町という町は城壁に囲まれている(民数記13章28節以下)」というものだった。「そのような人々が、あなたがたを手ぐすねを引いて待っている。あなたがたを取り込み、あなたがたを滅ぼし尽くそうと待っている」という状況だった。「だから、あなたがたは、そういう人々と戦ってゆかねばならない」ということだった。神様の御心は、「滅ぼし尽くせ」ではなく、むしろ反対に、「滅ぼし尽くされないようにせよ」ということなのであった。負けないように、ということなのであった。
 では、どう戦うのか。彼らと同じ土俵に引き込まれ、数と力で戦おうとしても、負けは完全に見えていた。だから、数や力によってではなく、全く違う土俵で、違う武具をもって立ち向かってゆかねばならなかった。そうすれば勝利できた。文字通りの意味ではないが、「勝利する」ということが「滅ぼし尽くせ」の意味であった。それは、数や力で勝って、文字通り滅ぼすことを意味していなかったのである。価値観や生き方の点で、あるいは信仰の面で、先住民のそれに打ち勝ち、飲み込まれずに独立を保つということを意味していたのである。
 先住民を追い出し、滅ぼし尽くすことなど、できるはずがなかった。そうしようとすれば結局は、数と力で戦おうとすることになった。今のイスラエルや、それを支持する人々がやっているのは、数や力で勝とうとしていることである。それは決して神様の御心ではない。勝っているとしても、むしろ根本的には数と力を行使する彼らによって滅ぼされてしまっている姿でしかないのである。

4 それでは、この困難な戦いのために、神様は、私たちに、数や力ではなく、どのような武具を与えて下さるのか。それが、6節から8節の御言葉に記されている。ここには、申命記の中でも、とくに有名な御言葉が記されている。神様は、イスラエル人に心引かれて彼らを宝とされた。では、神様がなぜイスラエル人を宝としたのか。その理由は、彼らが「どの民よりも数が多かったからではない。他のどの民よりも貧弱であった」からだという。何が武具なのかといえば、それはこの神様の選びなのであった。「神様が、誰よりも貧弱な私たちを、神様自身の宝物として選んで下さった」ということを武具として、7つの完全な民に、数と力の戦いに打ち勝てということであった。
 彼らは、数と力の尺度をもって私たちに挑み、「お前達はなんと貧弱なことか、価値のないものか、生きていても無意味だ」と嘲った。数と力の豊かさを持っていなかった者など、何の価値もないと言うのだった。「明日の友」という雑誌に、淀川キリスト教病院のチャップレンと、関西いのちの電話養成講座講師との対談が載っていた。チャップレンの藤井さんは「ホスピスで一番よく聞く言葉は、『生きている意味がない』です。迷惑をかけて、家族の負担になって、自分が生きていても意味がないから早く死んでしまった方がいいと本当にたくさんの方がおっしゃいます。人に迷惑をかけない存在であるべきというとらわれが、自分自身の今を受け入れられなくしているのでしょうね」と言っていた。
 藤井さんが言うように、まさに私たちは、囚われているのである。とらえているのは、いつまでも元気で健康で人様に迷惑をかけない存在でありたいという、元気さや、健康の力、それをより所として生きる生き方であり、価値観なのである。病気や弱さを持たない「完全な者」であることにおいて勝利しようとする価値観なのである。しかし、私たちすべてが、いつかは「この世で最も貧弱な者」になってゆく。その時に、数と力で勝とうとする価値観に囚われているからこそ、生きていても意味がないと口にするのである。それが滅びなのだる。そうならないためのただ一つの武具は、ただ神様の選びなのである。神様は、この世で最も貧弱な私たちを、神様自身の宝とされるということが武具なのである。
 一体なぜ神様は、そのような選びをされるのか。7節にある「心引かれた」という言葉は、本当に独特の言葉で、ある聖書の訳では「恋い慕って」と訳されているという。それは、私たちが異性を恋い慕うという意味で用いられる言葉である。神様は、数や力で勝る者ではなく、最も貧弱な者を恋い慕われるのである。私たちが貧弱な者とされたとき、神様はそのような私たちを恋い慕って下さるのだと、特別に必要とし大切に思い宝物として下さるのだと思うことができたら、どれほど慰めとなることか。このようにして神様は、私たちを滅ぼそうとする7つの民に打ち勝って下さるのである。私たち自身が勝つのではなく、神様が勝って下さるのである。
 そして、神様の勝ち方は、数や力によってではなく、貧弱な私たちを選ぶことによってなのである。それは、十字架の上で最も貧弱で、あざ笑われ、役に立たない者と唾棄されたイエス様の選びに行き着く。このイエス様を、神様は最大の宝とされた。だからこそ神様の最大の宝だったイエス様だけが、永違の命をいただいたのである。数や力で勝とうとする民は、イエス様を十字架にかけて殺したように、一時は私たちにも勝つであろう。しかし、十字架につけられたイエス様が復活し、今も生きておられるということは、十字架という貧弱さと私たちの貧弱さこそが神の宝とされ、いつまでも存続するものであると教えてくれているのである。神様が十字架のイエス様を最大の宝とされたことが、私たちの支えとなり励ましとなるのである。そのことは、この世の7つの完全な民、数と力で勝とうとする生き方に、私たちが滅ぼし尽くされないで生きるための武具となるのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 2月4日(日)降誕節第6主日礼拝

『ヨハネによる福音書 4章 31~42節』

04:31その間に、弟子たちが「ラビ、食事をどうぞ」と勧めると、 04:32イエスは、「わたしにはあなたがたの知らない食べ物がある」と言われた。 04:33弟子たちは、「だれかが食べ物を持って来たのだろうか」と互いに言った。 04:34イエスは言われた。「わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである。 04:35あなたがたは、『刈り入れまでまだ四か月もある』と言っているではないか。わたしは言っておく。目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている。既に、 04:36刈り入れる人は報酬を受け、永遠の命に至る実を集めている。こうして、種を蒔く人も刈る人も、共に喜ぶのである。 04:37そこで、『一人が種を蒔き、別の人が刈り入れる』ということわざのとおりになる。 04:38あなたがたが自分では労苦しなかったものを刈り入れるために、わたしはあなたがたを遣わした。他の人々が労苦し、あなたがたはその労苦の実りにあずかっている。」 04:39さて、その町の多くのサマリア人は、「この方が、わたしの行ったことをすべて言い当てました」と証言した女の言葉によって、イエスを信じた。 04:40そこで、このサマリア人たちはイエスのもとにやって来て、自分たちのところにとどまるようにと頼んだ。イエスは、二日間そこに滞在された。 04:41そして、更に多くの人々が、イエスの言葉を聞いて信じた。 04:42彼らは女に言った。「わたしたちが信じるのは、もうあなたが話してくれたからではない。わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であると分かったからです。」

説教:『あなたがたの知らない食べ物』

1 ヨハネによる福音書の4章1節以下で、「水」が主題になっていた。ここでは「食べ物」がテーマになっている。32節、イエス様は弟子たちに「わたしにはあなたがたの知らない食べ物がある」と言った。その言葉を援用すれば、4章1節以下の主題は、「あなたがたの知らない水がある」ということになろう。
 その当時に至るまで1000年以上涸れたことのない「ヤコブの井戸」から、サマリアの女性は水を汲んで飲んでいた。彼女は、5人もの男性との遍歴を重ね、イエス様と出会ったときには6人目の男性と生活を共にしていた。ここには、彼女が飲んでいた水がどのようなものであったかが、象徴的に示されていると改めて感じる。それは1000年以上も涸れることがなく、代々にわたって人間を潤してきた水であった。そして、人を愛し、人とのその絆を築くことによって人間を潤してきた水というものを示していた。それは夫婦や家族といった愛する人々とのつながりであり、また、お金や土地を得ること等の経済的な潤いであり、また民族や国家というものの存在から与えられてきた水なのであろう。彼女のように私たち人間は、長い間、そのような水を十分に飲んできたのである。
 しかし、それでも癒されることのない渇きが彼女にはあった。彼女が知ることができず、また手に入れることのできなかった水があり、それをイエス様との出会いによって与えられたのだった。29節や30節にあるように、「わたしが行ったことをすべて言い当てた方がいます」と、彼女はイエス様のことを町の人々に語った。その言葉にこそ、彼女がイエス様を通して得た水が何であったかが語られている。だれも言い当てたことのない彼女の心の奥底に隠れていたものに、光が当てられたのであろう。彼女自身も気づかなかった部分に、神様が光を当てて下さったのだと彼女は感じたのであろう。それは彼女を責めるような光ではなく、彼女を貴いと認めて下さる光だったのだと私は思う。イエス様を通しての、そのような神様の出会いこそが、尽きることのない水となったのだった。それが、私たちの知らない水、この世の井戸からは決して汲むことのできない水だったのである。サマリアの女性との、このような水を巡る対話から、今度は、弟子たちとの食べ物についての問答へ、この世からは決して得られない食べ物のことへと、主題が移ってゆく。

2 物語は、町へ食べ物を買いにいっていた弟子たち(4章8節)が帰ってきて、イエス様に食事を勧めた場面から始まる。弟子が「ラビ(先生)、食事をどうぞ」と言うと、イエス様は唐突に「わたしには、あなたがたの知らない食べ物がある」と言われた。弟子たちは「だれかが食べ物を持って来たのだろうか」と互いに言いあった。おそらくイエス様は、とても満ち足りた様子だったのだろうと想像できる。弟子たちが食べ物を買いに町に出掛けたときには、旅に疲れ、喉がかわき、お腹もすかせて、井戸端にへたりこんだ様子だったのに・・・。それで弟子たちは、だれかが食べ物を持ってきたのかと思ったのだった。しかし、言うまでもなく、イエス様を満ち足りた様子にさせたものは、食べ物ではなく、サマリアの女性との出会いと対話であり、彼女が神様に出会って別人のようになって帰っていったことだったのである。それは「私の食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げること」というイエス様の言葉に込められていた。
 サマリアの女性が、ヤコブの井戸、そして何人もの男性との生活から水を汲み上げようとしたように、弟子たちも町に行き、乏しいお金を使って懸命に食べ物を手に入れた。そういう弟子たちに、「あなたがたは、そのような食べ物しか知らないのだね」と、イエス様はまず言った。そして「私にはあなたがたの知らない食べ物があるのだ」と続けたのだった。「井戸端に疲れて座り込み、お金もなく、この世の食べ物など何ひとつ得られなかった私が、今このように満腹できる不思議な食べ物があるのだ」ことを弟子たちに教えた。「そんな不思議な食べ物があることを知りなさい。そういう食べ物によって満ち足りることを体験しなさい。それこそが、あなたがたにとって、なくてはならないものなのだ。それこそが、あなたがたの血や肉や骨となりエネルギーとなり、生きる糧となる食べ物なのだよ。」と。

3 では、それはどのような食べ物だったのか。どのようにして、私たちはそれを手に入れることができるのだろうか。34節の「わたしの食べ物とは・・・」というイエス様の言葉から、イエス様の言う食べ物と、私たちが知っている食べ物との間には、大きな違いがあることが分かる。私たちが知っている食べ物の特徴は、自分のお腹の中に、それを摂取することにある。自分の中へひたすら取り込んでゆき、食欲を満たす食べ物である。しかし、私たちの腹の欲というものは、どこか底無し沼のようなところがあり、満たそうとしても満たすことができないようなことがしばしばある。自分の欲を満たそうとして食べ物を取り入れようとすると、なぜかどんなに食べても満足することができない。私たちの知っている食べ物には、そういう特徴があるように思う。ところが、イエス様がここで教えた食べ物は、自分の腹にそれを取り入れて自分お腹の欲を満たすということがどこにもない。「わたしをお遣わしになった方」、つまり神様の御心を行い、その業を成し遂げるというのだから、言わば神様の腹を満たすものが、イエス様の教える食べ物なのである。
 では、神様の腹は、どんな食べ物によって満腹されるであろうか。神さまは、私たちのどんな業によって満たされるのであろうか。神様は、私たちに、どれだけ大きなことを要求されるのであろうか。底無し沼のように、私たちに過大なことを求めるのであろうか。「そうではない」と、いつも教えられている。箴言の16章8節に、「稼ぎが多くても正義に反するよりは、僅かなものでも恵みの業をする方がよい」と書かれていた。神様は、私たちに稼ぎの多いことを望まず、たとえ僅かな働きではあっても、恵みの業を望むのである。小さな働きではあっても、それが誰かのために恵みとなるならば、それを神様は喜んで下さる。神様のお腹を満たすのは、僅かな恵みの業である。イエス様が、サマリアの女性になされたのも、恵みの業ではなかったか。彼女に神様の眼差しを得させた。何人もの男性を、とっかえひっかえして村八分にされていたような女性が、神様の目には貴い存在なのだという恵みが与えられた。この世のどこにもない、ただ神様だけが投げかけることのできる視線が注がれたのだった。

4 自分の腹の欲を満たすために、自分自身の中に摂取する食べ物ではなく、神様に喜んでいただき、具体的には、周りにいる誰かの恵みとなるような僅かな働きをすることが、神様が私たちに与えて下さる不思議な食べ物であり、私たちを満ち足らせて下さるものなのである。
 私はここで、旧約聖書の列王記17章8節以下の、預言者エリヤとシドンのサレプタという町に住んでいた未亡人との出会いの物語を思い起こた。その未亡人は、ひとり息子を抱えていた。わずかに残った焚き木を燃やして、最後に残った粉と油を使ってパンを焼き、あとは死ぬのを待とうとしていた矢先だった。神様は、わざわざこのような女性のもとへエリヤを遣わしたのだった。そして、あろうことか、彼女に向かって「ではまず、その焼いたばかりのパンを自分に食べさせよ」とエリヤに言わせたのだった。まず自分に食べさせてから、あなたがた親子が食べよと。未亡人は、その通りにした。すると「壷の粉は尽きることなく、瓶の油もなくならなかった(列王記上17章16節)」。
 私たちが知っている食べ物とは、私たち自身の空腹を満たすため自分自身の内側へと取り込む食べ物のみである。それがなくなると、私たちはもうだめだと思い、希望を失ってしまう。しかし、そこに神様の下さる不思議な食べ物があり、それは決してなくなるものではないということを、この物語は教えてくれている。彼女は、馬鹿げたことを求める旅人に僅かなものをもって恵みの業をした。そうすることのできる心は、なくなってはいなかった。恵みの業ができること、その心を失ってはいなかったことが、壷の粉・瓶の油がなくならないという不思議な現象として現れたのだった。

5 35節以下は、理解するのが難しいと感じさせる箇所である。様々な人が、いろいろな解釈をしている。著者ヨハネ自身も、もしかすれば、はっきりとした理解がないままに書いたのかもしれない。だから、はっきりとその言わんとするところが伝わってこないのかとも思える。私が自分なりに、こんな意味ではないかと了解できた点は以下のようなことである。
 これまでの流れを受けて、イエス様は、私たちがこの世の食べ物を得ることと神様が下さる食べ物を得ることとを比較対照して教えて下さっているのではないかと感じるのである。恐らく当時流布されていたであろう二つのことわざを引用して。それらは「刈り入れまでまだ4カ月ある」と、「一人が種を蒔き、別の人が刈り入れる」という二つのことわざである。いずれのことわざも、刈り入れまでは何があるかわからないこと、収穫の難しさというものを教えている。この世の食べ物を得るのは、このように難しい。難儀なのである。まずイエス様は、この世の食べ物を得ることの難しさを、語ったのだと思う。
 ところが、神様が下さる食べ物の刈り入れはどうか。イエス様は、サマリアの女性との出会いから、思いがけないすばらしい収穫を得たのだった。列王記には、僅かでも恵みの業をすればよいとの神様の御心を行うことにおいて、私たちにはすばらしい収穫がもたらされ、食べ物が与えられるとあった。そういう意味で、私たちの前には、至るところに色づいて収穫を待っている畑があると言える。収穫物が何もない人生のフイールドなどないのである。豊かな食べ物を刈り入れることができるのである。
 この世の食べ物を手に入れる収穫においては、種蒔きや雑草取りなどの労苦がまずあって、その末にやっと刈り入れ時が来る。現代社会では、ますます、食べ物を得ることは長い時間の労苦の末にやっと与えられるものになってきている。自分がふさわしく働くことだけが、自分への食べ物を与えるのだという考え方が、ますます強くなっている。そうすると「働くことのできない人や、仕事のできない人は、食べられなくても当然だ」という考え方になってしまう。これが私たち人間の知っている食べ物の特徴なのである。自分たちが労苦した分だけの食べ物しか手に入れることができないというのが、人間の知っている食べ物の特徴なのである。
 38節でイエス様が教えようととしたのは、このような私たちの知っている食べ物における自分の労苦と手に入る食べ物との相関関係を、断ち切ることではないかと感じるのである。神様の下さる不思議な食べ物は、思いもかけず、私たちの労苦以上に豊かなものなのである。私たちができるほんの僅かな恵みの業に対し、神様はまことに驚くべき豊かな収穫を与えて下さるのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 1月28日(日)降誕節第5主日礼拝

『民数記 35章 1~15節』

35:01エリコに近いヨルダン川の対岸にあるモアブの平野で、主はモーセに仰せになった。 35:02イスラエルの人々に命じなさい。嗣業として所有する土地の一部をレビ人に与えて、彼らが住む町とし、その町の周辺の放牧地もレビ人に与えなさい。 35:03町は彼らの住む所、放牧地は彼らの家畜とその群れ、その他すべての動物のためである。 35:04レビ人に与える町の放牧地は、町の城壁から外側に向かって周囲千アンマとする。 35:05あなたたちは、町の外から東側に二千アンマ、南側に二千アンマ、西側に二千アンマ、北側に二千アンマ測り、町をその中央に置かねばならない。これが彼らの町の放牧地となるであろう。 35:06あなたたちは、人を殺した者が逃れるための逃れの町を六つレビ人に与え、それに加えて四十二の町を与えなさい。 35:07レビ人に与える町は、合計四十八の町とその放牧地である。 35:08イスラエルの人々の所有地の中からあなたたちが取る町については、大きい部族からは多く取り、小さい部族からは少なく取り、それぞれ、その受ける嗣業の土地の大きさに応じて、その町の一部をレビ人に与えなければならない。 35:09主はモーセに仰せになった。 35:10イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。あなたたちがヨルダン川を渡って、カナンの土地に入るとき、 35:11自分たちのために幾つかの町を選んで逃れの町とし、過って人を殺した者が逃げ込むことができるようにしなさい。 35:12町は、復讐する者からの逃れのために、あなたたちに用いられるであろう。人を殺した者が共同体の前に立って裁きを受ける前に、殺されることのないためである。 35:13あなたたちが定める町のうちに、六つの逃れの町がなければならない。 35:14すなわち、ヨルダン川の東側に三つの町、カナンの土地に三つの町を定めて、逃れの町としなければならない。 35:15これらの六つの町は、イスラエルの人々とそのもとにいる寄留者と滞在者のための逃れの町であって、過って人を殺した者はだれでもそこに逃れることができる。

説教:『逃れの町』

1 34章からこの35章は、いよいよパレスチナの地に入ってゆこうとしていたイスラエル人が、どのように住む場所を決めたかということについての神様からの指示が記された箇所である。34章13節以下、モーセは神様からの指示により、くじを引いて住む土地を決めるようにと伝えた。くじ引きで与えられた土地は、聖書では『嗣業(しぎょう)』と呼ばれる。しかし、レビ人だけは、そういう形では住む場所を与えられなかった。2節にあるように、他の部族に嗣業として与えられた土地の一部が、レビ人に分け与えられたという。7節によれば、レビ人に与えられた町は、合計48であったとある。そして、注目すべきことは、そのうちの6つの町が「逃れの町」としてレビ人に特別に託されたということである。この町についての詳しい規定は、9節以下に書かれている。端的に言えば、11節と12節にあるように「誤って人を殺した者が逃げ込むことのできる町」、「復讐する者からの逃れのため」の町だとある。
 私が神学校時代に買い求めた旧約聖書の神学書には、この逃れの町についての詳しい記述が全くなかった。手元にある聖書辞典にも、ごく短く説明されているだけである。おそらく歴史上、このような町が実際にイスラエルに存在したのかどうかは定かではないのであろう。しかし、現実に存在したかどうかはともかく、イスラエル人がパレスチナの地に住もうとしたときに、神様が、このような特別な町を作るように命じられたということには、とても心を引かれる。日本の中世にも、そのような特殊な場所があったということを、何かで読んだことがある。そのような場所として、私たちがよく耳にするのは「駆け込み寺」と言う言葉である。日本にも逃れの町と同じような機能を果たした場所が、古くからあったということである。このような場所の必要性を、今から3千数百年以上も前の、はるか昔に、神様がイスラエル人に教えたということは、私たちの心を深く捉える。それが私たちに語りかけているのは、端的に言えば、いつの時代にも私たちには逃れの町が必要だということだと思う。私たちの社会には、必ずそのような町がなければならないと、神様は教えている。

2 では、なぜ逃れの町が不可欠なのか。逃れの町の働きについては、35章11節後半から12節にかけて、次のように書かれている。「誤って人を殺した・・・殺されることのないためである」と。逃れの町は、誤って人を殺した人が、復讐などによって、ちゃんとした裁きを受ける前に殺されることがないように設けられた。16節以下には、誤って人を殺したとき以外、つまり故意で殺人を犯した場合に、その者が受ける刑について、また殺人事件の裁判のあり方について書かれている。故意にせよ過失にせよ、人を殺した場合には、ちゃんとした裁判を受けて犯した罪にふさわしい罰を受けるようにと教えられていたが、いずれの場合にせよ、人を殺してしまった場合には、しばしばちゃんとした裁判を経ないまま、憎しみに任せて復讐を受けたり、リンチのようなものによって犯人が殺されてしまうことがあったのであろう。遣族にとっては、故意だろうが過失だろうが、大切な人を殺されてしまったことへの憎しみは変わらないであろう。だから、しばしばそういうことになってしまったのであろう。故意で殺人がなされた場合には、死刑は仕方がないことだったかもしれない。しかし、誤って人を殺してしまった場合はどうか。全くの過失によって人を死に至らせてしまっただけなのに、故意の殺人犯と全く同様に、ちゃんとした裁きを受ける前に殺されてしまうというのは、本来その人が受けるべきではない責めやぺナルティを科されてしまうということになるのではなかろうか。だから神様は、誤って人を殺してしまった場合には、復讐による殺人やリンチから逃れるための場所が必要だと示したのではなかろうか。
 私たちには、どのような関係があるのだろうか。私たちにとっては、誤って人を殺してしまうというようなことは、全くの他人事と感じられてしまう。確かに、誤って人を殺してしまうということは、私たちにとって身近なことではないが、社会生活における人間関係の中で、本来その人が負うべきではない責めを問われ、ぺナルティを科されて、その結果として死へと追いやられてしまうということは、過去には多くあったのではないかと思う。日本では、今でも、恐らく2万件を越える自殺があるという。それは自分で自分を殺す一種の殺人であることは間違いない。他社を殺す殺人事件は、1年間で2万件などは、決しておきないが、自ら自分を殺すという意味での殺人は桁違いに多く起きている。ではその理由は何か。恐らくは、本来その人が負うべきではないことについて、自分で自分を責めるからではなかろうか。自分で自分にペナルティを科してしまうのである。あるいは家族が責めるということもあるかもしれない。皮肉なことだが、他の誰よりも愛する自分自身を、その自分が責めるのである。誰よりも深い愛情を持っている親子や夫婦が、互いを責め合うのである。そして本来、その人に背負わせるべきでないペナルティを科し、結果的に死に追いやるのである。

3 私たちの人間関係、特に自分自身や、夫婦・家族との関係が、こういうものであればこそ、神様はそこから逃げるところを持たねばならないと教えて下さったのだと思うのである。
 サマリアのスカルという町にあった井戸端で、ひとりの女性がイエス様と出会った。このエピソードは、まさしくこのようなことだったと、また改めて思う。その女性は、5人もの男性を、とっかえひっかえして6人目の男性と暮らしていた。町の人々は当然、ふしだらな女としか彼女を見なかったであろう。おそらく彼女自身も、自分をそう見るしかなかったであろう。彼女自身、自分がなぜそのような生活をしてきたのかに気づくことができなかった。彼女は、本来背負うべきでない責めやペナルティを背負わされていた。それは彼女を、死に近い状態に置いていた。たったひとり、真昼に、自分の住む町から遠く離れた井戸に水を汲みに来ていたということが、それを物語っている。
 その彼女が、イエス様との出会いによって、逃れの町を得た。イエス様との対話によって、はじめて、彼女は自分が、なぜ6人もの男性との遍歴を重ねてきたのかに、はじめて気づいたのだった。それは、男性との絆を求めたのではなく、神様との絆を求めた渇きであった。この世の男性とのつながりでは、決して満たされることのなかった渇きがあったからだった。その渇きに気づかせて下さったからこそ、「私のことを何もかも言い当てた」と彼女はイエス様のことを人々に宣べ伝えたのだった。イエス様を通して、彼女は神様の限差しの前に立たせていただいた。それによって、これまで自分自身や、町の人々、この世の人間関係のみによって科せられた責めやペナルティから解放されたのだった。彼女は「それほどまでに神様への渇きを抱いたあなたは、神様の目から見て貴いのだ」との声を聞いたのではなかろうか。
 私たちには、自分自身や家族との人間関係を離れられる、このような神様との間柄に立てる逃れの場所が不可欠なのである。私自身にも、そのような逃れの町が与えられたことがあったのを思い出した。私は前任地で精一杯、あるご婦人と、そのお子さんにかかわり、その母子の友人と共に3人を洗礼へと導いたことがあった。しかし、結果的にその母子は教会を離れ、その友人からも「あなたは牧師失格だ、やめるべきだ」と責められた。その後、訪問したときに、牧師として後にも先にも、はじめて、玄関先で、文字通りの門前払いを受けた。もう牧師をしていてはいけないのではないかと自分を責めた。事情を知っていた教会員の誰もが、私を責めなかったのに、私自身が自分を責めたのであった。牧師というのは、何度も何度も、そんなことを経験する者であろう。そんなある日の夕方、牧師館の玄関横にあったシラカバの根元に座って夕焼けを眺めていたとき、イエス様の言葉が聞こえたように感じた。ちょうど礼拝説教で与えられていたヨハネによる福音書の「あなただからこそ私たちは私の大切な羊を託すのだ。あなただからよいのだ」という言葉であった。このイエス様の言葉が、その時の私にとっての逃れの町となった。その言葉によって私は、誰でもない自分自身が自分に負わせていた責め・ペナルティから解放され、神様の眼差しのもとに置かれた。神様の眼差しこそが、私たちを人間関係における復讐やリンチから解放する。私たちを生かすのである。

4 それでは、このような逃れの町は一体、この地上のどこにどうやって存在できたのか。他の部族がレビ人に与えた48の町のうちの、6つの町に存在したという。他の部族の町ではなく、そこにレビ人が住み、レビ人が生活を営む町であった。
 民数記でもレビ記でも、イスラエル12部族の中で、レビ人は特別な役割を負っていた。民数記とは、40年の荒れ野生活の中で、最初の2年目と最後の年に、2度にわたって20歳以上の成人男性の人数が数えられたことに由来している。民数記の1章47節以下に、レビ族のみに、「イスラエルの人々と共に登録したり、その人ロ調査をしたりしてはならない」とあった。つまり、兵士としてカウントしてはならないと命じられたのだった。1章50節には「レビ人には掟の幕屋、その祭具及び他の付属品にかかわる任務を与え・・・」とある。要は、彼らは、ひたすら神様に仕え、儀式や礼拝の準備をすることに仕えたのだった。そのことが、彼らをして不満を爆発させたこともあった。民数記の16章には、レビ族に属するコラが、同じレビ人のモーセとアロンだけが表舞台に立つのを妬んで「あなたたちは分を越えている。・・・なぜあなたたち(だけ)は主の会衆の上に立とうとするのか」と言った(16章3節)と書かれていた。レビ人といえども、他の部族の人々のように、兵士として華々しい戦功をあげたいとか、モーセやアロンの様に表舞台に立って、あたかも人々の上に立つかのように脚光をあびるたいと願うこともあった。しかし、そうしたことはごく稀で、大半は専ら礼拝や儀式の裏方仕事をすることに徹していたのであった。突き詰めて言えば、神様との間柄において、そのような小さく目立たない役割を負うことに喜びを見いだすことができていたのだった。神様からいただく眼差しにおいて、喜んで生きることができていたのであった。
 そういうレビ人が生活していた町の幾つかを、逃れの町として定めよと神様は言われた。レビ人といえども、人間関係における不平不満や嫉妬が全くなかったわけではなかったであろう。しかし、それでもレビ人が生活する町では、そこには、兵士や普通の職業をする人々が作る町とは、おのずと違った価値観・尺度が行き渡っていたのであった。それは何よりも、神様との間柄の中で、神様から託された小さな裏方の目立たない役割を果たすという生き方であった。そこに神様の限差しを感じて、喜んで生きていられたという価値観であった。それがあるのが、教会であると私は思う。しかし、教会といえども人間の集まりである。それゆえの欠点を持っている。しかし教会は、私たちが神様・イエス様とのつながりの中に生きる場所なのである。その眼差しにおいて生き得る場所として、教会は逃れの町なのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 1月21日(日)降誕節第4主日礼拝

『コリントの信徒への手紙1 2章 6~16節』

02:06しかし、わたしたちは、信仰に成熟した人たちの間では知恵を語ります。それはこの世の知恵ではなく、また、この世の滅びゆく支配者たちの知恵でもありません。 02:07わたしたちが語るのは、隠されていた、神秘としての神の知恵であり、神がわたしたちに栄光を与えるために、世界の始まる前から定めておられたものです。 02:08この世の支配者たちはだれ一人、この知恵を理解しませんでした。もし理解していたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。 02:09しかし、このことは、/「目が見もせず、耳が聞きもせず、/人の心に思い浮かびもしなかったことを、/神は御自分を愛する者たちに準備された」と書いてあるとおりです。 02:10わたしたちには、神が“霊”によってそのことを明らかに示してくださいました。“霊”は一切のことを、神の深みさえも究めます。 02:11人の内にある霊以外に、いったいだれが、人のことを知るでしょうか。同じように、神の霊以外に神のことを知る者はいません。 02:12わたしたちは、世の霊ではなく、神からの霊を受けました。それでわたしたちは、神から恵みとして与えられたものを知るようになったのです。 02:13そして、わたしたちがこれについて語るのも、人の知恵に教えられた言葉によるのではなく、“霊”に教えられた言葉によっています。つまり、霊的なものによって霊的なことを説明するのです。 02:14自然の人は神の霊に属する事柄を受け入れません。その人にとって、それは愚かなことであり、理解できないのです。霊によって初めて判断できるからです。 02:15霊の人は一切を判断しますが、その人自身はだれからも判断されたりしません。 02:16「だれが主の思いを知り、/主を教えるというのか。」しかし、わたしたちはキリストの思いを抱いています。

説教:『神の霊によらなければ』

1 まず6節から7節でパウロは、この世の知恵・この世の滅びゆく支配者の知恵ではなく、隠されている神秘としての神の知恵を語るのだと言っている。神秘としての神の知恵とは、これまでずっと語られてきたように、十字架につけられたイエス様がキリスト・救い主であるという知恵である。1章25節には「神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強い」とあった。十字架のイエス様に現された愚かさや弱さによって、神様は私たち人間の考える賢さや強さを打ち砕き、そうやって私たちを救おうとなさるのが神様の知恵であると言ってもよいと思う。
 この世の知恵ということを考えるとき、昨今はどうしてもAI(Artificial Intelligence)すなわち人工知能というものを抜きにはできないと感じる。下手の横好きあるが、囲碁がわたしの趣味のひとつである。チェスや将棋は、もう随分早くにコンピューターが人間に勝ってしまったが、囲碁だけはまだしばらくは人間を追い越すことはできないだろうと言われていた。ところが、深層学習・ディープラーニング(Deep Learning)という手法によって、AIが自分自身と数え切れないほどの対局を重ねて、到底人間には考えつかないような最善手を考えだすようになり、あっと言う間に世界最強の棋士を打ち破つてしまった。
 AIが不気味なのは、なぜそのような手を考え出したのかという点が、まったくブラックボックスの中にあることだという。ゲームの世界では、結果として勝負に勝つことがゴールだから、そのゴールに向かうべく最善手を探したのだろうということはわかる。しかし最近はAIの判断は、単にゲームの世界だけではなく、たとえば採用や昇進といった人事管理や犯罪を犯した人の刑期の決定・仮釈放のよしあし、あるいは病気の診断にまで取り入れられるようになっているという。間題はその決定の中身がブラックボックスだということなのである。AIがなぜ、どのような尺度で、そのような判断を下したのかということは、人間にはわからない。私が見出しだけ読んだ週刊誌に、私たちがよく利用する世界的規模のコンピューターソフトウェア会社は、いずれ自分たちだけが世界中の物の売り買いを独占することを考えているようだと書かれていた。そういうゴールを目指している会社が開発したAIは、人間には全くブラックポックスとなるような手法によって、当然、ゲームに勝つことすなわち独占を図るようになるであろう。
 そのAIの知恵を支配している原理は、要は「勝つ」ということである。では、何によって勝つのかといえば、1章25節の言葉から言えば強さによってなのだと思うのである。強さによって勝つという原理によって人間が考え出した賢さに、さらにAIの賢さを加えることによって勝とうとすることが、この世の知恵の本質ではなかろうか。出生前診断というものが間題になっている。これがもしAIで自動的にされるようになったなら、人間が考える強さ・賢さによって、ハンディを抱えて生まれることになるだろうと診断された子どもは、最初から(生まれる前から)はじかれてしまう。わたしは、牧師になる前の1年間、所沢にある国立秩父学園という重度の知的障害者施設に併設された職員養成所で学んでいた。入学の時に講演してくださった全国障害児親の会の会長さんのお話を35年以上経った今でも忘れることができない。彼は、生まれたお子さんが障害児であると知らされて、お子さんを殺して自分も死のうと考えたと、涙ながらに言った。しかしそのお子さんは、今は家族の宝になったと言う。強さによって勝つことだけを追い求める人間の知恵が支配する社会とは、本当に滅びに至る社会だと思う。なぜならそれは、健康な人・強い人・役に立つ人だけが生きていてよい社会だからである。弱さやハンディを負う人生を排除してしまう社会だからである。しかし、私たちはどうしたってそうしたものを背負わざるを得ない者であるから、それを切り捨てる社会は、いずれ滅びるしかない社会なのである。

2 こういうこの世の知恵・滅びゆく支配者の知恵というものが、知らず知らずのうちに、私たちを支配するような社会にあって、それでもなお、そういう知恵とは対照的で、そしてそういう人間の知恵に打ち勝つてくださる神様の知恵というものが厳然としてあるということに、私は大きな励ましを覚えずにはいられない。7節の後半には、この知恵は「神が私たちに栄光を与えるために、世界の始まる前から定めておられたもの」だとある。9節には、イザヤ書の64章・65章の御言葉を自由に引用して、「(私たち人間の)目が見もせず、耳が聞きもぜず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神はご自分を愛する者たちに準備された」とある。私たちには、そのような神様の知恵があることはわからないかもしれないが、厳然として世界の始まる前から存在していたというのである。だとすれば、私たち人間が、その賢さによってAIを作り、全世界を独占しようとする会社が、私たちを知らず知らずのうちに支配しようとしても、人間が作る世界以前からあるこの神様の知恵に勝ることはできないのである。この神様の知恵に勝って、人間の知恵がこの世界を支配することはできないのである。
 神様がなぜ、世界の始まる前から、神様自身の知恵を定めていたかと言えば、私たち人間の作る社会の行く末をお見通しだったからではないかろうか。このような社会において、私たちが何を支えとし、より所として、この私たちを滅びへと向かわせるこの世の知恵と戦っていったらよいか、その武具というものを神様はちゃんと備えてくださっている。それが、十字架のイエス様に現れた愚かさと弱さなのである。十字架のイエス様の弱さと愚かさにすがることが、私たちを滅びへと向かわせる強さと賢さを求めるこの世の知恵の支配に打ち勝ってゆくことになるのである。
 ある婦人のことが、この説教の準備の間、ずっと心の中にあった。その婦人は、私たちがつくばにくる半年ほど前頃に、郡山で最後の葬儀を私がした男性のおつれあいだった。お子さんがおられないご夫婦だった。本当に、二人で支え合ってきたご夫婦であった。他教派の教会の会員であったが、その教会の牧師が天に召され、その後、どうしてもその教会に牧師が与えられなかったので、その牧師のご夫人やお嬢さんともども、そのご夫婦も郡山教会に移ってこられたのだった。その男性は、退職されて、これからと思った矢先にガンがみつかり、あっと言う間に天に召された。私は、私のことを本当に頼りにされていたその婦人を郡山に置いて、こちらに来てしまい、それでもここ何年かは、お元気にされておられた。しかし、先日お電話をしたら、心身ともに疲れ果て、九州のお姉様のおられる高齢者住宅に一結に住まわれることになったとのことであった。電話での様子が余りにも憔悴しきった感じで、かける言葉もみつからなかった。
 今日の御言葉を読んで、その婦人もまた、この世の知恵というものに支配されてしまったのだと私は感じたのである。確かに、最愛の伴侶をなくされたということは悲しみである。弱さである。この世の知恵というものは、それをただ弱さとして、悲しみとしてしか感じさせず、それを人生の中から切り捨ててしまうようにさせる。しかし勿論、排除などできない。それを背負った人生は、どんどん落ち込んでしまうしかないのである。生きる喜びを奪われてしまうのである。強いこと、悲しみのないこと、マイナスのないこと、そういう人生だけが勝利であり幸いだと思わせるところに、いつのまにか私たちを滅ぼす支配者たちの知恵が入り込んでいるのをひしひしと感じた。本当にこの世の知恵は、私たちの心身を支配し滅びへと至らせてしまうものなのである。

3 それゆえに神様は、このような知恵に立ち向かい、それに打ち勝つことのできるものとして、神様自身の知恵を、厳然として存在させて下さっている。その知恵はイエス様の十字架の愚かさと弱さに現れている。イエス様は十字架によって、そのキリスト・救い主としての使命を成し遂げたのである。イエス様が、十字架の弱さと愚かさに身を置いて下さったことによって、まずは弱さと愚かさの中に置かれる私たちを、みもとへと引き寄せ、イエス様へと結び付けて下さるのである。
 ヨハネによる福音書の4章の、あるサマリヤの女性とイエス様との出会いの場面を思い出して欲しい。渇きを抱えて村八分のような状態に身を置いて、たったひとり井戸に水を汲みにきた女性に、イエス様は健やかで何にも困っていない存在として、上から目線で何かを教え諭したのではなかった。その反対に、旅に疲れ、井戸端にへたり込み、イエス様の方から「水を飲ませてください」と彼女に頼んだのだった。イエス様は、彼女以上に渇いておられた。そこに、彼女がイエス様と出会い、引き寄せられた要因があった。昼の12時ころに「水を飲ませて下さい」とおっしゃったイエス様の姿は、やはり正午頃に十字架に付けられて十字架の上で「渇く」と言われたイエス様の姿に重なるものだと昔から言われている。このように、イエス様が、十字架の上で、私たち以上の弱さや愚かさを背負って下さった。その姿が、弱さと愚かさに打ちひしがれる私たちを、引き寄せて下さるのである。
 引き寄せられたことで、イエス様から、この女性へと水が流れ込んでいったように、私たちにも何かが流れ込んでくる。それは、何よりも弱さを背負うことに意義があるということだと私は思う。イエス様が、キリストとしての使命を成し遂げるために、弱さを担われたのだから、私たちが弱さを背負うことにも意義があるはずである。弱さを背負わずには果たせない役割があると悟ることができるである。大切な使命を果たすためにこそ弱さを担うのである。それをイエス様から教えられて、私たちは弱さや愚かさを背負った人生を受容する。このようにして、十字架にあらわされた愚かさと弱さとが、私たち人間を滅びへと至らせる強さと賢さに勝るのである。強さと賢さを求めることによって滅びるしかない私たちを救うのである。

4 このような十字架における神様の知恵は、世界の始まる前から定められ、厳然として存在しているのだが、残念ながら9節のイザヤ書の御言葉が言うように、私たちの目には見えず、耳には聞こえない。隱されている神秘・ミステリーとしての神の知恵なのである。だから、これが、この世の知恵によって支配され、滅びへと至らせられている私たちの武具として手に取ってもらうようになることは、なかなか簡単なことではない。それがどのようにして私たちに与えられるかを語っているのが10節以下の御言葉である。
 神の知恵を授かるためには、神の霊によるしかないとパウロはここで語っている。では神様の霊とは何を通して与えられるのか。どんなことを通して神の霊が注がれ、十字架におけるイエス様の愚かさと弱さが、私たちを救うと信じられるようになるのか。ただ黙っていて、オートマティカルに神の霊が注がれるのではないのだと思う。2章3節以下に書かれていたのは、神の霊は、パウロがコリントの人々に「衰弱し恐れに取りっかれひどく不安」な中で、十字架のイエス様がキリストであるとひたすら語ったゆえに注がれたということであった。それによって「わたしの言葉もわたしの宣教も、知恵にあふれた言葉によらず霊と力の証明によるもの」となったとあった。だから大事なことは、礼拝において、たとえそれを受け入れてくれる人が少なくとも、十字架のイエス様の愚かさと弱さが語られることではなかろうか。
 1章21節には、「神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと考えた」ともある。宣べ伝える内容そのものも、十字架に付けられたイエス様が救い主であるという愚かなものであるが、それを宣べ伝える方法もまた宣教という愚かな手段によってなのであった。もし神の霊を効率的に賢く注ごうとしたなら、何か特別な方法によってなした方がよいように思う。しかし神様は、愚かで非効率的で弱い手段を取ったのだった。それは、衰弱し、恐れに取りつかれ、ひどい不安の中にあったパウロのような私たち牧師の、つたない説教によって、十字架を語ることによってなのである。それを神様は、よしとされているのである。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 1月14日(日)降誕節第3主日礼拝

『ヨハネによる福音書 4章 1~26節』

04:01さて、イエスがヨハネよりも多くの弟子をつくり、洗礼を授けておられるということが、ファリサイ派の人々の耳に入った。イエスはそれを知ると、 04:02――洗礼を授けていたのは、イエス御自身ではなく、弟子たちである―― 04:03ユダヤを去り、再びガリラヤへ行かれた。 04:04しかし、サマリアを通らねばならなかった。 04:05それで、ヤコブがその子ヨセフに与えた土地の近くにある、シカルというサマリアの町に来られた。 04:06そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。正午ごろのことである。 04:07サマリアの女が水をくみに来た。イエスは、「水を飲ませてください」と言われた。 04:08弟子たちは食べ物を買うために町に行っていた。 04:09すると、サマリアの女は、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と言った。ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである。 04:10イエスは答えて言われた。「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」 04:11女は言った。「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。 04:12あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです。」 04:13イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。 04:14しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」 04:15女は言った。「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」 04:16イエスが、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」と言われると、 04:17女は答えて、「わたしには夫はいません」と言った。イエスは言われた。「『夫はいません』とは、まさにそのとおりだ。 04:18あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたは、ありのままを言ったわけだ。」 04:19女は言った。「主よ、あなたは預言者だとお見受けします。 04:20わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。」 04:21イエスは言われた。「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。 04:22あなたがたは知らないものを礼拝しているが、わたしたちは知っているものを礼拝している。救いはユダヤ人から来るからだ。 04:23しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。 04:24神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」 04:25女が言った。「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られるとき、わたしたちに一切のことを知らせてくださいます。」 04:26イエスは言われた。「それは、あなたと話をしているこのわたしである。」

説教:『水を飲ませてください』

1 イエス様が、ガリラヤに行く途中立ち寄ったサマリアの町シカルにある井戸端で、一人のサマリアの女性と出会い、言葉を交わした様子が記された箇所である。矢内原忠雄は、この箇所の解説の冒頭に、以下のようなことを書いている。「ここには、はしなくも世の救い主と異邦の女との間に、深きことヤコブの井戸よりも、なお深き会話が交わされた。その記事はヨハネ伝においても、最も文学的香気高きものであり・・」と。しかし、この対話の中にある「ヤコブの井戸よりも深い泉」にたたえられた水を、私たちがどれほど豊かに汲み上げ飲むことができるかとなると、その難しさを改めて感じてしまう。それでも、私たちが何とか、この御言葉から水をいただき、その水が私たちの内で「泉となり、永遠の命に至る水となって」わき出るようになればと願うのである。
 この御言葉を味わう上で、どうしても必要となる辞書的知識がある。まず、このサマリアのシカルにあった井戸が、ヤコブの井戸と呼ばれていた点についてである。参照付きの聖書には、5節について創世記の33章18節、48章21節と22節、そしてヨシュア記24章32節が参照箇所として挙げられている。創世記33章は、伯父ラバンのもとで20年間の苦労を経験したヤコブが、故郷に帰ってきて兄のアサウと何とか再会を和解を果たした直後の場面であり、兄エサウと別れたヤコブは、現地の人々からシケムという場所の一部、それはどれ位の貨幣価値かは不明だが、恐らくはかなりの高額であっただろう100ケシタを払って買い取ったという。創世記33章には、井戸のことは何も書かれてはいないが、この土地にあって、いつのまにかヤコブの井戸と呼ばれることになったのであろう。創世記48章には、臨終に際して、ヤコブがこの土地をヨセフに譲ると遺言し、ヨシュア記24章32節ではエジプトで死んだヨセフの骨がここに理葬されたとある。
 参考までに、日本におけるヨハネによる福音書研究の第一人者である土戸清の『ヨハネ福音書のこころと思想【2】』によれば、2000年8月のテルアビブでの国際学会の帰りに土井先生が、ここを訪れたときのことが次のように書かれている。「サマリアの町にはゲリジムという山があり・・・このゲリジム山の北東山麓にシカルの町は存在しています。古代のシケムの町の南東400メートルのところにあります。その当時の交通の要衝で、(古代の街道の)二つが交差するところに32メートルほどの縦穴の井戸があったのです。現在も観光客や巡礼者が訪れる場所です。いまから1000年ほど前の十字軍の従軍者が、この上に記念の教会を建てました。しかし、その教会は、実際はこの1000年の間に崩壊して、教会の納骨堂だけが井戸をふさぐようにしてかかっております。それを今なお見ることができます」と。土戸先生が訪ねた当時も、まだその井戸が涸れていなかったかどうかはわからないが、少なくともイエス様の時代には井戸として涸れてはいなかったのである。ヤコブの時代からは、もうl700年ほどは経っていたのだが、その間、この井戸は涸れることなくそこに住む人々に水を提供し続けてきていたようである。
 次に触れるのは、いわゆる「サマリア人」と言われる人々についてである。イエス様に「水を飲ませて下さい」と言われた女性は、9節に「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしにどうして水を飲ませてほしいのですか」と言ったとあり、その後に、「ユダヤ人は・・・」との著者ヨハネの説明が付けられている。新約聖書の中で、しばしば「サマリア人」として登場してくる彼らだが、その問題の発端は、紀元前8世紀にまで溯る。ダビデが建てた王国が、その息子ソロモンの死後、南北2つに分裂し、北王国の首都はサマリアに置かれた。この北王国が、紀元前722年頃、アッシリアによって滅亡させられてしまった。ヤコブの12人の子供から派生した12部族のうち、主に南王国にいた2部族を除いて、10の部族がこれによって離散し、アジア大陸をたどって、その末裔は日本にまで到達したと言われている。アッシリアから移住してきた人々との間に、民族的宗教的混交が進んだ。それでも、サマリアに住んでいたある人々は、自分たちこそヤコブの純粋な子孫であり、その印としてこのヤコブの井戸を持っていて、代々そこから水を汲んできたことを誇りにしていたのだった。11節から12節にかけてのこの女性の言葉には、そのような誇りの一端が強く感じられる。彼らは、先程、土戸先生の文章にも出てきたゲリジム山に神殿を建てて、旧約聖書の中で創世記から申命記までの5書だけを聖書として信じ、紀元前6世紀にバニロニアに捕らえ移されて帰国してきたイスラエル人に対して、強い対抗意識をもって、両者は常に反目しあってきたのである。

2 このような歴史的背景のある舞台で、サマリアの女性とイエス様が出会い、対話を重ね、彼女は「さあ、見に来てください。・・・(29節)」とイエス様のことを宣べ伝え、結果的には39節にあるように彼女の証言によって、シカルの町の多くのサマリア人がイエス様を信じるようになったのである。まず、ここに著者ヨハネが伝えたかったことの一端があるように思わされた。
 イスラエル人と長く反目しあい、旧約聖書の中でも最初の5書しか聖書として認めず、エルサレム神殿にも詣でたことのなかったサマリア人が、イエス様をキリストとして信じるようになったのである。そして、そのきっかけは、そのサマリア人からも村八分にされていたような、たった一人の女性がイエス様に出会い、信じたことだったのである。これを著者ヨハネは、この福音書が書かれたエペソ周辺の人々に、大きな励ましとして語ろうとしたのではなかろうか。西暦100年頃のエペソ周辺で、どれ位このサマリアの人々や、この女性とオーバ一ラップしてくるような人がいたかは定かではない。しかし、その中には、伝統的なユダヤ人とはどうしても反目せざるを得なかったような人々、到底イエス様を救い主と信じることなど無理だろうと思われた人々もいたのではなかろうか。しかし、そういう人々こそが、イエス様に出会い、イエス様を救い主として信じてゆく可能性を、ヨハネは感じたのだった。そういう励ましを読者に与えるために、著者ヨハネは、この出来事を書こうとしたに違いないのである。

3 このサマリアの女性が、イエス様と出会い、キリストとして信じるようになったことには、なくてはならぬ大切な要因があったと思われてならない。それは、女性の側の要因と、イエス様の側のファクターの両方である。まず女性の側の要因を考えてみたい。
 出会いの最初は、7節にあるように「サマリアの女が水をくみに来た」ことだった。それは6節にあるように、真昼の正午ごろのことだった。水汲みとは、普通はこんな時間には絶対にやらないことだった。朝早くか夕方で、一人ではな、必ず仲間と連れ立ってくるのが普通だった。彼女が、こうしなければならなかったのには理由があった。その一番の理由は、18節で彼女が正直に打ち明けていることであろ。5人もの男性を、とっかえひっかえして、今は6人目の男性と連れ添っているとは、一体どんな事情だったのであろうか。そういうことがあって、彼女には一緒に井戸に来てくれる人がいなかった。誰とも顔をあわせないように、真昼に、たった一人で井戸に来るしかなかったのだった。
 「水をくみにきた」という言葉に込められているのは、ただ単純に水が欲しくて井戸に水をくみにきたということではないのである。これほどまでの男性遍歴を重ねねばならなかったほどの、深い深い渇きを彼女は抱えていたのだった。しかし、それは単に、肉体的・性的な渇きではなかったのである。それは宗教的な渇きであったに違いな。そうであったればこそ突然、19節から信仰の話・礼拝の話になっていった。彼女は男性遍歴の話題を避けようとして、礼拝の話をしだしたのだとの解釈が、昔からあった。しかし、私にはそうは思ないのである。彼女がこのようにパートナーを変えなければならなかった根源的理由は、霊的なパートナー、すなわち神様とのパートナーシップというものが欠けていたからに他ならなかったのである。10節のイエス様の言葉で言えば「神の賜物を知る」ということである。その渇きが満たされていない限り、どんなにこの世の男性とのつながりを重ねても、満たされることはないのである。世のすべての女性が神様との霊的つながりを求めているとは言えないかもしれないが、しかし女性の中には、そういうものを心底求める方がいる。そういう渇きは、男性との結び付きによっても、さらには、たとえ先祖代々の人々がそこから水を汲んできたヤコブの井戸水をどんなに飲んでも、またサマリア人として誇りをもってゲリジム山の神殿を詣でても、決して満たされることがなかったのである。このような渇きを抱えていたことは不幸なことであろうか。確かにそれは、彼女に、このような生活をなさしめ、村八分のような目に遭わせていた。けれども、それこそが彼女をしてイエス様との出会いをもたらして下さったのであった。
 私たちも、このような渇きを必ず抱える者ではなかろうか。それが私たちをして、まず井戸へと向かわせるのである。井戸とは、即ち教会のことなのである。このような女性でも、たった一人来ることのできる井戸があったことが幸いなのである。そこでイエス様に会うことができたからである。私は、教会がそのような井戸でありたいとしみじみ思う。

4 さて、このような女性に、イエス様はどのように出会って下さったのか。その発端は、6節にあるように「旅に疲れて、井戸のそばに座っておられた」ということであった。そして、井戸にやってきたサマリア人のこの女性を、おそらくイエス様は、一目で何か事情を抱えた女性だとわかったのであろう。その彼女に、自分がイスラエル人の男性であるなどという垣根など全く関係なく、「水を飲ませて下さい」と願ったことにあったのである。古くから、この御言葉で、昼の正午ごろにイエス様が、旅に疲れ喉の渇きをおぼえて「水を飲ませて下さい」と言ったことは、正午ごろに十字架にかけられ十字架の上で「渇く」と言った(ヨハネによる福音書 19章28節)のと重なり合うと、解釈されてきた。私も、そのように思う。勿論、このサマリアの女性には、このときには、十字架の上のイエス様の姿など、知るべくもなかったが、とにかく彼女の前に、イエス様は旅に疲れ渇きを覚え、彼女のような素性の女性に、何の垣根もなく「水を飲ませて下さい」と語りかけた。イエス様は、そういう人物として現れたのだった。疲れない者・渇かない者としてではなく、このサマリアの女性以上に疲れ・渇く者として、「水を飲ませて下さい」と願う人として。
 イエス様は、私たちに対しても、私たち以上に、この世で疲れ渇きを覚えた人として出会って下さる。イエス様がそうであるからこそ、私たちはイエス様に出会うことができるのだと思う。サマリアの女性は、11節で、イエス様に「あなたは、くむ物をお持ちにならない」と言っている。バークレーの注解には、実際に、この地方を旅した人がくむものを持たなかったので、せっかくの井戸があったのに水が飲めず、前に汲んだ人がこぼしていった水をなめるだけだったことが書かれていた。イエス様が「くむものをお持ちでない」とは、この世で普通に人々が水としていたものを汲むものを一切持ち得ず、それゆえに十字架にかけられていったイエス様の姿をほのめかしていると、ここでも私は感じるのである。そのように、地上では渇き、十字架の上で「渇く」と言ったイエス様が、その渇きのただ中に、神様からの尽きることのない水をいただけるのだ、と身をもって教えて下さったのではなかろうか。その現れが復活であった。十字架という渇きのただ中に、尽きることのない永遠の命をいただく泉が現れたのである。渇く者であるがゆえに、渇くイエス様に引き付けられ、出会わせていただいた私たちは、渇いたイエス様を通して、この神様の尽きることのない賜物を知ることとなるのである。
 水は高いところから低いところへと流れてゆく。自分よりも渇いているものと接すれば、そちらの方へと水分はおのずから流れ出してゆく。自分よりも渇いているイエス様が、こうして出会ってくれたればこそ、渇いている彼女の側から何かが流れ出しはじめたのだった。自分の中に、そんな流れを生じさせて下さったイエス様を、彼女は救い主として信じたのではなかろうか。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る

2018年 1月7日(日)降誕節第2主日礼拝

『民数記 27章 12~23節』

27:12主はまたモーセに言われた。「このアバリム山に登り、わたしがイスラエルの人々に与えた土地を見渡しなさい。 27:13それを見た後、あなたもまた兄弟アロンと同じように、先祖の列に加えられるであろう。 27:14ツィンの荒れ野で共同体が争ったとき、あなたたちはわたしの命令に背き、あの水によって彼らの前にわたしの聖なることを示そうとしなかったからだ。」このことはツィンの荒れ野にあるカデシュのメリバの水のことを指している。 27:15モーセは主に言った。 27:16「主よ、すべての肉なるものに霊を与えられる神よ、どうかこの共同体を指揮する人を任命し、 27:17彼らを率いて出陣し、彼らを率いて凱旋し、進ませ、また連れ戻す者とし、主の共同体を飼う者のいない羊の群れのようにしないでください。」 27:18主はモーセに言われた。「霊に満たされた人、ヌンの子ヨシュアを選んで、手を彼の上に置き、 27:19祭司エルアザルと共同体全体の前に立たせて、彼らの見ている前で職に任じなさい。 27:20あなたの権威を彼に分け与え、イスラエルの人々の共同体全体を彼に従わせなさい。 27:21彼は祭司エルアザルの前に立ち、エルアザルは彼のために、主の御前でウリムによる判断を求めねばならない。ヨシュアとイスラエルのすべての人々、つまり共同体全体は、エルアザルの命令に従って出陣し、また引き揚げねばならない。」 27:22モーセは、主が命じられたとおりに、ヨシュアを選んで祭司エルアザルと共同体全体の前に立たせ、 27:23手を彼の上に置いて、主がモーセを通して命じられたとおりに、彼を職に任じた。

説教:『後継者の任命』

1 以下の2つのことが記されている。1つ目は、モーセが、この40年間、その場所に入ることを日指してきたが、その土地を日の前にしながら、神様から「あなたはそこに入ってゆくことはできない・先祖の列に加わらねばならない」と死を告げられたこと。そしてもう1つは、そう告げられたモーセが、ヨシュアを後継者に任命した出来事である。まず2点説明しておきたいことがある。1つ日は、14節に書かれていることだが、モーセが日標としてきた土地に入れない理由となった出来事についてである。これは民数記の20章に記されている。イスラエル人は、約40年ぶりにパレスチナを目前にしたカデシュという場所に戻ってきた。ここは、かつてエジプトを脱出して2年目にキャンプをはって、パレスチナに偵察隊を送った忘れられない場所であった。普通なら、ここは砂漠の中のオアシスであり、水がわき出しているはずだったのだが、なぜか水が涸れていた。さらには長い間、自分たちを導いてくれたミリアムを失ってしまったのだった。民は、モーセとアロンに不平不満を爆発させた。これを聞いて2人の指導者は、神様の前に行くと、神様はモーセにこう言った。「杖を取り、共同体を集めて彼らの日の前で岩に向かって水を出せと命じなさい」と。モーセは確かに岩から水を出したが、この時に神様が命じなかったことを2つしてしまった。それは人々に向かって「反逆する者らよ、聞け、この岩からあなたたちのために水を出さねばならないのか」と怒りの言葉を発したことと、杖で岩を2度も打ったことだった。これに対して神様は20章12節でこう告げた。「あなたたちはわたしを信じることをせず、イスラエルの人々の前にわたしの聖なることを示さなかった。それゆえ、あなたたちはこの会衆を、わたしが彼らに与える土地に導き入れることはできない」と。そのことが14節で、再度告げられたのだった。
 もう一点触れておきたいのは、モーセがヨシュアを後継者として任じたときに、「手を彼の上に置き」と16節・23節にあるが、これは按手と呼ばれるものである。私たち日本基督教団では、この按手を教区総会で教区議長をはじめとした正教師たちが正教師試験に合格した者に行っている。厳密には途絶えたこともあっただろうが、建前としては初代教会以来連綿として牧会者を立てるときに世々の教会が行ってきたものと考えられている。その按手は、溯れば、このモーセによるヨシュアの按手に行き着くと言ってもよい。私たちは3000年以上にわたって、この按手を行い、牧会する者を起こし続けてきたのだと改めて感慨を覚える。

2 さて私たちは、どんなことを語りかけられているのか。大きく言って3つのことを示されているのである。
 第一は、モーセが目標の地を日の前にしながら、そこに入ることができないと告げられたことである。ここから私たちは、モーセはさぞかし無念だったに違いないと想像する。しかし、こう告げられたモーセは、ひとこともそうした思いを吐露してはおらず、また神様に無念さや悔しさをぶつけてもいないのは不思議である。私自身、説教の準備のために、この御言葉に向かいあったとき、最初に感じたのは、なぜか不思議な安堵感というか慰めのようなものだった。モーセは40年間、苦労してそこに入ることを目標にして歩んできた土地を目前にして、そこに入ることができないまま、つまり夢破れ願いがかなわない者として先祖の列に加わらねばならなかった。どうして私は、そのようなモーセの姿に安堵感を感じたのか。それは、そのモーセの姿に私たちのありさまを重ねることができるからではないかと思い至った。私たちもまた、モーセと同じように夢破れ、願いかなわぬ者として先祖の列に加えられる者なのだと教えられるのである。私たちの生涯とは、すべからくこのようなものである。私だけが夢破れ、願いがかなわぬ者として無念さを抱えるのではなく、モーセをはじめとして先祖がすべて、そのような者なのであり、「君もそうであったか。みんなそうなのだよ」と言って、私たちを迎えてくれるのである。
 昨年、私にとっては、とても辛く、残念なことがあった。それは、ある人に随分と心を砕いて、一昨年に洗礼を授けたばかりだったのに、生まれたばかりのお子さんと一緒に礼拝を守りたいからという理由で、まだ正式に転会はしていなかったが、他教会に移ってしまった。この教会に赴任して、この3月で満7年が過ぎようとしているが、もういくつもいくつも、夢が破れ、願いがかなわず、どうしてこんなことがと思うようなことを抱えてしまう。もしかしたら、今年もそういうことが起きるかもしれない。でも、新年はじめの礼拝で与えられた御言葉から受ける励ましは、それが私たちの歩みなのだというメッセージなのである。モーセでさえそうだったのだ、すべての先達たちがそうだったのだということなのである。皆が夢破れ願いがかなわなかった者として先祖の列に加わるのである。うまくゆかなかった無念さ・残念さを抱えて人生を終えるのである。それでよいのだ、これが私たちの生涯なのだという励ましではなかろうか。

3 第2に示されるのは、14節に書かれていることである。ここにはモーセが日標としてきた土地に入ることができなかった理由が書かれてる。民数記20章にもあったように、彼が神様の命令に背いて人々に怒りを発し、またそれだけではなく、おそらく神様に対しても怒ってしまったからであった。普通に読めば、牧会者としての責任を厳しく問う神様の容赦ない姿に、私たちはただただ恐れをなすしかないという受け止めになるであろう。しかし、わたしは、ここにもなぜか慰めを感じ取ったのだった。それは、ひとことで言えば、モーセでさえ神様の命令に背かずにはいられなかったということである。いわんや私たちは、である。モーセでさえ牧会者として不完全な働きしかできなかったとすれば、私も不完全な牧会者でしかありえない。パーフェクトな牧会者になどなれないのである。なろうとする必要はないのである。そこに慰めを感じたのであった。
 神様は、モーセに、「わたしの聖なることを示そうとしなかった」と言った(14章)。この御言葉の言わんとするところは、モーセは牧会者として聖なる神様にふさわしく牧会ができなかったということであろう。神様は度々不平不満を爆発させたイスラエル人に、じっと忍耐して、岩から水を与えようとした。モーセも忍耐強くイスラエル人にかかわるべきだった。けれどもモーセは、何度も何度も不平不満を言う人々に対し、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまった。そんな人々になお水を与えようとした神様にもモーセは怒りを覚えたのだった。モーセと言えども人間に過ぎなかった。だから、神様と同じように人々に接することはできなかった。できなくて当然ではないか。できなくて当然の務めをモーセは担わされていたのである。
 私たちひとりひとりが、それぞれ神様から、果たすことがそもそも困難な務めを託されているのではないかとしみじみ思う。私は文字通り牧会者として、皆さんは例えば夫婦としてであり、あるいは親としてであり、また教会員として、或いは誰かの友として、聖なる神様からの務めを与えられて、その場に置かれていると思う。しかし私たちは、残念ながら聖なる神様にふさわしく、その務めを果たすことはできないのである。それは私たちが所詮人間に過ぎないからである。私たちは、つきつめれば神様から託された務めを完全には果たし得なかった失敗者として先祖の列に迎えられるのである。
 だとすれば、私たちが自分自身やお互いを見る目は、失敗者としてお互いを見るものである。神様が私たちを失敗者として見ているのである。そうであるならば、どうして私たちは自分自身やお互いをパーフェクトな者として期待したり見たりしてよいであろか。他の人から「あなたは十分に務めを果たし得ていない」と非難されたなら、おっしゃる通りですと認めてよいのである。「わたしは完全な者だ」などと弁護する必要はないのである。十分に与えられた務めを果たし得ていない私たちに対して、それを問責できるのはただ神様のみなのである。私たちができるのは、お互いを、哀れみをもって失敗者同士として見ることのみではなかろうか。神様はモーセを、このように問責されつつも、なお彼に牧会者としての務めを続行させた。ヨシュアが後継者として選ばれたが、すぐさまモーセからその務めが取り上げられたではなかったか。不十分な働きしかできない者を、なおも用いられた神様の姿が、そこにはあった。私たちも先祖の列に加えられるまでは、不十分ではあっても与えられた務めを果たす者とされているのではなかろうか。

4 最後に示されるのは、モーセが後継者を選んだことである。後継者が選ばれるのはなぜかと言えば、神様から務めを託された私たちひとりひとりにできることは不十分で不完全でしかないからなのである。神様から、だめだしをされて、その任を解かれて、後継者が任じられてゆくのである。これも普通に考えればショックでしかない無念なことかもしれない。しかし、私はここにも慰めを感じる。なぜならば、そこには、私たちひとりひとりの働きは不十分なもの・不完全なもの・部分的なものであってよいとの語りかけがあるからである。私たち一人ひとりの働きは、そういうものでしかないゆえに、後継者が立てられてゆくのであろう。モーセひとりですべてを完成させることはできなかった。またその必要もなかった。後継者がモーセの働きを引き継ぎ、完成させてゆく。私たちは自分に託されたごく小さな部分をなしてゆけばよいのである。世々の教会は按手をいう儀式をもって牧会者を起こし続けてきた。遡れば3000年以上前に、モーセがヨシュアに手を置いたときから、牧会という務めは多くの人々によって担われてきたのである。そうやって担われねばならないほど牧会という務めは困難で難しいものだと言えるのではなかろうか。しかしまたそうやって後継されてゆかねばならないほど大事なものなのである。不可欠な務めなのである。
 この務めについてモーセは、16・17節でこう言っている。「共同体を指揮する人を任命し・・・出陣し・・凱旋し・・進ませまた連れ戻し、飼う者のない羊の群れのようにしないで下さい」と。牧会者の務めとは何か、なぜそれが信仰共同体にとって不可欠かを、この言葉はよく示していると感じる。モーセは戦いの言葉を使ってこの務めを表現した。私自身は勿論、戦争体験などないが、映画などで知る限り、何度も従軍して生き延びた人々が指揮官となることは、その部隊が生き残ることにおいて決定的に大事であるようだ。ベテランの指揮官は、どこに危険が潜んでいるか、どうやって危機を回避し生き延びるかを経験的に知っている。牧会者はそのような指揮官となって信仰共同体を敵から守らねばならない。また、いかに戦うかを教えねばならない。どこに危機が潜んでいるかを教えねばならない。信仰共同体の歩みは戦いなのである。
 それは、どんな戦いか、敵は何者かと言えば、モーセがエジプト王に最初に言った「わたしの民を去らせて、荒れ野でわたしのために祭りを行わせて下さい(出エジプト記5:1)」との言葉がよく示している。信仰共同体の戦いは、何よりもエジプト王に対する戦いなのである。あるいは私たちをエジプト的生活へと引き戻し、エジプト王のもとで奴隷として生きさせる誘惑との戦いなのである。羊飼いのいない羊の群れは、しばしば迷子になり、どこに水場やえさ場があるかを見失うという。指揮官のいない信仰共同体は、エジプトでの奴隷的な生活が、水やえさを得る生活だと見誤るのである。だから指揮官・羊飼いは、つねに信仰共同体を荒れ野で神様のために祭りを行うように導くのである。エジプト的生活からすれば、荒れ野としか見えないような信仰生活、また教会での礼拝生活こそが、羊にとっての真の水であり食べ物なのだと示し続けるのである。この牧会者という務めを、不十分ではあるが、今年も精一杯果たしてゆきたいと思う。

筑波学園教会牧師 福島 純雄

戻る



Web管理人より
 このサイトに関する技術的な事柄 (誤字・脱字、矛盾した表現、デザインの不統一、リンク切れやエラーの報告など) についてのご連絡やお問い合わせは この連絡フォーム にて送信をお願いいたします。 なお、掲載内容に関するご質問や相互リンクの依頼などには対応できない場合があります。 ご了承ください。



Copyright © 2003 Tsukuba Gakuen Church, UCCJ All Rights Reserved.